9通目裏6 I've got 魔法のカード
シエラ視点。
リンリーン…
冬の足音が近づく夜。湯あみを終え、ドレッサーに座るお嬢様の髪を整えていたところ、背後のテーブルに置かれたすずらんから小さな音が聞こえました。
鏡越しに視線を向ければ、鉢の前に白い封筒。いつの間に?
「ケロちゃん、気づきました?」
「わふ?」
ふんふんと封筒の気配をチェックするケロちゃんは、ぱくりと咥えると、トタタと軽い足取りでやってきてお嬢様へ渡します。どうやら問題なさそう。ということは、送り主はやはり。
「シエラ、中を検めた方がいい?」
「そうですね。ケロちゃんが問題なしと判断してますし、略式で見させていただきます。お返事が来たのではありませんか?」
「えーと、差出人は…あ!」
にぱぁと笑うお嬢様は、想像通りの方からの手紙なのでしょう。とても嬉しそうです。
病み上がりのベッド生活で、半べそで古代語の復習をし、追加でヴァルク様から問題集が届き、更に奥様から問題集と参考書と課題が届き、べそ通り越して嘆きながら猛特訓。恐らく旦那様は終盤にトドメを刺しに来ますね!
メモを作り、単語を調べては書き、間違えて直し、また書いたものをチェックし、時々絵を描いて(捨てようとしたのは没収)、また書き直す。定型句や教科書の文章ではなく、自分の言葉を初めての言語で手紙を書く。
一通仕上げるまでに、ぴぃぴぃとへこたれながら悪戦苦闘していました。
尚、お嬢様画伯による数々の芸術作品★は、ヴァルク様や領地邸の皆様(名誉のために他家の方々には伏せました)で堪能した後、王都邸の方へ送ってあります。
御髪を整え終えた後、封を切って中をざっと見れば、やはりです…が。これはこれで面白そうな気がしてきました。就寝前のお茶を飲むためテーブルとソファへと移動し、うきうきと待つお嬢様へ、ひらりと一枚の手紙を渡します。
「えーと。『拝啓』…あれ?これ、この国の言語で書いてある?」
◆
『拝啓
残菊のみぎり、貴女におかれてはご清祥のことと存じ上げ候。
古文に挑戦したると聞き、我も女人向けの文なるものを現代文にて書きてみむと思い、筆を執る。』
◆
「………おわり?」
「おわりですねぇ」
どう反応していいか若干迷ってるお嬢様は、「女性向け文章のところでつっこむべき?現代文のところでつっこむべき?」と真剣に悩み始めました。本文を忘れていることををつっこむべきかと思います。
すると、再びテーブルのすずらんがリン…と鳴り、封筒が現れました。
差出人も内容も見当がつきますが、貴族家に手紙で届いている以上、規則として中を検めねばなりません。封を切り、内容に目を通しお渡しします。
◆
『セバスに、女性宛ての文としては古すぎるし固すぎると叱られた。
ビジネスではないのだから、もっと柔らかく自由に書きなさいと。』
『業務以外で文を書くことが少なく、どうしようか考えこんでいたら、ピンクと白でハート溢れる参考書の山が持ちこまれた。
…古代語問題集に挑むシャルもこんな気分だったのだろうか。』
『参考書の詩の解釈を分析してたら「そういうのは後にしましょう」と怒られた。
シャルの母国語で「優しい文」に挑戦してるが、言い回しが上手くないのは許してほしい。』
『想いを筆に乗せ文字を綴るというのはなかなか難しい。手紙の作法もだ。
すずらんの風景だけ先に送る。急ぎ用意した故、同封したカードをご覧あれ。』
◆
「めちゃくちゃ美文字で弱音が書かれてる…」
「手習いの見本か額装したくなるくらい達筆ですねぇ~」
「内容的に飾っちゃダメだよぉ!親書だし!魔王職だし!」
「残念ですぅ~ でも、お嬢様も頑張らないといけませんね?」
「ふぐぅ! …えと、同封されたカードはこれかな?」
真面目にライバルの威厳を守ろうとするお嬢様には申し訳ございませんが、シャル画伯の快画(微笑)は既に先方にも贈らせていただいてます。イリオス様からも「喜んでた」と報告受けてますよ?
