9通目裏4 執務室にて。
どう入れようか散々迷ったけど、再び途中裏ログインします。
アストさん視点。
己の欲は扱うのが難しい。
持て余す力が限界を超えれば、すべてを焼き尽くしかねない衝動に襲われる。
そうならぬように、己と向き合い、律する。
眉間の皺を解す。
肩の力を抜こう。
目を閉じて、静かに、静かに。
にへらと笑うまぬけな顔を思い出しながら。
◆◆◆
「おかえりなさいませ。魔王様。」
「あぁ。無理を利かせたな。」
「滅相もない。」
「そうは言っても、催促が多かったのだろう?」
使い慣れた魔王の執務室に戻れば、苦笑いしているセバスの後ろに山積みになってるスライム達が待っていた。
広いはずの部屋がだいぶ狭く感じるが、合体してこのサイズなのだから思うが儘に押しかけられたら仕事にならない。おそらく、部屋の外にもいるのだろう。ソワソワした気配が廊下から窓から天井から床下から亜空間から感じる。
どかりと椅子に座って、目の前の書類の山にうんざりする。未決済箱が処理しても処理しても終わらない。いっそ燃やしてやりたい。あぁ、その前にスライム達へ話か。
「魔力暴走でもなければ、病気でもなかった。寝込んでいたから花だけ置いてきた。」
投げやりな気分を押しとどめ端的に話したものの、スライム達から『スライム嫌われてない?』や『もっとくわしくー』の中に、『寝込み襲ったのー?』と少々不謹慎な単語も出てきた。頭が痛い。精神的に。シャルの言葉で例えるなら、だいぶ『お仕事にお疲れ』のようだ。
「あちらに行った後輩達は気に入ってくれた。透明だけ繋がってる。全員契約するのはまだまだ先だろうが、すぐに仲良しになるだろう。人族は脆弱だし命は短いからと急がせてはいけない。」
『はぁーい』
「寝てたし時間もなかったからそんなに話せてない。漬物は頑張ってくれるそうだ。」
『ぼくたちも食べたいー』
「いやだ。やらん。それから私には弱ってる少女をいたぶる趣味は持ち合わせてない。」
『そういう意味ではなくてぇ…』
「だめですよ、スライム達。いたぶるなら屈強で折りがいのある者でないと!」
論点がずれた微妙に噛み合わない話を聞きつつ、眉間を解す。
「元気になったらこっそり覗きに行くくらいは許可しよう。前回のように隔離された土地ではないから、他の人族に見つからないように。」
『わーい』
「多数の妖精族が近いところにいる。接触しても下手に刺激するな。帰宅したら手洗いうがいをして人族と妖精の気配も落しておくように。芸術祭までハーピィとセイレーンがピリついてるから、突かれて魔核泥棒されても知らんぞ。」
『はぁーい』
「セバス、イリオスに連絡を。」
「かしこまりました。」
イリオスにスライムたちがお忍びで伺うであろうと一報入れておく。すぐに返事が届いて、『質が基準に届かない味噌づくりの試作がたくさんある。それでも良ければスライム達にもお裾分けの手配をする。』とあった。
ついでだからお忍びするスライム達には「ごみを食べて肥料や資源に変えてこい。滞在費だ。」「土地の修繕も気がついたらやってやれ。美味いものに繋がる。」と言づけて許可を出した。
土地が豊かになれば、税収に繋がり、野菜や家畜も育ち、巡り巡って美味しい料理になると説明すれば、スライム達も乗り気である。ただし、こっそりだ。
「大量に行くとバレる。選抜か合体で小型化か、厳選してくれ。」
『人族にバレなければ、みんな行ってもいいのではないのですかー?』
「いや。他の魔族にアシュリー邸の人族グルメを食べに行ったことバレた方が問題だな。」
『あー…コック長あたり大変ですよねぇ…』
「そうだな。もう後ろにいるが。」
『え?』
執務室の入り口には、私が戻ってきたことを知ったコック長が、飲み物と軽食を持ってわなわな震えている。ぷるんと震えて振り向いたスライム達が、ぴよんとジャンプした。コック長の飽くなき料理への情熱と羨望からくるオーラに刺激されたようだ。
「選抜試験に決定だ。コック長から逃げ切った上位入賞者までが派遣選手として認めよう。」
「そうですねぇ…エリアは魔王城半径50km、他の魔族にバレたら失格、制限時間は日の出まで。」
『わああああ!!』
執務室から一斉にスライムが飛び出して行った。飛び出す最中にも何十匹かはコック長に捕まった。
遠くなる喧噪を聞き流し静かになった執務室で、コック長から受け取った飲み物と軽食をセバスが給仕する気配を感じつつ、天井を仰いで目を瞑った。
◆
