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8通目裏1 全属性の代償

アストさん視点。帰宅直後の話。

「この度は末娘の奪還に尽力いただき、アシュリー家家長として感謝を述べたい。ありがとう。」


 友の父であるアシュリー侯爵家現当主が頭を下げている。それに倣い、部屋にいた全ての人族が謝意の礼をした。

 魔王が人族に感謝されることは滅多にない。少ない回数の大半はシャルの『ありがとう』で占められてる。


「…イリオスと漬物の約束をしたからな。」

「それでも助かりました。正直、妖精界から戻って身心ともに真面でいるとは思いませんでした。今回ばかりは覚悟をしてました。」


 妖精界に連れて行かれた者は得てして不幸に見舞われる。精神がおかしくなったり、妖精の呪いを受けたり、時間軸の歪みから時代が変わっていたり。

 妖精界に行く前に大樹の実を食べたことか、ティターニアの祝福の影響か、その両方か、またはその他か。人族界のタイムラグの他には、全く異常は見られなかった。


 その本人はというと、一通り妖精界での出来事を伝えたシャルは、腕の中で凭れかかって眠っている。

 夢魔の気配があるのか「かえしてぇ」と泣きながら苦しむので、頭に触れて吸い取り、口に含まれた夢魔をふぅっと吹き出し祓う。

 次第に呼吸も落ち着き、小さい口がすぴすぴ動き、安心しきった顔をしている。


「むにゅぅ…」


 まさか魔王の腕でぐぅぐぅ眠る人族が現れるとは。しかも少女。

 その様子に彼女の家族は苦笑いし、魔族はいつも通りだと微笑んでる。

 シエラに預け、ケルベロスがシャルの様子を確認すると、「わん」と鳴いて付き添いながら部屋を出て行った。今夜はゆっくり休めるだろう。


 ◆


 パタンと扉の閉まる音を聴いて、アシュリー侯爵が神妙な面持ちで話を切り出す。


「…魔王殿から見て、シャルはどう思われますか?」

「面白い…特異な魂だと思う。」


 セバスやティターニアとも話したが、異種族というものは警戒心が強く、無条件で仲を深めることは魅了魔法レベル1では説明できない。挨拶に応える程度の魅了で、多種の魔族と一緒に遊んでいるのなら、世の中もっと平和である。

 つまり、魅了魔法ではない、原因のわからない性質が目立つ。

 魂と隣接する冥界出のケルベロスでさえ、「よくわかんないけど気になる」と言うのだから、後発的に得た本人のスキルではない。

 元々の魂が『変容』しており、魔王としては注意を払うべき存在。

 おそらく、普通の人族の生は歩めないだろう。


 原因として一番に考えられるのは『全属性保持』だが、果たしてそれだけに起因することだろうか?



「アシュリー家のネットワークで過去の全属性保有者を調べたところ、人族では数名程度。全員が短命でした。」

「だろうな。20歳まで生き延びた例は?」

「…残念ながら。通常一属性か二属性、多くて四大属性までしか持てない人族にとって、手に余ることは事実でしょう。」

「弊害に左右されて訓練中の暴発もあっただろう。」

「大きいもので火風土の暴発で、術者の命の代わりに死の砂漠ができました。」


 全属性の弊害。

 全属性はその多様性から常識を凌駕する優れた才能と思われやすい。しかし、実際は様々な代償や欠陥を伴うことが常である。

 例えば、シャルのような全般的に使えるが規模や種類は少ない、広く浅く型。

 魔力量に対して器が小さい、器に穴が開いている、成長核が壊れている、制御能力の欠損、様々な症状があるが、総じて命を削るところだけは共通している。


「今ある問題は大きく三つ。成長核の欠損、魔力量の成長不足、あと器の穴だな。

 きちんと修めれば恐れる程でもない。対処の仕方だ。」


 シャルの場合、まず、成長核が破損している。

 魔道具を駆使して、ある程度の魔力行使は可能だが、自身の魔法スキルは成長速度が殆ど無く、ろうそく火球やくらげスライムのような浮かす程度の風魔法だ。


 また魔力量も多くはない。成長核の破損から来るもので、少しは増えているものの、大した量ではない。仮に暴発しても魔族からすればたかが知れてる。注視すべきは暴発時の魔法の()()だけである。


 あとは、今回無意識の魅了魔法発動が確認された。これは魔力の器に穴が開いて垂れ流しになっている証で、制御能力を高めなければ、場合によっては魔力枯渇で命を削る。

 幸い、ベスの指摘でレベル1と漏れだす量が少ないことが分かっているが、人族で魅了魔法の制御指導ができる者がいるのだろうか?


