15 戦争お断り
係員が入ってきた。
控室には長机と椅子が運ばれてきて、ロ、の字型に配置されたテーブルに弁当が配られた。
といってもそこは洋風というか、サンドイッチと、肉と、サラダをワンプレートにならべたものだったけれども。
まだリープさんは床で四つんばいになっている。
「では、食べよう」
エクサミさんは言った。
「なんですかこれは」
俺はちらちらリープさんを見る。
「昼食を食べながら、と言ったはずだが」
そんなことを言っていたような気もするが。
「やあ」
と手をあげて入ってきたのは、昨日見たイケメンだった。
「やってる? いいですか?」
「どうぞ」
エクサミさんが言うと、イケメンは着席した。
「どうぞ」
と俺たちをうながす。
「はあ」
どうしたものかと思いながら着席すると、イケメンとエクサミさんが、もう食べ始めている。
「これ、ハムがはさまってるね。パンのハムはあんまりいい印象がなかったんだけど、おいしいなあ」
「ソースのせいだろう。うまみだけでなく、辛味もある」
「なるほどね」
「どうした、食べないのか」
レスラーさんも食べていた。
「うまいぞ」
と言ったのはリープさん。
リープさん?
いつの間にか起き上がって、どころか席について食べていた。
「え。よく食べられますね」
「食べたらいけないのか?」
「すいません」
堂々としていたので、謝ってしまった。
リープさんはむっしゃむっしゃと食べている。
A級に落ちたのに。
メンタルが強い。
「審査を受ける人はあとどれくらい来そうなんだい?」
「もう終わりだろう」
「そう。じゃあ、戦争の話でもしておくかい?」
「そうしよう」
エクサミさんは食器を置いた。
もう食べ終わっている。
「ぜひ、レスラーには参加してもらいたいが」
「断る」
「新人勧誘でもしようか」
「はい?」
「君も戦争に参加してほしい」
ふたりとも、俺を見ていた。
「しかたない。力を貸そう」
リープさんが口をぬぐった。
「君、どうだい」
イケメンは俺に言う。
「戦争ですよね」
「そう」
「やりませんよ」
「だが、そうもいかないんだよ」
「そうだな」
なぜか同意するレスラーさん。
「レスラーさんは、やってないんですよね?」
「それなりの実績があるからな」
「なんですかそれ。じゃあ、俺はA級なんていりませんよ」
「力がある者が国を守らないのか! 逆賊め!」
リープさんが怒鳴る。
「戦争といっても、国と国の殺し合いをするわけではないよ」
イケメンが言った。
「はい?」
「君のいうとおり、多くの血が流れる戦争は、デメリットが大きい。いかに勝てば利益が大きいとはいえ、勝っても負けても大きなデメリットがつきまとう。かんたんにいえば、死人が出る」
「……」
「そういう戦争はやめるべきというのは、もう、どの国も同じように思っているんだ。そしてそういう条約が締結された」
「……本当ですか?」
「ああ。わかりやすく言うのなら、君に参加してもらいたいのは、国対抗、武闘大会だ」
イケメンが言い、エクサミさんやレスラーさんがうなずく。
てっきりこういう世界というのは、いつまでも力での勢力争いばかりしていると思っていたが、そういう形への切り替えが成功していたのか。
むしろ俺たちの世界のような、いつまでも戦争がなくならない世界よりもずっと進んでいるかもしれない。
「じゃあ、スポーツみたいなことですか?」
「スポーツ?」
「ある程度、どうなったら、勝ちか負けか決めておいて、競技としての戦いをするんですよね?」
「そのとおり」
「平和的でいいじゃないですか!」
「そう言ってもらえると助かる」
「でも……。断ります」
俺は言っていた。
「戦争に出たいという人間は多い。それだけ得るものも多いが、君はどうして断る?」
「俺は、A級にふさわしいかどうかもよくわからないような存在ですし」
「よくわかっているじゃないか。おれがやる」