そうとは知らないお嬢様が封筒から取り出したのは、二つ折りの闇色のカード。開いてみれば、濃紺に銀粉を塗した蝶の模様が刻まれてます。すると、ぺらりと蝶がカードから剥がれ、ひらりひらりと静かに飛び始めました。
「ポップアップカードみたい。きれいね~」
「わん」
ゆらゆらとお嬢様の前を飛ぶ蝶から、銀粉がはらはらと室内を舞い始め、そこには夜空の浮かぶ赤い月と灯火…すずらんの群生地、幻の景色がうっすらと現れます。
『シャル。』
「ひゃぃ?!」
『あー… いざ話すとなると、これも上手く言葉が出ないな… 体調はどうだ?』
「アストさんの声だぁ…って、なんという低音艶ボイス!破壊力が!ドラマCDでも作る気?!」
「お嬢様、くねくねになってますねぇ~」
「わふ?」
幻から届く声はいつも通り物静かで素っ気なく、でも不器用な優しい言葉で、すぐ近くに聴こえます。まるで耳元で囁かれるように脳へ響く。これは非常に威力がありますね。
お嬢様もいつも通り茹蛸になって、ほっぺを両手で覆いながら、もじもじくねくねし始めてます。終わる頃にはソファで腰砕けになりますね。
『渡したすずらんはここの一株だ。城の畑はアルラウネが育てている。こちらのモノは人間には猛毒だが、贈った鉢は毒抜きをしてあるから安心して触れていい。
コレの香りは夜の魔力と混ざり、非常に心地良い。』
『まおーさま!香水作ったからぁ!』
『はいはーい!私も私もー!』
『二人ともおちつきなさい。はしたない。』
「セバスさんの声ですね。こちらも音声だけにすると擦れ具合が色っぽいですねぇ~…」
「あああ…!渋系ダンディエロボイスもセット…お耳が極楽浄土…!深夜ラジオで連載希望…!」
「お嬢様、ぐにゃぐにゃになってますねぇ~」
「わふ?」
丹田に気合を込めて、心の中でアシュリー家名物おしおきフルセット訓練を思い出してないと、私も足の力が抜けて、くねくねしそうです。ダブルコンボは威力がありまくりです。
そしてお嬢様もぐにゃぐにゃになってソファに寄りかかってます。もう動けませんね。
『あー…突貫カードで香りが載せられなかったため、エキドナが香水にしたものをカードに垂らした。雰囲気だけ味わってくれ。』
『アルラウネよ!ちっちゃいお嬢様!すずらんかわいがってね~!』
『私はエキドナよ。カードの香りをベスとリリィに自慢してドヤってー』
『二人ともベス達と仲がいい。…おい。人族界のギルドに出入りするつもりか?』
『きちんと申請書は出してからにしてくださいねぇ?』
『はぁーい』
「はふぅ…そのうちアシュリー家にも来てくださるかな?」
「ベスさんとリリィさんにも相談しておきましょう。」
「声だけで覚えられるかな…むぅ」
私も掌内で爪を喰いこませてないと動けなくなってきました。
幻の風景は花畑だけなので、アルラウネ様とエキドナ様がどのような御方か、種族と声しか判断できません。ベスさんとリリィさんにお話しを伺っておいた方がよさそうです。
『スキル面は申し分ないが…人化はマスターしたのか?言語は?渡る準備は?』
『わーわー!きこえな~い!』
『てへへ~』
『二人とも今から補習ですねぇ。』
『『え…?』』
緊張感漂う静寂の後、届いた声。
『…さぁ…ヤリましょうか…』
『きゃぁぁー!!』
『ひゃぁぁー!!』
「…セバスさんの…」
「…あくまボイス…」
間違いなく私も茹蛸になりました。不甲斐なくもソファの背に手をつく始末。アシュリー家の使用人にあるまじき失態。しかし、なんという美音声。これが悪魔族の長の力…!色んな意味で凶器です。
唇を噛み、爪を喰いこませ、腹に力を込めて、なんとか体勢を整え…
『はぁ……ッ』
「「!!!」」
不意打ちで囁くような吐息が耳元に響き、その艶っぽさに体と精神へぐしゃりときました。手をつくどころではなく、一気に足の力が抜け、膝がガクガクします。
お嬢様は?と見れば、ソファの上でぷるぷるのピクピクで真っ赤な御顔を両手で覆い、それをケロちゃんがタシタシと足で叩いてます。最早悶えるどころではなく、言葉にならない、衝撃。
「…ッ!…ッ!! …あの…シエラ? 楽にして?」
「…ありがとう、ございますぅ~…」
◆
賑やかな声は遠く、再び静かになった蝶が舞うすずらん畑。
風に乗って高く飛んだり、茎の間を通り抜けたり、葉の先に留まったり。軽く揺れる花弁の中から、幽かな光がリンリンと澄んだ音ともにぽわぽわ踊る。
花から月夜へと飛び立ち、風に遊ばれる灯火達は、とても幻想的で、夢のよう。
「きれい…」
『シャル』
「ひゃぅっ…!!」
「お嬢様、がんばですぅ!」
「ぁぃ…!」
ぼんやりしてると婀娜ボイスに全滅しそうなこの空間ですが、見えてるのはお花畑だけです。お嬢様がアスト様の眼力至近距離攻撃に『レーザー砲で撃ち抜かれる』と仰ってましたが、今後は聴覚も意識してしまうのでは?
