9通目1 少年とへび 上
9通目テーマは『友達ひゃく…いや、一人、できるかなぁ…?』です。
拝啓 親愛なるお姉様。
旅立ちと歓迎の歌で移動の激しい季節になりました。
お姉様におかれては、「引っ越し蕎麦はまだか?」と楽しまれてることと思います。
不肖の妹は、昨秋隣国にいて、妖精界から本国に無事帰宅が新年、寝て起きたらイリオスお兄様達の結婚式当日の3の月。時間の感覚がおかしい。
家族から自分の特異性を教えられ、リスクを教えられ、ちょっとセンチな時間を過ごし。
ベスさんとリリィさんから魔法制御の手ほどきを受け、たまにヴァルクお兄様が乱入し。
アストさんの帰る帰る詐欺再びで、御迎えオックスさん再びで、今度は斧書籍を(セバスさんに渡して、オックスさんを蹴散らしてから)提供し。
お土産の漬物を全部まとめてセバスさんに渡すと、眉間に三本皺が入った凄みのある美貌なアストさん。
ほっぺ死守と両手でガードしたら、首の後ろを噛まれました。猫の子か!
ついでにペロっと舐める。猫の子か!
「ぴゃ?!」
「シャルがいじわるなのが悪い。」
「えぇ~」
「まぁまぁ。アスト、はい。帰り道分だ。」
「お兄様!それは!私の!」
イリオスお兄様が私のきのこのガーリックオイル漬けの瓶を渡すと、アストさんの皺が消え、幸せに溢れた美貌へ。後光が!ペカーっと!魔王なのに!
颯爽と去る姿に「いいもん。ドライトマトのハーブオイル漬けがあるもん。」と涙目で見送り、食べようと棚を見たら無くなってました。後ろで笑うお兄様。やられた!
そんな私、シャルロット・アシュリー。7歳といつの間にか半年以上。
悪役令嬢風魔女っ娘を目指し、今日も今日とて頑張ります。
◆◇◇
さて、結婚式の日から二カ月。弱った体力も戻り、本格的な味噌開発と制御訓練をすべく、アシュリー侯爵家の領地へ向かいます。
「シャル、ちょっとお出かけしようか。」
前にも聞いたことがあるお父様の台詞に、「あ、始まった」と悟り、渡された地図を見ると侯爵領。
「『鬼ごっこ』だね。先に着いたらシャルの勝ち。捕まったらヴァルクの勝ち。負けた方は補習。ヴァルクは三日後に出発。」
付き添いのシエラは、妖精界連れ去りの件で護衛技術の追加講習があり、今回はその試験らしい。ごめんなさい。
お兄様とフィーリア様も残務処理が終わり次第、強化合宿に出るらしい。ごめんなさい。でも二人とも「ストレス発散!」「書類よサラバ!」と喜んでる。ごめんなさい…?
「そもそもシャルの報告不足も原因だからね?危機感を持つよう、ヴァルクは半分本気でやって構わないと言ってある。皆にも話してあって、参加したい方は追いかけるようだ。
じゃ、今からスタートだよ?」
呑気に「よーい、ドン」と手を叩いたので、速攻部屋に戻ってシエラを呼んで、にゃんポケに色々詰め込んで、リュックにして背負って厩舎に向かいました。
「シエラ!ヴァルクお兄様が半分本気で来るって!馬車で間に合う?」
「ムリですね。街道沿いなら一日もかかりません。単騎で山道踏破でないと即終了です。」
「くぅ!久々の外出がハードモード!スレイプニルばりに馬力が欲しい!」
「あ、ユニコーンなら捕まえてありますよ?」
連れてきたのは、いつぞやの湖で会った「げっ」の逃走ユニコーン。
「ここで会ったが百年目!神妙にお縄を頂戴せぇい!!」
私の背後にも鬼がいたのか、今度は大人しく触らせてくれて、鞍もつけさせてくれて、乗せてくれました。えらいえらい。
ちょっとブルブル震えてたのは気のせいです。
王都のアシュリー邸を「行ってきまーす」「いってらっしゃいませー」と散歩に行くが如くラフに出立。
新緑の季節を楽しむ余裕もなく、併走するケロちゃんと山賊を蹴散らし、関所に突き出し、報奨金がっぽがっぽで、まにーうひひ。
ちなみにシエラは大型スレイプニルを乗りこなし、「白馬に乗った悪徳商人面なお嬢様もかわいい!」と悶えてます。今日も平常運転。
◇
今回の『鬼ごっこ』は、目的地までや制限時間内に捕まらなければ勝ちです。
基本的に鬼側が手練れなので、「つーかまーえたー」と宣言してから捕まえるルールです。
その間、ボコボコになろうと、罠や待ち伏せされようと、宣言させても「たー」の「ぁー」で逃げ切れば勝ち。
そのため。
「捕まえた!」
移動中の町で聞こえた台詞に、反射的に風魔法を発動して伸びた手からひらりと逃げ、距離を取ります。
声の主を見れば、どこかで見たことがあるようなブルーアッシュ髪の美少年が。どちら様?
