場外乱闘4 渡り鳥のヒナ 下
微妙に後で直すかも…←見切り発車
目が覚めたら隣で美丈夫が腕枕。キャッ☆ドッキドキー★
「ほげ?」
……なぁんてことはなく。
朝起きたら好きな香りと黒い布に包まれていた私。
捲ってみれば大きく厚手で丈夫な生地は、対して羽のように軽く手触りは柔らかく、極めて上質。縁を彩るシンプルで精緻な刺繍、シックでありながら存在感のある釦。上着の持ち主は間違いなくあの人です。
しかし、しかしです。
私が泣きついて付けたであろう水滴の跡。
私が握りしめてできたであろう数々の皺。
私が眠ってる間にやらかしたであろう…もにゃむにゃ。
「起きたか。おはよう。 …シャル?」
スライムベッドの上、背後から掛けられた声に文字通りビクゥっと飛び上がり、振り向く姿はなんとやら。
部屋の入り口でモーニングティーを携えたアストさんは、顎に指を当て顔を傾げ、考えて考えて考えて、絞り出した答えは。
「ふむ……人は座りながら空を飛ぶというのは本当だったな」
そんなジャンプ力を悪役令嬢に求めないで。
◆◆◆
「わぁ…みんなおやすみー…」
「ぐぬぅ…」
ティティアさんの家から地下道を通り、初めて地表へ。大樹様の森の端にやってきました。
外に出る、というより談話室から出た時から、もぁっと何かに圧され眩暈がしたら、スライムにぱくりと飲まれコーティング。
「魔素だな。人族界寄りとはいえ、シャルの身体に対してかなり濃い。」
「魔素が濃い?」
「ここは魔族界と妖精界の境だ。ティティアはシャルが立ち入る場所を人族界に近い環境へ調整していたからな。忘れてただろう。」
「そうだった。 …ん?」
脳の片隅にひっかかりながらも、アストさんと早朝の森を散策です。気づくと植物が移動してる魔の森は、振り返れば帰り道はない。遭難するわぁ…
大樹様の森はノームも動物も昆虫もいっぱいだったけど、ここはとても静か…と思ってたら、アストさんの顔が大変なことになってました。無表情で眉間に力が入り、ギリギリと…悔しそうな?
あぁ。魔王様がいるから、動物(魔獣含む)たちが逃げ出したんだ…
器用な顔面の使い方をしてる美人の左手に、コツと右手をぶつけてから握ります。
「ぬ?」
「…私の体力作りの散歩ですからね」
「そうだな」
「…迷子にならないようお願いします」
「…しかたないな」
ツンとして言えば、ふっと目尻が下がった気配。手を繋いで緑の風へ歩き出します。チチチ…と鳥の鳴き声はしませんが、ギギギ…と心和ます?葉擦れ音。
他者がこの光景を見たら何と言うでしょうか?是非、手つなぎデートと呼んでほしい。
十数分後にバテた人族お子様と心配そうな魔王様図が完成したとしても。
忙しいアストさんがここに来た理由はオルクに泣かされ云々で、すぐに帰城しちゃうかとそわそわしていれば、ティティアさんが「シャルが誕生日なんですよ」で、セバスさんが「では、一日構う権をあげましょう」で、「さっさとソレ連れて遊んでらっしゃい」になりました。
ということで。
体力的に無理ないようゆっくりと小径を歩きます。穏やかな木漏れ日を浴びて、「抱っこはなしですよ」「ぬぅ?」「…まだですからね」と他愛のない御喋りをして。
てくてくよろよろ歩けば、木々の先に開けた場所に出ました。巨木切り株ベンチに腰掛け、香ばしいコーヒーを飲むドワーフのお爺ちゃん。
「おや。出て来れたか。おはよう。」
「お爺ちゃん、おはようございます!」
「地の翁。おはよう」
「久しいの、夜の王。陽の登るときに出歩くとは珍しいな」
「朝の散歩だ」
ティティアさん保護監督関係で、妖精族のお爺ちゃんとアストさんは案の定知り合いでした。
夜の王と呼ばれるアストさんが太陽光の下で平気かと見上げれば、朝の木漏れ日でキラキラエフェクト連射する美魔王様…見てる私が平気じゃなかった!
お爺ちゃんが「直したぞ」と預けていたにゃんポケを切り株に座らせれば、白猫ぬいぐるみはよいしょと立ちました。立った立った、にゃんこが立った?!
二度三度たたらを踏み、2.5頭身ボディをゆらゆら動かすぬいぐるみ。
まずは両手を大きく上げて…つられて一緒にラ〇オ体操。
「魔族が面白いモン作ったと盛り上がって、ついな。カカカ!」
「ふむ。酔っ払いドワーフと芸術狂ノームの児戯か。問題あるまい」
準備運動後ちょいちょい動き回り、その辺にあった枝を両手に掴むとシュッ!バッ!と構え、タンタタンとリズムを刻み、また首に巻いたリボンを引き抜くと、鈴をチリンと鳴らしながら舞い踊り…
「既存の肉質はゴーレム材に関節がミミック機構。ならば強度をとドワーフが叩き上げ地金を入れとったら、一発芸に隠し芸も欲しいと操作をノームが弄った。おもしろかろう?」
「基本は仕込まれてるな。まだぎこちないが、いくらか戯れてればキレも良くなるだろう」
「わんわん!」
『ぷるるん!』
「わぁお…」
ハイスペックなぬいぐるみポシェットが、更に芸達者に。イチ人族が持ってていい代物かしら?
