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9通目裏1 舞台裏の謝罪会見

ノア様視点。

「そういえば、ノア様。白へびさんの殻は届けたの?」

「いや…今回の訓練が終わるまでは離脱不可だから、終わってからになる。」

「それっていつごろ?」

「……護衛達の教育含めて、ヴァルク殿が『ヨシ』と言うまで。」


 国の軍部も辺境伯家も将軍家も、諸手を挙げて欲しがるアシュリー侯爵家の武神・ヴァルク殿。


「ぶ、武神…!ふくく…」

「シャル、笑うな…」

「いえ、似合ってましてよ、ヴァルクお兄様。アシュリー家内では狂戦士(バーサーカー)戦闘狂(バトルジャンキー)でしたから、上品さがありますよ。」

「ぼっち令嬢が…人間の友達一人二人できてから言おうな?」

「うぐ!」


 彼がシャルロット嬢の引率だということで、今回の護衛は、公爵家選りすぐりの武闘オタクが混ざってる。

 勿論、アシュリー侯爵家にお世話になるため、礼儀も学んだ王宮近衛クラスに匹敵する者から、自己推薦と勝ち抜き戦で椅子を得た強者まで、計7名。

 現在、シャルロット嬢の侍女シエラ殿に昏倒させられて、鼻下から頬に三段カール髭や眉毛を繋がれたり、瞼の上に目玉だったり、いろんな落書きをされている。

 できれば、護衛の誰かに届けに走らせようと思ったけど、体力と日程的にも難しいだろう。何より、ヴァルク殿の指導が受けられないと後で恨まれそうだ。


 さて、『ヨシ』が出るのはいつになるのか。



 ◆◇◇



 始まりはアシュリー侯爵家の結婚披露宴での一幕であった。あろうことか、自分の無礼が原因で、彼の家の令嬢が体調不良で倒れてしまったのである。

 慶事での水を差す出来事、高位貴族関係の軋み。それよりも生まれて十年ずっと母の姿を見てきて、か弱き者へ助力を信条にしてたはずが、真逆のことをしでかした事実が一番ショックであった。

 ぜぇぜぇと苦しみながら、美貌の男性に抱えられた少女の姿に、罪悪感だけが募る。


「私が不作法をいたしました。謹んで罰を受けます。申し訳ございませんでした。」


 アシュリー家の次男ヴァルク殿に案内された応接室にて、自分はソファに座ってからずっと頭を下げていた。

 公爵家の人間として、他者に頭を垂れることは少ない。親族も高位貴族なのだからと見下す者も多く、その姿も頻繁に見てきた。

 けれど、長く部屋から出ることが難しい母に対し、「スペアを産ませるべきだ」「社交もできない出来損ない」「使える女性を置かせろ」と口汚く罵る姿もまた、頻繁に見てきた。

 思い詰めた母が「家のために離縁を」と申し出ても、父は頷くことはなく「ボークレイグ家の女主人は貴女だけだ。他の者に任せることはない。」と言い、自分は少しでもその手伝いがしたいと幼き頃より厳しい後継教育に向き合ってきた。

