9通目3 義賊遊戯
ヒーローの動機付けは、如何に正義の味方として立ち上がったかという『経緯』が大事だと思いますが、たまにはそんなんでもない子が一人いてもいいかな?そもそも正義の味方にもなれないね!という話。
昼下がりの訓練場、青空に轟く野太い雄叫びと悲鳴と衝撃音。
「シャル、ボークレイグ家の面前では、風と水を主軸で他の属性は控えてろ。」
「はぁい。いないところでならベスさんとリリィさんに教わってもいいですか?」
「構わないが、幻覚魔法や肉体強化魔法か?」
「そっちもやるけど、氷魔法や雷魔法かなぁ?」
「待て。どうやるんだ?お兄ちゃんも知りたいな!」
ヴァルクお兄様は風魔法が得意だから、摩擦による静電気ならできそうだけど、電気って説明が難しい。
生前当たり前に使っていた物程、現象は見たことがあっても原理と構造等、ぼんやりとしか覚えておらず、上手く説明できないものがいっぱいです。
磁石回転のコイルバチバチで豆電球光ったとしか覚えてない。なので…
「うーん、雰囲気?」
酸っぱい顔をされました。できるところからコツコツとです。
◇◇◇
ボークレイグ家御一行様達と訓練の日々は、初夏から夏へと移り変わりました。
ノア様と護衛の皆様は、ウォームアップの閉眼片足立ちにきゃーきゃー騒いでたり、ヴァルクお兄様降臨の本訓練で死屍累々になってたり。
窶れ、所々にイタズラ痕…地獄を越えた姿は、まるで戦場の幽鬼のよう。戦場行ったことないけど。
ノア様も水と風は使えるため、共通の魔法基礎訓練は一緒に行います…が、色々レベルが天と地の差で、今まで『発動呪文を唱えて的に向かっていかに大きな魔法を放てるか』な教科書通りだったようです。
貴族の基礎課程では、まぁそんなもんでしょう。
「動かない的に当てるだけ…!しかも詠唱が長い!」
「酷い…シャル、これが人族で有名な『身分格差』というものか…?」
「あぁ!『選民意識』ってやつでしょ?」
「ベスさんリリィさん、それたぶんコレとちがう。」
現実は短い呪文や杖等の魔道具を媒介にスピーディさを求められるし、相手も動くモノを対象にすることが殆どです。なので、先生役をかってくれたリリィさんとベスさんに憐れまれたり。
「ノア様、それでは賊は狩れませんよ?」
「いや、賊を狩るために学んでいる訳では…」
「想像してください。公爵夫人が乗った馬車が賊に囲まれた!はい、どうする!」
「速やかにボコボコにする!…は!」
実際に見てもらった方がいいと、わかりやすく豪商風馬車で最近山賊が出没している道へ出かけます。
ヴァルクお兄様も参戦したそうでしたが、護衛も引き連れてたら釣れないと却下。距離を取ってついて来てもらいました。
一応、名目上は養生で領地に来てるし、身分がわからないよう変装します。
「グヘヘヘヘ……ここで遭ったが運の尽き!有り金出しな!」
「いいですか?先に名乗りをしてもらい、挨拶をしてからがシャル式です。」
「おい!聞いてるのか?!」
「聞いてますよ~。では、いっきまーす。
オーッホッホッホ!! 命知らずさんめ。この怪傑・SHIRO様が調理してやるわ!」
白猫耳ケープを羽織り、ドミノマスクをして馬車の上に飛び乗ります。そして悩殺・悪役令嬢ポーズ★ 決まった!
……盗賊さん、あほな子を見たみたいな顔しないでくださいよ。キィ!
