10通目4 お兄ちゃんといっしょ
お兄ちゃんたちと戯れる妹
いつも通り朝起きて、いつも通りシエラにドリルヘアを可愛がってもらい、いつも通り食堂室へ向かいます。
「おはよう。シャル。」
「おはよーっ」
「おはよっ!」
「…おはようございます…」
「農林業関連から出来高が連続して増えてるね。物流や加工業も上がってる。」
「水路や道路に綺麗な修繕跡に見かけたんだけど、ヴァルク兄さんの仕事?」
「あー両方ともハラペコ軍団のおかげだ。」
「収穫祭の御供え以外にも礼が必要だな。」
「大衆向き観光産業と言えば、夏の避暑の他にも冬に娯楽が欲しいね。」
「収穫祭の後は何もないもんな。」
「ウチの領は冒険者向け修練にはもってこいなんだけどね~」
等々、家や領地の報告に目を通しつつ、各々にこやかに挨拶してくるお兄様方。問題は体勢です。
「…あの…食堂室は遊ぶとこじゃないですってば。」
スクワット、ランジ、プッシュアップ、マウンテンクライマー…語れる背中を作りだす逆三角形先生がいそうな筋トレサーキット。
ヴァルクお兄様だけ緑スライム付きで、溌剌してるのはいつも通りでした。
◇◆◇
「昨夜、皆と話してね。平民になるための事前練習を始めるよ。」
「ほへ?」
イリオスお兄様のさらっと衝撃発言に、私は食後の紅茶を噴き出しそうになり、お兄様方はのんびり朝食(二回目)をとりながら頷いてます。
「父上はシャルを政略に使わないと決めただろう?ヴァルクやエルンストと同じく、自立しなければならないのはわかってたよね?」
はい。そーでした。
私の特異性(全属性魔法保有&超絶貧弱体質)は、貴族的には権力交渉の有効カードな一方、取り扱いが非常に面倒なカードでもあります。淑女教育や社交練習よりも、生き抜けるように魔力制御訓練や基礎体力作りに力を入れるため、王都を離れて領地養生してるのです。
決して、決して、領地邸でぐうぐうだらだらしてて良い訳ではありません。
そして、ヴァルクお兄様もエルンストお兄様も、どこかの貴族家に婚姻で入るか、分家に入るか、それ以外かがあり、迷わず三つ目を選択。我が家では複数ギルド所属が基本で、ヴァルクお兄様は冒険者ギルド系、エルンストお兄様も魔道具ギルド系で、既に各々一定のポジションを確立してます。上から目線で言うなら、騎士団や魔術師団に一発合格で、単独で地位取得目指してもそんなに時間かからないねーレベル。
では、私は?
「ヴァルクのお道具練習は…」
「エルンストの魔道具課題は…」
「母上の薬剤補習は…」
「ふにゅぅぅ!」
隠しきれないポンコツぶり。
魔道具課題について初級は楽勝。構成レシピがあるものなら中級もクリア。薬剤も同じく。薬草育成だけは妖精魔法の特訓で上手になりました。
しかし、使える武器がダガー・すりこぎ・フライパン(小)…嘘です。盛りました。ケロちゃんと遊んだフライングディスクかピコピコハンマーか枕投げ…
実際のレベルを確かめるため訓練場で頑張った結果、中サイズの剣を取り落とし膝をついてがっくりする私。やっぱりね!なお兄様達。
「でもでも!できるようになったのもありますよ!」
「へぇ?どんなことができるようになった?」
「えーと、ぐっとしてぎゅっとして…狙って、えぃ!」
左掌に土魔法の球を作り、火魔法を纏わせて回転圧縮。それを風魔法を纏った右手の中指で弾けば、標的にバシュゥと当たり埋まりました。かっこよく貫通できなかった…
イリオスお兄様が軽く流れを分析し、エルンストお兄様は焦げや損壊具合を呟きながら調べてます。魔道具アイデアが浮かんでるのかも。
「土、火、風に強化魔法か…別系統を同時使用の安定性は?」
「右手左手でわけて順番にならできますけど、同時だと…火魔法はあんまり…途中で爆ぜちゃう…」
「うん。ヴァルク、投擲系の的中率はどうだった?」
「フライングディスクとスリングショットが一番マシかな。ただ、弦は短弓と同じく引く力が弱い。投げナイフやダーツは刺さらないが当たりはする。面白いのは風魔法を纏わせた場合、見えてる範囲限定ならほぼ百パー。」
「「百パー?」」
「見えない範囲は全然ダメだがな。」
実際やった方がわかりやすいと、訓練場のあちこちに的となる瓶を置き、ケロちゃんに待機合図をしてから右手に風魔法を纏ってフリスビーを投げます。キン!キン!キン!と的に当たり、走り出したケロちゃんがキャッチ。連投はできないけど、一度に順番で当てることはできます。
従魔法ショックで自室療養中も、アレクシア様狙い他招かれざるお客様へ部屋から投げつけて、倒れたり怯んだ的を、ケロちゃんとスライムと使用人達で誰が先に捕って来れるかゲームしてました。
可視範囲内にてターゲットロックオン★で的に当たるイメージを強くし魔法を発動すれば、当たるまで追っかけます。ただし索敵が上手い訳でもなく、威力もないのが難点…。むしろケロちゃんやスライムたちの方が索敵捕獲職人…
「ゲーム系統だけが上手になってるってことかな?」
「ううう…そうとも言います…武器らしい武器を持つと、なんか怖くて…果物ナイフなら持てるんですが…剣ってなると…急に竦むんです…」
「うん。わかった。」
命を奪うこと、やりとりすることに覚悟ができない私は、どうしても殺傷能力が高い武器を持つと震えてしまう。俯いてると「命の重さを知ってることも大事なことだよ?」とイリオスお兄様がふわりと頭を撫でてくれてました。
おおおお兄様が珍しく優しい…!と感動してたら、ガシィ!と頭を掴まれました。
「できないのは仕方ないよね?できるモノで努力すればいいよね?従魔師でも魔術師でも、前衛後衛問わず、いついかなる時でも対処できない奴は死ぬからね?」
「おおおおぅふ!」
にっこりと黒い黒い笑顔でジワジワ指先に力を入れるイリオスお兄様。力加減が絶妙ですね!でも強すぎるツボ押しは痛みですよおお!
