秘密・俺と悪役公爵令嬢の1000日
2021.10.09 単語「デビュタント」の誤使用を修正。
「コンラッド、喜べ。お前の婚約者が決まったぞ」
父上、バルトン伯爵はたいそうな上機嫌だった。これほど機嫌の良い父上は見たことがない。
でも、私の返事は適当だった。
「そうですか。それはそれは」
貴族の子弟の結婚など、家の為、一族の為のものだ。個人的感情など無視される。感慨など持てるものではない。
「なんだ、全然喜んでおらんようだな」
「喜ぶも何も、相手の名前さえ伺っておりませぬ」
父上はペン! と頭を叩いた。年配者特有の動作、どうして父上くらいの人はこれを、よくやるのか。
「おー、そうであった。聞いて驚くなよ、お相手は、レイセク公爵家のリーディエ嬢だ」
「リーディエ嬢 ですって!」
私は、あまりにも驚いたので思わず大きな声を上げてしまった。父上は私の反応に満足したようだ。
「凄いであろう。うちのような貧乏伯爵家に来てくれる筈はあるまいとは思ったが、おまえが以前から頼んでみてくれと、言っておったので、申し込むだけ申し込んでみたのだ。奇跡だよ、我が一族にも運が向いて来たんじゃないか! 公爵家だぞ、公爵家!」
リーディエ・レイセク。国王一族の縁戚にあたる、レイセク公爵家の三女。
今は十五歳くらいの筈。後に、皇太子アレクセイの婚約者となるも、庶民の間で育った男爵令嬢ユーリアの登場により、皇太子の心は彼女から離れて行く。嫉妬の炎を燃やしたリーディエは、公爵家の地位と、とり巻き達を使って、ユーリアの心を折らんと、いろいろな悪さやイジメをするも、あえなく轟沈。
皇太子や、ユーリア信奉者に断罪を受け、婚約破棄&国外追放の憂き目にあう……。
まあ、これはまだ起こっていない。未来の話。
では、何故、私がこのようなことを知っているか? ご推察の通り、私、コンラッド・バルトン(十八歳) には前世がある。日本人の男性だった。いつまで生きたかは全く覚えていない。しかし、「リーディエ・レイセク」のことは覚えている。
オタクの姉がはまっていた乙女ゲームに出て来る悪役、いわゆる悪役令嬢だった。ゲーム下手な姉の手伝いをさせられたので、このゲームは姉と一緒によくやった。主人公ユーリアより、リーディエの方が容姿も人間性も好きだった。何故こちらをヒロインにしなかった? 何回もそう思ったものだ。姉もリーディエ派だった。
『このゲームの脚本家ってサディストだよね。リーディエって公爵令嬢だから権力があった、それだけじゃん。それ以外は、ただの恋する女の子。それなのにあの扱い、あれは「ざまぁ」になってないよ。ああ、可哀そうなリーディエ。今度、薄い本で幸せにしてあげる』
私が前世を思い出し、この世界が、あの乙女ゲームの世界だと知ったのは十歳の時。驚いた。驚きに驚きまくったけれど、生まれてしまったものは、どうしようもない。身分制が残り、科学もろくに発展していない、この遅れた不便な世界でも、やっていくしかない。
ただ、この世界が、あの乙女ゲームの世界だとわかったことで、やりたいことが一つ出来た。それは……
リーディエを救うこと。ヒロインの敵役である悪役令嬢、リーディエ・レイセク を救うことだ。
リーディエはあまりにも可哀そうだ。忠告するなり、なんなりして、あの破滅エンドからは救ってやりたい。国外追放もだが、あの年頃の娘を、大勢の衆人環視のもと断罪するなど酷いの一語だ。リーディエのやったことに対する罰としては、全く釣り合いがとれない。
しかし、リーディエを救うのは容易ではないように思えた。今の私、コンラッド・バルトン、貧乏伯爵家の長男コンラッドは、あの乙女ゲームでは影も形もなかった。つまりモブだ、いや、モブ以下である。
そう、私には、彼女との接点が全くない。
リーディエは国王の縁戚にもあたる公爵家、それに対し、うちは没落して久しい貧乏伯爵家。家格の違いがあり過ぎて交流などあろう筈がない。
それならば、社交界などで、知り合うのはどうだろう、と考えたが、リーディエがそういうところに現れない。もうデビューをすますべき年頃なのに社交界どころか、(これは友人から聞いて知ったのだが)屋敷からもめったに出て来ないそうだ。
私の、リーディエの知り合いになって忠告しよう作戦は、簡単に行き詰った。やけになった私は、公爵家へリーディエとの婚約を打診してくれるよう、父上に何度も頼んでみた。そして、頼む度に大笑いされた。
