場外乱闘3 地の国にて 上
この話書いてたとき、脳みそ焼き切れるかと思った。←
無言の風が私に囁く。
穏やかな温もりがトクトクと心臓を揺らす。
体を包まれながら、背中をトン、トン、と叩いている。
スンスンと嗅がれ、項を弄る感触がくすぐったい。
手を覆う大きな掌、指先を咥えられた気がする。
ちろっと舐められ、ふにゃふにゃ言う私に、ふっと綻ぶ。
「ケルベロス達も任せていいか?」
「承知致しました。ご安心ください。」
「すまんな」
揺蕩う微睡の中、天から舞うように降り注ぐ声。
髪を梳かれ「よく休め。早く元気になれ」に、心穏やかな気持ちになり。
頬をつついて「福神漬けはまだか。待ってるぞ」に、焦燥感を煽られたり。
耳を擽られ「…ぁンのガキィ」と悪態をつかれ、かぷりと噛まれ…?
ケロちゃんかな?スライムかな?
- がくがく震えてた姿
- ひしゃげて臥せた姿
あああああ
起きなきゃ!
起きなきゃ!!
◆
クン、と鼻を刺激するお母様特製薬草ポプリの香り。この配合は『眠気スッキリ』ですね。
脳に伝わり、ぱちりと目を覚ます。薄明るさの中、知らない天井どころか木の網目。薬草ポプリのリースが吊るされた、ふかふかのたまご型の籠?檻?で寝てました。
起き上がろうにも体は怠く、熱で寝込んだ後みたいな状態です。いつもなら真っ先に顔を覗き込んでくるケロちゃんがおらず、周囲を見回してもスライムたちも見えません。
どこ?
ピクリと指を動かし何度か手を握れば、リンリンと聞いたことがある鈴の音が鳴り、ぼんやりとした部屋?が先程より明るくなってきました。むくりと籠?檻?の一部が動き、入り口のように大きな穴になります。動くんだ…
鼻を掠めるように清涼感のある甘い香りが届き…あれは、すずらん?目を凝らせば、光源の元はアストさんがくれたすずらん…の巨大版。
木と土と岩が混ざったような部屋?の天井は高…あれ?薬草が植わってる?
閉塞感がある作りである一方、室内?は澄んだ空気感が大樹様の森に似ています。ということは妖精界?
外からトタカタトタカタという足音?がして、部屋?に入ってきたのは、シャボンコーティングされた三つ頭のケロちゃんとスライムたち。と彼らを両腕に抱える大きくて背の高い…高い…女のヒト?像?
って!!
「ぇぉぁっ!」
「あらあら、おはようございます」
「…っ?…??」
「ゆっくり起こしましょう。ずぅっと眠ってましたもの。ケロちゃんもスライムたちも元気ですよ?」
「わん!」
『ぷる!』
「ふふふ、良かったですわ」
声が出ず、起き上がれない私の枕元に、おねーさんがケロちゃん達を置けば、皆して顔をぺろぺろ舐めてきたり、にゅるんと体を包んだり、ぺたぺた手足を揉んだり…健康チェックと筋肉マッサージが始まりました。ありがとう。
クスクス笑うおねーさんは、ケロちゃんたちが懐いているから魔族?じゃぁここは魔族界??
「シャル、お久しぶりです。こちらの体では初めましてかしら?」
「??」
「これなら覚えてる?」と、いきなり手首を外し…あれ、見覚えが…ある、ありますよ!ハンドモデルも真っ青の美しい美しい白魚の手!お化け屋敷三番目の廊下、黒天使置物からのソロパートを経て、手首集団ダッシュのペースランナーを務めてくれたゴーレム美手首さん!
「古城ではありがとうございました。部分参加でしたが、肝試し、とても楽しかったですわ」
にっこり微笑むおねーさんは蔓薔薇と女神像なゴーレムさんでした。
◆◆◆
わたしめりーさん、今、地の国にいるの。
塵にされそうになった深海の国からどうやってここに来たかと言えば、スカルさんとゴーレムさんに回収されたそうです。
おっかない最後だったからあんま思い出したくない、けど、絡まれた理由が、曰く「深海の王は天上の花が大好きでティターニア様に憧れてるんですよ。だから嫉妬かしら?」らしいです。ほぁ?
