9通目裏2 夜間飛行
引き続きノア様視線。
アシュリー家ではそれまでの騎士道に則った戦い方は一切通じない。
特にデュラハンとサキュッパス組は、異種族にも関わらず、隙もなく、それでいてダンスをしているかのような美しい連携に、つい魅入ってしまう。
指切りなくても裸エプロンに変化なくても、物理的終了宣言でよかったのでは?と聞くと、「そういう野蛮な真似はしないの。美しくないし面白くないでしょ?」と。
リリィさんがこっそり「お仕置きをDT奪うか後ろ開発かで迷ってたよ?」と教えてくれる。どういう問題だ。魔族の価値基準もまた、難しいものだ。
というか、アシュリー家の複合演習に四苦八苦してたら、魔族や妖精族がいることがいつの間にか『普通』になっていた。慣れってこわい。
◇◆◇
「ヴァルクお兄様、鬼ごっこの一時提案をしていいですか?」
白蛇様の殻を借り受けた日、シャルロット嬢は即座に町を離れるかと思ったら、侍女達と話し合って地図や書類とにらめっこしながら何か計算をしていた。
そうして護衛の再教育計画を話し合っていたヴァルク殿と僕に、お休み提案をしてきた。
「ただのお休みは許可できないな。遊びに行くのか?」
「んー、白へびさんの殻をボークレイグ公爵領邸宅にいる夫人のところまで届けてこようかと思って。なので、正確には寄り道です。」
「待ってくれ。母は確かに領地にいるが、もしや場所まで特定されてるのか?」
「ウチの情報力は優秀でな。昨日の食卓までならわかるぞ。」
「朝は食べれませんでしたね。お昼に豆サラダとスープと白パンでした。」
「夕飯の量も少ないなぁ…」「うーん、確かにこれは…」と話す二人。本当に知ってた。情報力の高さに驚きを隠せないが、この家ではこれは普通らしい。
それを考慮すると、僕の『貴族ボンとしてはまぁまぁ』や護衛の『正統派騎士の戦い方しかできない』で『底辺』と評されたが、『ド底辺』の間違えではないだろうか。
「私が前で逃げてて、ノア様が後ろで追っかけていれば、ルール上はどこを通ってもいいですよね?勝手に脱線すると心配かけちゃうので先に相談。」
「距離と時間はどのくらいだ?」
「直線距離で250kmくらい。行って・来いでもいいですがやりたいことがあって、丸一日ください。
移動が大雑把なので、今から出て明日深夜戻りです。」
直線距離ではそのくらいかもしれないが、その間に山もあれば川もあり道でないところしかない。
遠回りになるが街道を利用して、早馬でも半日以上。それは騎手も馬も酷使して交代した場合で、女性の、しかも少女ではもっとかかる。
「いやだなぁ。私だけ行っても門前払いじゃないですか。ノア様も行きますよ?だから休憩コミコミ余裕の二日間。手段はケロちゃんです!」
「わん!」
手段に名指しされた小型犬が元気な声で返事した。
◇
辺りが薄暗くなり、夜が近くなる。
人の気がない広い丘にて、シャルロット嬢が『にゃんポケ』という特別なバッグから取り出したのは、人の数倍程の巨大な白い三角っぽい何か?と紐のついた球体の物体?であった。
その際、「てってれ~」と不思議な掛け声をしてたが、あれは魔道具を使う合図だろうか。
「こちらはエルンストお兄様に作ってもらった『巨大紙飛行機』の試作機です。
風魔法の術式を組み込んだ魔道具で、風魔石で動力とコントロールします。飛び方はこんな感じ。」
紙を取り出して何かを作るように折ると、それをふわっと飛ばした。その紙の物体はスィーと空中を飛んでいくと、やがて地面に降りる。
「制御できるのか?」
「私の魔法制御力だけでは、まだうまくできません。ケロちゃんにお手伝いしてもらって、ぶつかったり落ちないようにします。
暗いし、そのまま降りられる場所が確保できないので、着陸は安全を期してこちらの『スライム風船』を使います。同じく風魔法でふわふわ浮きます。」
シャルロット嬢が紐をベルトのように胴に結ぶと、魔力を流す。すると球体が膨らんでふわふわ上昇し、やがて体ごと浮かせた。
この『スライム風船』は彼女の風魔法練習「くらげスライムごっこ」から生まれたものらしく、横移動の速度は出せないが上下降ができるようだ。