それがまさか、父上が本当に打診してくれるとは……、そして、公爵家が、リーディエが、婚約の申し出を受けてくれるとは…… どう考えても驚天動地としか言いようがない。
リーディエは皇太子の婚約者になる筈なのに、何故、私みたいなモブ以下の婚約者に? 皇太子と婚約する前に、誰かと婚約していたという設定などなかった筈。まあ良い、深く考えても無駄だ。せっかくリーディエを救える可能性が見えて来たのだ。この幸運を大事にしよう。
初めて会ったリーディエ嬢は、乙女ゲームで見た姿、着飾った派手派手とは全く違っていた。
とても大人しく地味な感じ。質は悪くはないが簡素なデザインのドレスを纏い、髪型は編み込みなど全くなく、ただ流しているだけ。凄く整った顔立ち、奇麗な緑色の瞳をもっているのに勿体ないことだ。素材の良さを、全くいかせていない。髪型を変え、華やかに(ゲームほどじゃなく適度に)装えば、男などいくらでも寄って来るだろう。高位貴族子弟、選り取り見取りになれる。
それなのに、私などの申し出を受け入れるとは何を考えてであろう? 前世が庶民であるゆえ、生粋の貴族とはいえない私は率直に聞いてみた。
「何故、私のような貧乏伯爵家の者などで、手を打ったのですか? 貴女なら、遥かに良い縁談がいくらでもあるでしょうに」
「どうか卑下はお止め下さい。コンラッド様は私などには過ぎた御方です。確かに他の縁談もございましたが、私は華やかな世界は好きではございません。そういう世界は姉上達に任せております。私は静かに、穏やかに、生きとうございます」
うーん、ゲームと違い過ぎる。ゲームの彼女は心根は悪くないものの、外から見れば、公爵家の権威をかさにきた傲慢な女性だった。目の前のリーディエは、ほぼ別人。しかし、顔はゲームそっくりだから本人であるのは間違いはない。
「静かに、穏やかに、ですか。珍しいですね、女性の方は、社交界のような華やかな世界に憧れるものと思っておりました。実際、皇太子殿下には、令嬢の方々が沢山群がっておいでです。まあ、とってもハンサムな方なので当然かもしれませんが」
しまった。リーディエの前では皇太子の話は、禁句にしようと思っていたのに、つい出てしまった。でも、
「くすっ」
リーディエが笑った。そしてすぐ、真顔に戻った。
「皇太子殿下は、素晴らしい御方だとは思います。ですが、あのように常に女性を惹きつける魅力を発している殿方は好きではありません。好みではないのです」
「ああ、それなら私は合格ですね。女性を惹きつける魅力など、皆目持ち合わせていないのですから」
私は笑顔ながらも、少し拗ねたように言ってみた。振りだけ。
リーディエの容姿はゲームの時からとても好きだ。それに、まだ少し話しただけだが、性格も悪くないというか、好ましく思える。このような女性が妻になってくれると言うのだ、不満などあろう筈がない。魅力がどうこう、など言葉尻だ。
しかし、リーディエは、私の言葉をかなり真剣に捉えてしまったようで、少し、逡巡した後、私の目を見つめ、真面目に返して来た。
「他の女性の方のことは、わかりませんが、私はコンラッド様に惹かれております。それで御満足いただけませんか」
そう言った後、リーディエは私から視線をそらした。少し頬が赤らんでいる。もともと私の好みの顔をしている上に、このような攻撃をされれば、私程度の男では太刀打ちなどできない。すぐに白旗をあげた。そして、勇気を出した。
「満足です。大満足です、貴女のような素晴らしい女性に慕っていただけるなら、これから一生、誰一人、他の女性にモテずとも構いません」
この後のリーディエを私は一生忘れない。頬を赤らめ、はにかみ喜ぶリーディエは、なんと可愛かったことか。
こんな娘が、悪役になるなど信じられない。いや、人は変わる、絶対なんてない。だから、リーディエの近くにいたい。この娘が、悪役に、悪役令嬢などにならぬよう守りたい。そして……
他人になど、絶対に渡したくない。
皇太子殿下、ゲームの中の貴方は酷い男でした。彼女がどうしてそのような愚かなことをするに至ったかに、全く思いを寄せず、断罪するだけ。
確かに、彼女にも、始終ベタベタしたりとか、ウザいところが多々あったのでしょう。しかし、リーディエは貴方の婚約者だったのですよ。貴方に真剣に愛を捧げていた。それなのに、貴方は彼女の愛に、真摯に向かい合いはしなかった。
アレクセイ殿下、貴方は彼女には相応しくない。
ユーリアと幸せになって下さい。