ティターニア様とは懇意にさせてもらってるけど蜜月って程濃くもなく、初対面に一方的な思い込みの嫉妬で海の藻屑にされそうになったとか、何その物騒な流れ弾!が感想でした。
「ケロちゃんからブラックドッグさんに緊急連絡入り、深海の魔族と妖精族の地まで行けて、寝起きの王からも逃げ切れるということで、アスト様からスカルさんと私に話が来まして」
こくこく
「深海環境に加えて魔素と瘴気が濃く、スライムたちはシャルの状態保全に集中しないといけないし、ケロちゃんもそれを考慮しながらの火力調整で苦手だろうって。
スカルさんが馴染みの亡霊巡視船さんたちと協力して、広域捜索・発見次第速やかに撤収でした。」
ぶるぶる
「見つけた時、アスト様の魔石が深海の王に反撃中で、その隙ににゃんポケに吸い込まれましたから、まずは無事だと安心しましたわ。仮にスカルさんが囮や応戦になっても、私だけでも連れ帰れますもの。」
ふるふる
ほんと、守ってくれてありがとう。回収してくれてありがとう。
「アスト様も長くここにいる訳にもいきません。シャルの状態を確認して、魔石に魔力を補充して、あとは……あれやこれやなんやかんや色々様々あらあらまぁまぁやってましたが……オックスさんに連れて行かれましたよ。」
……。
再会した白魚の美手首、もとい本体は初めましてのゴーレムお姉さんことティティアさん。
本体は蔓薔薇を纏い(たまに咲く)盲目の女神像と例えるのがぴったりな、船の舳先や教会にありそうな静謐さと慈愛を持つ雰囲気です。神話に出てきそうな聖職者?な衣を纏い、大判ベール?で頭部を覆い、目元は漆黒の布で隠されてます。
目元は見えないけど、柔らかに微笑む頬や口元、私を撫でる手や指は思いやりに満ち、全体的にゆっくりとした動作と呼吸で落ち着かせてくれます。
でも何でティティアさんが回収係?メンダコ先輩はまだしも、レディーズもさておき、あのボクっこ王様が説法で大人しくなるとも思えません。
「私は魔族と妖精族の混種ですの。ここは人族界寄りの魔族界と妖精界の地下境界、大樹様の根の先っぽで私の住処です。シャルが寝てるベッドは大樹様の根毛の一部ですわ。」
ふんふん
「そういう訳で、混種で地属性なら地を伝えば入り込みやすい逃げやすいと抜擢されました。隠れて握って引き戻すだけって。」
ふんふん
「そうそう。私も昔はヤンチャでしたの。」
?!
うふふと笑う口元。優雅で上品すぎてヤンチャがヤンチャに聞こえない。
◆
時々、アマナちゃんとシノブちゃんが大樹様の根を伝い、人の世界が遠くならないようティティアさんの指示でお母様の薬草も運んでくれたそうです。それで枕元にポプリの香りがしたのね。
ということで、久しぶりのお母様ブレンド茶。
「~~!!ぷほー!」
相変わらずよく効きます。
「うふふ。シャルの容態は逐次伝えてありますけど、母上様もとても心配なさってましたよ?口にするなら慣れた物が良いと伝えましたら、特製の飲みなれたお茶ですって。」
「苦いですぅ~ …でも、いつもの母の味です。」
「良薬は口に苦し。きちんとシャルに合わせて処方され、愛情が詰まってますね。伝わりますわ。」
「はい」
ようやく声も出るようになって、えへへと笑いながら母の御茶を飲み切ります。慣れた香りと味がじんわりと体を巡って、身も心もあったかい。
ケロちゃんたちは寝台(大樹様の根)は痒いようで、透明スライムにコーティングしてもらってます。深海の国での私の逆版に近いかな?
今回のことを踏まえ今後のことを見越して、突然の環境変化でも対応できるよう微調整の練習らしい。スライムたちがあれこれ試しては、ケロちゃんがくしゃみしたり、私がくしゃみしたり。
寝台から降りれるようになるまで寝物語にティティアさんが色んな話をしてくれました。人族の私にとっては「ほぇ~」と不思議な世界。
でも、混種は純血種からすると忌避される存在であるとも。
そのため、地域や構成してる種族によっては避けられることもあり、外出にも制限がかかり、複雑な理由からこの地に住んでるみたいです。
「ティティアさんはティティアさんなのになぁ」
「ふふふ…シャルのそういうところ、大好きよ?」
ぷぅっと膨らんだ私の頬をツンとつつき、頭を優しく撫で、髪を梳く手はとても優しいのに、「でもね、禁に触れたの」と語る声は淋しさとやるせない色を帯びてます。
「アスト様たちと会う直前まで、私はゴーレムじゃなかったの」
紡がれる言葉は、哀しい話。
◆◆◆
今から何十年も昔。わたしは花の妖精族でした。
あちこちの植物課を経験し、次の転属で上位種になる頃、任されたのは蔓薔薇の精。
