10通目1 新しい訪問客
書き忘れてました。
10通目のテーマは『常識』と『疑問』てとこです。
当たり前、思い込み、普通ってなんだろね?みたいな。
拝啓 親愛なるお姉様。
しんしんと雪が降り積もる白銀の季節になりました。
お姉様におかれては、「おでんの王様はだいこん、女王はたまご、そしてもち巾着はエースじゃー」と楽しまれてることと思います。
「はぁ…まさか味噌も醤油も既に存在してたとは…」
「でも人族の国には流通してないから、努力は無駄じゃなかったのですよー?」
「シノブちゃん…!エルフ監修妖精印の味噌クオリティはムリでも、自家製がんばるよ!」
「妖精の種は巨大化しましたね。でも、エルフどもが人族界作物研究にも手を出したから、そのうち新しい品種持ってきますよー
ところでこの『煮卵』が半熟なのに味が染みてて美味しいのですー」
「これね~、ちゃららーらら♪っていうチャル…」
「音痴はいねがぁぁ!!」
「はぃぃ!!」
不肖の妹は、凍てつく寒さに身も心も解されるリヤカー屋台ごっこをしたいのに、ラーメンの麺とスープ作りよりも先にチャルメラを猛特訓することになった私、シャルロット・アシュリー。9歳の初冬。
一人前の悪役令嬢風魔女っ娘を目指し、今日も今日とて頑張ります。
◆◆◆
「おや、珍しい。大樹の森に人族の子がいる。」
「あら、ほんと。」
紅葉の足音が去った大樹様の森にて、息の先に雪の妖精が戯れる日のこと。
防寒着でもこもこしつつ、アマナちゃんとシノブちゃんの鬼教官付きで、雪と氷の結晶作りで魔法練習をしていたところ、ぬぅっと現れたのは二つの影。
瞬きも待たず、周りにいたはずのノーム達が突如消え、薄暗くなり、日の光が届かぬ深い森。ほぁ?!何が起きた?!
眠る草木が、土が、森が、細い鉄線を縦横無尽にいくつも走らせたような緊迫感を伴います。
「ノーム達も多いな。突然の訪問で皆を刺激してすまない。」
声の主を見上げると、カリカリと頭を掻く、トカゲのような蛇のような鱗?肌のガッシリした大きな体のお兄さんと、特徴的な白い虎猫な耳と尻尾を揺らす、しなやかな筋肉のお姉さんが立ってました。
冒険者?旅の最中?修行中?厚手のマントに大きな荷物を背負い、身長程ある大剣や二双の湾曲した剣を佩いてます。状況が変われども動じず、鍛え上げられた立ち姿、何一つとしても無駄も隙もない。リリィさんやスカルさんが凛々しい騎士道なら、ワイルド系剣客なかっこよさがそこにある。
魔族…は、痒いから来れないし…
となると、獣人?
『我らは森の守り人。古の約定より問おう。汝らの歩む道を。』
闇を喰らいつくす影からいくつも魔力を伴った声が重なりあい、訪問者へ問いかける。
答えによっては妖精魔法が一斉に発動する気が…って、私、巻き込まれない?!額の印がチリチリする。ティターニア様のリフレクションあるから大丈…流れ弾とかな…いやある!