瞼の裏には、真っ赤な顔で苦しむ姿。
抱えてみれば、春先より背が伸びて重くなった体。それでも小さい手が、きゅっと自分の服を握り、華奢な体がゼェゼェと荒い息で喘ぐ。
時折、その細い喉元に喰らいつきたくなる。荒い息も暴れる熱も、脅かすモノを根こそぎ奪ってやりたくなる。
自然の摂理を無視し、彼女の体へ強制的に干渉すれば、ずっとずっと楽に生きることができるだろう。同時に、少女の免疫力も体力も成長できなくなり、後退し、生命力はどんどん弱っていく。
最後に残るのはボロボロの器だけ。
過ぎた力は毒になる。
毒も薬も表裏一体。匙加減一つで変わる。
相手に見合う力加減ができなければ、人族などあっという間に壊れる。
なんと儚い。なんと弱い。
与えることが全てではない。
力があっても、どうにもならないこともある。
せめて悪夢を追い払う程度か。
◆
魔族は強大な力を持つ。それ故に身を亡ぼす程の魔族という強大な力を求めて、命を餌に契約しようとしたり、召喚しようとする人族も多い。どこの国でも、どの時代でも、たいてい一人二人…どころではなく十人二十人くらいはいる。
恐れと欲に溢れた魂は美味しい。悪魔族や死霊族なんかは大好物だ。
「そいうえば、セバスは最近魂を喰ってないな。どうした?」
「グルメになっただけです。ただの俗物に飽きたとも言います。」
ふと、味付けの問題かもしれないと考えてしまった。誰かさんの影響か。
「お嬢様が、アメとガムの話をされたんですよ。」
「アメとガム?」
「はい、アメは私たちの魂の食べ方に似てますね。口に含んで舐めながら、底なしの悲しみ、激しい怒り、禍々しい恨み、果たした高揚、敵わなかった絶望、突き落とされた闇…魂に付着した多様な感情を味わいます。」
「気に入らなければ途中で噛み砕いて終了だな。ガムというのは違うのか?」
「えぇ。ガムというものはアメに比べて弾力性が強く、噛んで味わって、最後にカスを出すらしいです。咀嚼することで眠気予防・集中力向上・口腔ケア・胃腸の働きも整える役割があるとのこと。」
悪魔族は契約した人族から恨み辛み欲望等の様々な感情を煽って、命にコーティングしていき、契約満了時に魂を回収してその味を堪能するのだ。
食べた程度では魂の存在自体は消滅しない。小さな物質になっていつかは冥界に流れていく。いつになるかはわからないし、時折何かの衝撃で途中で消滅してしまうこともある。
「本体に重きを置いてませんからね。噛んで噛んで味だけ吸い取って、カスにしてから冥界に流してもいいかと思いまして。」
「大きなカスのままだと、業を背負ったままになりそうだな。間違って魂消滅させるよりはマシか。」
「魂の存在数を減らしてしまうと、冥界の担当者から始末書依頼が来ますからねぇ。それに噛んでる時の悲鳴がまたなんとも趣深い…」
一気に追い詰めるのが好きなタイプと、ねちねちと攻めるのが好きなタイプと、好みは魔族それぞれだろう。セバスは今まで一種類だった食べ方から、新しい食感や味付けを楽しむべく、素材を探してる最中らしい。正しく悪魔族らしい恍惚とした仄暗い笑みだ。
欲塗れの魂がどこを通っていくか。途中経過が、三途の川に行く前に魔族に喰われるか、川岸のアライグマとヘラジカに洗われるか、水中へヴォジャノーイに引きずりこまれるか、空からフレスベルグに突かれるか、または他のルートか、それともそれら全部か。通り道と冥界の門を通った後はまた別だ。
天使が迎えに来たと思ったらオキュペテーだったとか、しかもソロのアカペラが滅茶苦茶うまくて、「もう一度聴きたい!」と生き残った作曲家がいたとか。死ぬのを拒んだ動機が、瀕死にならないと聴けない歌声でいいのか。営業成績が伸びず嘆いていた。
バンシーが叫ぼうとした家の老女が、「美しい死化粧にしたいからメイクが終わるまで待って!」と叫ぶのを止められたとか。ついでに叫びも悲劇的な言い回しと演出をリクエストされて、残業が大変だったらしい。
話が逸れた。疲れてるらしい。どうでもいいことまで考えてしまった。
◆
「魔王様、お嬢様をお迎えにあがりますか?」
セバスの声に耳を疑った。
あの小さな命は、小突けばあっという間に体から離れる。
「…だれか狩りに行くのか?」
冥界から狩りの依頼書を渡された者がいるのだろうか。いや、魔族だけでなく、妖精族たちも依頼を受ける。依頼書がなくても興味が湧いたからと狩りに行く者もいる。単純に命を狩りたいだけの者もいる。どうでもよかったという者もいる。
アレヲ カルノカ?
