5通目 まにまにまにィ~
さらっと流し読み回。
その城は常に薄暗く、霧が立ち込めている。
周囲の木々は沈黙を守り、訪れる人が歩みを進める度、この世とあの世の境を彷徨うような気配を漂わせる。
…ザザッ……ザザァ……
……キィ…ギィィイ………
葉がすれの音が。隙間風が叩く窓の音が。より一層不気味さを増す。
「タイム・イズ・マニーーーーーーー!!!」
ヒャッハーーーーー!!!
すっとんきょんな奇声を乗せて。
◇◇◇
拝啓 親愛なるお姉様。
じめじめとした日が続く季節になりました。
お姉様におかれては、「鯵の南蛮漬けじゃ!」と楽しまれてることと思います。
不肖の妹は、先日の報告書が、衝撃のあまり混乱の渦のまま送ってたことに気づいてしまいました。
これまでの異世界経緯については省略し、前回の件は『お父様とイリオスお兄様に実地教育をぶっこまれた』と『ラスボスを巡るライバル(仮)の魔王様が現れた』と『ビジュアルテロリストのタラ紳士で手も足も出ない』とまとめます。ご了承ください。
なんだか「相変わらず穴掘り名人ね!」というお姉様の声が聞こえる気がしますが、墓穴堀り名人です!
そんな私、シャルロット・アシュリー。まだ5歳の後半戦。
悪役令嬢風魔女っ娘を目指し、今日も今日とて頑張ります。
◇◆◇
「おかねが足りないのですよ。これは危機的な状況なのですよ。」
食堂にて。ダイニングテーブルの席に就き、朝食のパンケーキをまぐまぐと食べながら、お父様からもらった『おこづかい明細』から、突貫の仕 訳 帳を作り、その減り方と残高金額に、生前も今世もかつてない危機感を働かせている美少女の私こと、シャルロット・アシュリー。
先日、お父様と長兄・イリオスお兄様から出された『夏休みの宿題』と向き合います。悪役令嬢たるもの、時に困難が襲いかかろうとも、やらねばならぬ時がある。敵前逃亡全員ボコス!
ぐぬぬとフォークを片手に、パンケーキに添えられたサラダのレタスをぱくり。
もっしゃもっしゃ。
もっしゃもっしゃ。
ごくり。
食事は体を作る基本です。きちんと味わって、咀嚼します。
「アストさんと、セバスさんと、その配下さんが5名。あと私とシエラで、夏の終わりまで丸二カ月。水道光熱費は魔族さんたちの魔法協力があるとはいえ、食費もばかにならないわ。
魔族さんたちのおもてなしはどうしようかしら?何がいいかしら?お兄様の課題プランも考えないと。成果を出すためにきちんとゴールを捉えないと途中でブレてしまうわ。短期決戦、企画立案、準備、集客、お披露目、利益かつ満足度。あと経費。
資本となるのはおこづかいと、あとは稼いで?盗賊狩りしにいく?あまり留守にするのはよくないよね。内職?魔族さんたちに手伝ってもらうの?むむむ……」
「シャルロット嬢?」
はっと気づくと、同じダイニングテーブルでパンケーキをおいしそうに食べていた、神が作りし美の結晶・ビジュアルテロリストな魔王さんが、驚いたような心配そうな顔をしてました。
人族との異文化コミュニケ希望の魔王さん達と滞在が始まって3日目。できるだけ相互を理解するため、食事時等、交流を持つようにしてます。
さて、そんな魔王さんは、言葉も表情も豊かな方ではありませんが、眉間のしわとか、口角の上がり方とか、眉尻の下がり方とか、何より金色の差す赤眼を見ると、だいたい何を考えてるかわかる気がします。
立たれると190オーバーの魔王さんを見あげるのに、120cmいかない私だと首が痛くなるだけなので、予めお話するときは座るかしゃがむか空気椅子をお願いしました。
魔王さんの名前は、人間の声帯では発音が難しいらしく、ちゃんとした発音で聞いたところ。
『アスト*qラ・~*g’*-°・ガnm*ッァ**zャ*-・”ィa・ル*ー*・*n』
喉を震わすような、発音記号のような、動物の鳴き声というか超音波っぽい音?が混じってて、発音できそうな冒頭部分で、魔王様改め、『アスト』さんと呼んでます。