そんな私たちを眺めながら、エルンストお兄様が「杖無しの二重魔法以上は目立つ。カモフラージュできる、シャルに合う道具を造ればいいよね。」と何やらメモを書きつけます。
そんなエルンストお兄様のメモを覗き込むヴァルクお兄様は、「妖精魔法系はよく歌って踊るぞ?例の美味しいおまじないと同様に音が外れる。笑える系がいい。」と変な提案してます。
「うん。手始めにギルドで登録してこよっか。職種はどうしよう?」
「イリオス兄さん、魔術師系だと属性魔法試験があるから、従魔師が妥当だと思う。」
「だがエルンスト、従魔法契約できてるのは透明スライムだけだ。」
「は?」
「…。」
「…レベル差が大きすぎて弾かれちゃったんですぅー!でもみんな仲良しですぅー!」
イリオスお兄様の指の力が一層強くなり、「持ち上げようとしないでくださいよぉ!淑女でしてよ!フィーリア様に似てきたんじゃないんですか?」とうっかり言ったら、「うん。愛する妻に適当で帰ってきたなんて叱られないためにも、可愛い妹と遊んであげよう。」と薄ら笑い。
こうして、ギルド登録することになりました。
◇◆◇
「ふお~…これがギルド…!」
ゲームやら小説やら漫画で定番のギルドにやってきました!
別に説明なんていらないという方も多いかと思いますが、簡単にギルドなるものを説明します。ハロワです。以上。
「ざっくり説明するぞ。冒険者・傭兵部門を始め、一般生活を含めた道具、武具、魔道具、服飾、医療、薬剤、物流…と担当部署は分かれてるが、ここの受付は総合だ。都市や街によって規模も運営方法も異なるな。」
「アシュリー侯爵領は狩場や薬草が多い土地柄だから、そちらの部門を主流にコンパクトにまとめられてるかな。他と違うところと言えば情報部門があるところ?」
「へ~」
白猫ケープを羽織り、にゃんポケを背負った私は、格好ばかりのダガーと杖を持って、未知なる世界に足を踏み入れました。
ギィ…と木の扉を開く音。一瞬、静まり返り、ギルド内にいる者が新参者に注目する。「あんた、見ねぇ顔だな。」場慣れした、いかにもベテランの士が、顔を赤らめ酒を片手に声を掛け…
なーんて、西部劇ヒーロー登場ぽいシーンを期待してたわけですが。
現実は、室内にいた女性陣の黄色い声に絡まれるアストさん(仮面付)が男性の野太い声にも絡まれ、ギルドの真ん中でげんなりしてました。一緒に来てたらしいスイコさんとサハリさんが同情してます。わかります。半分仮面で覆われててもフルフェイスであっても、注目されるスター気質。
「アスト。お待たせ。」
「イリオス。おそい。」
私の後ろから入ってきたお兄様達の登場に、ギルド内がまた華やかに…私、視界に入ってない気が。
「イリオスお兄様。アストさんも用事あるんですか?」
「ん?社会見学だよ。シャルの登録と依頼遂行まで、生まれたて超ヒヨコのはじめてのおつかいを見る機会なんて滅多にないだろう?」
「保護者が目立ちすぎる授業参観!」
まぁ、私自身、貴族社会では病弱設定で通して、アシュリー家のお嬢様がギルド登録からの大活躍(未定)なんて目立つわけにもいきません。後半は期待もできません。
目立つ人たちが周りで注目集めてくれてる間に、目立たない…だめだ、ヴァルクお兄様もエルンストお兄様もギルドでは名前も顔も売れすぎたプレイヤー。もう囲まれてた…
仕方なく、大盛り上がりなガヤに「元気だのぉー」と和んでるお爺ちゃん職員がいる受付カウンターへ向かい、手続き開始。台の位置が高くて辛い。
「お嬢ちゃんは初めての利用かな?従魔師と書いてあるが、何を仕えてるんだい?」
「はい。スライムです。ケロちゃんは契約できてませんが、そちらも書きますか?」
「おぉ。仲良しさんだねぇ。厳密には契約魔法が済んでからになるからのぉ。ただ、遭難や緊急時の特徴情報には欲しいから、補足欄にかっこ書きで『犬型魔獣』でいいぞい。じゃぁ登録するから規約を読みながら待ってておくれ。」
「はぁい」
利用規約と書かれた冊子を受け取り、ベンチに腰掛けパラりと開き目を通します。