ついでに、もし魔王として声に魔力を乗せてきたら、人族は音声だけで戦闘不能に陥ることが実証されました。
『本物が見たくなったら言え。』
「はぁぃ。」
『では。またな。』
「またねぇ。」
幻の風景は霞のように揺らぎ、空気に溶けて消えました。残されたのは香りのついたカードだけ。
そしてぐにゃぐにゃとくねくねになった私たちを支えてくれるケロちゃんとスライム達。
私がお嬢様を安全に抱っこできる程、腰の力具合に自信がないため、ベッドまでケロちゃんが運んでくださいました。ありがとうございます。
「高音質録音したい…ヘッドフォン推奨でローリングしたい…」
ぐにゃぐにゃの茹蛸のまま眠りにつくお嬢様は、とても幸せそうな嬉しそうな笑顔でした。いい夢見れますね。
◇◇◇
昨夜の幸せメッセージカードにご満足されたお嬢様は、早速お返事を書こうと翌日も古代語の辞書を片手にメモ作りから始められました。しかし…
「届いても一番に封を切れないのは寂しいですか?」
「うん…でも、ルールだから仕方ないよ。アシュリー家だもの。私は例外を作っていい立場じゃない。」
お嬢様が一通の手紙を書きあげても、領地邸ではヴァルク様、次いで王都邸でイリオス様のチェックが入り、セバス様へ送られ、アスト様に届きます。タイミングにもよりますが、至急案件でなければヴァルク様とイリオス様で最低でも数日はかかります。
お二人がご不在であったり、お時間がとれないことが多いので、仕方がないことですが…
「あと、女の子の手紙をおにーさまたちに見られるのは、やっぱちょっとはずかしーなーって。」
「女性はいつでも乙女ですからねぇ~」
ぷぅっとしてるお嬢様の頬をつつき、くすくす笑いながら作戦会議に入ります。
何事にも穴があります。完璧な規則はありません。限りなく完璧に近いものがあっても、手段と手間と手回しを講じれば、許されるルートが考えられます。
「そもそも『手紙』だから貴族ならではの作法とかチェックとか出てくるのよ。メモや日記なら話は別でしょ?」
イタズラを思いついたようににんまりするお嬢様は、エルンスト様からいただいた魔道具学の専門書と直筆の本(門外不出)を引っ張り出し、白紙に二冊のノートらしき四角い記号と、覚えた古代語を絡めてメモを書き込んでいきます。概要は収納式伝言板とでもいいましょうか?
「アストさん仕事いっぱいで他の書類と混ざってしまうかもしれないし、ファイリングの手間もあるし、だったら最初からノート仕様で…。これは使い方次第で、アシュリー家の書類管理にも役立つと思うの。」
「実現可能な案ですね。エルンスト様に構築と付与も頼まれます?」
紙いっぱいに書き込むお嬢様は、むーんと考えた後、ふるふると首を振ります。
この魔道具案は、お嬢様式メールボックスと空間収納魔法の複合なので、時間をかけて頑張ればお嬢様が付与までできそうな構造です。
「ううん、これは自分で作りたい、から、エルンストお兄様には、全体のチェックだけお願いしたい。自分でやりたい。」
「素材はヴァルク様にお願いしてみましょうか?」
「うん。こればかりはね~本当は自分で採れたらいいんだけどね。」
「お嬢様が領外に出るのは難しいですからねぇ~採取能力も話は別ですしねぇ~」
「うぐぅ!」
寂しそうに笑うお嬢様は冒険旅行が憧れらしく、よく異邦見聞録や旅行記で民族や祭事等、各地の本や絵本を眺めては、幼き頃より「わぁ!ファンタジー!」と謎の呪文を呟いてます。
侯爵領でも路地裏探検を楽しまれており、知らないことを知りたいという、ある意味その冒険心と行動力から、ユニコーンを追いかけて大樹様の森まで繋がった気がします。普通、ユニコーンに遭遇したら逃げるんですけどね。獰猛だから。
まずはヴァルク様を突破すべく、あれやこれやと書き込むお嬢様の姿を眺めながら、私も微力ながらお手伝いできればと思います。
「すずらん畑も見に行けるといいですねぇ」
「夢は大きく異界一周旅行!」
並みの人族でも到底叶いそうもない壮大な夢を掲げられてました。もう少し近場にしてください。
某夜遊び番組聴きながら書いてたらこうなった。(cv誰。←)