ほら、人族の生活を視察に来てて、街などの人のいるところで『魔王様』呼びしたら、パニックになる民衆しか想像できないでしょうに。
今日も朝から目が潰れそうな美貌で見られ、ドキドキなのかハラハラなのか変な汗がでます。
◇
話は戻しまして。
「人族の視察について、アストさんは、こういうのが見たい体験したいといった希望はありますか?もちろん、予算や伝手に限りがあるので、何でもできる程、私に力はないのですが…」
はい。隣国に来ましてこの国で私が何ができるか?というと、私自身では殆ど何もできません。本国においても、アシュリー侯爵家先祖や今の家族の実績・実力から、ただの娘である私も多少の融通を利かしてもらえますが、それは私の力ではありません。
現時点で他者の力なしに物事を成すことは難しいのです。だってまだ子供だもん。
隣国滞在中、自分でできることと、大変そうならシエラに相談することと、無理そうならイリオスお兄様に打診することの、三つに分けて組み立てます。イリオスお兄様へのお願い事も論破できるかが難敵です。ダメ出し祭。
「ふむ。基本としては人族との交流だな。人の暮らし、考え方、物事の捉え方を学びたい。それがわかれば、魔族と人族の諍いなど事前に防げることも多かろう。」
おぉ、魔族の頂点・魔王様なのに平和主義!なんてハートフル!
やはり無駄な争いのない世界の方がいいですよね!
「一度モメると始末書と反省文のチェックが面倒なのだ。件数が多ければ尚更。」
クレーム処理係か。
◆◇◇
魔王のアストさんと、山羊執事のセバスさんの他5名程配下の魔族さんが滞在してますが、後日、かなり入り混じるので、詳細は追ってご報告いたします。
全員が全員、人化ができるわけではないので(人語を話すには、人体になって声帯を動かさないと発音できないらしい)、意思疎通手段として、魔族同士のコトバを教えてもらいました。もらおうとしました。
体の発音器官が違う。当然、発音できないし、聞き取りもほぼ無理。単語も拾えず言葉では難しいと判断し、伝えたいことを絵で描いたら、シエラも首を傾げました。お兄様は画伯!と爆笑しました。むぅ。
と困ってたら、アストさんから赤い石のネックレスを頂きました。
「これは?」
「魔族の言葉を人族の言葉に変換する魔道具だ。
魔族の出す言葉や感情の波数を訳すので、意訳になることもあるが、慣れればわかってくる。」
魔道具とは、魔力を集約した魔石を使った道具のことで、今回の場合、赤い魔石は電池で、ペンダントの魔道具は翻訳機といったところ。
この世界には、魔法や魔石や魔道具等ファンタジーなものがあり、体内魔力、もしくは、空気や地場等に含まれる魔素・魔力という外部エネルギーが、魔法陣・詠唱(キーワードや動作も可)や魔道具を使って取り込み、変化を起こし、魔法や効果を具現化させるようです。
で、魔族の皆様は名前の通り、魔法が得意。めっちゃ得意。力もすごい。人族よりよっぽどパワフル。複数属性魔法(威力ありあり)の併用発動とか。
人も同じく個体によって、使える魔法属性、種類、効果の範囲が限られたり、変化します。
例えば私。
「ねぇ、四大要素(火水地風)の全部を使えるけど、レベルが微弱ってどうなの?」
火はちょっと大き目のろうそくを灯す程度。水はチョロチョロ以上ジャー未満。
地はポコポコ穴作るか壁のヒビを塞ぐくらい。風は扇風機でいうところの微風。
全体的に使えるけど、2年練習しても威力弱すぎ。数字で表すならレベル2?3?(未熟者)
「異世界転生で、悪役令嬢面ときたら、きっとハイスペック魔法装備の魔女っ娘と思ったのにぃ…ヒーローやヒロインに立ちふさがる悪しき強敵フハハハ!になると思ったのにぃ…夢を返せ…希望を返せ…野望を返せ…!!」
ほうきに跨り、バルコニーを飛んだ幼き日。
今だから言える。
飛べるわけがない。
◇◆◇
「シャルロット嬢?」
は!遠い過去にトリップしてました。あぶないあぶない。朝の食卓に戻ります。