「ごきげんよう!」
ということで、いくつかわかりやすい例を解説付で実践。
・水魔法で土をどろどろに溶かして相手の脚を掬って転がす。
・水魔法で細かい靄や風魔法で土煙を作り、相手の視界を奪ってから昏倒させる。
・手持ちに香辛料や臭気のある物があれば、風魔法で鼻にぶつける。
・刺激のある薬粉があれば、水魔法で溶いて、相手の眼にぶつける。
・水の球を突風に乗せて相手にぶつける。応用有。
「例えば、水の球を作って相手の顔にくっつけます。スライムの窒息と同じ技です。水に粘着力があるとより効果的です。」
「なんかさらっと恐ろしいこと言ってるよね?」
「あとは、水の球をできるだけ圧縮させ、乗せる風魔法も鎌鼬クラスで狙った方向に飛ばします。矢を射るのと同じですね。威力があれば貫通します。」
「なんかさらっと恐ろしいこと言ってるよね?」
「理論は簡単なんですよ。あとはスイッチとなる呪文や作用動作とコントロール力次第です。さぁ、挨拶からやってみましょー」
「なんかさらっと台詞とポーズも期待してるよね?!」
騎士道まっしぐらではなく、村の子供の喧嘩から町の破落戸のカツアゲ、都のマフィアンな恫喝等々、山賊以外もあらゆる戦い方があります。
その中には狂暴化した獣も魔獣も獣人もいますし、困ったさんな町人も役人も軍人も貴族もいます。
正義を翳すつもりはありません。嵌めて掠めて誑し込んで卑怯なやり方でも、相手によっては容赦なくやります。
「そういえば、その変装に何か意味はあるのかい?」
「華麗で優雅なサーベル捌きの紳士義賊…は、無理なのでテイストだけ?」
「紳士なのに義賊?」
「ノア様、それはですねぇ…」
変装名人な怪盗や弓の名手な少年から、謎の正義の味方にバトル系冒険活劇を話し…途中で色んな物語が混ざり…
そんなヒーロー伝にときめいて感化されたノア様がどうなったかというと、まずはオーソドックスに黒マスクコス。お顔の造形が綺麗なのもあり、思わず「ハリウッド!」と叫んでしまいました。
本気の洋画。どこのロードショー。
「某ヒーローはベルトにバッ!とやって、ガッ!とやって、ピヤァァン!って変身するんですよ。」
「バッとでガッとで、ピヤァァン!」
「戦隊になると、ポーズを決めた後、背後でカラーボムがばぁぁん!って感じです。」
「カラーボムがばぁぁん!」
「魔法少女だとシャラーン♪でキラキラのくるくるって…」
「シャラーンのキラキラでくるくる…!」
「ベス、何かインスピレーション沸いた?」
「まぁね~」
結果、白猫耳ケープとマスクの他、新たにベスさんプロデュースなワンピースにブーツ等一式を妖精の布に飲み込ませ、リリィさんの「いつも身に付けるものを媒体にして、変身すればいいんじゃない?」の言葉で、にゃんポケに取り込まれました。
にゃんポケが小さなチャームへ形状変化はまだしも、ベスさんがワンツーで変身できる機能付与したり、リリィさんがアニメ的な効果音付キラキラ幻術付与したり…
戦う少女たちもびっくりなクオリティ。しかし魔法のある世界でこれは逃したくない…!
アニメ風魔法少女な変身は、少女だから許されるのです。レディになったら卒業です。
短く儚く貴重な少女時代に、『アニメ風魔女っ娘変身シーン』を楽しんでもバチは当たらない。
そんな言い訳をしつつ、アシュリー侯爵領及び周辺に生息していた山賊、海賊、狂暴化した獣、および破落戸や追い剥ぎ達は、白猫マスクの小悪魔に挨拶され、実験台にされ、『S』という記号を落書きされ、警邏隊に差し上げました。
「シャル、領海で巨大怪魚のトビウオが出たそうだ。船を沈める前に狩るぞ。」
「はい!塩焼きに揚げ物にマリネもできるかしら。レモンとオリーブオイルとガーリック!あぁ、わさびと醤油がほしい…!」
「ボークレイグ領にわさびならあるよ?」
後日、ボークレイグ家からわさびをいただきました。流石水の大家。たこわさが実現する日も近い…!
