場外乱闘3 地の国にて 中
タグ注意(R15) 流血表現あります。
愛する景色と民を蹂躙され、怒りと悲しみに闇へと堕ちた女神―――
ゴーレムは無理やり動き、押さつけていたわたしの蔓を破り、今この瞬間、次の子供へ刃を振りかざす敵に向かって杖を投げつけ串刺しにしました。
そして敵の命を容赦なく切り裂きました。
待って、待って!
ヒビ割れ哀哭と憤怒をまき散らすゴーレムに、わたしの声はもう届きません。
『許さない許サない許さナイ!!』
『コの子がお前ニ何をシた!こノ村ノ者ガお前タチに何ヲシタ!直接ドンナ罪ヲ犯しタ?!』
『例え神ガ許ソウトモ、アタシのコドモタチを奪うオマエタチは許サナイ!!』
『アタシタチノ 愛シイ愛シイ世界ヲ 壊シタ奴ニ 鉄槌ヲ!』
……いくら腕力があって力任せに暴れようとも、ゴーレムは幼いコドモのままで『身体の使い方』を知らず、『戦い方』を知らず、『戦略』を知らず。
長年動かないでいた体には、突然の動きにも攻撃にも耐えきれずギシギシミシミシ鳴り、亀裂が入ります。生身であれば、のたうち回る程の激痛であるはず。その痛みすら狂気と力に変える彼女。
しかし、敵は『戦』を知っています。数で包囲し、遠距離から矢を放ち、槍で攻撃に出ます。
もう、見てられない!!
これ以上わたしの愛しい子たちを傷つけないで!!
身を挺して村のこどもたちの壁になるゴーレム。彼女が防げない矢を槍を刃をわたしが蔓薔薇で弾く盾となり、その隙にこどもたちを逃がします。
蔓薔薇サン。
あの子たちを助けると約束したでしょう!
蔓薔薇さん。
ひとりでも多く逃がすわよ!はやく!はやく!
わたしたちのこどもたちを守るのよ!!
◆
敵に追われないように、敵に追わせないように、剣となり盾となり。村の外まで逃げられるように、遠く遠く逃げ切れるまで…
それも長くは続かない。
関節を封じられ、手首は切り落とされ、腕は捥げ、足を砕かれ、地に倒れ胴が半分にされそうな時、体中亀裂だらけでボロボロになり血を被った女神のゴーレムは、わたしに最初で最後のオネガイをしました。
つるばらさん、つるばらさん
アタシをたべて
アタシの魔核をたべて あのこたちをたすけて
おねがい
おねがい
…強化手段として、魔族の核を食べ、その力を得る方法はあります。
しかし、呪いに近い状態を取り込むなど、妖精族でも上位種の闇属性か冥界関係でなければ、とても扱えません。無謀です。頭では十分理解してます。
他種族の争いに介入した。それ以前にこの損傷では、ゴーレムももう助からない。亜人に殺される。わたしも同じく…
大丈夫、魂は冥界に流れ、やがて生まれ変わる。
わたしもすぐにいくから、一人にしないから。
だから、今生は哀しいけれど、次の生ではきっと―――
『おねがい』
消えそうなゴーレムの魂、女神の眼から溢れる血の涙を見て、わたしは思わず彼女を取り込みました。
蔓でぐるぐる巻きにし、亀裂という亀裂から石像内部奥深くに侵入し、隅々までくまなく探し、発見した小さくて幼くて優しい魔核を、そっと包んで―――
◆◆◆
気が付いたときには周りは静寂に包まれてました。
夜空を染めた炎の影は去り、深い闇が支配するけれども、幽かに山肌の向こう側に陽の気配が近づく。
煤けたにおい。鉄のにおい。生臭いにおい。
だれもいない。だれもいない。
魔核を包み、無理矢理融合させ、切り落とされた手を、腕を、足を、胴を、蔦で縛りくっつけ、血管のように根を張り、身も心も魂も強制的に取り込み。
理性を失い修羅となり、刹那的に感情だけが暴走した結果が、沈黙となり横たわる。
わたしは、アタシは、何をしたのか、理解してます。
わたしは、アタシは、何者になったのか、わかりません。
けれど。しかし。 私が行ったことは後悔してません。
呆然と立ち尽くす私の前に、突然、凄まじく強くて恐ろしい気配がいくつも現れました。
反射的に再び村を襲いにきた敵と判じた私は、蔦の鞭を飛ばしますが、相手が何もしないうちに蔦は枯れ、私は地面に伏しました。
