9通目裏3 慰謝料は計画的に★
ノア様視線ラスト。
何度も言うが、アシュリー家に騎士道に則った戦い方は一切通じない。
「オーッホッホッホ!!誠意みせろや、誠意~!」
侯爵令嬢が恫喝な台詞で高笑いしてても驚かない。
◇◇◇
翌日、応接室でシャルロット嬢と打ち合わせをしていると、母上の訪問を受けた。
「母上、お加減は?起きて大丈夫なのですか?」
「あら、久しぶりに会う息子が、可愛いお嬢様を連れて来たと聞いたのよ?とても寝ていられないわ。」
細くふらつく体を支えながらソファへと案内し、シャルロット嬢を紹介する。言葉通り興奮しているのか、頬が上気している。朝食は…残念ながら摂れてないようだ。
「お初にお目にかかります、ボークレイグ公爵夫人。アシュリー侯爵家長女シャルロットでございます。」
「丁寧にありがとうございます。遠慮せず、楽になさって?私もこのようななりで申し訳ないわ。」
「ありがとうございます。その件で訪問させていただきました。」
シャルロット嬢が目配せしてきたので、預かっていた小さい包みを取り出す。
額を母上に見せると、不思議そうな顔をして…そして何かに思い至った。
「ノア、これはもしかして?」
「シャルロット嬢からお借りしました。白蛇様の脱皮殻です。」
「旦那様が仰ってた白蛇様の…?あぁぁ、その節はご迷惑をおかけしました。」
「謝罪は本人から頂きました。縁あって、私の手で殻を外すお手伝いさせていただき、授かりました。夫人の体調がすぐれないと伺い、お守りになればと。」
「母上が元気になられるまで借り受けることになり、急ぎ来た次第です。」
「まぁ、まぁ!」
涙に濡れる母。気が高ぶりすぎたか少し呼吸が荒い。
やはり寝室に戻そうと指示を出す前に、シャルロット嬢がテーブルに液体の入った瓶を置き、メイドに新しいカップを持ってくるよう願い出た。
「私は医者ではありませんから、的外れかもしれません。これは試されたことがありますか?」
瓶からカップ半分程液体を注ぐと、両手で持って火魔法を使い温める。渡されて調べるが、色も臭いもなく、ただの白湯にしか見えない。アシュリー侯爵夫人の特効薬かと問えば違うらしい。
「では、これは一体?」
「名前をつけるのは難しいです…そうですねぇ…霊水、とでも言いましょうか?
時々、特別な木…大樹様の森に伺ってまして、そこがどうやら白蛇様のお住まいだったようです。」
「へ?」
「ノア様も会ったでしょう?シノブちゃん。彼女は大樹の森の住人ですよ。つまり白蛇様のご近所さん。」
「えええ?!!」
「精霊族は滅多に人前に出てきません。私も縁が無ければ会うこともなかったでしょう。で。その縁で入手したモノですよ。」
含みのある言い方に、だんだん常識がわからなくなってきた。
確かにアシュリー家には魔族や妖精族が滞在してて、道中、自分も交流してて、目の前にも小型犬の魔族がいる。よし、普通だ。常識…かなぁ…?
