10通目7 いいはこつくろうかまくらばくふう
10通目本編ラストがこれでいいのか?と思う。
後入れの液体スープを先に入れてしまったカップ焼きそばで、しかも入れたお湯も温かった時の気分。
暦では春告げでも、雪原に走る照り返しが目に眩しく、身を切る寒さが厳しい朝。
いつぞやの丘に夜分に積もった新雪の上を、白猫ケープもといコートを着て、ボスっボスっと猫の足跡を付けます。足サイズからすると猫というより虎かも。
「ケロちゃん」
「わぅ?」
「みんな帰っちゃうって。わかってたけど、やっぱさびしぃね。」
お兄様たちと話をした結果、私の訓練に付き合ってくれた魔族妖精族の皆様は、各々業務に戻るため、アシュリー領から離れるそうです。
同時に保護者として一緒に領地にいたヴァルクお兄様も、遠地のギルドから依頼や伺いが溜まって、そろそろ顔を出さないといけない様子。イリオスお兄様もエルンストお兄様も、領地に来たら来たであちこちお呼びがかかり、アシュリー領邸は私を含めて追い出し会(予定)
自身も旅立ちの時とは理解しつつ、直面する寂しさと不安は付きまといます。
「わんわん」
『ぷるるる』
「…うん、そだね。賑やかに送ろうね。よし!いざ、かまくらー!」
一つの扉が閉まっても、新しい扉を開ければ新しい道。形は変わっても、変わらないものだってあります。
気合を入れてにゃんポケから出した白猫ハンドを構え、水と氷魔法練習の成果を発揮します。
心配性な大人たちが少しでも安心できるように。
◆◆◇
って、格好よく決まればよかったんですがね。
「これは雪の上で寝る遊びか?」
「アストさん、今日の脚はいつもより長く見えますよぉ。」
「視点が低ければそう見えるだろうな。魔力切れか?」
「…体力も切れて休憩中ですぅ…」
へばりました。魔力制御技術は基本をマスターし、四大属性系統だって妖精魔法の細やかな操作ができるようになっても、如何せん、スタミナはあまり増えてない。びっくりするほど増えてない。
力尽きてふかふかの雪に背中から大の字にひっくり返り、視界には雲に阻まれた薄い青空と覗き込むケロちゃんとスライム。更に視線を頭上へずらせば、差し込む日光をバックに魔王様が輝いて見えます。本日も大変麗しゅう。
えいっと起き上がろうとしても雪に嵌り、起き上がれず抜けられず、アストさんがぐいっと持ち上げてくれて雪原脱出。コンニチハ目力ビーム。ふぎゅ!
「何をしてたんだ?」
「…かまくらを作りたかったんです。」
美貌の星から地上に降りても心臓はばっくんばっくん。
雪原にはケロちゃん達が集めた大きな雪山と、私が集めた小さい雪山が点在し、私の足元には作りかけの猫耳ミニかまくらがあります。
まずはミニかまくらをと小さな山を氷魔法で固めてたら魔力が切れ、仕方がないのでペンペン叩いて雪穴を掘ってたら体力も切れ。かまくらマスターへの道は厳しい。
「ふむ。かまくらとやらは雪穴か?イグルーと似てるな。ドーム型で……猫耳?」
「ブロック積み上げ方式もありますよ。雪だるまアートもやりたかったんです。」
「魔力も体力も足りないな。」
「くーやーしーい~~!」
ぷくぅっと頬を含ませる私とは逆に僅かに頬を緩ませたアストさん。
今日はお仕舞いにして帰ろうとしたら、足をとられて滑って転んで猫耳かまくらに突撃。あっぶな!あっぶな!受験生近くにいないよね?!そして、崩れ落ち見る影もない本日の成果。雪に嵌る再び。
「あああ…こわれたー…」
ボトっという音に振り向くと、悲壮な顔のアストさん。そして醸し出す魔王様の哀哭オーラ。足元には雪玉もどきのスライム。
「アストさん?驚かせてすみません?」
「む…いや……猫耳が…」
「……猫耳かまくらはだいじょばない…」
直せないとわかるや否や、ショックのあまり?膝を着きそうな魔王様。
…魔王様が膝を着くってラスボス戦闘シーンで勇者が勝利した時じゃないの?でもって第二形態とかなっちゃう奴じゃないの?第三形態までなるともういいですー!な。それが、猫耳…
あ。
「アストさんも小さい動物好き?」
「そうだな。割と好む。だが…近づくと…逃亡か…失神してしまう……」
…セバスさんが言ってた「魔牛も魔熊も魔狼も怯える件」は「当然幼体も」が付き、更に「ショックで恐慌状態に陥る」ですか。
「スライムは、魔核も魔力も私が仕込んだから、一応触らせてくれる。」
『ぷるん』
「ケルベロスは、ブラックドッグがついてるから、一応触らせてくれる。」
「わん」
「それ以外だと、シャルくらいしかだっこさせてくれない。」
肩を落とすアストさん。
…文脈から私が『小動物』カテゴリーに入ってることに異議申し立てすべきか。
◆
抗議云々はさておき。
私は優しさに囲まれてます。
では問いたい。『優しさ』ってどんなもの?