でもケロちゃんとスライムたちが喜んでるから、まぁいいか。
◆
一緒に朝のコーヒー(私はハニーカフェオレ)を頂きます。朝霧を集めた一杯は最高!
ほっこりしてるとお爺ちゃんが笑んでます。皺と皺の間に滲む情。でも視線の先は、私であり私でない誰か。
「…お爺ちゃんは話があるんですよね?」
「ほぅ、わかるか?」
「ティティアさんについて…額のアレ…魔核かなぁ?」
住処ではできない話。ティティアさんの傷。その中にあった薔薇を含んだ水晶は自ら光っていました。まるで生きているかのように。
生存中の魔族や魔獣は体のどこかに魔核があるらしいですが、当然ながら生命源のソレを見せるはずもなく。精神が妖精族のティティアさんは、魔族としては弱点が晒されてる珍しい状態。
目隠しやベールで隠す理由は、穴の開いた顔を見た相手を不快にさせないことが主体かもしれませんが、魔核のこともあるかもしれません。
そして、顕わになってた水晶は欠けてました。
では、欠けた破片はどこに?
「長期に渡る亜人戦争、杖と天秤を持つ蔓薔薇の女神…亜人の村ってどの種族かな?と考えるまでもないですよね。亜人は亜人です。」
「そうじゃの」
「戦乱で逃れた様々な種族の亜人が集まってできた隠れ里。そこで孤児となり、立ち上がり、侵略から内乱までごっちゃごちゃの百年戦争を、わずか数年で終結させた解放軍の十英傑…ティティアさんのこどもたち」
ヒントは”杖”でした。通常、女神像が持つものは天秤と剣。
オルクが鍛えた同じ村の戦災孤児たちが軍を組織するなら、旗印に失われた蔓薔薇の女神を掲げる可能性があります。
解放軍の資料で蔓薔薇や持ってるものが剣でなく杖の女神はあるか。予想通り、幹部クラスの持ち物にモチーフが描かれており、その行動を調べれば、杖と天秤、そしてティティアさんの魔核の欠片の場所も特定できました。
「百年戦争終結は現代世界史で有名な出来事です。あれかー!と、すぐに実家へ確認したら情報がわんさか届きました。兄たちが現地入りしてましたし。」
「そうか」
「失われた蔓薔薇の女神像が現存すると無暗に知られるのは、よろしくないと危惧してます。だから魔族も妖精族も、地下の家にティティアさんを隠したんじゃないかなって」
「ふむ。だいたい合っておるのぉ」
さて、そんな解放の象徴を返してくれと言って返してくれるか。答えはNOです。
では、取り戻す事を諦めるか。
ティティアさん自身はアストさんやティターニア様との約束で、亜人の国に入ることを禁じられ、地の国で生きる選択を受け入れてます。
でも交流する魔族や妖精族の本能を考慮すると、大人しくしていることが不思議です。
何故、誰も動かないのか… 動けない?
私の前に座る二人をじっと観察します。
二対の瞳は、じっと私を観察してます。
考えろ考えろ
私と彼女は似てます。
先天的に欠陥だらけに変容した私、後発的に融合した結果変容した彼女。
アシュリー家管理内で生きていく私、魔族妖精族の管理下で暮らす彼女。
外見も年齢も種族も全く異なるけど、どこか似通っている。
ティティアさんの望みは、女神像の遺物を集めることか、亜人達が健やかに生きることか、自分の魔核を取り戻すことか。本人にしかわかりません。
魔族・妖精族に絡む問題で、私が勝手に横からちょっかいを出すことは許されず、下調べはしても行動に移して良い話ではありません。
悶々とする中で、はっとかすめたのは…
「…アストさん」
「なんだ?」
「ティティアさん、しなないよね?」
欠けて不完全な魔核。自然界の魔素エネルギーが必要な体。人族界に寄せた環境の住処。
まさか。
◆
私がここに在る理由とは。
冷めたカフェオレを持ち固まる私に、アストさんとお爺ちゃんは一呼吸置いて、私がここに来たもう一つの経緯を静かに話してくれました。その声色は諭しに近い。
「…深海の国からシャルを回収した時、預け先はイリオスがいるアシュリー家か、大樹の洞が候補だった。
ガキで寝起きとはいえ、腐っても王だ。中てられた環境もレベルも、妖精界の渡りよりダメージが大きい。アシュリー家では何年眠るかわからなかった。」
「大樹様の洞が有力じゃがの、ケルベロスとスライムが付けられん。
ノーム管理で預けてもよいが、契約が一つもない状態で他の妖精族上位種が乗り込んだ場合、持ち去られる可能性は否定できんのぉ。他種族を嫌い排除するか、逆に魔力と魂を奪おうとするか。理由はいくらでもあるわい。」
「魔族と同じく気分屋故、短期だけとティターニアが決めようとした時、自分の元に寄せたいと申し出たのがティティアだった。
イリオスとシャルと接触があり、妖精族も魔族も中間の立場で、大樹の根もある。そして本人が望んだことが決め手だった。」
「ティティアは一生をワシらに管理されとる。勝手はできんし、力も弱い。下手なことは起きない。亜人国ではあったが、人をよく知り営みに詳しい。種族を問わず他者をよく観察し、適応できる気質じゃ。
…自身の生命線である魔素濃度を下げてでも、こどもを助けたいと願った。」
「じゃあ、あの住処は…」
「安心せい、ティティアの居室は通常の状態にしておる。悪い時は強制的に眠らせて点滴もした。頻繁に調べておる。ワシらも魔族もむざむざ見殺しにしたくはない。じゃがな、身体は弱っておる。」
話をまとめると、ティティアさんは、身を削って生活していたことになります。私が目覚めるまで、目覚めても。一年以上。
大樹様のベッドで目が覚めて、お母様のポプリと特製茶があって、ケロちゃんとスライムさんがいて…毎日いろんな話をして聞かせてくれて、「おはよう」や「おやすみなさい」と頭を撫で抱きしめ、会えない家族の分を補うように、寂しくないように…
知らぬ間に、見えぬところで―――その果ては?