…なんか納得してる自分がこわい。
「白湯にして、一口づつ、ごっくんという感じで飲んでください。心が落ち着いて呼吸が楽になります。毒味が必要なら飲みますよ?」
「いえ、大丈夫です。いただきますわ。」
母がカップを傾け、ゆっくりと飲み込む。数回に分け、静かに飲み込み終わると、ふぅっと息を吐いた。呼吸も落ち着き、顔色もよくなった。
「体中にじんわり染み渡る気がします。」
「この瓶が終わる頃にはもっと楽になりますよ。」
たかが一杯の水。されど、何かが変わった気がする。
◇
「実は厨房にリクエストして、ひとつ献立を作ってもらいました。」
いくつか質問を受けると丁度昼時になり、出されたのは、ボウルにひたひたに浸かったスープのようなものだった。
「これは…粥?」
「流石。ボークレイグ領では上質の米が収穫されると聞きまして、鶏、生姜、松の実、クコの実を入れて炊いた薬膳粥です。我が家では米がなかなか手に入らないので、麦と豆で作りますね。」
「付け合せは葱と棗か。疲労回復や滋養強壮になるな。」
水加減の違うものが三つ置かれ、母は一番スープ状に近い物を手に取った。自分もスプーンで掬って口をつける。あっさりとして食べやすい。食後は胃のあたりがポカポカする。
「はぁ~お米美味しい…未だに粥と雑炊とおじやの違いが微妙にわからないわ…米自体が出回らないから、お茶漬け欲しくても食べられないし。」
「シャルロット嬢。粥は生米から、雑炊とおじやは炊いてから煮る。出汁や具の違いもあるが、炊いた米を洗ってから煮る雑炊の方が、喉越しがさらさらしてる。形が崩れるまで煮たおじやの方は、とろみがある分保温性がある。」
「ノア様…詳しいですね。栄養素も把握されてます?看護食を学ばれたのですか?」
「食事は体の素。体調や目的に応じて調理すべきと認識してる。シャルロット嬢はどう思ってたんだ?」
「まとめて居酒屋の締め料理、二日酔いの救世主?」
「いや、まだお酒呑めないだろ?!」
「じゃぁ、離乳食の友で、病気や冷え性の強い味方で、体が弱ってる人に食べさせたい料理かな?」
「え?」
ウフフ~と両手を組んで、ことんと斜めに顔を倒すシャルロット嬢。にっこり笑って、おねだりポーズをしている。
「ねぇねぇ、ノア様~。先の謝罪は受け取りましたけど、別途慰謝料ほしいなー★」
可愛く強請りやがった。
◇
アシュリー家に借りを作ると、返させてもらうには莫大なおまけがついてくる。
例えば、こんな。
「ざっと見積もって、街一個分の敷地面積、建物、人材、物流で、十年間ペースでこんなもん。最終的にはこんなもんですかね?」
「はぁ?!!」
ペラっと予算書みたいな紙を渡される。そこには国家予算レベルな数字を並べられた。
公爵家総力を挙げれば…絶対に出せない金額でもない…が、今はただの子供にすぎない僕には、とても捻出できない…というか無理。でもおねだりでこの値段はないだろ!慰謝料だけど。
「シャルロット嬢。なぁ、実は僕のこと恨んでないか?なぁなぁ。」
「とぉんでもないですよぉ~?アシュリー家の人間は、転んでもタダで起き上がる気がないだけですぅ~
子供の不始末は親の責任。是非、夫人の前で誠意を見せてもらいましょう!」
「待て。母上は…」
「関係アリアリです。元気になった夫人込みで、今のボークレイグ公爵家でなければ実現できないと思った案です。」
続けて渡された書類を読むと、そこには『ボークレイグ領における医療都市計画(案)』と書かれていた。
ページをめくると、端的に言えばボークレイグ領内に医術・薬学・癒し魔法の担い手の集約、技術研究、ノウハウの次世代教育、平民にも開かれた施術施設、それらに付随する素材収集、道具開発、物流等、諸々を一つの街で賄える町づくり計画書だった。
長期に渡り莫大な資金が動き、人も物流も技術も情報も経済も全てが絡む、巨大ハリケーンだ。
「夫人の十年間の闘病実績は魅力の塊です。ざっと調べましたが、看護水準が非常に高い。
国有数の穀物地帯で水の大家、癒し手の名門ボークレイグ公爵家は、諸国まで影響力ありますから、どうせなら夢は大きくトップレベルの都市開発!」
「しかし、これほどの規模だとちょっとやそっとの話ではないぞ?初期でも十年だ。全体ではもっとかかる。母上には負担が大きすぎる。」
「だからノア様におねだりするんじゃないですか。やらかした本人がいるのに、ママンに転嫁するなんて真似させませんよ。夫人はあくまで相談役でーす。」
ボークレイグ領では母上の体調に合わせて、看護チームが作られている。
それこそ、医師や薬師を集め、癒し手の施術をし、日々の問診記録や投薬記録、その副作用と考えられる症状への懸念、食事調整、ストレスの少ない寝具作りとベッドメイキング、マッサージ、リハビリ等々多岐におよび、ついでに様々な症状に対応できるよう情報も技術も集めて試行錯誤もしている。