安全のためと透明な兜のようなものを頭部につけ、旅装用の厚手服を着る。初夏も近いのにマスクや手袋まで着ける念の要り様。
先に『スライム風船』をきちんと装着してから『巨大紙飛行機』に乗り込み、シャルロット嬢が前に座って準備が整う。
「シャル、お兄ちゃんもコレ試してみたいんだが。」
「魔石の無駄遣いするから帰ってきてからですぅ~!エルンストお兄様と同じことするもん。」
「シャルロット嬢、これはどうやって左右の舵を切るのですか?」
「え?できませんよ?尾翼ありませんもの。まっすぐオンリーです。それじゃ、ケロちゃん行くよ!」
「え。」
「わん!」
ケロちゃんと呼ばれる小型犬(魔族らしい)が吠えれば巨大紙飛行機がふわっと浮き、彼女が触れた魔石から機体全体が淡く光った。
機体から肩から腰にかけてベルトのようなものが巻きつき、ブォォーと急速に動き出す。
「行ってきまーす!」
「わんわん!」
「ふ、おああああ?!」
離れゆく背後で、今回は留守番になった彼女の侍女が「お嬢様、おやつは3個までですよぉ~」と言う声が聞こえた。
月の綺麗な夜。魔族とも竜族とも違う何かが空を飛んだと、地上は騒ぎになったらしいが、それを知るのは後日である。
◇
「ノア様、大丈夫ですよ。私がへっぽこでもケロちゃんは魔法制御上手ですから。気圧も酸素もバッチリでしょ?」
「わんわん!」
「それより見てください。夜景が綺麗ですよ~」
初めて体験する風を切る衝撃から恐る恐る目を開けると、そこにあるのは、遮るもののない満天の星と夜の世界を制する大きな月。
静かな空を流れる風の音に乗り、視界を埋める星を一人占めにする。
音が聞こえそうなほど煌めく星座の下では、遥か地平線に消える太陽の名残と、暗くなった地上に灯る家々の光。
家路を急ぐ声も、食卓を囲む賑やかな声も、街の喧騒も遠くに聞こえる。
「すごい……」
「本当は昼間も飛ばしたいけど騒ぎになりますからね~今回は特別でーす。」
近くなった星が手に届きそうだ。手袋越しで空を握る。冷たい夜風の刃があたり、まだ上昇中とのこと。これなら山も川も関係ない。だから直線距離でしか考えてなかったのか。
「午前零時の深夜便~」
「いやまだ七時だし」
空の海に間抜けなツッコミが流れた。
◇
そうして暫く飛んでいると、「わん!」とケロちゃん?が鳴いた。どうしたのかと思うと、斜め後方からハーピィの群れが近づいてくる。
こんなところで魔族と戦闘?!空中戦?!構える間もなく、あっという間に接近し、包囲された。
「ハーピィさん、こんばんはー」
「わんわん」
「音楽もなしに力任せに飛んでる風情のないヤツがいると思ったら!やっぱりシャルねぇ。姐さん達は元気?」
「音痴だって苦情が出るんだもん。ベスさんもリリィさんも戦う美女っぷりを発揮してますよ。」
「相変わらず下手なのねぇ。あら、後ろのボウヤは新入り?こっちはどうなの?」
「ノア様、なんか歌える?」
いきなり女性陣が無茶ぶりかましてきた。
緊張で固まってた自分がなんだか小さい気がして、アシュリー家だしなと何故か納得し、やけくそなのか開き直りなのか、貴族の嗜みとして教わった曲を歌いだす。
最初は聴いていただけだった周りのハーピィ達は、お気に召したのかコーラスに加わってきた。
「シャル、この子の歌、気に入ったわ。この先で気流が乱れてるニオイがするし、安定する場所まで連れてってあげる。」
「ほんと?ありがとう!彼のお母様に会いにボークレイグ公爵領まで飛ぶの。」
「貴族名物駆け落ちってやつ??」
「それ違うやつ!」
二人と一匹だった空の旅にコーラス部隊が加わった合唱団。
ハーピィの歌声は魔力の塊で、山越えの地形からくる突風をモノともせず、音楽に包まれた紙飛行機は公爵領まで飛び続けた。
「そろそろかしら?以前みたいに無様に転がらないようにね。」
「リリィさんみたいにかっこよく着地ポーズを決めたいですぅ…」
「…何十年後にはできる…か?その前に音痴を治しなさいよ。」
「がんばりますぅ…」
公爵領邸は街に近いため、離れた目立たない場所に降りるらしい。
シャルロット嬢から指示が入り、スライム風船に魔力を込める。どうやら着地するときにバランスを取るのが難しいようだ。気を引き締めなければ。