ズン…と何かの衝撃が体から出て行った。
無性に苛ついた。腹が立った、煮えくり返る、許せないというより、よくわからない『情』が出てきた。近い感情としては嫉妬、縄張り意識、独占欲…そこまで考えて、無言のセバスを怪訝に思い、瞼を開けれてみれば、非常に嬉しそうなセバスの顔。
「ほっほっほ。いろいろ凶悪なモノが駄々洩れになってますよ?城が揺れました。」
「…燃えたか?」
「煤けた程度でしょう。ストレスがだいぶキてますねぇ。」
楽しそうな指摘に、漏れ出た魔力も圧も回収する。影響は…城の周辺まで弱い魔族なら倒れてるかもしれない。驚かせてしまったなと反省する。
「…で、いるのか?」
「いませんよ。いたとしても先に私がそいつを狩ります。お嬢様を気に入ってますからねぇ。お迎えは別の件です。」
すっと取り出したのは一枚の手紙。重要案件か至急案件なのだろう。人族界から呼びがかかったのも、これの回答が必要だったのだろう。
「疲れがまだ取れてないのは重々承知してますが、こちらの案件だけは目を通してください。」
「使者が来ているのか?」
「えぇ。方向性だけでも伺いたいと別室に滞在しております。詳細を知りたいようでしたら、接見の間まで連れてまいります。」
ざっと読めば、差出名は竜の長で、龍人族と有翼族も連名で入っていた。どうも竜種に広く関係するものは、魔族・魔獣への影響が出るが、事前に伺いを立てる程のことだろうか…待てよ?
「ベスが人族界に変なたまごのニオイがすると言っていたな。」
「その件でしょう。人族も既に騒ぎはじめてます。」
「変異種か古代種か…たまごの近隣にいる魔族に干渉するなと言い含める程度か、哨戒まで必要か。近づいても母竜にボコされるのがオチだ。」
「それが…母竜が見つからないそうです。もう少し付け加えますと、誰のたまごかわからない、と。」
「ふむ…迎えに行くということは、シャルが関わりそうなのか?イリオスでなく?」
「状況によってはお二人ともですね。ストレス解消で散歩もいいですよ?」
「そうだな。わかった。使者に詳しく話を聞こう。」
「かしこまりました。」
一つ頭を下げると、優秀な執事はそのまま部屋から消えていった。
◆◆◆
無人の執務室で一息つく。
使者の準備が整うまで暫し時間があるだろう、軽食に手を伸ばして口に含めば、イリオスから貰ったのであろう試作の怪魚味噌サンドであった。
決して不格好でもなければ質が悪いわけでもない。逆に試作段階の物をよくぞここまで仕上げたものだとコック長を褒めていい程、上品なクオリティである。しかし…
「…美味しくない…」
おまじないの効いた料理が食べたい。
あの魔力を味わいたい。
あの涙は甘かった。
甘露、甘露。
丸く、柔らかく、優しく、染み渡る、一滴。
どこから流れてくる。
どこから溢れてくる。
かじりついてやろうか。
あぁ、これは『飢え』か。
まだ『餓え』にはなっていないことを確認する。
まだ『飢餓』の蓋は開いていないことを確認する。
己の中に住まう『本能』という欲が首を擡げたことへ、静かに向き合う。
バルコニーから出れば、外に広がる淡く灯るすずらん畑。清涼さと透明感のある甘い香りが光とともに舞う。
「気に入るといいな」
…なるほど。スライムの気持ちが分かった気がする。
机の上に置かれた一輪が、可憐に揺れた。
→続く
コック長はシャドゥモンスター。無口だけど手はいっぱい。
ということで、ぶっこみ裏ログアウト。
(9通目はもう一回裏ログイン予定。読みにくくてごめんなさい。)