「そうですね。お兄様の課題もありますし、別建てで同時進行だと、正直、異国の地では私には荷が重いです。むしろ一緒にして、この城にて人族との『社交ぱーちー』なものはいかがでしょうか?」
格式やマナーや風習は地によって違うもの。来たばかりの異邦人がそれらを完璧にカバーするのは難しいでしょう。そうなると、通常の社交パーティーであるお茶会・夜会を今開くのは難易度が高く、未成人で少女な私では正式の会を開けません。ですから、社交パーティーではなく、遊びに重きをおいた『社交ぱーちー』、謂わば突発型イベントで交流を図ることを考えたのです。
「ふむ。具体的にはどんなものを?」
「この古城の雰囲気を活かし、簡単な交流会とお楽しみのイベントを企画します。
集客に関しては、イリオスお兄様の社交ネットワークからお願いしてみます。
開催にあたり手が足りないので、魔族の皆様もご協力いただけると助かります。」
パンケーキを食べ終え、食後のお茶を飲んでいると、そっとペンと紙を差し出すシエラ。セバスさんは給仕をしながらですが、あのタイプは私が提案したことを漏らさず、他からの情報を加え、脳みそに記憶し整理し采配できる系とみました。頭の中に思い浮かべてる案を紙に書き起こします。
古い建物
私の小手先な知識と能力
少ないおこづかいと計画予算案
魔族のみなさんの豊富な魔力と体力
イリオスお兄様の情報ネットワークと集客力
そして、夏。
となればやることは一つ。
「きもだめしですわ!」
かくして、魔族様たちの全面バックアップ(希望)による、恐怖と絶叫の『お化け屋敷』を開催することにしました。
◇
さて、お化け屋敷をするにあたりまして、お兄様へプレゼン準備をせねばなりません。この国での私の保護者で窓口ですからね。ホウレンソウ大事。
「開催費はこちら負担としても、対価は別のもので回収したいわ。出来具合によって変化するわね。一撃必殺!当てれば大きい!
そうすると大人数は無理。捌けない。少数にするなら…選ばれし『参加権』を売りましょう。家や魔族の皆様に利になりそうな方を優先して…この辺はお兄様に要確認ね。
ただの肝試しではパンチが弱いわ。創作の怪談話を作って流しましょう。
めざせEネ・ギャーワ大先生!ヨツメカイデーン!幽霊図みたいな視覚的攻めもいい!
怖いだけだと面白くないから、最後に『証』となるワンポイントおまけがほしいな。なにがいいかしら。わかりやすい形がいいわ。できればお金で買えない付加価値!魅力的!
基本の脅かし方と、途中でパニックになる人や逃げ出す人もいるから抑える係と、あぁ、ドロップ組のチキン野郎にイチャモンつけられても困るわ。撤退用ルートと通る権利の準備をして。『口止め料』と『チキン通行料』の販売…ふひひ…人によってはオイシイ情報になるわぁ…ふふふ…ちゃりんちゃりんとマニーな音がするぅ…くふふ…」
「シャルロット嬢…??」
思考を巡らせてたらあくどい顔になってたようです。生前からの貧乏性なのか銭勘定癖なのか、おこづかい帳が真っ黒になることを夢見てます。
素敵で無敵な魔王様が心配そうな顔で、私を見ていらっしゃったので、とりあえず「てへぺろ★」と笑顔でごまかしました。
そんなあざとい系を演じてる私を見て、「あくどい思惑に駆られたお嬢様もかわいい!」と悶えてるシエラさんは、今日も平常運転です。
乱筆乱文にて、私のささやかでカワイイ野望が伝わったかと思います。
夜の薄暗い古城で、「イヒヒ!泣き叫べ!それが私の糧になるのだ!」という洩れてしまった呟き?が噂になり、魔族の方に「あれは本当に人族か?仲間じゃないのか?」と言われてますが、私は今日も元気です。
末筆ですが、私に期待できない分まで、お姉様の益々のご活躍をご祈念申し上げます。
かしこ。
短編分はこれにて回収。
まにーが絡むと滑らかであくどいシャルの舌鋒姿と、それを困惑(どちらかというと心配)してるアストを、ほよよん眺めてるシエラとセバス図をイメージしていただければと思います。