 それが、白蛇様を得たいがために、いくら焦ってたとはいえ、とんでもない失態だ。自分で自分を軽蔑する。


「アシュリー侯爵、愚息が迷惑をおかけした。晴れの日に申し訳ない。」

「頭をお上げください。経緯はわかりました。」


 王家筋の公爵家当主が詫びている。自分の不始末を親が背負う。

 どんなに高位の家でも、所詮はただの子供。

 悔しいのか悲しいのか情けないのか、たくさんの感情で目頭が熱い。


 末の娘が倒れたと聞いて、正に一番忙しい日に時間を作ってくれたアシュリー侯爵の冷静でいて、同時に思考の読めない眼差しがこちらを観察している。


「息子さんのお気持ちも理解できます。白蛇様については初めての出来事ですし、詳しくは娘が起きてから話を聞かねば判断できません。」

「こちらもシャルロット嬢が許していただけるなら、息子に直接詫びをさせたい。

 しかし…体調は芳しくないとお聞きした。我が家は癒し手もおりますので、もし、お力になれることもあれば、謝罪とは別に尽力いたしましょう。」

「流石、耳が良いですね。ここのところ伏せ気味でして。体力が落ちている中、多数の人に会って疲れたところもあるでしょう。」

「でも、侯爵様!彼女のあれは…!」

「ノア、落ち着きなさい。」


 父に諭されて、自分がいつも以上に混乱し、興奮してると気づく。

 あの時見たものは伝えておいた方が良いだろう。でも、それがこの場でいいか迷っていると、様子を見ていたヴァルク殿が口を開いた。


「ノア君は何を見たのだ?」

「…会場からバルコニーを見た時…いくつかの属性魔法と……小人です…」


 父が息を呑み、アシュリー侯爵とヴァルク殿が「はぁ~…」「なんて間抜けな…」と深い深い呆れたため息をついた。いや、呆れるどころじゃない気がするんだが。


 だって幼少期の複数の属性魔法だけでも話題を攫うのに、小人だぞ?妖精族だぞ?

 国家レベルとしても個人が妖精と接していたなんて、殆ど聞いたことがない。あったとしても家守りの精を見かけたとかその程度だ。儀式でもないのに妖精とやりとりするなんて、王家以外では基本的にありえない。


「ボークレイグ公爵。今日の件とシャルロットについて、一切口を禁じていただきたい。王家にもだ。」

「…理由をお聞かせ願いたい。それからだ。コトによってはアシュリー侯爵といえども構えさせてもらう。」

「結構です。簡単に言うと、先日、娘は妖精界に連れていかれました。」

「「はぁ?!」」


 聞けば、別の妖精達によって妖精界への連れ去られ、腕利きの者が奪還に成功。その際、二度とこのような事態が起きないよう目付として妖精界が寄越したのが、自分が見た妖精達だという。

 それら一連のことが体調に影響していたようだ。


「あの、かなり苦しんでいられたのは…」

「妖精界での出来事が影響してるかと思います。全体を通しても大きな事案で、まだ気持ちの整理がついていないのでしょう。」

「…妖精に目を着けられたのは多属性持ち…と考えてよろしいか?」

「理由は答えられません。我々でさえ理解できない。妖精族とは価値感も常識も違う。そういった中で起きたことです。」

「なんと…心中いかばかりか…ご家族はさぞ心配でしょう。」

「幸い、精神的な不安定さ以外は今のところ変わりなく。これからは領地で時間をかけて癒すつもりです。」


 表向きは領地養生。社交界にデビューしていないとはいえ、隣国の活躍で一昨年末から話題に上った令嬢だ。しかも、面会もお茶会も厳選されたもののみと、登場がかなり限定されている。

 それらを考慮すると今回の養生が、活躍を僻んだ者達によって、曲がった噂に仕立てられるリスクは高い。普通なら時間をかけてフェードアウトする。

 それでもアシュリー家は、末の娘を領地に隠すことにした。それだけのことが起きたのだ。


 父の指が動いた。これは政治的なことも考慮する時で、自分の件から一度離れたという合図だ。ここからは大人の会話であり、子供である自分は口出しはしない。


「アシュリー侯爵。うちのノアとシャルロット嬢、仲良くしませんか?」

「父上!」


 失礼。速攻口出しした。


 ◇


「私は迷惑をかけたばかりですよ?!しかも彼女は病み上がりではありませんか!そのような真似は止めてください!」


 フーフーと猫が威嚇するかのように詰め寄るが、当の父はどこ吹く風。残念な子を見るような、それでいて楽しもうとする目をしている。

 嫌な予感。父の悪い癖が始まったのかもしれない。


「馬鹿者。お前が彼女の信頼を勝ち取れない内は、仲良くどころか知り合いの『し』で終わるぞ。あくまで長~い目で見て、だ。」

「しかし!」

「婚約しろとは言わぬ。親がお膳立てせねば女性を口説けない腑抜けなら、その前に鍛え直す。

 だいたい相手にも選ぶ権利があるぞ。お前はまだスタートラインにも立ってない。それどころかマイナスぶっちぎりだ。」

「うぐ!」


 現実を抉ってくる父は「敢えて言うなら、わしも会ったことのない白蛇様の話が聞ければ、万々歳というところだ。それ以上は欲張りだろ。」と涼し気に言ってのける。

 未来云々は自分で開け、挽回のチャンスだけは与えてやるといったところだが、如何せんお茶らけた態度を他家で晒して、緊張から一気に脱力する。


「アシュリー侯爵。いかがかな?煩い虫除けに息子は使えるぞ?」

「…娘には重大な欠点があります。それに第二王子との縁も蹴っている。」

「多属性持ちの負荷…いや、成長核かな?シャルロット嬢にも好みはある。口説き落とせずお友達枠で構わない。友を裏切るクズは我が家にいらんのでな。そちらの方に誓ってもいい。」