「くっ!待て!」
「待てと言われて待つお馬鹿がいますか。ごきげんよう!」
リリィさんに教わりたての肉体強化魔法(レベル1)を両足にかけ、風魔法を纏って塀の上へ跳び移ります。ベスさんの魔法制御は繊細な小技を常に使い分ける訓練で、初級レベルの同時発動も上手になりました。
一つ頭に変化中のケロちゃんもぴょんと跳んできて、人に見られない内にさっさと逃げる。
「待てったら!」
後ろから少年が追いかけてきました。しつこい!
相手も風魔法で速度を上げてきます。レベルが高いのか激し…あれは制御ができてないな。うん。
ひょいっと避けたら、その先の生垣に突っ込んで、にゃーとコケーと賑やかな鳴き声が。生垣の向こうから哀愁が漂います。
そろりと移動しようとしたら、水の球が飛んできたので、すぐに叩き落としました。
「白蛇様のっ」
「…白蛇様?というか誰?」
「覚えて、ない、のか?アシュリー家の、披露宴に、いた、だろ!」
ぜぇぜぇと息を切らす頭に鶏の羽を装飾した少年に、はて?と過日のことを思い浮かべます。
◆◇◇
披露宴とは、イリオスお兄様とフィーリア様の結婚披露宴のことです。
寝起き直後で体力激弱と気づかず、隣国で名前が売れた手前、挨拶に来る方には必死の笑顔で対応してたら、披露宴半ばにはスタミナが切れました。
外の空気を吸おうとケロちゃんとバルコニーへ出ると、足元にちょろちょろとした存在が。
「ふぉ!…白へび?」
「わん」
長さ40cm程の小柄な白へびさんが出てきて、ケロちゃんに何か話かけているようです。お友達かな?
光沢のある白い細身にくりくりした赤目がとっても可愛い。ケロちゃんがふんふんと頷き、「わん」とこちらを向いて催促してる。
「シャル~、清めた手を出してあげて。」
「水の神様のお使いで来てくれたの。」
「アマナちゃん、シノブちゃん」
人の多さに隠れていたノームの二人が、植木の傍からひょこっと出てきて教えてくれます。
手袋を外し水魔法で清めた手を差し出すと、シュルシュルと右手首に巻き付いて…おぉ、ハンドリング。中指の根元に頭を乗せる状態に、繊細なバングルみたい。
「シャー」と鳴くと滑らかボディから金粉みたいなものがポンと出て、本体はシュルシュルと掌へ再び移動し、顔を擡げて上目使い。かわいい。
噴き出た金粉はキラキラと舞い、先程巻き付いていた部分に張り付いて消えました。ケロちゃんも警戒してないし、アマナちゃんとシノブちゃんがにこにこしてるから、いいモノ、かな?
「祝福?みたいなもの?」
「シャー」
「わんわん」
「幸あれって」「よかったねぇ」
「ありがとう!えっと、私で何か御礼できるかな?」
感謝を伝えると、何やら尻尾をビタンビタン。
よく見ると、尻尾の先っぽだけ薄皮がついてる…って、脱皮不全!これは取ってあげないと!
