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空白の2日間  作者: みすみいく
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誓約

 アウルが、自分を他の誰かに託すことが出来るか否か。アレンは、総てを抱えたまま、逝って終おうとしている彼を留めることが出来るのか?!

 「何だって?!エドナ」


 アウルにいきなり、後継者を養成しろ、ひいては伴侶を娶れと仄めかされて、いい加減頭に来ていた所へ持って来て、シュバルトの事は自分達でやるから、休暇を取って鋭気を養う様にと、俺の秘書のエドナに告げられたのだ。


 「ですから。シュバルトはルィザに任せておけば、問題有りません」

 「公もボスも、審議会前からろくにお休みでは無いのですから、本格的にリント伯爵を叩きに架かる前に、万全の体制を整えて頂きたいのです」


 渡りに船では有る。

 アウルとの間に沈めてある引っ掛かりを、掘り起こして片付ける必要は有る。


 「拘留期間が過ぎてからでも問題は無い。君とルィザに任せる事をとやかく言っているのでは無いよ」


 「シュバルトはプロフェッショナルだ。どんな手を使って逃亡を謀るかも知れない。君達を危険に晒しておめおめ休んで等居られないよ」


 これは建前だった。本音は、一端この手に抱いたと、手に入れたと思っていた彼が、俺に他の相手と睦めという。


 俺にはまだ、自分を信じ切れていなくて、アウルが俺を哀れんだだけだったと、言う思いが拭いきれなかったからだ。

 このあやふやな気持ちのままで彼の前に立つ勇気が出ない。


 「では、申し上げます。今、伯爵がなさるべきは些末な段取りでは有りません。オーバーワークのお体を押して、他の者でも出来る事をなさっているべきでは無いのです」


 正論に一言も無い。

 ここは一も二も無く彼女の言うとおりにするべきだった。


 逃げるのか?!向き合うか?!

 逃げて如何する?!俺との関係を深めまいとするアウルを、強引に引き込んだのは俺だというのに。


 審議会への罠への経路も、俺が望んで辿ったと言えなくも無いと言うのに。


 ぶつかって?!俺を愛していると、身も心も疑う余地も無いと言うのに、妻を娶れと言い放つ彼に、如何にして対処すれば良いと言うのだ?!


 相対すれば愛しさに、自分を抑えがたくなるのは目に見えているが、かと言って、情欲に巻き込めば如何にも浅ましい。


 では如何する?!彼以外の伴侶など望んでも居ない。だが、彼の言う後継とは、単に引継ぎをするものでは無く、俺の意志と、カーライツ伯爵家を共に引き継ぐものと言う意味を持つ。


 彼の継子、クリストファ・ハインリヒと手を携えて、或いはどちらかに不測の事態が訪れた時には、単独でも状況を掌握出来る跡継ぎ…と言う事だった。


 加えて、彼は自分の存在が、俺にとって、伯爵家の責任から逃れる切っ掛けになることを承知していて、回避しなければならないと心に決めているのだった。

 本当の目的はそこに尽きるのだろう。


 俺を思う余り…なのだが、恋愛というものはそれ程純粋では有り得ない。

 特に俺は、自分勝手と言う奴なんだろう、彼以外は何も欲しくない。


 仕事と並べて考えなければ成らないのが辛いところだった。俺に子供が居れば問題は無いんだが…。

 ああ…そうか、この手が有った!