あの子も悪い子ではありません。天真爛漫。それにヒロイン、ヒロインなのです。
ヒロインで我慢下さいませ、殿下。
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私の名前は、リーディエ・レイセク。レイセク公爵家の三女です。
私には秘密があります。
それは、他の人には無い特殊な能力を持っていることです。私には未来が視えるのです。だから、自分が将来破滅することを知っています。皇太子殿下の婚約者となり破滅するのです。
私の未来視は、外れたことがありません。そして、未来視で見た未来は、どんなに意図的に避けようとしても避けることは出来ません。例えば、ある未来視では、馬車の事故で足を骨折することを知りました。骨折などしたくないので、屋敷に引き籠っていましたが、結局、骨折しました。お父様が王宮で倒れられたとの連絡があり、私達家族は馬車を飛ばさざるを得なくなったのです。事故りました。(お父様は無事でした。軽い貧血だったようです)
このようなことが、度々あり、私は未来を変えることを半ば諦めていました。
もう少ししたら、皇太子殿下との婚約が決まってしまいます。そして、ことさら好きなタイプでもない筈なのに、殿下に入れ込むようになり、突如現れる男爵令嬢ユーリアに、嫉妬心を燃やし、いじめやユーリアを貶めるための悪事を繰り返します。そして、多くの貴族達の前で婚約破棄され、破滅。虚しい人生です。
私は、だんだん生きる意欲が無くなって行きました。若い女性の、最大の楽しみともいえる、お洒落に対してさえ興味を失いました。
破滅するのは運命。避けることができない神様が書いた筋書き。それならば、どうでも良いじゃないですか、お洒落なんて。私は持っている殆どのドレスを友人の令嬢達にあげてしまいました。その時の、姉上の言葉を今でも覚えています。
「リーディエ、貴女、気でも狂ったの?」
私がそのような状態になっていた時、思わぬこと、私の未来視にないことが起こりました。バルトン伯爵家からの縁談の申し込みです。
未来視に無いことが起こるなど、今まで殆どありませんでした。私はその縁談に飛びつきました。父上、母上、家族の殆どが反対しました。うちは公爵家です。バルトン伯爵家の家格や経済状況を考えると、難色をつけるのは仕方ありません。しかし、私には破滅が待ち構えているのです。なんとしても、この一筋の光を掴み取らなければなりません。必死に家族を説得しました。
そして、婚約が許され。初めて、コンラッド様にお会いしました。コンラッド様は、スポーツで鍛えられた中肉中背の体躯、甘いマスク、見た目的には貴族子弟によくいるタイプの方でした。しかし、お話してみると、気取りが無く素直な物言いをなされる殿方で、全く貴族らしくありません。(コンラッド様の名誉のために申し添えますが、マナー等はきっちとされていましたよ)
私は、コンラッド様に好感を持ちました。殿方との会話はあまり得意ではないのですが、コンラッド様とは楽しく話せます。心地良いです。
何故、心地良いのでしょう。それは気取らないコンラッド様の持ち味のおかげもあるでしょうが、別の何かが、他の人と違います。何が違うのでしょう? 少し考えてみましたが全くわかりませんでした。
話の流れで、皇太子殿下にコンラッド様が言及されることがありました。殿下はたいへん淑女の方々にオモテになると……。
嫌な話題でした。どうしても、未来視で見た、婚約者である殿下に入れ込み、ベタベタと殿下に纏わりついている自分の姿が、頭に浮かんできます。破滅が待っているのに、なんて愚かな。あんなのは私ではない! そう叫びたくなりました。でも、コンラッド様の前で、ヒステリックになる訳には……
「くすっ」
笑って、誤魔化しました。
その後、コンラッド様が、自分には女性を惹きつける魅力がない、などと仰られたので、他の女性のことは、わからない。でも、私は、リーディエは、コンラッド様に惹かれている。そのようなことを申しました。
これは、半分本気、半分嘘です。お会いしてコンラッド様に好感を抱いたのは本当です。ですが、面と向かって、惹かれていますと言うほどの想いではありませんでした。お会いしたのは今日が初めてなので、当然です。私は一目惚れなど信じておりません。