◇
「シャル、父上から手紙だ。」
「お父様から?ボークレイグ家のことかしら?」
侯爵領に来る途中、ボークレイグ公爵領邸へ夫人に会いに行き、白へびさん脱皮殻となんちゃって霊水、ノア様への『医療都市計画書』をかました私ですが、流石に先に根回しはしました。
夫人の資料を流し読みし構想案ができた時点で、お父様に第一案を奏上してあります。
手段ですか?現在の我が家の最速は、私が持ってるシャル式メールボックスですよ。
春にイリオスお兄様から課題で出され、魔法付与耐性のある箱をエルンストお兄様が作ってくれて、異次元空間魔法の構成案はセバスさんが組み立ててくれました。
あとはオックスさん御迎えまで滞在中のアストさん監修の下でひたすら特訓し、書類サイズまで送れました。小包はまだ次元に挟まれてぐしゃります。ぎゃふん。
話を戻しまして。
『医療都市計画書』のアシュリー侯爵家のメリットは主にお母様の薬が中心で、エルンストお兄様の魔道具熱を考慮し、追々そちらからのアプローチも出てくると予想してます。
何も医療器具だけではありません。諸々のモノが動きますから、計画実行におけるメリットの含みを持たせます。例えば、巨大紙飛行機が運用できれば、長距離緊急対応に転用できる等々、計画書素案とメリットデメリットと書きだして、これを提案していいか相談しました。
返事の書類にいっぱい赤ペン先生がつきつつも、概要はGOサインが出たので、ノア様におねだりした次第です。
そんな経緯もあり、ボークレイグ家に提案後、お父様に結果報告と指揮権をお渡ししました。
あんな巨大プロジェクトを、自他ともに認めるおまぬけな私が動かすのはよろしくない。次代のイリオスお兄様が陣頭指揮してもらいたい。私は副産物が食べたいだけ。
「シャルの名でやらないと功績として認められないが、それでもいいのか?」
「私が欲しいのは自由にちょっかい出す権利で、社交界への名はいりません。名が広まればその分、動きが制限されるでしょう?ヴァルクお兄様だって、似た理由で騎士団の誘いを蹴ってるじゃないですか。」
「騎士団に入ると家名に釣られる輩がいるからな。冒険者ギルドでのんびり泳いでる方が性に合う。」
「お兄様の場合、騎士団の水が合わないのもありますよね…あっちが真っ直ぐすぎて。」
お父様からの手紙によると、ボークレイグ公爵家側は後継のノア様が旗印、公爵様が後見で、病状が回復し次第、夫人も参加されるようです。
公共事業として立ち上げるにしても、各領や貴族、豪商との折衝は必須です。公爵家の名だけで通すにはいささか大きいプロジェクトで横槍が入ることは想定済み。
そのため、アシュリー家を共同名義に入れ、情報ネットワーク操作が得意なイリオスお兄様をチラつかせ、つまらない雑魚を掃いて捨ててあげようという貸しの上乗せ。
将来のノア様からの見返りが楽しみです。うひひ。
「私にできることなんてほんのちょっとですよ。単純に思いついたことを、誰か得意な人に相談するだけです。」
「相手が人族と魔族と妖精族とで繋げ方が突飛だがな。」
別紙で、エルンストお兄様からの手紙も入ってました。
こちらのヒーローネタと白猫変身云々の報告書から、魂を震わせたエルンストお兄様は魔道具を自作してるそうです。できるんか?!
「細かく書いてあるな。エルンストはどうやったんだ?」
「高度魔法付与は無理なので、鎧をベースに収納魔法と着脱術式構築して魔道具に書き込んだらしいです。まだ篭手だけですが成功。ただし幻術や効果音無しで物足りない、と。」
「………いいなぁ…」
「あいつ、いつの間に収納魔法覚えたんだ?異次元空間系だろ?」
「シャル式メールボックス作成時、セバスさんに色々聞いてましたよ?そこから自分なりに落とし込んで、モノにしてますね。」
「………いいなぁ…」
エルンストお兄様の鎧変身の報告書(解説図付)を見たノア様が、この夜から部屋であれこれヒーロー変身ごっこしてるのを、アシュリー家の面々でこっそり覗いたり。あらぁ~
そしてエルンストお兄様へ『できた暁には是非自分も体験したい!』とある意味ラブレター(笑)を送ってました。返事は『そんな希望で大丈夫か?』でした。
◇◇◇
ボークレイグ家の皆様も身も心も逞しくなってきたある日のことです。
「ノア!会いたかったです~」
アシュリー侯爵領邸に突撃訪問がありました。
→つづく
分析
シャル「ごっこ遊びは観察力や発想力の育成だと思うのですよ。」
ノア 「この義賊ごっこの位置づけは?」
シャル「色んな技の実験台。及び、素材と食材調達。」
ノア 「正義感は?」
シャル「ありませんよ、烏滸がましい。」