いつも明るく楽しく歌って踊るノーム達が総じて鋭さを纏い、非常におっかない。無意識にお守りを握ってました。
「答えよう。我らはメグルモノ。アタシは獣人族白虎のスイコ、彼は龍人のサハリ。森の主へ挨拶に来た。」
対する訪問者…獣人と龍人は慣れた手つきで佩いている剣を外し、抜き身の刀を地へ刺す。直に座り、両の拳を地に合わせれば、それが和睦の合図なのか張り詰めていた糸がふっと解け消えました。
陽光が戻り天に舞う様に、訪問者は一つ頷いて立ち上がると大樹様の元へ向かいます。
灌木からアマナちゃん達が出てきて、そろそろと近づく。というか、妖精族ってこんなに警戒心が強いんだ…初めて森に来た時もその後も、今まで何にもなかったから衝撃。
「ねぇねぇ、アマナちゃんシノブちゃん、メグルモノってなぁに?」
「国や界を問わず渡り歩く修練者ってとこかなぁ。種族に囚われない中立の者で、時には調停や物事を見届けたりするの。大樹様は人族界と妖精界の接地ポイントで、稀に訪れては情報交換するよ。」
「時代によっては人族もいますよ?どの種族でも凄腕だから滅多にないのです。」
「ほー」
サハリさんと名乗った龍人は、ヴァルクお兄様やアストさんよりも大きな体躯を屈めると、酒壺らしきものを大樹様の根本に置こうとして、洞の中に私作ちっちゃな祭壇もどきがあることに気付き、こっちを向いて目を丸くしてました。
そしてニィっと細めると、窮屈そうに中に入り、暫くして「カッカッカッ!」と豪快に笑いながら出てきました。
「サハリ。初対面に失礼でしょう?」
「聞こえていたか。いや、済まぬ。人族の少女よ。大樹様からの言伝、承った。できれば貴女の家にも挨拶に伺いたいが可能であろうか?」
「はじめまして。シャルです。大丈夫だと思いますけど…どうして我が家に?」
「うむ。大樹様によれば、我々がシャル殿と接触したならば、ご家族にも話しておいた方がいいと。龍人と獣人代表と捉えて頂いて結構。」
「あぁ。シャルちゃんが噂の子なのね?」
スイコさんが何かに気付いたようで、薄紫の瞳が体を心を魂を見透かすように刺し、続いて温度の低い声色が静かに森を通り抜けます。
値踏みでも、評価でもなく、『私』というヒトとナリの見定め。
「魔王の魔石と妖精女王の祝福印持ち、全属性魔法保有にて、各種族からの監視対象…」
「!」
「そして…」
お二人から流れ出るオーラに、ドクドクと体中の血が波打ち、ザワザワと心が騒ぎ…
「ケルベロスが子守奮闘中」
森中の『ブッフォー!』とノーム達が噴き出す声。
くやしい。けど、合ってる…!
◇◆◇
アシュリー領邸に戻り、すぐに外出中のヴァルクお兄様宛てに遣いと、王都邸のお父様宛てにシャル式メール便(速達)で一報を入れました。ホウレンソウ大事です。遅れたり抜けたりすると……ガクガクブルブル…
森でのノーム達の様子や玄関で迎えてくれたケロちゃんが三つ頭になったことも踏まえても、屋敷内に他種族が入ることになるから、予め皆にも伝えておいた方がよさそう。
「…シエラ。ギル爺様いる?」
「はい。後ろにいらっしゃいますよ?」
「ふぉっふぉっふぉっ」
ギル爺様は本名不明の自称『グレートシルバー・ギル』で、いつも杖をついてのんびり庭の手入れをしてるんだけど、いつも探そうとすると見つからず、いつの間にか後ろにいる、謎に包まれた庭師で教育係でご意見番でまとめ役。ご意見番なのに、何か話しかけても大体「ふぉっふぉっふぉっ」が回答で、どうしてもダメなときは杖で小突かれます。ヴァルクお兄様でも百発百中の高等技術。
「種族間の刺激に注意して。新しいお客様にはその方面に明るい使用人をつけてほしいの。お父様から返答次第では各担当の再編成をお願いね。」
「ふぉっふぉっふぉっ」
「シエラ。ベスさんたちは?」
「ベス様とリリィ様は服飾部で打ち合わせ中ですね。既に連絡を入れました。スカル様はヴァルク様とご一緒です。 お嬢様、旦那様から返事が届きました。」
「ありがとう。」
お父様から『一回裏。初球スライダー、三球カーブ』と返事がありました。訳すとイリオスお兄様が一番早い魔道具で、エルンストお兄様も学院かどこか寄ってから来るらしいです。夕暮れにはまだ時間があるから今日中に着く予定。
ということは、久しぶりにきょうだい全員集合?