種に付いて、さて、どこに根を下ろそうかな?と、ある亜人の世界を風に乗って飛んでいた時、地上で亜人に運ばれてる女神像…生まれて間もないゴーレムを見つけました。
てっきり亜人に倒されてしまい、資材にされるかと様子を見ていれば、ゴーレムは「動くと亜人が怯えちゃうからじっとしてる」と。
では、寝静まった頃に亜人を襲うかと問えば、「そこまでしなくても魔素で十分だよぉ」と。
なんとも物好きなゴーレムがいたものね。
子供のような、いえ、幼子のゴーレムでした。興味を持ったわたしは、行動を共にしてみようと、ゴーレムの一部に種を植えて寄生することにしました。
「ゴーレム、わたしの根は痒くない?」
「全然?蔓薔薇さんのことアタシ好きですよ!春になると綺麗な花を咲かせて、ほら、みんな笑顔です!」
「あら、あなたもとても慕われてるわよ?ふふふ」
亜人の国の端、山々に隠れた長閑な村。皆が集う噴水広場の中央に女神像のゴーレムは配置され、寄生したわたしは、毎年女神の冠・右手に持つ杖・左手に持つ天秤などあちこちに花を咲かせ、村人の目を楽しませました。
ゴーレムの女神像は神殿や教会で崇拝される神聖なる像とは異なり、所謂、村のシンボルポジションで、物凄く信仰されていたわけではないけれど、村人たちから親しまれていました。
毎日の時刻から季節の替わる折まで共に祈り祈られ、慶事のときは共に喜び、弔辞のときは共に悼み、共に慕われ。
十年、二十年…
やがて、わたしの蔓薔薇が馴染み、春、夏に秋、そして冬と咲き続ける頃には、枯れない薔薇を纏う女神として豊穣・愛情・平和・正義・審判等の想いも託され、村の穏やかな光景を眺めることが二人の細やかな楽しみでした。
◆
三十年と続いたある日。終焉の足音が近づいてきました。
亜人同士の侵略戦争です。
「蔓薔薇さん、アタシ、悲しい、悲しいです」
「泣かないで、可愛い子。亜人のルールはわたし達にはどうにもできない。」
「でも、でも」
「…せめて村人たちが餓えぬよう、ここの周囲は食べ物が獲れるよう、大地に働きかけるわ。」
しかし、それが原因でしょうか。『決して枯れない薔薇の女神が守る地は、戦時中も食料が獲れる』と隠れていてもどこからか噂は流れ、耳に入り、それを欲し、食べ物があると聞きつけた他族の亜人達が、村を襲撃してきたのです。
「あぁぁ…わたしがしたことは間違っていた…?」
「いいえいいえ、蔓薔薇さん、貴女がいなければすぐに地は枯れ、みんな餓えてました。」
仕方がないと割り切るしかない。その時はそう思ってました。
ごうごうと夜空を真っ赤に染める、燃え盛る家屋の炎。ぶつかり合う衝撃と剣戟音。怒号と悲鳴。泣き声。
女神の台座には緊急時の隠し部屋があり、そこへ逃げきれなかった村の子供たちを隠すと、入り口を硬く塞ぐ大人たち。
”蔓薔薇の女神様、どうかこの子らを助けてくださいまし”
別離と覚悟。
”どうか、どうか”
包囲された死地へと赴く大人たちの後ろ姿。それを眺めることしかできないわたしは、せめてこの子達は生き延びてほしいと蔓の葉で隠します。
女神のゴーレムは幼く純粋で、その光景に胸を痛めました。長年じっとしてました。怯えぬようにと決して動かず、ずっと動かず、ひたすら見守ってきました。愛してきました。共に、この村を、民を、ここから見える景色を。
他種族の国の争いに介入してはいけない。
どんな小さなことでも、無暗に手を出すことは、種族間戦争にまで拡大する。
我慢なさい。
耐えなさい。
堪えなさい。
蔓を巻き付かせ激情に流され動かぬよう、心で泣き叫び激昂し今にも暴走しそうなゴーレムを押さえつけます。
きつくきつく。
やがて、中心部まで外からやってきた亜人が攻めてきました。
まずい、あいつらは耳も鼻が利く!!しゃくりのような微かな音でも…
花の香りで誤魔化す?でもそれすらも刺激として拾うかもしれない。どうしようどうしよう。
そして台座に気が付き―――
◆
…そこからは、悲しみが支配しました。怒りがやってきました。
台座の下から、引きずり出される子供たち。泣き声、叫び声。
親を探し、私達に救いを求め、手を伸ばし―――流れた命。
温かく、鉄のにおいのする一筋の液体が、女神の眼にかかったとき、彼女の額はヒビ割れました。
蔓薔薇さん蔓薔薇さん
アタシの御腹に隠れていたこどもたちが、アタシたちのこどもたちが。
なんてことなんてこと。
蔓薔薇さん蔓薔薇さん
かなしいかなしいです。
蔓薔薇さん
アタシ
もォ
耐えラレなイィ―――
左手の天秤が、カタンと、彼女の正義へと傾きました。