「どうしよう?どうしたらいい?」
「ぬるま湯をあてるといいよ」
「ふやかしてあげるといいよ」
掌の白へび様を中心に、温泉玉を作ります。爬虫類は湿度不足や寒さが苦手よね?白へびさんの様子を見ながら水・風・火魔法のバランスを整えます。しみこめーしみこめー
しばらくすると、うねうねっと爪にこすりつけて尻尾の薄皮の端が捲れました。
皮を掴むと、ぬぬぬっと白へびさんが動き、残っていた皮がスポンと取れました。あぁ、この綺麗に取れた感て結構気分爽快…
「取れたー!よかった~ あ。冬眠してなくて平気?」
「大樹様のところにいるときは大丈夫なの。」
「人族界は寒いからあまり長居できないの。」
「そっかぁ。眠いのに遠くまで足を運んでくれてありがとう。」
「シャー」
どうやら私の目覚めを待って来てくれたようで、シノブちゃん達と開いた大樹様への道へ帰って行きました。
…抜け殻(尻尾)はどうしよう?二人が戻ってきたら聞こう。
生前は白蛇の殻は開運や金運守りで見かけたので、水魔法で清めて綺麗に整えて火と風魔法で乾燥させ、にゃんポケに仕舞います。
ふぅ。なんだろ、疲れた。庭のベンチにでも座って休んでようかなぁ…と思ったら。
「おい、白蛇様を持ってただろ。出せ。」
はぁはぁと息を切らした、生意気マックスなブルーアッシュ髪少年が走ってきました。
招待客かしら?アシュリー家は侯爵位だけど、交友関係が広いから、中・下位貴族も豪族も中堅商人や職人も色々招かれてます。
汗だくだし髪も息も乱れてるけど、着ている服は上等。はて、どこのボウヤ?
「我が家は上位貴族だ。大人しく言う事を聞いておいた方がいい。」
「身分をひけらかさないと何もできないの?どこの阿呆ですか。みっともない。」
「な!…お前年下だろ。年上に対し…」
「貴族位も年上も、他の手本にならなければただの害虫です。示しのつかない行動を他家でやって、ご家族は満足されるのかしら?」
「…言いつける気か?」
「話す価値もありません。私は暇じゃないので。ごきげんよう?名無しのゴンベーさん。」
「待ってく…がふ!」
だんだんと疲れで思考力が鈍り、言葉選びが面倒になり、失態を犯す前に引っ込むに限ります。
最低限の挨拶をして会場に戻ろうとすると、腕を掴まれそうになったので、足元を土魔法で抉って転がします。
ぐっと引っ張られる感覚がして見ると、転げそうになった少年が袖を掴んでました。
耳に蘇る言葉。
”ナマイキイウナ!”
”ウルサイ!”
”イウコトヲキケ!”
急激に視界に映る、妖精界で囲まれた光景。
髪を…服を… 数の暴力に押し返せない一人ぼっちの戦い。
突如、ペンダントの魔石が熱くなり、体の周りをバチィと火花が舞います。
「あ…ぁ…」
「な?!」
「わん!!」
ドクリと魔力が波打ち、次第に暴れはじめ、思考を奪う衝動。
胸元にジャンプしてきたケロちゃんを反射的に抱っこすると、ぺろりと顔を舐められます。
ケロちゃんの足がぺしっと魔石を抑えると、覚えのある優しい魔力が体中を巡り、飛んでいた火花も熱も消え、暴れる魔力が納まりました。
でも、荒い息を整えるべく深呼吸しようとしますが、上手く息が吸えません。
「うぅ…ふ…はふ…」
ギリギリと胸が苦しくて、ケロちゃんをぎゅっと抱いて。
限界の体は、立っていられずしゃがみこむ。
頭がクラクラして、ケロちゃんが風魔法で支えてくれなかったら、地面に倒れたに違いありません。
「おい、大丈夫か?!」
「ぅ…っ…くぅ…」
「呼吸器系か。待ってろ、今人を呼んで…」
「シャル、戻るぞ。」
気配無くフっと現れたアストさんに抱き上げられました。未だぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す中、支える腕の強さとぬくもりに安心感がやってきます。
「ぁ…ぅ…さ…」
「しゃべらなくていい。ゆっくり息を吐け。そうすれば吸えるようになる。」
「ふぅぅ…」
「小僧。お前はどうする?」
「え?」
ふぅふぅと落ち着かぬ息の私を抱いたアストさんは会場には戻らず、人目のないバルコニーを進み、別の入口から屋内へ。そこでベスさん、リリィさんとヴァルクお兄様が待ってました。
「アスト殿、忝い。父と兄には退席の旨伝えてあります。魔力過多ですか?」
「いや、ケルベロスが御した。精神的な過呼吸だろう。休ませれば問題ない。」
「…服を掴まれましたからね。フラッシュバックかもしれません。ベス、手を借りても?」
「任せて。夢魔は私の管轄よ? アスト様、このボンクラ人族の子はどうします?」
「知らん。範疇外だ。ヴァル、よいか?」
「承りましょう。 あぁ、シエラ、こっちだ。―――」
胸のあたりが痛くて苦しくて、靄のかかった頭で見聞きしてたことは幻のようで。
その後気を失ったこともあり、直前の出来事はすっかり忘れてました。
→つづく。
まだ全部書き終わってないので変則的な動きします。
どうしよっかなぁ…




