30 アイ国陣営
◇◇◇
「あー、よく晴れてやがるなあ」
オレはぐっと背伸びした。
宿の窓の外は雲ひとつない。
外を歩いている女が目にとまる。
「ワガ国は、女と宿だけは質が高い。まったく、どう考えたらいいんだ? ははは! いい女が多いぜ。あれが全部オレのもんになるのは、いつになるんだあ?」
「お前のものになりたい女がいるのか? 力づくで女をものにすることしかできない無能が」
ペインゴッドが髪をかきあげながら言った。
スリットが切れ込んだ短いスカートから長い脚がこれでもかとのぞいている。
「おーおー、こわい女だねー」
オレがなめるように脚を見てやると、ベインゴッドの眉間にしわが深くなった。
「先に死ぬか?」
「おーこわい」
「話があるなら早くしようぜ」
スレインがにやにやしながら言う。黒い上着に白いシャツ。
手の中にはいくつもナイフが見え、消え、と手品のようだ。
「血を見たいなら『戦争』まで待て」
ベルガルが言った。獣のように体毛が長く、目がギラギラしている。
「おいおいおれに命令か? えらくなったなあ。もしかしてお前、死にたいのか? 仲間相手に血なんて見たくないぜえ」
スレインがへらへらしながら言う。
ベルガルは見もしない。
「冗談だよ冗談。まあ、ロープを取られた間抜け女や、掃除のモップ男、影縫まで持たせてやってへたこいたやつらだったら、血を見てもいいかもしれねえなあ。くひひひ」
「あのモップ男は、子どもの治療費とかなんか、かかってたせいでやりたくないのにやった、とか言ってたな」
「ぬるいぬるい! そんなちまちましたこと言ってねえで、特級武具もらったんなら、どっかからごっそり、金なんて奪い取っちまえばいいのよお!」
スラインは体をゆらして、発作のように笑う。
「侵入したやつらのせいでワガ国の王が、へそ曲げたのか? あいつらのせいで、せっかく覚えた台本がパーだぜ」
オレは肩をすくめた。
今日は台本通りに動く演劇をご披露しろってな、くだらない指示を受けてしまった。
まったく、くだらない。
「おいボス、本当に覚えたのかあ?」
「あたりまえだ」
オレとスレインはにらみあう。
そして笑い合う。
「台本通りやらないってんなら、死ぬだけだってわかってんのかなあ、あいつら。せっかく約束したのに、それをやめるってことは、どうなってもいいってことだぜ。『戦争』で、殺人はルール違反じゃないんだぜえ?」
スラインはにたにたした。
「ボス、確認だけど、殺していいんだよなあ?」
「殺していいか? じゃない。全員殺して、わからせろ」
「それでワガ国がブチギレたらどうするよ」
「その場で『侵略』を開始する」
「フゥ~!」
スラインが立ちあがって、不気味に腰をゆらゆらさせる踊りを始めた。
「ところで、順番の希望はあるか?」
オレが言う。
「ない。いや、あのイケメンを殺したいな」
スラインは言った。
「ペインゴッドとベルガルはどうだ」
「誰もいい。殺すだけでしょ」
ベインゴッドは興味なさそうに言った。
「ベルガルは」
「レスラーをやる」
思いのほか、すぐ返事が来た。
「力比べか」
「あいつは、なまいき」
「出てくるか?」
「他にいない。あいつ出る」
「へっ、たしかに。……クロノはどうする」
部屋の中でひとことも発さなかったクロノは、今日もぼうっと、どこか遠くを見ていた。
「……」
「……」
「……任せる」
「そうか」
それだけかよ! と思うが、そんな調子に乗ったことを言って死んだやつを知ってるだけに、そんなバカなことはしない。無計画にクロノを刺激するなんてバカでもやらないか。
「じゃあ、ちゃっちゃと殺すか。無事に全員殺したら、女を二、三人連れて帰るんだぜ……」
オレたちは部屋を出た。
オレの名前はボーダイ。
アイ国の王子であり、世界最強になるべく生まれた男だ。