リープさんが立ち上がった。
「なに、臆病風に吹かれたところで恥じることはない。おれがしっかりと、この国の価値を高められるよう努力しよう」
リープさんは、とん、とん、と軽くその場でジャンプした。
「ナガレ」
レスラーさんが言う。
「Aとしてやっていきたいなら、これは受け入れるべきだとおれは思うが」
「重要なんですか?」
「そうだ。それに、かならず実戦に参加するともかぎらないんだ。新人なんて、補欠の補欠が、出ることはないだろう。だが実績にはなる。お前のいまの状況からしたら、得ばかりだぞ」
「……でもやりません」
「理由は」
「戦争だからです」
「うん?」
戦争。
一度そう聞いてしまったら、拒否感がすごい。
俺にとっての戦争なんて、やっているらしい、やっていたらしい、というような話だ。
だから知っているなんて言えない。おこがましい。
しかし。
しかしだ。
「内容はどうあれ、戦争、というものに加担するのは、ちょっと、拒否感がすごくてですね。戦争に参加するって考えたら、その……。まったくやりたくないです。そんなことをするくらいなら、A級なんていりません」
戦争についてしっかり考えたことはなかった。
体験したこともないいくつかの戦時中の光景は、映像作品や、教科書や学校行事で見た資料館の記憶だろう。
あれを。
避けるためにここでは、戦争、をやってるんだろうと思っても、やっぱりやりたくない。
それに。
「A級が減るって言ってませんでした? それって、戦争で亡くなっているのでは?」
「そういうこともなくはない」
「正直に言ってもらって感謝します。正式にお断りします」
俺は席を立って、頭を下げた。
「どういう扱いでも、お好きなように」
「しかたない」
エクサミさんも立った。
なにをされるのかと身構えると、ポケットから出したネックレス。
A級の証とかいうやつだ。
「これを」
「くれるんですか?」
この流れで?
「国の力になってほしいのは当然だ。だが、それ以前に、確固たる意思を持つ者にこそ、我々は用がある」
エクサミさんは、それを俺の首にかけた。
赤い宝石がキラリと光る。
「じゃあ、先に宿にもどります」
「ここにいてもいいんだぞ」
「いえ、部外者に余計な情報を流すのはよくないかと」
「そうだな」
と言ったのはリープさんだった。
メンタル。
「ふう」
外に出ると、もう昼になっている。
思ったより長くいたようだ。
なんだか体のあちこちが、こっているみたいに感じる。
いろいろ力が入っていたのかもしれない。
歩いていたら、ちゃらちゃら胸で宝石が弾んでいるのが気になって、首元から中に入れた。
貴金属とは縁のない人生だった。
こういうものの扱いはよくわからない。
ギルドで預かってくれるサービスとかないんだろうか。
宿屋ってどっちだったかな。
誰かに、と思って左右を見ると。
「お兄さん」
声をかけられた。
女性だ。
にっこりと笑顔が魅力的だ。
「俺?」
「ちょっと手伝って」
女性は、顔つきからすると年齢は女子高生くらいかもしれないけれど、身長が170以上ありそうだ。スタイルもスラッとしていて顔が小さくてモデルのようで、だから女性、と呼ぶべきか女の子と呼ぶべきか、ためらってしまう雰囲気があった。
「荷物が重くて」
と彼女は建物の間の路地に入っていく。
振り返って手招き。にっこりと。
「荷物?」
「そう。こっち」
彼女が、すっ、と路地に消えたので、追いかける。
うすぐらい道は五メートルくらい進んで右に曲がると、真っ暗に近いくらいになった。
「どこまで行くの」
「お兄さんA級でしょう? 力あるよね?」
「なんでそれを?」
「さっき証を見てたじゃない」
「ああ」
「だから、ちょっと力を貸してね」
「あっ」
体にロープが巻き付いてきて、肘の高さでぎゅっ、と縛られた。
生き物のように、ロープの端がうねうねと動いていた。