 「伯爵。あの、生意気な事を申しまして…」


 話の途中で黙り込み、苦虫をかみつぶしたような顔をしている俺に、エドナが恐る恐る声を掛けてきた。


 「済まない。エドナ。君の言うとおりだよ。僕は感覚が麻痺した様な部分が有って、万全とは言えない。休暇を取る必要は有るだろう」


 「だが、シュバルトの事が気に架かって、家に居ても落ち着かないよ。いったいどう言う訳で、ルィザに任せておけば良いと言う結論に至ったのだね?!」


 「はい。実は…」


 エドナが告げた事柄は、俄に信じ難かったが、シュバルトの口が少しずつ開き始めたのを見ては、認めざるを得なかった。


 「事の次第は聞きましたか?!俺達は自分の役割を果たす時まで、休んでいろと言う事らしいですよ」


 予測が有ったのか、アウルは俺ほど驚きはしていないようだ、珍しくも無いが。


 「らしいな。だが、私の言いたい事は変わらないぞ」


 俺の方を見ずに言う。堪らず離れ掛けるのを捕らえて、抗う唇に触れた。


 「こうして…私を飼う積りなのか?!」


 予想通りの硬い応え。

 だが、氷のような面の奥に、熱く滾る心を隠してあるのを今は知っている。


 「貴方が俺を必要としてくれているのは知っています。俺を愛してくれている事もね。だから、今の俺には貴方のそんな顔は効きませんよ」

 「でも、根底に何より大きな訳が有って、それが何かは言えない」


 そう言って見詰めると、今後どう言う態度を取るべきかを見失って、真剣に戸惑う。

 見詰め返した瞳にも、何時もの力は無くて、悔しげな顔はあどけなくも見えた。

 つい微笑う。と、悔しげに見返し瞳を伏せて、溜め息と共に腕の中で力を抜いた。


 「仕方が無いな。審議会の夜から…始めから私の負けだ」

 「俺に黙って何処かへ行かないで下さい。言えないと言うなら聞く必要は有りません」

 「それで俺に何か有るときは、貴方も共に逝ってくれるんでしょう?!」

 「そんな風に…言うな…」

 「そうですね…そんなに深刻に成る事は無い…」


 アウルの言う事が、軽く受け流す様な内容で無い事くらい、俺にも判っていた。だが、一緒に沈み込んで終っては、それまでになってしまう。

 否定して、自分と関わる事を避けさせようと、口を開き掛けるのを阻んで抱き締めた。


 「…アレン…」

 「駄目だ!!放さないっ!!」


 涙が…零れて居たのかも知れない。

 握りしめた手首が縋るように背広の胸を掴む。

 言葉にする事が出来ない想いに、切り裂かれそうになりながら、互いを抱き締める事で何とか立っていられるのだった。


 「…痛い」

 「あ…すみません」 

 「やってみる」


 とは?!自分の出した結論に、俺の希望を加味してくれると言う事か?!


 「俺と共に生きてくれますか?!」

 「やってみる」


 そう言うと伏せていた目を上げて俺を見詰めた。何という瞳の色だろう?!この世で最も美しいエメラルドが対になって俺を見詰めている。


 エメラルドは魔性の石で、人を虜にせずにはおかないと言うが、この双眸より俺を魅了する宝石は他に無かった。

 白い瞼に輝きを納めると、踵を浮かせて唇に触れた。

 

 断言は出来ない。だが、有れかしとは願う。希望が有ると言うならやってみると。


 「アウル。感謝します」

 「結果は分からない。もう少し…触れていたいと思っただけだ」

 

 判って言ってます?!それ、極めつけの殺し文句ですよ。


 「誘っているんですか?!」

 「馬鹿。何を言ってる?!」

 「俺じゃ無いですよ?!。貴方が言ったんだ。…はい。これ」


 ポンと、手の中にカードキーを押し込まれて呆然としている。


 「アレン、お前…」

 「勝って貴方を抱きたいって言ったでしょう?!貴方は、承知しましたよ」


 図書室の衣衣の別れの記憶を辿って、思い至った様だ。目元が染まる。


 「俺は今夜アパートに戻ります。待っていてくれますよね?!それとも、俺が怖いですか?!」

 「煩い。早く戻れ!エドナにもカミングアウトするつもりか?!」

 