では、何故言ったのか? 当然、破滅したくないからです。このまま結婚し、私を破滅から救ってもらいたいからです。私欲です、私欲なのです。破滅を回避するために彼を利用します。でも、誰も私を責められないと思うのです。誰も……。
「貴女のような素晴らしい女性に慕っていただけるなら、これから一生、誰一人、他の女性にモテずとも構いません」
そう言ってくれた、コンラッド様の額には汗が浮かんでいました。今は冬、暖炉は焚いていますが、そんなに暖かくありません。コンラッド様は真剣に、真摯に、私の私欲にまみれた言葉に答えてくれました。
この時、私の先ほどの言葉が本物になりました。
私はコンラッド様に惹かれています。妻になりたいです。良き妻に。そして、二人で幸せを掴み取りたい……。
何故だか、わかりませんが、今日初めて会った私のことをコンラッド様は心から思ってくれています。私に一目惚れしてくれたのでしょうか? まさか、そんなことはあり得ません。私は魅力溢れる女性ではありません。(ああ、なんたることでしょう。初めて婚約者にお会いしたのに、私の出で立ちの最悪なこと。これでは町の商人の娘などの方が、遥かにマシです)
それに、先ほども言いました通り、一目惚れ自体が幻想です。お伽話のようなもの、あったら良いな! です。
もしかしたら、コンラッド様は私のことを以前から知っていたのでしょうか? それも可能性は薄いと思います。私は今まで、皇太子殿下と出会わないようにするため、外出は極力抑えていましたし、コンラッド様のお家とは家格の違いもあり交流など全くありませんでした。
ダメです。全然わかりません。
でも、そのようなことより重要なのは、彼が、コンラッド様が私を好いて下さってる、好ましく思って下さっていることです。
ああ、なんて幸せなんでしょう。人に想いを寄せてもらい、こちらからも想いを寄せれる。これほど素晴らしいことがあるでしょうか。
私の未来視にはろくな未来が映りませんでした。人生はそんなものだと諦めていました。それなのに、私にこんな日がくるなんて……。この幸運を逃したくありません。
「コンラッド様、今度どこかへ連れて行って下さいませんか?」
「ええ、いいですよ。どこへ行きましょう。ご希望はございませんか?」
「どこでも良いのです。私は二人で出かけたいだけなのです。コンラッド様と二人で」
コンラッド様は、私を色々なところに連れていってくれました。夕日の奇麗な海岸(内陸育ちの私は初めて海を見ました。おっきいですね、海)、美しい湖畔に佇む典雅な古城、職人の素晴らしい技を堪能できる細工工房(ここで彼が注文して下さったペンダントは私の宝物です)等。本当に色々なところに。
こうして、コンラッド様と私は逢瀬を重ねていきました。そして、私は気づいたのです。お会いした時から思っていた疑問、彼といると、どうして楽しいのか? その原因の一つに。
コンラッド様は、何か他の人とは違う。以前から、そう思っていました。確かにコンラッド様は他の方とは違います。私のお慕いする御方です、違っていて当然です。(恋する乙女の視線です、惚気です)しかし、コンラッド様は何か違うと感じる原因は私にもあったのです。
私には未来視の能力があります。しかし、コンラッド様と一緒にいる時には、全く未来視が働きません。未来が見えないのです。なんて素晴らしいことなんでしょう。
未来が見えない。それは、いくらでも幸せな未来を想像出来るということです。コンラッド様と私の幸せな未来を。
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私はリーディエとの時間を、積み重ねていった。しかし、そろそろ限界だ。避け続けていた所に行かねばならない。私とリーディエの婚約は両家ではとうに合意に達している。しかし、最終的には、王宮に登城して国王陛下の許しを得なければならない。形だけのものではあるが、伯爵家以上の貴族は、そういうしきたりになっている。ましてや、リーディエは陛下の縁戚、公爵家の令嬢。避けては通れない。
王宮に行くとなると、皇太子殿下に会う確率はかなり高い。それ故、リーディエと正式に結婚するまで、王宮には行きたくなかったのだが……。
案の定、皇太子殿下と出くわした。国王陛下の許可は簡単におりたので、もうリーディエの破滅は回避されたと、かなり安心していたのだが、ゲームでの殿下を知っているだけに、私は少々身構えてしまった。しかし殿下は……。
「やあ、リーディエ、コンラッド。婚約したんだってね。おめでとう、良かったな」
