場外乱闘3 地の国にて 下
こうして私は魔族と妖精族の混種となり、新しい名前『ティティア』をいただきました。
結局名付けは悪魔族の重鎮・セバスさんでした。
オルクってば「ゴーレムだったからゴンザレス」とか言い出すんですもの。スカルさんに引っぱたかれてました。もっとやれ!です。
だって、失礼だと思いません?女性に「ゴンザレス」はないでしょう?
……私、ゴンザレスっぽい?
「言葉に配慮がないの!アイツの言うことをいちいち気にしちゃだめだめ!」
「オルクも、根は悪い奴じゃないんだ……自信ないけど…」
動けぬ体を癒すために自然界の魔素点滴をしてもらう間、定期健診にカウンセリングと話し相手を兼ねて、オルクが幼馴染のサキュッパスのベスと、妖精族で魔族界勤務のデュラハンのリリィを連れて来てくれ、やがて彼女たち経由でアルラウネやエキドナとも親しくなりました。
彼女らの会話でもたらされたのは、夜の国の魔王様…アスト様が「ゴーレム体が痛むならば、魔族界で預かろう」と提案し、ティターニア様が「精神が妖精族なら、妖精の地の方が落ち着くか?」と話し合いが続き、近く結論が出るとのこと。
てっきり冥界の王が罰として私の魂を回収するかと思ってましたが、「生きていく方がめっちゃ痛くて辛くて困難なのに、やる必要ある?」で終わったそうです。
生きていく方が痛くて辛くて困難―――
魔族でも妖精族でもあり、魔族でも妖精族でもない。
出自が混血ではないため双方の力を高められるわけではなく、むしろ逆。
無理矢理くっつけ傷つき壊れて弱った体は、能力的にはガラクタともいえる存在。
ヒビの入った額に触れると、欠片の抜けた窪みの手触り。想いが廻ります。
堕ちたことに悔いはない。
ずっとずっと守っていた守りたかった。
どこまでもどこまでも。
魔王様が仰った『飲み込む』には私は彼らを愛しすぎて。
時間が、長い時間が必要です。
「額から鼻へ大きな亀裂…これ治せる?エキドナならメイク上手だし、どう?」
「むぅぅ、ヒビ自体は素材でなんとかできる。窪みが…どうしようか迷う。」
「目元も血が浸み込んでるね…アルラウネ、視神経はどうだい?」
「ゴーレム素材でぼんやりとは映せるかも。足もそうだけど、妖精族の神経と繋げられるかが難しいなぁ。技術的にも詳しい人いない?」
「わかった。ティターニア様に聞いてみる。」
魔族と妖精族の神経伝達が難しく絡み合うため、亀裂も視力も砕けた足も含めて、体中を治す事は難しく跡は残るが、メイクやリハビリ次第で日常生活は送れるようになるだろうとのこと。
窪んだ穴。無くした欠片の跡。
脳の奥底で湧く気持ち。
私の心の裡を、支えてくれる彼女らに言うには……
◆
「おまえ、またぶっさいくな顔してんな!」
思考の海にいたらいきなりオルクに罵倒されました。そんなに酷い顔になっているのでしょうか。見えないのでぺたぺたと触れますが…そうですね。傷だらけです。
しゅんとしてる私を見て、誰かがオルクを叩いた?ようです。カエルを潰したような声が聴こえました。スカルさんでしょうか。
「オルクに美の良し悪しがわかると思えませんねぇ」
「いや、造形美じゃねーっすよ。なんか難しいこと考えて貯めこんでるだろ」
「…」
「まー、妖精族と魔族じゃ考えも違うだろーし?妖精族ってそんなにガッチガチなの?」
「オルク、言い方ってあるでしょう?」
「そっすか?でもまだるっこしぃじゃん。自己犠牲に酔ってんじゃねーよ。辛気臭ぇ」
「……そんなことない」
「じゃー、おまえさっき何考えてたんだよ?言ってみ?どーせ、ここには俺とスカル先輩しかいないし?」
俯いていた顔を上げ、ハツラツと声のする方へ向けます。
見えない視界の先に、言ってもいいでしょうか。呆れないでしょうか。
「…顔の…ここの傷、残したい、です…」
「…ティティア、その縦穴の割れ目をそのままにするということですか?痛いですよ?」
「はい、あ、いいえ…あの、その………忘れたくないんです」
体中を治して、普通の生活を送れるよう皆様がバックアップをしてくれてます。リリィの話では、ティターニア様が大樹様に掛け合って、魔族と妖精族の境界まで根を伸ばし、自然界の魔素を取り込みやすく癒しやすい環境を整えてくれてるらしいです。
だから、我儘を言ってはいけない気がするけど…
「いぃんじゃね?」
「え?」
「だって、ソレって女神ゴーレムと蔓薔薇妖精が一緒に戦った記録なんだろ?いいじゃん。かっこいい」
「…おやまぁ。あぁ、なるほど。わかりました。」
きょとんとする私を置いて、傷口を確かめたスカルさんは、『額の傷は勲章』『在るモノを活かして』と治療希望を連絡してます。いいの?
