9通目裏5 You’ve got 初手紙
セバスさん視点(中間はヴァルクお兄様視点)
コミュニケーションは大事です。
できれば、実際に対面して言葉を交わし、触れあった方がよいのですが、遠方ではなかなかそうはいきません。
それでも『伝えたい』『伝えよう』という気持ちは大切なことですね。
さて、その手段はいかがいたしましょうか。
◆◆◆
「魔王様」
「セバス、どうした?」
「人族界から手紙です。」
執務室でバッサバッサと書類を捌き終え、裏取りを終えた高位魔族の喧嘩を叱りに出かけ(クレーターにできた溶岩池で煮炊き)、途中で爆音で集団暴走していた中位魔族の群れを補導し(スタイルの前に精神論から叩き込み)、帰りに下位魔族の幼稚園庭でホーンラビットを抱っこしようとしたら逃げられた魔王様に手紙を渡します。
魔王様、ショックを受けてるようですが、世の中には恥ずかしがり屋もいるんですよ。嫌われてる訳でも怯えられてる訳でもありませんよ。たぶん、ですが。
「イリオスからか。」
「先日の礼と伺ってます。」
書類や郵送物が届いた場合、先に中を検めて、本当に必要か他の者に振れるものではないか、優先順位や内容をまとめてから渡します。人族界から来る手紙は、通常の国家元首や冒険者ギルド連盟等の公的機関を除けば、私信はアシュリー家からしかないので、さっさと終えて手元に届けます。
だいたいの内容が、定期的に行われる魔石売買報告書か、魔王様が依頼した漬物に関することか、お嬢様に関する珍事件か。今回は三番目でした。
無表情な魔王様は、手紙を読んでもあまり変わりませんが、同封されていたもう一通を開いた瞬間、珍しく俯いて、クっと肩が揺れました。上げた顔が溢れる凄みと魔力で、こちらを伺ってたキマイラやグリフォンのちびっこたちも隠れてしまいましたよ。あの窓はぐりんかむび組でしょうか。
「なにか面白いものが?」
「シャルが手紙をくれた。」
渡されたのは、見慣れた長兄からの挨拶文と、小さい妹から一枚の手紙と四つ折りの紙。
後者の文章は拙く、ヒュドラがダンスしているような文字。
四つ折りの紙には、色取り取りの〇や△や□等々、歪んだ形にダイナミックに描かれた線や、(・_・)や(^▽^)のような…?
これはもしかしてもしかしなくても、お久しぶりの。
「画伯ですね。」
「画伯だな。」
書かれた経緯は長兄の方から報告がありました。
◆
『アストへ
忙しい日々で疲れてるであろう君に、ささやかな息抜きを届けよう。
シャルが手紙を書きたいと古代語に挑戦中だ。
拙く読みにくいかもしれないが、そのあたりは書いてる姿を想像しながら楽しんでほしい。
定型句の読み書きは勉学の中でやってきたが、自分から文章を書くのは初めてで、いつか古代語でも話したいと言っていた。(いつになるかわからないが!)
残念な文章力で伝わらないかもしれないと、絵も描いていたようだ。
素に戻って恥ずかしくなって捨てようとしてたのを、シエラが奪いヴァルクが嬉々として送ってくれた。その中から侯爵家一同による厳選な審査をした結果、これは!と思う傑作を同封する。
何を描こうとしてたんだろうね?抽象画やデザイン画として愛でていただければと思う。
今までベッド生活を送ることが何度もあり気落ちしがちだったが、ヴァルク達の話では、今回は精神的に安定していて(花のおかげかな?)、「ケロちゃんとスライム達と早く遊びたい」とぼやいてるらしい。
いつか『外』へお出かけするのが夢だそうだ。
君が見てきた素敵な景色があれば、話してあげてほしい。
イリオス』
◆◇◇
時は少し遡る。
「『イリオスお兄様へ。魔族のみんなから8歳のお祝いにスライム達をいただきました。それとは別に、アストさんからすずらんもいただいてます。お礼状を書きたいのですが、魔族言語がわかりません。どうしましょう?』…って、シャルは今まで何語を聞いていたのか気づかなかったのか?これを兄上に送ったら、間違いなく父上から『不可』もらうぞ?」
「う~~~~!」
初従魔法後、倒れて寝込んで目を覚ましたものの、未だベッドから出られない末っ子の部屋へ見舞えば、知らない間に増えたすずらんの鉢を抱えて、にへらぁと笑って自慢気に見せてくれた。
昨夜時点でシエラが把握していなかったモノだから、魔族か妖精族からの品だろう。聞いてみれば、案の定である。
ざっと調べても魔力を内包してるすずらんなんて、とんでもない珍品だ。間違いなく母上が興味を持つ。素手で触って平気そうなので毒素がないのか、もしかしたら人族に影響がない毒があるのか、シャルが持つどれかの属性魔法で分解されてるのか。あぁ、エルンストも調べたがるな。
そんなこととは露知らず。全く気付いていない妹は、お礼を伝えようとしたところまではよかったもの、ふと、便箋を前にペンを持って固まったのだ。
何語で 書けば いいの?