とっても、にこやかな笑顔と祝福の言葉を贈ってくれた。私もリーディエも、感謝の言葉を返した。
「リーディエは、はとこ。私にとっては妹のような者だ。幸せにしてやってくれ」
殿下が、私の肩を叩きながら言った。
「はい、殿下」 絶対にします。
妹か……。ゲームの中のアレクセイ殿下も、リーディエを女性として見ていなかったのだろうか? それ故、ユーリアが現われると、あれほど、あっさり切り捨てた。いや、それでも、ゲームの殿下は酷い。いくら女性として見ておらずとも、妹のように感じていたなら、あのような断罪の仕方はしないだろう。やはり、ゲームの殿下はクソ野郎だ。
「ところでな、数日後に発表がするのだが、私も婚約したよ」
「もしかして、ミリマルト男爵家のユーリア嬢ですか?」
また、やってしまった。ゲームで知っているだけで、会ったことも無いのに……。
「正解だ。どうしてわかった? ユーリアを知っているのか?」
「いえ、直接には。風の噂で聞くに、天真爛漫な凄く可愛い方のようですね。殿下はお幸せものです」
冷や汗ものだ。殿下の最初の疑問は無視して、後のだけに答えた。急に、上手い受け答えなど出て来ない。でも、殿下は気にされなかった。良かった……。
「そうなんだ、ユーリアの可愛さったらないんだ。彼女はな……」
殿下のユーリア自慢が始まった。うーん、人の惚気ほど遠慮したいものはないのだが、相手が皇太子殿下ゆえ、無下にも出来ない。しかし、長い、長過ぎる、もう我慢が出来ない!
「殿下は、幸せ者だと思います。でも、私の方が幸せ者ですよ。なんて言ったって、リーディエが婚約者なのですから。これは間違いありません」
私は、リーディエの肩を抱き引き寄せ、殿下に言った。言ってやった。
「言ってくれるな、コンラッド」
殿下は、拳で私の肩を小突くと、穏やかな笑顔になった。
「それでは、どちらも最高に幸せ者だと言うことだ。どちらが上とかそういうものではないだろう」
リーディエの表情が、一瞬変わった。私同様、何か思うところがあったのだろうか?
私が、思ったのは、このアレクセイ殿下はゲームの殿下とは違う。このような考え方を出来る殿下なら、あのような過酷な罰をリーディエに与えない筈だ。この世界は、あの乙女ゲームの世界だが、もう、私の知っているゲームの世界ではない。物語から、登場人物の性格まで、大きく変わって来ている。
この後、私達は殿下に、ユーリア嬢を紹介された。そして、なんとリーディエとユーリアは馬が合い、友達になった。
「リーディエ様とお話していると、とっても楽しいです。まるで昔からの友達とお喋りしているような気になってきます」
そう言って、ユーリアが朗らかに笑う。ゲームではあれほどの争いを繰り広げた二人なのに、変わればかわるものだ。
「私もです。ユーリア様が素敵な方で私も嬉しゅうございます」
リーディエもそう言って、微笑んだが、こちらは、若干、笑顔がひきつっていた。もしかして……私はリーディエに疑問を持った。
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コンラッド様と私の結婚式は明日です。国王陛下やアレクセイ殿下の立ち合いの下、盛大に開かれます。(コンラッド様のお父上、バルトン伯爵様は、出費に頭を痛めておられましたが、レイセク公爵家からも、かなり援助がある筈です。なんとかなるでしょう)
しかし、その前に、私は私の秘密をコンラッド様に伝えようと思います。どうも、コンラッド様も秘密が、おありのご様子。私は愛する殿方の全てを知りたいのです。でも、相手に要求するばかりでは、不公平です。ですから私の秘密も知ってもらいます。
あのような秘密を打ち明けたら、頭がおかしいのか? と思われるのでは、とも思いましたが、私は信じております。二人の愛はこんなことで壊れたりはしないと。
「コンラッド様、私の秘密を聞いていただけませんか」
「秘密か……。実は私も持っている。良い機会だ、互いに知らせることにしよう」
「はい、コンラッド様」
コンラッド様の提案で、私達は紙に書いて見せ合うことになりました。口で言うにはあまりにも荒唐無稽なことですので、ありがたかったです。
「では、『せーの!』で開くことにしよう」
「はい」
「「 せーの! 」」
" 私は未来を知っていた "
" 私は未来を視ることができました "
「「 …… 」」
「ほんとなんですか!」
「ほんとだよ」