「ハーピィさん、今夜はどうもありがとう!良き空の旅を。」
「シャル、またね!ボウヤもいい声だったわよ?良き空の旅を。」
「ありがとうございます。御一緒できて嬉しいです。良き空の旅を。」
にっこり笑ったハーピィ達に別れを告げると、シャルロット嬢の合図で、魔力解除した紙飛行機がにゃんポケに吸い込まれて消えた。
いきなり消える機体に慌てる自分の隣で、のほほんと飛び去るハーピィ達に「ばいばーい」と手をふる彼女と犬。
気持ちとは裏腹に、ぶらんぶらんと穏やかに揺れる空の旅になった。
あっちへふわふわ。
こっちへふわふわ。
「着地点が森や林だと木に引っ掛かったりするんですよねぇ~」
平地に一本だけ立つ木にぶら下がったシャルロット嬢を地面へ降ろし、無事?着地した。
◇◇◇
公爵家のカントリーハウスに着いたのは、日付の変わる少し前頃。
先触れもなく皆が休む時間に来訪した旅装姿の僕達に、何か重大な事案が起きたのでは?と出迎えたメイドは驚きを隠せない。急いで家令がきたので、指示を出す。
「ノア坊ちゃま?どうなされました?そちらのお嬢様は…」
「アシュリー侯爵家令嬢のシャルロット嬢だ。訳あって来てもらった。まずは彼女をもてなしてくれ。
明日母上が起きたら会いたい。父上にも文を出す。」
「かしこまりました。シャルロット様、ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ。」
「ごきげんよう。夜分に突然の訪問、失礼致します。お休み前にごめんなさい。」
「いえいえ。可愛いお客様は大歓迎ですよ。すぐ湯を用意します。その前にお茶でも?」
夕食も摂らずにアシュリー侯爵領を出て数時間飛びっぱなしで、着地してからも移動しっぱなしだった。
まずは湯あみや軽食で疲れを癒してもらおう。母上も休んでいるようなので、全ては太陽が昇ってからだ。
「シャルロット嬢、明日の日中に母に会っていただきたい。それ以外は自由に邸内を廻って大丈夫だ。もし敷地の外に出るときは使用人に告げてくれれば構わない。」
「わかりました。ケロちゃんも自由にしても?あと、明日厨房にこれをお願いしたいけどいいかしら?」
「勿論だとも。ごはんは肉類でいいかい?」
「わん!」
シャルロット嬢が渡したのは何かのレシピのようだ。家令を通して厨房部に指示を出す。ケロちゃん(見た目は小型犬)へ特上ロースを出してもらおう。
家の者に、彼の犬はただの小型犬ではない、令嬢と同じく侯爵家の一個人として丁寧に扱うよう言い含める。
不思議そうな顔をする者もいたので、「アシュリー侯爵家だ。間違えると命取りになるぞ。」と念を押せば納得した。顔を青くする者と震えだす者もいた。何やったんだ。
カントリーハウスの自室に入り、軽く汚れを落とし軽食を摂る。
父への手紙を書き、家令に明日までの滞在を伝え、父宛の手紙を預ける。
「左様ですか。坊ちゃまもアシュリー侯爵家で磨かれてるのですね。」
「学ぶことだらけだ。今回も規格外の方法でここまで来た。詳しく言えないのは許してくれ。
あと彼女に関して口外しないよう全員に行き渡らせてくれ。厳守でだ。」
「奥方様のために動いてくださる方を無碍にいたしませんよ。御寛ぎいただけるよう最善を尽くします。」
「急で悪い。頼むよ。」
「かしこまりました。」
シャルロット嬢と再会して、謝罪して、白蛇様の殻を借りて、初めての夜間飛行に、ハーピィと遭遇に、落下傘と、特濃な連日でとても興奮して寝付けそうにない。
日課のヴァルク殿式『復習』を一時間程やって、ようやく落ち着くと、翌朝寝坊するほど爆睡した。
→つづく。
BGMは某ラジオ番組でした。
※H様より御教授いただきました。尾翼無しの飛行機もあり(ハンググライダー等)、そういえばそうだ!と気づいた私の脳みそはシャルさんとどっこいどっこいです。
悩んだ末、航空力学がわかってないお間抜けさん加減も味わっていただければと思い、変更なしで行きます。
一方で、間違って覚えられると悲劇なので、改めて言います。尾翼無い飛行機ありますよー
H様。改めて情報ありがとうございます。感謝!