相手の 文字が わからない。
「むぅ…だって、いつも翻訳されてたから…!洋画の吹き替え…じゃなくて!えーと。ヴァルクお兄様達はどのように意思伝達をされてるのですか?」
「基本的には人化できる…つまり人間の声帯を持てる魔族の方は、人族のどこかの言葉を話す。一番多いのは魔術式で使う古代語が共通言語だな。ギルドでも使われるし、エルンストの魔道具でもよく見るだろう?アレだ。」
「でも、ノア様はともかく、ボークレイグ家やゴドウィル家の皆さんは古代語を話せませんよ?」
「あぁ。ベス殿達は、ボークレイグ家の面々と接する時は、古代語ルーツの現代語を使ってる。この国の現代語とは活用や発音がやや違うが、だいたいのニュアンスがわかれば伝わる。だからボークレイグ家の護衛達は、ベス殿達は遠方の国より招かれた指導者だと思ってる。」
「スタイルも異国風に見えますしね…そうなると、古代語なら通じるってことですか?」
「というか、シャル以外のアシュリー家の者は古代語で話してるぞ?シエラもだ。気づかなかったのか?」
「…全部この国の現代語かと…」
ほっぺたを膨らませて唸ってる妹は、隣国に行った際、魔族語が使えず(当然だ。発声器官が違う。)、古代語を使うかと思ったら絵で描いて(謎の怪画だった。こっそり見せてもらった。)意思疎通を図ろうとした妹は、翻訳魔法がかかった魔石のペンダントを貰った。(しかも魔王の魔石だった。大珍品。)
その時はシエラにも渡されていたが、早々に気付いて古代語の勉強に取り組んだ優秀な侍女は、マスター後は「学んでも実際に使わなければ意味がありませんよぉ~」と翻訳魔法の魔石を返却していた。
ただ、今の今まで、このお間抜けな妹は安定のクオリティで気付かなかった。いつも通りだな。
周囲は、いつまでも現代語で話しかけて、古代語で返されてる不思議な会話風景を楽しんでいた。いつも通りだな。
ついでに、身に着けてる魔王の魔石が、大きさと純度からして王家が欲しがる品だと気づいてるのだろうか?…気づいてないんだろうな。いつも通りだな。
「古代語は家庭教師から習っただろう?母上とエルンストからも、薬剤と魔道具の課題で使われてたはずだ。」
「うぅ…読むことはできるんですよぉ…書く方が苦手なだけで…」
「慣れないと眠くなるのはわかるがな。今後もギルドや外で使うかもしれない。古代語で書け。」
「でも、私は…」
「知識と経験は糧になるぞ?どこでどう出番があるかわからないから、やっておいて損はない。シャルの夢もあるんだろう?」
「うん…辞書持ってきます。」
ベッドの上に簡易テーブルを置き、辞書を片手にぴぃぴぃ鳴きながら古代語の復習をする。
与えられた受け身の勉強よりも、目的や目標があって取り組んだ方が身に着く。折角なので、エルンストが勧めてた古代語の問題集も渡せば、更に悲鳴を上げて頭を突っ伏していた。かわいい妹だ。
「単語だけ先に集中的に覚えて、繋げて…うーん?」
「某国の言語に似てる気がする…語彙の体系が自然現象の単語が多いのもそのせい?古代語は神羅万象と繋ってる?」
「西大陸言語と南大陸言語だと古代語も語順構造が違うのね。境のあたりはどうなってるのかしら?」
「文法に囚われてたら四角い文章になっちゃった…やりなおし。」
「いつか話せるようになるかなぁ…」
ところどころで脱線しつつ、百面相をしながら、自分なりの発見もしているようだ。礼状は早い方がいいが、これは書きあげるまで時間がかかるだろう。
先に兄上へ連絡を入れ、父上には問題集三冊で目を瞑ってもらった。ただ、母上は許してくれなかったようで、追加で薬剤版問題集と参考書と課題が届いた。