連絡を受けたベスやリリィたちも、同じように傷口を確かめると「ほんとだ」「これはこれでアリか」と乗ってきました。
結局、額の傷は(オルクがカッコイイという理由で)金継ぎされ、割れ目はこれ以上開かないように処置されると、欠片を失った穴は残されることとなりました。
時々眠れぬ程痛むことはあるけど、それでもこれでよかったと思います。
掴めない穴をそっと指で触れます。
◆◆◆
オルクはそれからも、時折私の様子に気付いては「ぶっさいく!」と絡み、スカルさんたちが嗜め、ガス抜きしてくれます。
闇落ちして精神魔法を無意識に起こさせないように…とは思いますが、オルクがそこまで考えてるかはわかりません。本人が「難しいこと考えんの、だりぃ」と言ってるし。
何度も繰り返すうち、「オルクだって貧乏ゆすりしてます」や「しゃべり喰い止めてくださいまし」と返せるようにも、少しだけ笑えるようにもなりました。
「元が女神像だから上品な顔つきだけどさ。歯を見せて笑ってもいいじゃん」
「…歯にキャラメルついたまま言われても…」
「うっそ!見えんの?!俺、これで一日出かけてたんだけど!会議とか出てたんだけど!寝てたけど!」
「見えなくてもにおいでわかります」
色々喚いて、元気で元気すぎで大声すぎてうるさいですが、後ろ向きに落ちそうな時、声をかけ続けてくれたがオルクでした。
静寂と安らぎの地・大樹様の根の先に移動したときも、近隣のゴーレムに声かけたり、リリィを通じて妖精族に声かけたりしてくれてたみたいです。ゴーレムやドワーフが修繕やリハビリの他、この体で知っておくべき身体の使い方・育て方・生活の仕方等を教えてくださいました。
たまに私が眠ってる間に、オルクが無駄にダイナミックぶら下がり大会してた?らしい?です?
身体も魂も異端となった私は、諸手で歓迎された訳では決してないけれど、彼の楽天的な行動に助けられたのは確かで、彼を選んだ魔王様はそこまで見抜いてたのでしょう…
「ないわーないわー。アレに粋って文字ないわー」
「ベスに同意。薔薇の花言葉もわからん無粋者だぞ。」
「香水くせえと言いよったから沈めてやったがよろしいか。」
『イエス、ギルティ!』
「アマナにシノブまで…でも、確かにオルクは元気で活動的だよね!」
「リリィ、あれは馬鹿でいたずら小僧と言う。ただの悪ガキだ。」
『エキドナさんに一票ですぅー』
「でもたまにやるときはやるよ?…ほんとに、たまに…たまに…」
「極稀。極めて稀。」
「そうねー、テリトリー内で”何か”買っちゃったときねー」
「守備範囲が広い。ここまで届く。だから認めざるを得ない。」
『ね~~』
住処の談話室できゃいきゃい話す。
ここから違う地へ移動するには、私の体はあまりに脆く、今も一部しか動かせません。許可なく外出できず、天上の陽光を思う存分浴びれないことにもどかしさはあります。
けれど、淋しくはありません。
地の国の我が家には魔族と妖精族が顔を出し、乙女談義するようになりましたから。
時折オルクも来ては大樹様の根の寝台を触って「痒い痒い」と転げてます。何しに来てるのかしら?