 一か八かをやってみるつもりだった。

 余りにも互いを想いすぎて、身動きがとれなくなった感が有る。

 その一方で、これを逃すと、取り返しが付かなくなる気がしていた。


 リントの事が片付いた時には、アウルを喪っているような…手に入れたと確信したその後で失いかけた。

 その幻覚かとも思うが、今やらなくては成らないと言う気が頻りとしていたのだった。


 夕方ルィザに急かされるようにしてアウルが帰途に就いた。だが俺は、その日の内に帰宅しようとは思っていなかった。

 真夜中の1時を回った頃、都心のアパートに帰り着いた。カーライツの屋敷はそう遠くは無い。

 だが、家人が煩わしい時は、ここに帰宅することが多かったのだ。


 このアパートが俺の持ち物だと言う事は、俺とアウルしか知らない。

 エレベーターを降りてドアを開けようと、指紋認証用のサブキィを出しかけていると、中から鍵を外す音がして、アウルが顔を覗かせた。


 「俺が開ける迄待つ方が安全ですよ」

 「だって、キィを持って居ないだろう?!」


 サブキィを見せると、何だという顔をして、赤くなる。

 「どうしました?!」

 「なんか…凄く恥ずかしい」

 「恥ずかしい?!何が?!」

 「お前に待っていろと言われて…ここに居る自分が…さ。まるで…。」

 「抱かれたいって、言ってるみたい?!」


 言い当てられて、踵を返して部屋の中に逃げ込むのを、捕まえて唇を押し当てた。


 触れた唇が、頬が、抗う指先迄が熱かった。俺を待って噛みしめる記憶が、彼の躰を押し上げて居たのだった。


 抵抗が見る間に萎えて、抱いた腕の中に頽れてくる。

 後ろ手にドアを閉じるのももどかしく、その熱い躰を抱き締めていた。


 重ねた躰が、まだ、泡立ち、疼いていた。充足に、緩く腕をまわして溜め息を付くアウルが美しい。


 「俺との名残に…ですか?!」

 言うと、薄く微笑み頬を引き寄せて口付けた。

 「どうして俺に、妻を娶れと?!」

 「貴方が愛していると言ってくれたのはつい一昨日の事ですよ」

 「うん。私は今もお前を愛している。これからも、未来永劫」

 「なら、どうして?!」

 「男の私は何処まで行っても、カーライツ伯爵の伴侶には成り得ないからだ」


 何時もの、自分を作り上げる事に長けた彼が戻って来ている。


 「俺の後継の話なら、王家の子供達の一人を養子に迎えます」

 「アレン?!」

 「俺の姉の産んだ子供。貴方の兄上との子供。そして、王家とカーライツの継承権を持つ子供です」

 「リント伯爵家に妙齢の令嬢が居られれば話は別だが、現時点で最良の血統を持った後継者、カーライツの力を最大限に引き揚げる継子だ。一族の中の誰にも何も言わせない」

 「貴方の継子、クリストファの代になればこの国に覇権争いの種は無くなりますよ」

 

 言うと、少し眉をひそめて、不服そうに唇を引き結ぶ。


 「どんなに隠しても、何れスキャンダルとして暴露される」

 「その時は、この国にいる必要は無い。フランスなら結婚だって可能だ」


 俺の腕を抜けざまに、切り返して眼差しを振ってくる。彼の意志が込められた。


 「お前を見くびっていたようだ」


 言うと、シャツを開いて左の乳の下に有ったものを俺に見せた。


 今迄、肌を合わせても見せないようにしていたのだろう。

 鳩尾の左寄り、胸の左…心臓と言われる真上の辺りにそれは有った。

 長さ3センチは有る。執刀の跡が一部分残ったようにも見える。白い筋のようになった傷跡だった。


 「…これは、刺し傷ですか?!」

 「8つになって、マーヴが王宮に移った翌日、王宮から差し回されていた秘書に乱暴された」

 「…殺す積もりで…手に触れたもので打った。コンソールから落ちた、ブロンズだったか…」

 「…私を否定した者を…排除するために、と、浅ましい私を濯ぐ為に…」


 「明瞭な殺意の元に、頭めがけて打ち下ろした。…8つだったからと言って、正当防衛には当たらない。殺人に他ならない。刑法に触れるか否かの話でも無い」

 「頭を血に染めて…息をしていなかった。後は私の身の処し方だけだった」


 「簡単に、屋上から墜ちようか…でも、酷い形で…歩くと床に血が落ちて…誰かに見られるのも厭だった」

 「…そいつのベルトに、ナイフが…それで胸を刺したが死にきれなかった」

 「次に目が覚めたのはICUのベッドの上だった。暫くは記憶が無いが、忘れようも無い」


 「…これが…私がお前に値しない者だと。死に値する者だと言う理由だ」


 話し終わって、安堵と悲しみがない交ぜになった顔で俯いた。閉じた瞼から涙が落ちる。

 想いの全てから解放される安堵を望んでいるのだろう。彼の苦悩は余りにも長い。

 

 「なる程…そうでしたか…」


 彼の辿った苦難の道を思うと涙がにじむ。


 「俺が引き受けます。貴方が死すべき者だと確信したなら、俺がこの手で」

 「アレン?!」

 「貴方を抱いて…1つになったまま、首を絞めて。そうすれば貴方は永久に俺一人のものになる。他の誰にも渡さずに済む」

 