今着ている白猫の外套は誰が作ってくれたか。
にゃんポケにある食べ物は誰が用意してたか。
日が暮れて帰る領邸では誰が迎えてくれるか。
読み書き計算、歴史地理に自然科学。たくさんの知識。
モノも情報も愛情も、身近すぎると在ることが『当然』と思い込みがちで、しかし、これらは自分一人ではできないことばかり。誰かが自分のために用意してくれたからこそ、その恩恵に預かることができます。
挑戦する環境を整えてくれる。
自分の不足分を補助してくれる。
やり遂げるまで見守ってくれる。
私自身に『考える』チャンスをくれる。
鬼!悪魔!と思う家族からの課題や補習でも、目的と本質を理解すれば、自ずと心はわかるものです。離れて暮らしていても、毎回やってくるメッセージの裏には私のことを気にかけてくれていると、その愛情を知ることができます。
与えておけば良い訳でもなく、厳しすぎても違う。そのバランス。
では、目の前の方はどうでしょうか。
彼の優しさはお守りをくれたこと?
スライムたちを寄越してくれたこと?
光る薔薇?にゃんポケ?すずらん?
ストレス溜めて眉間に皺寄せて漬物寄越せとやってくる魔王様は、きっと想像もできないくらい強い魔族たちを束ねて、率いて、指導して、崇められていて、畏れられているのでしょう。たとえ怖がられても、そのためにたくさん力を尽くし、心を砕いているのでしょう。
だって。ねぇ?
『そうだ。アスト、ちょっと頬を撫でてごらん?桃のようだろ?』
『む?果物のか? 小さい淑女だろう?触れても平気なのか?潰れないか?』
『いいよいいよ。桃に触る練習だよ。』
出会った頃、多量の桃ジュースは、ふれあい練習量の証。
私からは見えてないところで、気を配ってくれる。
きっと、今も。
気付いてしまうと、心の奥がくすぐったい。口の端がゆるゆるする。
強くて怖くて、器用で不器用で、無表情で口下手で、美貌の兵器でラスボス席を巡る好敵手、そんな魔王様が人族少女に向けた『優しさ』がたまらなく嬉しい。
この感情を何と表すか。
◇
「アストさん」
「む?」
ポンコツな私にできることなんて、残念ながら大したことはできません。
でも、今、目の前にいるのなら、私にできる優しさを渡したい。これが正解かはわからないけど。
「だっこー」
両手を広げて『だっこ』ポーズをすると、目元が緩むと知ったから。
おまじないをかけた料理をあげると、眉間の皺が減ると知ったから。
猫の手袋をして両頬をポフポフすると、喜んでくれると知ったから。
私にできること。ちっちゃくても、コツコツと。
「む。シャルがだっこをねだるのは珍しいな。9歳はおねーさんなのでは?」
「おねーさんはちょっとお休みですぅー 雪に埋もれて疲れちゃったんですぅー」
「そういうことにしておくか?」
「そういうことにしておいてください。」
抱き上げられ、ぎゅむっと抱き着きます。そおっと背中を撫でる大きな掌の感触に、ほっこり落ち着く。
続いて「ごきげんよう!」とオデコにコツンします。恐らく初体験であろうオデココツンに、きょとんとするアストさん。ニシシ。不意打ち成功。美鳩に豆鉄砲喰らわせました。
オデココツンもハグ返しも、魔族達も逃げ出す案件からしても、できるのは私だけでしょう。にょほほ~。
