21 仕事した
モップ男とナイフ男は俺をじっと見ている。
どっちだと思ってもらったほうがいいんだろうか。
あと、こっちのA級の誰かが動けるなら、俺に注目してもらい、スキをついてもらってなんとかしてもらいたい。
でもなんとなく、ナイフから伝わってくる重みが、全身に広がっているということ、その重さは例の、モグリウオにかまれたときよりも、上かもしれない。
ということを考えると、こっちのA級たちは本当に動けないのかもしれない。
俺がなんとかするしかないのか。
よし。
決心して俺は、一歩ふみだした。
あえて彼らに背を向け、ゆっくりと、自分の影に刺さったナイフの前でしゃがむ。
緊張するが、あえてゆっくり動いた。
たぶん、急いで行動するより、ゆっくり動くやつに攻撃をしたくないだろうということが半分。
もう半分は、俺はかなり物理攻撃に耐性があるということへの安心というか、自信というか。
そうじゃなかったら無理だ。
「本当に効かないのか」
ナイフ男はいった。
「いや、不能? ナイフ? 疑問」
ナイフ男は言い直した。
「ふつうにしゃべれるのか?」
「無理。特殊、我」
放っておいたら中国語みたいな字面になりそう。
俺は一番近い、レスラーさんに向かって歩いていく。
いきなり俺の脚にナイフが当たった。
当たるのを見たのではなく、どん、と重くなったのが先で、それから、からん、と床に落ちたときの軽い音で気づいた。
拾ってみると、影を留めていたものと同じだ。
「刺さらないだと……? 不刺? 疑問」
ナイフ男は言い直している。
そして様子を見ていた。
俺の動作を、というか、これからどうするつもりなのか、様子をうかがっている。
来ないのか。
なにか、変じゃないだろうか。
考えてみるとさっきから変だ。
ずっと変だ。
なんというか。
それでいいのか? というか。
「レスラーさん」
「なんだ」
「あの二人のこと、知ってますか」
「おい、いまそんな話を」
「どんな武器を使ってるか、とか」
「槍と、ナイフだが」
モップ男とナイフ男が床を蹴って、一気に俺との距離を詰めてきた。
モップを俺の肩に振り下ろす。
ナイフ男は俺の背後をとって、なにかどどど、と重いものを突いてきた。たぶんあのナイフだろう。
前からは、休まずモップの棒で、俺の肩や腹を突いたり、棒を回してあごをアッパーのように下から殴ったりする。
それらは当然、力が体にたまっていくだけだからなにも起きない。
「うあああ!」
いきなり、ナイフ男が倒れた。
ロープに巻き付かれている。あれはエーエさんとかいう人のロープだ。
さっき置いておいたやつに近づいたら、うまくさわってくれたらしい。あるいは近寄りすぎただけで、ロープのほうから近づく性能だったっけ?
モップ男はすこしナイフ男を気にしたが、また、どんどんと突いてくる。
俺は体勢を崩したように見せかけて立ち位置を変え、モップ男とナイフ男が直線状になるようにした。
そして、胸を張って、力を集める。
モップ男がどどどど、と突いてくる中で胸を突いたとき、俺の用意した力のあたりにふれた。
反発した力にふっとばされて転がり、ナイフ男と一緒にロープに絡まった。
「く、これは」
「エーエの」
二人はすこしもがいてから、動くのをやめていた。抵抗するだけ無駄だという性能を知っているらしい。
全員の影のナイフを抜いた。
「まずは身体検査だ」
エクサミさんは言って、俺を見た。
「やってくれ」
「俺が?」
「ナガレ君ならば、だいじょうぶだろう」
「だいじょうぶ?」
「なにか持ってるかもしれないだろ」
レスラーさんは言った。
なにがだいじょうぶなのか。
言いたいことはわかるけれども納得はできない。
でも時間がなさそうなので調べていく。
指示を聞きながら服の上からさわっていくと、ナイフ男のほうからは、影を縫い止めるナイフがあと三本出てきた。
ただし、肩のところだったり、靴の中だったり、ベルトの裏側だったり、いろいろだ。
一方のモップ男は、隠し持っている武器は特になく。
「これは?」
ネックレスに丸い飾りがついていて、ぱかっ、と開いた。その中に、小さく折りたたまれた紙が入っていた。
開いてくと、パパ、がんばってね、と乱れた字で書いてある。
モップ男はその間こちらをちらりとも見ない。
いちおう、小さく折りたたんで元通りにした。
「武器はないようです。おかしいですよね」
「なにがだ」
レスラーさんは言った。
エクサミさんとイケメンは、俺と同意見のようだ。
「この人たち、本気で俺たちを殺す気なくないですか?」
俺はあらためて、彼らの装備を見た。
「モップの人、前は槍を使ってたんですよね? 特級の道具だからこれを使ったとしても、他に武器がないのはおかしいし、ナイフも、これ、あんまり殺すのに向いてなさそうですし」
ナイフは、ナイフの形をしているし、刃もあるものの、手にとって見てみると、変に重いし柄が短くてつまむことしかできない。
投げることはできるし、サポートにはなる。
でもモップ男のほうも、ちょっと、装備として弱くないだろうか。
棒術で人を殺すことはできるとしても、こっちもそう、かんたんな装備ではないし。
「思い返してみれば、エーエさん? も、殺意って感じじゃなかったような。どう思います?」




