砂の記憶
チェックメイトだ。
やつの盾はことごとく粉砕した。
そして騎士は俺の重騎兵に塞がれて動けない。
俺の騎士の剣が奴の王喉元に突きつけられている。
圧倒的なレベルの差で俺は勝ったのだ。
画面越しに今日の対戦相手が悔しがっているのを感じる。
そりゃ悔しいだろう。
やつは全てを失ったのだから。
俺は対戦相手に数十回と繰り返した決まり文句を言う。
「キル・・?、オア・・・・、スレイブ?」
今までキルを選んだやつはいない。
やつも当然、スレイブを選ぶ。
その瞬間、名も知らない対戦相手は命と引き換えに全てを失った。
仕事も財産も、そして家族も。
俺のメモリーバンクにやつの情報が流れ込んでくる。
日本人だったのか・・・・・。
俺の心にわずかな希望が生まれた。
隠し口座もゲームマスターは見逃さない。
リスト化された全財産をすべて現金化する。
都心の一戸建ても別荘も俺には不要だ。
10%の手数料を引かれて、現金が俺の口座に振り込まれた。
次にやつの仕事を確認する。
トレーダーか・・・。
ギャンブルは仕事だけにしておけばよいのに。
これは俺には不要。ゴミ箱行きだ。
そして、家族・・・・・。
データを確認した俺の期待が失望へと変わる。
違った。
「上書きしますか?」
ゲームマスターが無機質な声で俺に尋ねる。
「ノー。保留だ。」
家族については財産のように現金化はできない。
その代わり選択肢は4つある。
ゲームに負けた瞬間、家族から奴の記憶は消される。
ひとつめの選択肢は上書き
セーブを選ぶと、家族に俺の記憶が書き込まれる。
つまり、やつに替わって俺が家族の一員となるのだ。
ふたつめの選択肢は賃貸。
第三者に家族を貸し、俺は収入を得る。
既に家族のいるプレイヤーが選択することが多い。
みっつめの選択肢は放棄。
家族の権利を放棄し、対戦相手に返してやることだ。
これを選ぶ馬鹿はいない。
みすみす手持ちのコインを無料で返してやるくらいならゲームをしない方がマシだ。
そして、よっつめ。
俺の選んだ保留は、文字通りの意味。
手持ちのコマとしてリストに加えておく。
いずれ使い道があるかもしれない。
無ければ賃貸に出せば良い。
世間にはゲームに挑む度胸はないが家族を欲しがるやつはいる。
最後に、ゲームマスターは奴隷の処理について聞いてきた。
やつが奴隷を選んだ以上、殺すことはできないが、それ以外は好きなように扱える。
しかし、頭ばかりとがったエリートのトレーダーなど、召使いにも使えない。
「奴の見積もりは?」
「100万ドルです。」
随分と安いな。その程度の男だったと言うことか。
「500ドルで保釈。」
俺は、やつを条件付きで解放することにした。
自由と引き換えに、やつは毎月俺の口座に最低500ドルずつ振り込まなければならない。
そして奴が本当に自由になり、自分を取り戻すのには100万ドルを俺に完済する必要がある。
以前のやつには500ドルなど、ディナーのチップ程度のものだったろうな。
地位も財産も全て失った今は決して楽な金額じゃないだろう。
なりふり構わず必死で働いてやっと稼げる額だ。
もし返せない時はどうなるか?
ゲームマスターは必ず回収する。
たとえ、やつの臓器を売ってでも。
俺はゲームからログアウトし、キッチンへと向かった。
冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出し、そのまま一気飲みする。
解放感からか、酔いとともに眠気が襲ってきた。
俺はリビングのソファーにうつ伏せに倒れ込んだ。
人生を賭けたこのゲームの名前をサンドメモリーズという。
砂の記憶だ。
敗者の記憶は砂が指からこぼれ落ちるように消えてしまう。
このゲームに溺れる奴はサンドジャンキーと呼ばれる。
俺もそのひとりだ。
サンドジャンキーの末路は大抵哀れなものだ。
運良く勝ち抜いてもいずれ本物の麻薬中毒者か廃人になってしまう。
それでも、俺は抜けられない理由がある。
俺は19歳のとき、ビギナーズとしてサンドメモリーズにエントリーし敗れた。
俺の価値はしれたものだったので、5年かけて借金は完済できたが、取り戻せなかったものがある。
家族と家族の記憶だ。
俺には家族の記憶がないし、家族には俺の記憶がない。
唯一、俺が家族の所有者に勝利することでのみ、マスター権限で家族の記憶を取り戻せる。
このゲームの参加者の数を考えれば不可能に近い数字かもしれないが、希望が全くないよりはマシだ。
俺はこの砂漠から、家族というたった一粒の砂を探して今日もゲームに挑み続けている。
そろそろネタが尽きてきました。
当分は連載ものに集中しようかと。出張も多いしなあ・・・・。
まあ、電車の中でもふと思いつくこともありますしね。