「魔族ではオデココツンしないんですかー?」
「頭突きや角突きならある。セバスとオックスの突き上げはかなり重い。」
「ハートフルスキンシップに激突要素が無料トッピング…」
「角がある種族の本能で挨拶だからな。周りが巻き込まれぬよう配慮するしかない。」
「…魔王職もほどほどにして?心の休憩も取ってくださいね?」
「…善処する…」
「頑張るじゃなくて、やるんだよーですよー」
「ぬぅ…お小言担当はイリオスとセバスで間に合ってるぞ。シャルは別担当だろう。」
「アシュリー家の小悪魔は魔王様も振り回したいデス★」
「振り回せたか?」
「…」
ぷぅとふくれっ面に気を良くした面前の美人は、ごはんのおかわり希望時と同じ顔をしてました。期待に満ちた無表情(器用!)で瞳孔の奥がキラキラしてる。ぎゅーか?ぎゅーなのか?
「……」
「はいはーい。ぎゅぅ~」
「…シャルは柔らかくてあったかいな。」
「人のこどもの体温は大人より高いんですよ?」
「そうか。知らなかった。」
「そうです。冬場はゆたんぽです。」
調子に乗って接客業の「他にご希望はございませんか~?」と口真似した私。むーと考えたアストさんは何か閃いたようで、珍しく口角が上がった?と思ったら、無表情がふわっと緩んで、蕩けるショットガン連射。全中着弾。仰け反り隙だらけになった私の首元にかぷり。そしてスンスンしてぺろり。
「ひょああ?!」
冬とはいえ雪遊びしてた訳だから、多少汗だって…それを…嗅…?!舐…?!
「おかわり」
「ふにゃぅぅ…」
耳元で囁かれれば、乙女心はもう死体蹴り。
首筋から体がゾクゾクして、力が抜けて、現実が遠くなり、気付いたらベッドの上。イリオスお兄様から「家に帰るまでが散歩だよって、忘れちゃったかな?」とお小言頂戴し、「あれは猫か?猫的な何かか?それとも?」と悩み振り回されるはめになりました。
まぁ、私ができることをしただけだから、いいもん。
……いいのか?
◇◆◇
結局、かまくらができたかと言えばできましたー!で、私が作ったかと言えばいいえ?で。
「めりーさんのかまくーら…すっごいな~…♪」
「わん!」
『るるる』
聳え立つは雪と氷でできた巨大めりーさんかまくら。ケロちゃん&スライムズ工房は今日も素晴らしい職人っぷりです。周囲に私作の猫耳ミニかまくらがあるところが、メルヘン絵本に落書きしちゃった感あります。
最初は私が作ってたんですよ。一応。
アシュリー領邸から持ってきた空の容器に雪を詰め込んで、某童謡な感じで歌って固めてたら、魔力入り雪ブロックができ、それを食べたスライムたちが、一つのブロックに対し数個のブロックをぺろんぺろんと輩出し組み立て…スライムが擬態するのは知ってたけど、吸収してコピーするのは初めて知りました…
面白がった雪の妖精がもっと作れと雪を降らせ、気付いたリリィさんが様子を見に来て、ベスさん達もお兄様達も使用人達も参加し彫刻を施し、シェフ達も当然のように竈を作り夕餉を準備する始末。
宴?今夜は宴なの?
日が暮れ、猫耳かまくらに備え付けた蝋燭に火魔法を投げ込み点火。赤にも食べさせたら膨らんでぽっぽっと火を出し、蛍のようにふよふよ飛ばしてライトアップ。
最後にシェフ達ブースのらんたんを灯し、楽器を構えて練習の成果!