 父の言葉にふと横を見れば、一人掛けのソファに先程までいなかった美貌の男性が座り、執事と二人の女性が控えていた。


「高位の魔族の方々とお見受けする。」

「人族同士の約束事に介入する気はない。」


 さらっと答えた美丈夫がスっと自分を見た瞬間、まるで生気を感じないどころか、酷く冷たいその視線に、全身に恐怖感と戦慄が走る。

 首を、命を、刈り取られる。

 絶望しかない。シャルロット嬢を抱えていた時とは大違いだ。これは、喰い殺される。

 その赤い眼が、自分を射抜く。溢れ出る圧力に、身動きすることすらできない。


「小僧。お前はどうする?」


 昼間と同じ静かな問い。

 答えられなかったり、言葉を間違えたら、ここで命が終わる。

 嘘偽り誤魔化しは決して許されない。地獄の審判のようだ。

 腹を括って、本心から真摯に向き合わなければ、自分の未来は物理的にもない。


 ごくりと唾を飲み込み、唇を噛む。

 口に血の味が広がり、震えて弱った膝に一発拳を入れ、美貌の男性の前に立つ。


「ま、まずは彼女に詫びます。許されなくても、彼女を傷つけたり、不利益になることはしません。」


 言い切った自分から興味をなくしたかのように「そうか。」と一言つぶやくと、そのまま視線を外した。とりあえず、首は繋がってる。と、思う。


「あら、ノアくんとやら。私は優しくないわよ?違えたら、こーんな姿であちこち出歩いちゃうからねぇ?」


 ほっとする間もなく、控えていた迫力のあるグラマラス女性が声をかけてきた。その魅惑的な顔でニヤと笑うと、顔から形から自分そっくりになった。裸にピンク色のエプロン姿で。

 自分と同じ顔がにっこり笑うと、目の前に右手の小指を出してくる。


「はい。ノアくん。シャルの良き友でいてあげてね?」


 小指を搦めて「ゆーびきーりげーんまーん」と呪文を歌い始め、「指切った!」で元の姿に戻る。同時に自分の小指に指輪のような黒い茨の痕が着いた。


 …ま、魔族との約束をしてしまった…


 茫然としたのち、代償は何かと不安に駆られてると「そうねぇ~ハリセンボンと…ここはサキュッパスらしく、DT回収?調教?どっちにしようかしら。」だった。

 命の保証はされた?けど、この女性を敵に回したら、社会的命が捻じられる。


「…よろしい。ノア君にシャルへちょっかい出す権利を与えましょう。

 ただし、我が家の流儀がございます。弱き者は不要。それでもよろしいか?」

「望むところ。精鋭の護衛も遊び相手に付けましょう。ヴァルク殿の暇つぶしくらいは楽しませることはできる。」

「ほぅ。それは楽しみですな。シャルの体力が戻るまでしばらくあります。早速始めますか?」


 父と侯爵のやりとりで、自分はアシュリー家の実力テスト受験とシャルロット嬢が領地に着くまでに許しをもらうことが最低条件。また道中と領地で一定の試験を受け、不可だった場合は出禁ということになった。勿論途中離脱は認められない。

 魔族が部屋を去っても体中の震えが止まらない。脚はガクガクして、まともに歩けるだろうか。よろけるとヴァルク殿が腕を掴んで支えてくれた。

 ヴァルク殿が背中をポンと軽く叩けば、ふっと息が入り、ようやく足が地面についた感じがした。


「あ、アシュリー侯爵、ヴァルク殿。機会を下さりありがとうございます。」

「君次第だよ?うちの複合演習は優しくないからね。頑張りたまえ。」

「はい。」



 結果的に、自分の実力テストは『貴族ボンとしてはまぁまぁ』で『アシュリー家的には底辺』という判断で、そこから鬼ごっこ参加権を得るための猛特訓が始まる。

 そのため、目を覚ました彼女に直接謝る日まで、一カ月以上かかった。


 →つづく。

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