◇
「スイコさん、サハリさん。集まるまで時間がかかりそうでして、我が家にご滞在いただくことになりそうですが、ご都合はいかがですか?」
「しばらく急ぎの用事はないから問題ないよ。でも、シャルちゃん。アタシたちを家に入れて怒られない?」
「え?何故ですか?」
「我らは種族的にも身形的にも冒険者ギルドでない限り、敬遠されることがあるからな。」
既視感。
柔らかな姿勢の背面に、言葉にできないほろ苦い感情が張り付いてる。
メグルモノがどういった生業か情報不足でも、外見的には冒険者や傭兵風で、言ってしまえば『のどかな領民』には入れません。初対面で怯む方が殆どでしょう。
加えて人族には、魔人、龍人、獣人、翼人、魚人等、混合種である亜人達に対して、閉鎖的排他的な地域や社会が存在します。中には信仰や歴史的背景が絡み、比較的寛容な教会や冒険者ギルドでさえ、差別はされずとも蔑視はあることも。
実際問題、帰宅したとき、突然現れた他種族の雰囲気に、我が家の人間もスライムたちも緊張しました。
そんな中、トトト…と迎えてくれたはケロちゃん。抱っこすると、いつも隠してる二つの頭をポンポンと出現させ、訪問者のニオイを嗅いで「わん!」と尻尾ふって応じれば、「なんだぁーいつものお客様ホイホイかぁ~」「もぉー先に連絡くださいよー」「担当は今いる者の中から…」「抜け駆けずりーぞ!」と使用人達は一気に和み、さくさく進んで動いて…
これらは結果論であり、流れに生まれた一点の染みを濁すことはできず、小さく、確実に、そこに在りました。
そして、こんな表情を私は見たことがある。
目を瞑って思い出す。
どこで見た?
誰に聞いた?
”――、私が怖くないか?”
開いた視界にはいつもと変わらぬ応接室。腰掛けたソファで、膝に座ってるケロちゃんを撫でます。
「先入観を否定するには、人はあまりにも弱く、本能的反応は仕方ありません。
ただ、私の友達はケルベロスで、魔族や妖精族と関わりがあって、広い世界を教えてくれる先生で、大好きです。家族も仕える者達も心と在り方を尊重してくれます。
私は、知ろうともしない事は、実に『もったいない』ことと思います。」
だから獣人族と龍人族であることは断る理由にならず、寧ろ旅の話や稽古見学希望者が殺到する(特に兄!)と胸張って伝えれば、静かに聞いていたサハリさんは豪快に笑って、スイコさんも微笑みました。
「オックス先輩が言ったとおりね。」
「へ?オックスさんてミノタウロスの?スイコさん、お知り合いですか?」
「うん。大学のサークルで先輩後輩。シャルちゃんのことも伝え聞いてたんだ。」
ビースターズ・ユニーバーシティ…なんとケモ耳天国っぽい響き…
世の中は意外と広くて狭い。ミノタウロスも考えてみれば、頭は牛で体は人寄りだから、溢れんばかりの魔力を持った獣人になるのかしら?境界線がわからない。
「大樹様の森に入ることは伝えてあるし、今頃、私の『梅干し』狙いで近くまで来てるかもね。」
「『梅干し』あるんですか?!ああああのあの!おひとつわけてもらうことできますか?!」
「いいよー。梅シロップもあるよ?故郷の名産なんだけど知ってる?」
「おぉぅ!神よ!仏よ!!」
「クハッ!スイコが神…!愉快な!」
カッカッとサハリさんが止まらない。朴訥な武士風に見えて、笑い上戸なのかもしれない。楽しそうだからいっか。
◇