ちゃらららら・ら~?♪
本日の夕食メニューは『夜鳴きらーめん?(チャーハン付)』です。
シノブちゃんと「らーめんスープは化学式だ!どうしてあんな複雑な味になるかわからない!」と雑談してたら、セバスさんが『らーめん道』と書かれた本をシェフ達に提出(研究欲のエルフが嫉妬するも無視)
麺はパスタ代用(重曹が欲しい!)、スープはチキンブイヨンにニンニクと生姜に醤油も少々、らーめん風パスタの登場。
かまくらの中、おこたもどきでアストさんやケロちゃんたちとらーめん?を堪能します。
「シャル、チャーシューとやらも味玉とやらも美味いな。」
「お気に召したようで何よりです。おでんとはまた違う、出汁醤油が浸み込んでイイでしょ~」
「む。この後の半チャーとやらも楽しみだ。これは魔族界でも食えるか?」
「ボークレイグ家から貰ったお米がもう少しあるから、持っていきます?コック長にレシピ渡せばきっと作ってくれますよ?」
「そうだな。…だが、なんだか残念な知らせが来るようだぞ?」
さて、半チャーハンはそろそろ…と、ザクザクと雪を踏む音がして顔を覗かせたのは、ごめりんこ★と謝るヴァルクお兄様。手には…あれは…私の…米袋…?
「シャル、ごめん。お米食べちゃった!」
「…チャーハンは?妖精のお米は?」
「両方完売。にゃんポケに残ってるか?」
「…この前の焼きおにぎりで終わり…」
ガチャンっという音に振り向くと、悲壮な顔の魔族一同。そして巻き起こるハラペコ魔王様の威圧爆風。吹っ飛ばされるめりーさんかまくら。喜ぶ兄と使用人達。雪に埋もれ藻掻いて顔出す私にヴァルクお兄様がイヤッフー!な笑顔。
「旅立ちだ!まずはボークレイグ領に行って米取引成立させてきてくれ!」
「ほぁ?!今から?!」
「定時連絡はアシュリー家所管部署からでも、エルンストのメール便でもいいぞ~」
「お兄ちゃん忙しいし、あとよろしく!」と手を振るヴァルクお兄様は暴風雪の中を駆け回り、呆然としているうちに、今度はエルンストお兄様が来て、何やら魔法を発動…幻影の妖精魔法?もうマスター?!
「今の騒動で人形と入れ替わるよ。道具のレポートもよろしくね。」
「ま、まだ旅支度できてないですよぉ?」
「やだな。いついかなる時でも対処できないと、でしょ?」
魔王様暴風雪体験中のイリオスお兄様も「いってらっしゃい」と無駄にアシュリー家暗号メッセージを寄越し、使用人達も「キャァ、オジョウサマガー」と人形救出劇。もう幕は上がってるらしい。
人生は往々にしてままなりません。準備万端ならぬ半端なまま、冬の夜に少女が旅立ちもあるのです。
「…いってきまー…」
私そっくりさんを抱きかかえつつ、「しばらく見れませんが困惑するお嬢様もかわいい!」と悶えてるシエラさんは、今日も平常運転です。
乱筆乱文にて、「柔軟性って大事よね」な心境が伝わったかと思います。
「…ところで次回からどう文末締めればいいの?」
「わぅ?」
ボークレイグ公爵領家まで大冒険へ小さな一歩(本当に徒歩)を踏み出すことになりましたが、私は今日も元気です。
末筆ですが、私に期待できない分まで、お姉様の益々のご活躍をご祈念申し上げます。
かしこ。
手紙で書いた希望について(無駄に暗号でやり取りする人と地獄耳の魔王)
イリオス「アストが完全人化に仮面付きで変装して一緒に散歩できたね?」
シャル 「…街へお忍びで遊びに行くイメージだったんですが…?」
イリオス「かまくらとらーめんの屋台でごはんもできたね?」
アスト 「まだチャーハン食べてないぞ。未完だ。おかわりを要望する!」
シャル 「…ご当地B級グルメの食べ歩きイメージだったんですが…?」
二人 「「シャル、ちょっとその話詳しく聞かせてもらうか。」」