提案された内容は、それら学んだこと実践してきたことを、分野問わず更に拡大して発展させた形だ。
病としては一分野に過ぎないが付随する環境の価値は、家の中では当たり前すぎて気が付かなかった。
そして先頭に立つのは、公爵である父ではなく、自分。
「ノア様は現在我が国の医療はどの程度かご存知ですか?」
「イメージするなら『点』だな。
貴族ならお抱えの医師、平民なら近くの町医者や薬師、場合によっては祈祷師。
いずれも単体で動いて、横の繋がりが弱く、技術も価格もまちまちだ。近隣諸国も似たようなもの。」
既に対応できる薬があるのに古い医術を用いてたり、妖しい呪符を高額で売ってることもあった。救える命があるにも関わらず、それを指摘するにも自分の年齢では、大人は聞く耳を持ってくれない。
せめて手に届く範囲だけでも、顔を知る領民だけでもと思い、公爵領内での普及は実施してる。
それでも、足りないと思うことがある。
失う命に泣いてすがる民を見て、別の領の民だからと思えなかった。
失う家族の不安を痛いくらいわかるから、他人事には思えなかった。
だから、余計悔しかった。
「それを繋いで『線』にして、いずれは『面』にしましょうっていう話です。
救いたい命を見てきたんでしょう?」
「あ…」
「ノア様が爵位就任可能な年齢に達するまで十年もありません。その時に実績を一つ持つには、今からやらないと。先代達の功績の上で胡坐をかくつもりですか?」
彼女の指摘に、自分が爵位を継げるであろう年齢から逆算すると、長期的な実績を出すには既に動きだす時期に入っている。
目の前に与えられる教育や課題を乗り越えることばかりで、そんな先のことまで考えて無かった。
生涯かけて栄えさせる事業。奇しくも、既に十年の下積みし、煮え湯も飲んできた。
「この計画書は、ノア様に払っていただきます。」
◇
「シャルロット様は、どうしてこれをやりたいの?」
それまで静かに聞いていた母が声をかけた。
「家としては母が薬のエキスパートなので、一枚噛みたいこともあります。個人的には『もったいない』からですね。」
「もったいない?」
「だって、私達アシュリー家ではできませんもの。畑違いすぎて説得力もなければ共感もされません。」
医療都市を成り立たせることは単純な理想ではない。
この巨大な渦を制するためには、資金力や人材力よりも、『揺るぎない信念』というエネルギーが必要だ。
それがアシュリー家にはないという。
「あと先日『アシュリー家でも病弱な令嬢がいるのですね』と鼻で笑った某伯爵家の出戻り夫人に、一泡吹かせてやりたいというのもあります。」
「それはシャルロット嬢の私的な喧嘩では…」
「公爵夫人のことを『病持ちの呪われ夫人』とか『本来なら私が相応しい』って夜会で言ってても?『公爵様の後妻になる』と豪語してても?『格落ちではなく、優秀な男児を三人産める』と吹聴してても?」
「やろう。徹底的にやろう。」
長く病魔と闘ってきた人だからこそ、患者の心の痛みを理解できる。
闘病生活を支えてきた人達だからこそ、その家族の心の有様に寄り添える。
一方的に与えるのではなく、共に戦い、支え、分かち合う。
そんな風景が視えた。
実現すれば…この領は、国は、人は、自分は、もっと幸せに近づける。
「ノア様…マザコンでチョロすぎて心配ですわ…」
「ノア、お母様も心配ですよ?でも嬉しいわ。」
シャルロット嬢からの残念な視線は無視させていただく。母が楽しそうにしてたのでよしとする。
最後の一枚に『粥とうどんの店を作って。私は食べたい。』と本音と欲望の走り書きがあった。スープ専門店もほしいな。
◇◇◇
夕暮れを過ぎて、アシュリー侯爵家の複合訓練を受けるため、再び『巨大紙飛行機』にて帰路に就く。
「なぁ、シャルロット嬢。あの霊水はどんな付与がされてるんだ?母上があれだけ食が進んだのは珍しい。」
「え?ただの水ですよ?敢えて言うなら、アマナちゃんたちの親戚がいる沢の湧水を浄化しただけ。」
「…は?」
「プラシーボ効果ってご存知です?あと大事な人達と一緒に食事をすると美味しく感じるので、それもあったんじゃないですか~?」
「皆でわいわい食べると美味しいよねー?」と呑気に言う彼女に、「わん!」と同意し、帰りも完璧な風魔法で飛ばすケロちゃん(魔族犬)。
そして食べる順番や食べ合わせ、精神面が健康面に及ぼす影響について、アプローチ不足に気づく自分。
巨大紙飛行機から見える雄大な景色。
世界はこんなに広いんだ。
まだまだ学ぶべきこと、やれることがいっぱいある。
帰りも平地のポツンと一本の木に宙づりにされるシャルロット嬢は、まさかの『闇のアシュリー侯爵家名物・天然おまぬけ』だと知った。
どうも私が描こうとするとキャラがポンコツ化する件。




