元妻からの懺悔と遺言とラブレター
前略 あなたへ
あなたがこの手紙を読むころには、きっと私は生きていないでしょう。そもそも、この手紙を最後まで書くことができる保証すらありません。一体何から書けばいいのか…
私には物心ついた頃から未来を視ることの出来る能力が備わっていました。いきなりこんなことを書いても頭が変になったと思われるでしょうね。でも事実なのですから仕方がありません。
あなたと結婚しようと思ったのも他のどんな男性よりも一番幸せになれそうな未来が視えたからです。随分打算的で可愛げが無い人間だと、我ながら思います。
でも、実際あなたとお付き合いして、結婚して、大樹が産まれて、その間一瞬たりとも幸福を感じていない瞬間はありませんでした。あの未来を視てしまうまでは。
私達3人が揃って事故に遭い、地獄のような苦しみを味わう未来。何より最悪だったのは、私だけ辛うじて生き残ってしまうこと。いつしかその光景ばかりを予知するようになりました。それまでは、たとえ不幸な未来を見てしまっても、予定していた行動を、ほんの少し変えるだけで必ず回避することができました。
でもあの未来を視てからは、いくら一生懸命あがいてみても悲惨な予知の内容は全く変わらないままでした。いつ起きるのかも分からない、幸せな家庭の悲惨な結末を延々見せられ続けて、頭がおかしくなるかと思いました。ひょっとしたら既に壊れかけていたのかもしれません。
全てを打ち明けようかとも思いましたが、私には勇気がありませんでした。もし、あなた達に信じてもらえず狂人扱いされ、嫌われてしまったらと想像するだけで、心底恐ろしくなってしまったのです。私は、どこまでも愚かで臆病で卑怯でした。
一時の気の迷いから、自ら命を絶つことを考えてしまいました。その瞬間、おぞましい予知が嘘のようにぱったりと消え去ったのです。
笑ってしまうでしょう? 『私が何としてでも家族を守ってみせる』と奮闘していたつもりだったのに、いざ蓋を開けてみれば、私の存在こそ不幸の元凶だったなんて。
それでもあなた達が死んだ私を前に、悲嘆に暮れる姿だけは見たくありませんでした。幸い、私があなた達から離れさえすれば事故は起きないようでした。
そこで私は離婚を決意したのです。突然蒸発したとしても、あなた達が何年もかけて私のことを探し続けることは予知で知っていました。だから私に愛想を尽かして諦めてもらうために、別の男性の元へ全財産持ち去っていく振りをすることにしました。
そんな最低の仕打ちを受けたにも関わらず、あなた達が三日三晩、一睡もせず駆けずり回って私を探し続ける未来を視た時には、心が折れてしまいそうになりました。あれだけ嫌われたくなかったのに「どうして早く私を見捨ててくれないの」と涙が枯れ果てるまで泣きました。
あの家から姿を消す前に、一度だけ、おそらくずっと遠い未来であなたと大樹と知らない女性が幸せそうにしている光景が視えました。あの予知はもう実現しているのでしょうか。きっと、優しそうなあの方となら三人で上手くやっていけると思います。これは予知能力ではなくて女の勘ですが。
それからの私の暮らしについては、特筆すべきことはありません。とにかくトラブルに巻き込まれないように、ひっそりとした生活を続けていました。もうあんな予知を二度と見なくて済むように。
あなた達から奪い去ってしまった財産は、全て手を付けずに取ってあります。この手紙と一緒にあなた宛てに送る予定です。
数日前から、また予知に異変が起きるようになりました。というよりも未来が一切視えなくなってしまったのです。こんなことは今まで一度もありませんでした。それで気付いてしまったのです。私の未来そのものが存在しなくなってしまうのだと。
今更あなた達に合わせる顔なんてありません。それでも、心の底からあなた達を大切に思っていたことだけは、どうしても伝えたかったのです。だから手紙を書くことにしました。書き終わる前に命が尽きてしまうのではないかと思っていたけれど、間に合って良かったです。
……正直、死ぬのは怖いです。
ああ、ごめんな●い。ボロアパートだから雨漏りしてい●の。文字が滲んで読めなくならないといいのだけれど。
あなた達の幸せをいつまでも心から願っています。草々
元妻より
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
手紙を書き終え一息ついていると、トントンとノックの音が聞こえました。ここに訪ねてくる人なんて誰もいないはずなのですが……まさか、私、強盗に殺されてしまうのかしら。せめて痛い死に方だけは避けたかったのに。