 そう言って見詰めた俺を、信じられないものを見るような目で見ている。


 「貴方がそいつを屠らずに、貴方の自我を殺されたままにしていたら、俺と出逢う事も無く、見出されなかった俺は未だに泣き虫アレンのままだったろう」


 「獣の様な奴の、人としての権利なんざ知ったこっちゃ無い。俺がその場に居たら、俺が手を下している。」

 「貴方を無くしては今後の俺も成り立たない」


 アウルは半ば呆然として俺を見ている。


 「…お前を見出したのは私だ」


 「…初めてグラヴゼルで、逆光の中に貴方を見つけた。俺の耳に届いた貴方の声に、俺が、俺に必要な者を見出した。俺が貴方を見初めたんだ」

 「俺も、俺自身の意味を見失っていたんだ。俺が俺で有る意味を。」


 言い募る間、ずっと、彼は微かに頭を振り続けていた。


 「愛しています。俺の…アウル…」


 堪えきれない涙が頬を伝う。


 「お前…本当に…判っているのか?!」

 「俺を愛していると言ってくれないんですか?!」

 「…私が…」


 否と言いかけるのを唇で塞いだ。


 「1人では逝かせない」

 「選んで下さい。俺と生きるか、共に死ぬか」

 「アウル!!。」


 「…駄目だ!絶対!これ以上お前と居たら離れられなくなる。失うと思ったときは…お前を殺しかねない!!」

 「…1度人に手をかけた自分を…信じられない。お前を害する者になるくらいなら…」


 「貴方が手にかけたと言うそいつは、息を吹き返して、自分で起こした事故で死んだのは知っていますよね?!」


 言いたくない…俺に知られたく無いから何も言わずに、全てを抱えたまま永遠に口を閉ざして終う積もりで居たんだ。


 今俺に引き留められて、口に出さ無いわけにはいかなくなった。滂沱の涙を零しながら、息を呑んで、意を決したように口を開く。


 「浅ましい私を濯ぐ為にと言っただろう?!…たった8つで…男に犯されていて…躰が…勝手に反応した…そしたら、そいつが言ったんだ」


 「こうされるのが好きなんだろう?!って…言われて…満更、見当はずれでも無かったかも知れない。と…」


 「…父を裏切った母の血かと…双子の片割れの私だけを区別して疎む理由か…と…そう思った途端…」


 「私はお前が思って居るような人間じゃ無い!!浅ましくて、淫蕩で、自分勝手で…汚い!!」


 「…それが…どうして…どうしてあの時、お前に触れてしまったのか…触るな!!」


 「…お前が…穢れる…」


 堪らず掴んだ俺の手を振りほどこうともがくのを、強引に抱き込んだ。


 「…私が悪いんじゃ無い、と、言ってしまっても良かったんですよ」

 「私のせいじゃ無いと。背負わされた諸々を全て抱えて終わなくとも、よかった」

 「その為に俺を諦めると言うなら、俺が、俺の総てで、半分を引き受けて、貴方を贖おう」

 「俺から、貴方と共に有る幸せを奪うのは許さない」


 「俺に触れた事が罪だと思うなら、後の半分を貴方が贖って下さい」

 「俺と終生共に有ると」

 「死が2人を分かつまで…が、神に誓う言葉なら、俺は貴方に誓う」

 「終生、どちらかに死が訪れる時も、共に有る事を」


 誓約の口付けを、魂に刻みつけるように深く、濃く。唇を介したアウルの魂の手触りが、伝わってくる様だった。


 それは彼の言う様な穢れに満ちたものとは正反対の、水面に映る翠のような清廉だった。


 アウルの躰が不意に傾いで、離れた唇が余韻に震えて、言葉を無くしていた。揺蕩っていた意識が俺に向いて、翠の双眸が見詰める。


 湛えた涙に潤んで、正に、水面に映る翠だった。


 「…本当に…良いのか?!」

 「俺は既に誓いを立てて終いました」


 眼差しを伏せて、息を呑み、眉根を寄せて、こみ上げるものを堪えると、再び、その翠で俺の眼を捕らえた。


 「…私、コンスタンツ・アウロォラ・フォン・オルデンブルクは、アレン・フランス・ロルァ・フォン・カーライツを、この瞬間から、未来永劫愛し続ける事を誓います」


 「死して後も、来世でさえも…永遠に」

 お読み頂き有難う御座いました。

 アウルは自分を他の誰かに託すことが出来るかのか?!アレンは彼を留めることが出来るのか?!

 このお話で一応の終わりにしようかと思っていたんですが、他の話も書きたくなっ

てしまいました。もう1人、書きたいキャラクターが居るもんで…。

 これからも宜しくお願い致します!

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