「ほんとなのか!」
「ほんとです」
私達は、これまでのことを洗いざらい、ぶちまけ合いました。コンラッド様の話には驚きました。だって、コンラッド様には前世があって、その前世でやったゲームが、今、私達が生きている世界だなんて、荒唐無稽も良いところです。私の未来が見えるという未来視の方がなんぼもマシです。
コンラッド様が前世でやったゲームの中の私は、私が未来視で見た、未来の自分と全く同じでした。それなのに、コンラッド様は、あのような私でも好きだったと言ってくれました。
「ゲームの中のリーディエは一番純粋な子だったと思う。皇太子が好きで好きでたまらなかったんだよ。だから、必死で殿下が離れて行くのを止めようとした。手段は良くなかったとは思うけれど、愛しいと思いこそすれ、責める気にはなれなかった。ましてや、あのような断罪なんてね。姉と二人で、殿下を糞味噌に言ったのを思い出すよ」
私は未来視で見た、自分が嫌いでした。でも、あのような自分でもコンラッド様は、愛しいと言ってくれたのです。もう、心の中の想いが抑えられません。私はコンラッド様に抱きつきました。
「コンラッド様、私は明日、貴方の妻になります。絶対、良い妻になります。だから、だから、一生一緒にいて下さい。私を放さないで!」
「リーディエ。おまえを放したりするものか。こちらから頼むよ、俺から離れないでくれ」
コンラッド様は私を優しく抱きしめ、頭を撫でてくれました。とても優しく。
彼に身も心も委ね生きて行く、そう思うと全身が幸福感で満たされます。もうどうにかなりそうです。あの、未来視に怯え、人や物事を避けまくっていた孤独な私はなんだったのでしょう。
私は彼に尋ねました。
「コンラッド様。これから私達の未来はどうなるのでしょう。知っておいでですか?」
「さあ、わからない。私の知っているゲームの物語とは異なりすぎている。もう未来など、わからないよ。リーディエはどうなんだい、わかるのか?」
「私にも分かりません。コンラッド様にお会いしてから、だんだん視えなくなってきたのです。今では、全く視えません」
「そうか、それは良かったな」
「はい、良かったです。未定な未来、最高です」
私はコンラッド様から、体を離しました。そして、彼の首の後ろに手をやり、彼と唇を重ねました。
結婚式は明日、明日になれば、私は彼のもの、彼は私のものです。
誰も私達を引き離すことは出来ません。
++++++++++++++++++
リーディエと結婚して二年たった。私達は幸せな毎日を送っている。秋には、初めての子供が生まれる。男の子だろうか、女の子だろうか。どちらでも良い。リーディエが産んでくれる子だ、良い子にきまっている。本当に幸せだ。
ただ、大したことではないと思うのだが、一つだけ、未だに、気になっていることがある。
リーディエの破滅が、あまりにもあっさり回避されたことだ。もっと紆余曲折があるのを覚悟していたのだが、そんな必要は全くなかった。もしかしたら、この世界は、純粋には、あの乙女ゲームの世界ではないのかもしれない。
『ああ、可哀そうなリーディエ。今度、薄い本で幸せにしてあげる』
ゲームを終えた姉が言っていた言葉だ。薄い本、文字通り薄いのだ。長いストーリーなど入れられない。それゆえ、あっさりリーディエは救われた。
まさかね、まさか、この世界が、姉さんの薄い本の世界だなんてことはないよな。そんなの荒唐無稽だ、荒唐無稽……。私は馬鹿な考えを頭から追いやろうとした。
屋敷に帰り着いた。
「リーディエ、ただいま」
「おかえりなさい、あなた」
リーディエは今、十八歳。とんでもない美女に成長した。こんな美しい女性が自分の妻だなんて、未だに信じられない。夢の世界にいるようだ。
「お腹、大丈夫か?」
「まだ、三カ月よ。心配性ねー」
リーディエが笑う。なんて優しい笑顔なんだろう。愛しくてたまらない。
私はリーディエをしっかりと抱きしめた。リーディエが耳元で囁く。
「ねえ、コンラッド。私、幸せよ。幸せなの」
私は考えるのを止めた。リーディエがいるこの世界が好きだ。リーディエが私と共に歩んでくれる、この世界が好きなのだ。世界に対して思うことはそれだけだ。
何の世界なのか? そんなことは、ほんとうにどうでも良い。
「ああ、私も幸せだ。リーディエ」
俺はさらに強くリーディエを抱きしめた。
最初はコンラッド視点のみで書こうと思ったのですが、とても無理。すぐ諦めました。