「お嬢様、客室の準備が整いました。お二人にお寛ぎ頂きましょう。」
「はぁい。案内よろしく。…もしかしたら、お兄様たち以外にも来る可能性あるから、余分に用意できる?夕食と夜食が増えそうだし、私はシェフ達と準備してくるね!イリオスお兄様とエルンストお兄様には餌食になってもらうよ!」
「かしこまりました。特訓の成果発表ですねぇ~」
特訓成果…それは薬草園のはじっこに作ったマイ畑にて、ノーム達直伝・妖精魔法で育てた野菜たち。
うっかり紛れ込んだ妖精界の種による巨大かぶや枝豆はまだかわいい。
人族界産の種や苗で実り方も小ぶりにも関わらず、華麗なラインダンスしてるセクシーな大根とか、疑心暗鬼なのか悩みすぎて頭も膝も抱えたような茄子とか、ねじ曲がるどころか悲痛絶叫人面顔きゅうりとか、個性的な形の野菜たち、及びそれらを使った漬物類がにゃんポケにたんまり入ってます。
…私が踊って歌ってる時の姿に似てるのが何個か紛れてる気もするけど…
もうヴァルクお兄様の反応が酷かった。「伝説の迷工百選(笑)」と絶賛し、『地下の踊り子』や『野菜失格』や『河童戦記。あの日、ぼくたちは見つかった』と勝手にタイトルつけてました。
尚、うさぎトマトに「かわいい…」と呟くリリィさんは、皆で愛でさせていただきました。もきゅん。
「…ここは逆転の発想。笑っちゃいけないゲームを仕掛けるよ!」
「わん!」
えいえいおー!と拳を掲げ、意気揚々と戦準備へと赴く。ふっふっふ…!目指せ、食卓のビジュアルアーツ★
◇◆◇
阿鼻叫喚な野菜丸ごとメニューの他にも、にゃんポケにストックしておいた味噌・醤油等を使って、真面目な料理もシェフたちと仕込みます。
魔族コック長さんの付与で、にゃんポケ内は状態保存?され鮮度も風味も落ちません(領地邸シェフの羨望を集めたりする)…妖精魔法がマスターできれば、にゃんポケ内で「味を馴染ませる」や「生地を休ませる」や「熟成を進ませる」もできるようになるかなぁ。リリィさんに聞いてみよう。
厨房の片隅、邪魔にならないあたりで、漬ける系に取り組む私。
「にんじん・にんじん、アボカド・アボカド♪コカブ・コカブ、だいこん・だいこん♪チーズに・チーズに、たまごさん・たまごさん♪さぁ、おいしくな・ぁ・れ~♪」
「お嬢様ぁ…」
「はーい… しろーみ魚にお酒とみりん♪味噌が入ってねむねむねむ♪…麹漬もやりたいなぁ。」
「くぅーん…」
「ちょっと待ってぇ~。豚さんが、ジンジャーさんと、会いまして♪お酒でじわじわ、みりんと醤油♪仲良し仲良し、ぐーるぐる♪」
『シャル。』
「はぁい、どうし…?」
俯いていた顔を上げれば、静まり返ってました。ん?空気がめちゃくちゃ重い。ずっしりしてる。ついでに寒気もする。というか寒い!!!
周辺を見渡せば、重なるように倒れてるシェフ達と青白い顔のシエラ。
厨房の入り口の外で耳も尻尾も下げっぱなしのケロちゃん。
その隣で顔が引きつらせたスイコさんとサハリさん。
…の後ろで、眉間に深い深い皺を三本拵えた魔王らしい形相で暗黒オーラ振り撒いてるアストさんと困り顔のセバスさん。
『漬物はどこだ。』
魔王様がすんごい魔力垂れ流し威圧丸出しでやってきた。
→つづく
アストさんの卵黄の出汁醤油漬けチャレンジ。
炊き立ての白米を装備した!
卵黄をスプーンですくった!
茶碗を目前に落ちた!
黄身が破れた!
→Bad End(しょんぼり魔王様)