怒りに満たされ国中を呪う荒魂になろうとしたとき、待ったをかけた人がいる。
異端になっても「細かいことは気にしない」とちょっかい出してくる人がいる。
遠巻きにされてた魔族と妖精族が、一緒にお菓子を摘みしゃべって盛り上がる。
この光景を見えなくても、感じて。
やったことに悔いはないし、もし過去に戻っても同じことをする。
それほどあの魂たちを愛していた。
怒りも哀しみも血の涙も傷の痛みも、共に生きる証として、時間をかけて飲み込みたい。
そう思い至らしたのは…
◆◆◆
「甘酸っぱぁぁい」
まさか魔族で妖精族と恋バナする日が来ると思わなかったし、あの吸血鬼が恋バナのオヤツになるなんてもっと思わなかったけど!!
微笑むティティアさんは外見はゴーレムで岩だからひんやりしつつ、でも頬は色づき、蔓薔薇をポコンと咲かせました。ほっこり。
そんな乙女なティティアさんに、これは言ってもいいかなぁ…?と迷うところではあるけれども。
「ティティアさん、あの、もし嫌じゃなかったらですけど…」
「なぁに?」
「名誉の勲章、みせてください」
「!」
「あの、あの、辛かったらいいですよ!無理しないでください…」
わたわたする私に、ティティアさんはすっと一呼吸すると、頭部を覆うベールをずらすと目隠しの布を取り外しました。そして、そこにあるのは…
「ほんとだ…かっこいい…」
「…ほんと?怖くない?気持ち悪くない?」
「ううん、すっごく素敵。綺麗。わぁぁ…!」
額から鼻梁へ斜めに大きいヒビが金で継がれ、赤黒く血の染みこんだ目と目の間に、暗い抗。
その奥に薔薇入り水晶柱の光。
彼女が彼女たちが駆け抜けた綺羅星のあかり。
「ティティアさん、魅せてくれてありがとう!」
ぱぁぁと蔓薔薇を咲かせ、目を潤ませながら微笑むティティアさんは、ホンモノの女神だと思いました。
◆
余談ですが。
そんな乙女でかっこかわいいティティアさんが、体をもじもじ、手をもじもじ、指をもじもじさせながら聞いてきました。
「えと…シャルもオルクが好き?古城で凄い仲良かったじゃない?」
「個人の好みはそれぞれですが、私もアレはタイプじゃないです。」
「そうなの?」
「というか、ティティアさんの話聞くまで存在も名前も忘れてましたよ。
それに私は――」
”美味しく食べてくれる誰かさんが好きです。”
そう口にしそうになって、はっとしたもうすぐ12歳。←教えてもろた
…12?!
わたしめりーさん。今暗いトンネルにいるの。
右を見ても左を見ても ずっと闇が続いてる
ここはどこ? こわくてさびしい。
そんなことはない そばにいるよ。
誰かがそっと手を添え、背中を支える
ほら、一歩踏み出してごらん?
めげても転んでも 立ち上がれるように
シャル 「あの…ずっと気になってたことがあって…」
ティティア「うふふ。アスト様ね?」
シャル 「はい。あの、寝てる間に、なんやかんやのあれやこれやって…」
ティティア「うふふふふ~」
※追記 20201209-10 活動報告にて「場外乱闘の更に蛇足」を落としました。
前半 https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2699808/
後半 https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2700251/