涙目で机に向かい、途中上手くできなくて癇癪を起してるが、飾ってあるすずらんを見ては、また意気込んで取り組む。
めげずに、投げ出さずに、じっくり確実に。
得たモノは、いずれあの子の武器となるだろう。どんな生き様になろうとも。
「お嬢様ぁ、ここ、スペルが違いますよ?」
「え?」
「この綴りだと『変態』の意味になりますよぉ~」
「…『変装』が『変態』…あぅー…」
「熱が出てますね。一度休憩しましょう。」
「うー…手紙を書くってむずかしぃー…」
時々、頭を使いすぎて発熱するあたりは、お約束というものだ。
寝て、起きて、復習して、メモして、調べて、書いて、書き直して、チェックしてもらって。
彼女は『初めて』の手紙を書きあげた。
◇◆◇
『あすとさんへ
すずらんありがとう です。
ひかってて、とてもいいにおい。まいにち いやしされます。
これはどこにさいてるですか? あすとさんのちかくですか?
いっぱいさいたら、きれいね。
いつかみたいです。
しごとはたいへんですか?
がんばりやさんも、ときどきおやすみするください。
つけものがんばります。
おさけもできるです。
こどもだからのむむりけど、あすとさんにのんでほしい です。
へんそうして、いっしょにさんぽしたいです。
やたいごはんしましょう。
またね。
しゃる』
◇◆◇
「セバス」
「お返事ですね。すずらんはアルラウネに育てさせた新品種です。光る薔薇に着想を得て改良したと聞いています。」
「そうか。光る薔薇は作り物で光が保たないが、こちらは生命力が強そうだな。」
「いつかご覧になりに来るまで咲かせることは可能でしょう。」
「別の花も増えてるかもしれないがな。」
「庭園でも造らせましょうか。トレントもやりたがりますよ?」
つらつらと答えながら返信内容を考える我が王は、普段通りの無表情ですが、雰囲気は少し和らいでます。どのくらい和らいでるかといえば、オーガやガーゴイルのちびっこ達が扉から覗いてくるぐらいは。あの部屋は黒麒麟組ですね。
園庭の鈍色グレートマンモス滑り台に、ちょこんと腰掛けて手紙を読む魔王様の大変かわいらしい姿も、そのうちこっそりお嬢様に教えて差し上げましょう。
「ある程度片付きましたら、休暇をとりましょう。」
「む。執務室に戻るか。」
「えぇ。ですが、その前に…」
「…なんだ?」
にっこり笑って楽しい楽しい企画立案の時間です。
お嬢様へ渡す手紙なら、肩肘張ったモノはよろしくありません。小さな人族の少女でも、心はいつでも女性であります。無骨な手紙なんぞ、火にくべられてしまいます。
まずはカタチから入りましょう。
「かわいらしい便箋も用意しませんと!紙は何色にしましょう?絵柄は花にします?動物にします?エンボスもいいですね!香りもつけましょうか。」
「……。」
「文章も柔らかくしませんとね!某国に『愛の伝道師(原因)』と呼ばれる方の語彙集がありまして、なかなか面白いですよ?」
「…いきいきしてるな…」
「えぇ!もちろん! …おや?魔王様?御顔が不思議なことになってますよ?どうされました?」
「言うな…」
長年お側で仕えていますが、魔王様の見たことがない表情も、まだまだあるものですねぇ。
お嬢様へのこっそり話が増えそうです。
問題集と参考書と一緒に届いたお母様からの手紙
『シャルへ。
スライムやすずらんはどんなものかしら?お母様に教えてね!
(各レポートは古代語で4000字程度 締切は年内必着)』
訳:強制イベント『自由研究』発生。
シャル「…スライムって個体ごとってことよねぇ?!レポート8本?!」
シエラ「フルボッコなお嬢様もかわいい!」