地面に落ちた瞬間、衝撃で眉間の破片が剥がれ、とっさにそれを掴もうと手を伸ばしますが、視界が途切れ見つからない。視神経が傷ついたのでしょうか。
「これはこれは、随分と派手にやってますねぇ…死霊族大量生産前に浄化しませんと!やぁ、骨が折れる折れる。もう骨ですけどー」
「スカル先輩。その定番ギャグ、いっそ挨拶の口上でどっすか?今回の亜人間戦争、ぐっちゃぐちゃで当分終わりそうもないし。」
「オルク、誰かがもう使ってるでしょうからやめときます。 魔王様、早速よろしいでしょうか?」
「む。まずは冥界の王から届いた予定者リストと実際の魂を照合だな。セバス、凡その数はどうだ?」
「十数件差がありますね、幼い者の数が合いません。原因はコレでしょうけど。」
「ふむ。…特別注文はこういったパターンもあるからな。」
「変容とは…まーぁ珍しい特注ですねぇ。 コラ、欠伸してないでシャキっとなさい!」
「ふぁい、先輩… くぁー、ねみー…」
「…余裕ですねぇ。このエリア、一人でやってもらいましょうかねぇ。朝日が昇る前に片付けなさいねぇ~?」
「えええ?!無理っす!起きます!先輩手伝ってくださいぃぃ!」
「…浄化できそうな者から葬送してやれ。アンデッド化しそうな者は住民台帳の登録と戸籍の確認を。指導が必要な者やゴネる奴はわからせろ。」
「最初が肝心ですからね。スカル、オルク、さぁ仕事です。」
わぁわぁ騒いでいるのは、どうやら魔族のようです。朝日が昇るまで時間が無いのでしょう、段取りと指示が決まると、テキパキと動き出しました。
強い魔力と威圧にあてられ、それ以前に無茶苦茶なことをした体はもうぴくりとも動かず、目も見えない。働かない頭には、私はここで粛正されるのかと、やけに冷静な声が宿りました。
それでいい。それでもいい。
この幼くて優しいゴーレムと共に眠れるのなら。村の子供を一人でも逃がしてあげられたから。
わたしは、アタシは、したいことをした。できることをした。これが二人の正義だった。
それが罪ならば、二人で、一人で、背負おう。
あぁ、でも、この子の欠片は全部持っていきたかったな…
「セバスさぁん、こちらの方はどうなさいますかぁ?」
「外見は魔族で中身は妖精族ですか。なんとめちゃくちゃな接ぎ方して…」
「え?マジ?これ妖精の仕業なの?魔族操ってやったの?すっげー。で、何で居たの?」
「何を間の抜けたことを…特注の資料にあったでしょう?ちゃんと読みましたかぁ?」
「あんな小難しい大量の文字なんか見たくないー」
軽い声、叱る声、指導する声。
何も言わぬ声が、強者の気配が、私の頭部近くに立ち魔力をあてて状態を調べ始めました。
もう私は、魔族でも妖精族でもありません。異物と、排除すべきモノと、みなされるでしょう。
「異端ではあるが、これまで同じ症状の者がいなかったわけではない」
「…?」
「出自からすれば純血と扱えず、難しい立場になるだろうが卑下することはない。したことを悔いてないだろう?」
「…」
「核も体も損傷も激しいな…よく保ったものだ。貴様の処遇について、魔族だけで答えは出せぬ。冥界の王と妖精女王と相談の上で決める。」
「…あ、の…」
無理やり出した声は擦れ、すぐに咳込んでしまう。けれど今言わなければ。口を開けようとする私に魔王様が待ったを掛けました。
「しゃべるな。既に魔力で記憶も読み取っている。考えてるだけでだいたい伝わる」
(……私は処分されるのでしょう?この子の体だけでも大地へ…)
「今日の仕事は鎮魂と葬送だ。要らん魂を狩る程酔狂ではない。冥界の王から獲ってきてとも言われてない。」
(しかし…亜人の戦いに…)
「そうか。」
(私は…彼らを許せない。)
「そうか。」
(…斃し行かせてください…想いを遂げさせてください…)
「だめだ。」
(なぜ?)
「亜人の戦いは亜人のためのものだ。他種族の、貴様の、自己満足でやらせられん。それにだ。」
(…っ)
「像の記憶では『助けて』と言ってる。『斃せ』ではない。履き違えるな。」
(…!)