「え……なんで……大樹……?」
恐る恐る扉を開けた先に立っていたのは、三年振りに目にする我が子でした。
「お母さん、お久しぶりです! お元気そうで何よりです! ところで、未来はまだ見えないままですか?」
「…………ああ…………大樹は、相変わらず何でもお見通しなのね……さあ、どうぞ中へ入って」
「お邪魔します」
狭い六畳間の殺風景な部屋へと息子を案内しました。
「…………本当に……ごめんなさい……」
「お母さんは何も悪くありませんよ……まず、ここに来た経緯を説明しますね。一ヶ月ほど前から僕は突然未来が視えるようになりました」
「そんな……あなたも……私の遺伝ね……何てこと……本当に……」
「だから、謝らないでください。この能力のおかげで、こうしてまた再会できたのですから。僕は、予知が見えるようになって、お母さんも同じ力を持っていたのではないかという考えに至りました」
「……あの時、僕達の前からいなくなったのは、何かどうしようもない不幸な未来を避けようとしていたからではないかと思ったのです。違いますか?」
「いいえ……その通りよ」
本当にこの子は小学三年生なのでしょうか……全く信じられません。
「僕は、お母さんを探すことにしました。並行してお父さんのお嫁さん候補も探していたのですが、それはまた後で話します。もし、お母さんも同じ能力を持っているのならば、二人が近付くことで予知の干渉が起きるのではないかと考えました」
「どういうこと?」
「マイクとスピーカーを近づけると起きるハウリングのようなものだと言えば、分かりやすいでしょうか。予知というのは未来を観測することですが、その観測するという行為自体によって未来はごくわずかに変動します。予知能力を持った人間が二人集まれば、お互いの能力が干渉し合い、観測によるブレは指数関数的に増大し、未来視が機能しなくなるのではないかと推測しました」
「お母さんには理解できそうにないということだけ分かったわ」
「後は見当をつけつつ虱潰しに探していくだけでした。実際にその場に行かなくても、特定の地域を探す予定を立て、未来が視えなくなれば当たりなので、そこまで手間はかかりませんでした。居場所が国内で良かったです」
気を遣わせないためにそう言っているのでしょうけれど、本当はどれほど大変だったことか。かつて住んでいた家から少しでも遠く離れようと知人も親戚もいないこの土地に引っ越したのですから。
「……どうして私に会おうと思ったの?」
「子供が母親に会いたいと思うのは自然なことではありませんか?」
「……っ……だって……私は、もうあなたの母親じゃ……」
「お母さんは、いつまで経っても僕のお母さんですよ。お父さんは、近いうちに新しい奥さんを迎えることになると思いますが……ショックですか?」
「いいえ。私は、昔と変わらずあなた達を愛しているわ。だけど、三年経った今でもまだ、あの予知のことを何度も夢に見るの。多分一生忘れられない。だから二人が幸せでいてくれることが私の唯一の望みよ……相手の方は、きっと一度だけ予知で見た女性ね。いい人そうだと感じたわ」
「ええ、とても優しい方です。ただ二人とも両想い同士のくせに、いざとなったら腰が引けてしまうので世話が焼けます」
「ふふ……あなたがあの人についていてくれてよかった」
「…………僕がお母さんの立場だったとしても、同じようにするしかなかったと思いますよ」
この子は……こんなに優しい嘘まで吐けるようになったのね。きっとあの時、私が逃げ出さずに、正直に全てを話していれば、もっと違う未来もあったはずなのに。あなた達だって辛い思いをせずにすんだのに。
「お母さんは、残酷な未来と一人で戦って、僕達のことを精一杯守ってくれました。おかげで僕達は今も幸せに暮らしています。だから、お母さんも、もっと幸せになってください」
「……私は……」
「キューピット役は二度目なので、次は、もっとうまく出来ると思います。今は難しいかもしれませんが、いつかそれぞれの家族同士で一緒に食事したり、遊んだりする未来が必ず訪れます」
「……ええ……ええ、きっとそうね……」
誰かと再び家庭を持つ未来なんて、とても想像できません。情けないことに、あの人に顔を会わせる勇気だってありません。それでも何故だか大樹に断言されると、いつかひょっとしたら、そんな風に明るい未来が訪れるのかもしれないと、信じてみたくなったのです。
手紙を書いていた時に零れ落ちたものよりも、ずっと温かい涙が頬を伝うのを感じながら、私は三年振りに息子の体をぎゅっと強く抱き締めました。