「シャル」
「てぃてぃあさんがだいすきですぅ」
「知ってる」
「いなくなっちゃうのはいやですぅ」
「そうだな」
「やだよぉ」
目の奥が熱くなり、しゃくりを上げる私を、アストさんが包んでくれます。
昨日から泣きっぱなしで、もう涙は出て来ないと思ってたのに、溢れてくる雫たち。
泣いてちゃだめ
私にできることは何?どうしたらいい?
その時、メール便二号に着信合図があり開いてみると、久々にお父様から課題。
『地の方、16歳迄に解決。時間厳守。帰宅厳禁。』
つまり
◆
「ふぐ…父から課題が来ました。ティティアさんのこと、自分なりに解決できないと、おうちに入れてくれないらしいです。」
「そうか」
「魔族と妖精族のルール上で許される方法が判断できません。亜人の国には勿論行くけど、やり方を探したい。教えてください。」
使える手は多い方がいい。するしない、できるできない、やりたいやりたくない、いっぱいあります。
けれど、ゴールは一つだけ。ティティアさんがどう生きたいか。
「ぬぅ」と唸るアストさんに「カカカ!」と笑いだすお爺ちゃん。笑うとこ?
今更だけどお爺ちゃんはティティアさんのことで決定権持ってる?ティターニア様管理案件じゃないの?
私の疑問に気付いたお爺ちゃんは、身バレかましてきました。
「ワシはな。この地を治めとるドワーフの長じゃった」
「…え?王様?」
「王ではないが、族長・領主・総督、まぁそんなもんじゃい。第一線から引退した今は名誉職ジジィじゃが、それなりにできることはあるな。」
「…まわりが偉い人で固められてる…」
「自分が特殊個体だと忘れとるじゃろ。珍しいヒトの子が来るならそれなりのモンが監視するわい」
「まぁよい」とお爺ちゃん。宇宙人的謎の物体扱いに納得しないで!私は人族史に燦然と輝く悪役令嬢(予定)ですよ!
アストさんははぁぁとため息をすると、私を膝の上に乗せて顎を載せてぐりぐりしながら、お爺ちゃんとケロちゃんたちと一緒に作戦会議に入りました。
拗ねないでくださいよぉ。
◆◆◆
来る季節を前に渡り鳥は飛び立ちます。
「ティティアさん、長い間お世話になりました。ありがとうございます!」
「シャル…行っちゃうのね…さびしくなるわ」
必要な所へ手紙を出し、情報を集め、相談とおねだりと課題をしながら体が回復した私は、迎えに来てくれたアストさんに連れられて、いよいよ地の国から出ることとなりました。
ぎゅむーとティティアさんに抱き着いて、もう一度額の傷を見せてもらいます。この姿を忘れないように、目に焼き付けて。
「また遊びに来てもいい?会いに来てもいい?」
「えぇ、もちろんよ。いつでもいらっしゃい。」
「うん。ティティアさんだいすきよ?…だから…」
「うふふ。優しい子。私もシャルが大事よ。」
私の両頬に手を添えコツンと額を合わせ『シャルの進む道に幸あれ』と祈るティティアさん。その耳元に口を寄せ、あのねと、こそこそ話。
「流れ星に一つだけお願いするならなぁに?」
少し哀しそうに微笑んだティティアさんは同じように寄せて、教えてくれた答え。
『笑顔の景色が見たいな』
目標が決まりました。
※追記 20201231-20210105 活動報告にて「場外乱闘の更に蛇足」を落としました。
微妙に繋がってそうでそうでもなく前後編になれないのほほん話
一本目 彼が魔王になった理由
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2712735/
二本目 彼が魔王になる前に
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2716656/