血の涙が止まらない。悔しく、哀しく。
死んでいったあの子たちの仇を、大本となるモノを、抜き取りに行きたい。
夜の王は穏やかで静かな声で諭します。
「今、全てを理解し納得しろとは言わぬ。」
「いつか、飲み込め。」
◆◆◆
私の損壊度は魔力的にも酷く脆く、現段階ではとても他界へ移送させることができないと判明し、物理的にも動かせる程度治るまで、近隣の地に留まることになりました。
体が崩れぬようスライムに包まれ村から離れ、魔素エネルギーが多い森の奥に移動し、側近の方が家…というより感じからして館?を出現させました。
「って、俺んちじゃん!!」
「…。」
「はい、魔王様。オルク、指名ですよ!ここ駐在で仕事してくださいねぇ」
「え!先輩、まじっすか?!」
「大丈夫ですよぉ。私もきちんと出来をチェックしに来ますからぁ~」
「げ!!先輩、まじっすかぁ…」
ぎゃーと騒ぐ声にコッという音とドゴンッと地に沈める振動の後、魔王様は自然界にある魔素を集め始めました。そこから、細く長い一本の糸のように取り出し、先を私のカラダの中、蔦に覆われた魔核に刺しました。
「ぐっ…!あぁぁ!」
激痛に呻く体を暴れて壊れぬようスライムが包み抑えます。魔王様は魔素の塊から少しづつ…ほんの微量ですが、エネルギーを魔核に流し込んでいきます。それだけでもとても痛く、辛く、叫ぶ。
「オルク、魔王様のお手本を見てましたね?これと同じことをやりなさい。」
「へ?でも、セバスさん、それなら俺の魔力入れた方が早くねーっすか?」
「核が半魔半妖で無理矢理くっついた合成体状態です。魔族のエネルギーを入れたらショック起こすに決まってるでしょう。ティターニア様に大蒜詰めされたいですか?」
「セバスさん、すみません… ハァ…まったく。」
「え?先輩? って、いだだだ!」
「オルク、状態確認の基本です。生身の本体でこれだけ大きな損傷です。既に激痛で満身創痍です。そこに強い魔力を与えたら毒です。ここまではわかりますかぁ?」
「へ?は、はぁ…」
「自然界の中和されてる柔らかい魔素を、様子を見ながら少しづつ、少しづつですよぉ?注入して核を慣らし馴染ませるんです。それから体の修復です。共通基礎科目・回復術の応用ですよ、習ったでしょう?」
「あーそっかー。 って、気が遠くなる系の面倒くさい作業じゃんかー!」
「飽きっぽいオルクにはちょうどいい訓練ですね。きっちり、丁寧に、やりなさい。」
地に這っている?軽い声。それを指導している間延びした丁寧な口調の青年声。
ギシギシミシミシと耐える中、魔王様の側近さんであろう渋い声が「私は悪魔族のセバス。あの煩いのが吸血鬼のオルクで、その指導係が骸骨騎士のスカルです。オルクが困らせたらいつでもチクりなさい」と教えてくれました。
◆
仕事が片付き、魔族界へ戻る前、魔王様はいくつかのことを言い残していきました。
ひとつ、亜人の国に立ち入るべからず
ひとつ、預かりは魔族か妖精族になる
ひとつ、最後の願いはかなえてもいい
最後の願い…?
「貴様はあの亜人の地に二度と足を踏み入れない。これは絶対だ。」
(…はい…)
「半魔半妖はこれまでのカラダと勝手が違う。自然界の魔素が主たるエネルギーで、魔力枯渇症になりやすい。今後は管理される生活になるだろう。…オルク?がアレでコレだから、定期健診とカウンセリングも派遣する」
(…はい…)
「…オルク…が亜人のガキどもで遊んでも多少目を瞑ってやる。戦火中、生き延びられるかは本人ら次第だ。アレが目をつけたヤツなら才はあるだろう」
(…はい?)
「亜人の世界は亜人のものだ。親の仇討ちなんぞ、ケジメくらい本人らにつけさせてやれ。横取りは許さん。わかったな。」
(…っ! はい…!)
ボロボロの私が暴走しないか、諭し理解したと判じた魔王様は、そういえばと続けて…
「貴様は名をなんとする?真名でなく俗称でよい。」
(え?)
「蔓薔薇妖精でも女神ゴーレムでもないからな。呼び名がないと困るだろう?」
(はぁ…)
「はいはーい!魔王様、俺良い名前思いついたー!あのなー」
やたらと軽い声が響く館。窓から入る風は、遠く遠く煙と鉄と朝露のにおいを運びます。
やがて近づく夜明けの一筋。
アスト「……。」ちら
セバス「吸血鬼のオルクですよ。まだ名前を覚えてなかったんですね」
アスト「ぬぅ……どこかで見たことがある気はするんだが…?」
地の国のくだりが終わったら、どこで見たかの駄話予定…