なになに?ギルドカードは破損・紛失しないように。紛失時は再発行手数料がかかる。
依頼の受注制限は保有ランクに準ずる。受けたものの失敗した場合は違約金が発生する。ただし、依頼内容が事実と大きく異なっていた時はその限りではない。
指名依頼は基本受領推奨。別任務遂行中や負傷等により対応できる環境ではない場合は除く。
ギルド内で私闘禁止。ギルド外でも問題があった場合は、法に沿ってペナルティーが発生する。不当な高ランクの権威乱用は許されない。違反があった場合は降格・謹慎・除名・テコ入れ等がある。
最後。命は大事に扱いましょう。
「シャル。登録はできたか?」
「アストさん。申請書出して待ちですよー」
お爺ちゃん職員に呼ばれて、登録手続きが完了したこと、依頼受注の仕方、達成後の依頼料支払い等々、後ろからアストさんが覗き込みながら一連の流れを教えてもらいます。背後でキャーキャーギャーギャー賑やかな効果音付きで。
お爺ちゃん職員に「頑張ってらっしゃい。」と『F シャル』と書かれた鉄のプレートをもらい、首にかけます。
「じゃじゃーん!期待の新人爆誕★」
「む。登録作業も手続き書類や依頼受注書類もわかりやすいな。応用が効くかセバスと話し合おう。」
「あのっ」
「オイ!」
「基本形式と手順書作ると楽ちんですよー?絶対外せない項目や流れをまとめて、どこをチェックすればいいか、誰が見てもすぐ判断できる仕組みがいいと思います。補足とか注意事項とか。」
「ふむ。なるほどな。シャル、どのおつかいにするんだ?」
「ちょっとぉ」
「聞いてるのか?!」
「初心者セオリーなら迷い猫探しや薬草採取ですかね。お爺ちゃん、この薬草は今のシーズン採れない種類よね?乾燥でもいいの?」
「いいところに目を付けたのぉ。できれば新鮮な物がいいが冬場は雪の下で難しいから、乾燥でも受け付けておるよぉ。お嬢ちゃん、薬草も詳しいかい?」
「初級薬剤学と魔道具学は(被験も含めた鬼の実地訓練付きで)教わりましたー」
「「「「きけええええい!!」」」」
先程から煩い声が近くに来て、ガッと肩をつかまれ、「へっへっへっ、先輩の言うことは絶対だぜ」「俺らが流儀って奴を教えてやんよ」「お前どこ中だ?」と絡んで…
「名うての御仁とお見受けする!俺たちのパーティに入ってもらえないだろうか?」
「いえいえ!こんなもっさい野郎じゃなくてこちらへ!美人もいますよ!」
「くっそ!邪魔すんな女豹!」
「うっさいわゴリラ軍団!」
「抜け駆けしないでよォ。こいつらは放っておいて是非ウチにィ!」
「黙れガチムチセクシーズ!」
私ではなく、アストさんに勧誘の嵐。当然、すんごいげんなりしてて、イリオスお兄様が楽しそうに眺めてて、スイコさんとサハリさんはやっぱり同情してました。
くぃくぃとアストさんの服の裾を引っ張り、「にゃんこ探しいってきまー」と依頼書を見せれば、「はじめてのおつかいを見届けるので失礼する」とキリリと真面目に勧誘を断ってます。そんな文句で大丈夫?
皆様がアストさんの影に隠れて(物理的に見えなかったともいう)服を摘むちみっこい私を見て、「今日がデビューか」「そっか、心配だもんね」「うんうん。えらいわぁ」「おつかいがんばって」と納得され激励され…いいのか?本当にいいのか?
これは随分後から知ったことですが、私、成長核がヒビ入ってる影響からか、年齢に対して体が小さく、ドリルツインテで釣り目でも幼い外見だったそうです。
そして迷い猫は猫でも、魔女宅から家出した使い魔で、捜索後、痴話喧嘩大激論会に付き合い仲裁しました。ねむい。
→つづく
シャル 「観光産業と言えば、まくら投げ選手権ってのがあるんですよ?」
エルンスト「トマトやオレンジやマグロは聞いたことあるけど…」
シャル 「水かけ祭り…は夏ですね。あと、奥様運びレースとか?」
イリオス 「…フィーリアを呼ぶか。」
ヴァルク 「兄上がなんやかんやで見せつけてくれるな~」
エルンスト「いやいや、父上の方が見せつけてくれるよ~」
シャル 「…体勢はお姫様だっこ限定レースにしてください。乙女の夢的に。」