「魅了魔法についてはベスさんと交渉しました。

 彼女が望むアシュリー家の服飾事業に関与する代わりに、娘の制御を見て下さるそうです。」

「あいつは隣国で服選びを相当楽しんでいたからな。スカルの口添えもあったか。」

「えぇ。スカル殿は息子達との剣技訓練にも付き合ってくださいました。御二方とも協力的で、娘が隣国で得た縁に感謝します。

 あとは他属性の制御でしょうか。大本の魔力制御が理想的ですが…」


 この『全属性』というのは四大属性のことではない。あらゆる属性であり、例えば魔族の使えない癒しの魔法、妖精族の使う精霊魔法、従魔法、召喚魔法…未知なるものもあるかもしれない。

 しかし、共通するのは『魔力を使用』であり、『魔法技術の制御』の前に『魔力循環の制御』さえどうにかできれば、訓練中の暴発、器の穴の拡大、流れ出た魔力枯渇は抑えられる。

 そこで動いたのがケルベロスだった。


「魔石に制御盤を組み込んである。ケルベロスからだ。あいつはシャルを懐に入れた。」


 シャルとケルベロスは従魔法で結ばれていない。

 シャルが従魔術を覚えてないからで、それ故ケルベロスを束縛することもないが、逆にシャルへ干渉することもできない。

 近くで魔力の漏れや乱れに気づいた時、力押しの封じ込めはできても、治すことができない状態であった。

 そのため、常に身に付けているペンダント(魔王の魔石)に、エネルギーと制御盤を入れることで、魔力を一定に循環する回路を作った。

 魔力過多のとき魔石に溜まり、魔力枯渇になりそうなら逆に放出する。

 それでも乱れる場合、私の魔力の外部アシスト機能に、ケルベロスが干渉できるようにした。

 本人の制御力が上達すれば、緊急時以外は問題なくなる。が、成長核が破損してるため上達の見込みは難しい。

 ケルベロスはシャルの持つ危うさに、自ら側で番をすることを決めたのだ。



「妖精族は管轄外なのでな。詳しくはわからぬ。デュラハンはどう見る?」

「大樹様がシャルに己の実を与えてます。摂取すれば血肉となって体を巡りますので、精霊魔法で暴発や枯渇はありません。

 ティターニア様が祝福を預けたのはそこが根幹ですね。」

「つまり、今回エルフやノームがいらっしゃったのは…」

「研究だろう。全属性を含めたシャルの『特異性』の。」


 単に味噌・醤油開発の手伝いなら、研究職エルフを二人もつけない。菌担当だけを貸すか、情報だけ与えて終いだ。

 そうはせず、中・長期的に派遣したのは、シャルの観察と呼応するための研究目的だ。

 まだ様子が把握し切れてないのだろう。毒を扱える茸の精が選ばれたのは、いざというときの無力化か。

 今回遣わされた苔の精は大樹の近くに居ることを許された者。ならば、それを通して再び大樹への道が開き、実を貰うか洞でひととき過ごせば安定化される。

 攻守両面で抑えた形だ。


「世界の理を歪めようものなら、その前にティターニアはシャルの体ごと封じ込むつもりだし、ケルベロスは冥界に連れて行くつもりだ。私も異空間に隔離する術式は入れてある。」


 魔族界も妖精界も冥界も、能力不足の塊といえど、シャルを『只人』とは認識していない。各々が手段を講じて管理下に置いた。遅かれ早かれ、気づいた他の種族もそのうち接触があるだろう。


 ◆


「…我々は今からでも魔力封じを施すべきですか?」

「いえ、それはおすすめできません。アレは魔力も生命力も吸い取ります。

 生きながらに殺す術は、プロテクト魔法をかけた大樹様が反応します。」


 全属性保持、その弊害による危険性、もしくはまだ不明確な『何か』。

 『未知なるモノ』に対し、不安を感じ、排他的になるのは仕方ない。

 しかし、自分たちと異なるからと排除するのは、一つの手段ではあるがそれは果たして正解なのだろうか?自分と他者が違うことは当たり前ではないだろうか?


 無知とは恥である。時として罪にもなる。

 相手のことを理解する前の一方的な行為は、差別と同じ。それは迫害に繋がる。


 無条件に受け入れろとは言わない。その在り方を知り、認めることも大事ではないか。

 シャルという人物を知っているのだから、不安を()()することは難しくはないだろう。


「後ろから支えて導いてやればいい。制圧する手段も実力もあるからな。

 静かに指導できる場所に置くとよかろう。」

「では、制御の教育を強化しましょう。自らをきちんと律することができるように。」

「他の種族も出てくるだろう。対応する力もつけてやれ。」

「今度は髪を引っ張られないように?」

「そうだな。」


 魔力は髪に宿るため、魔族も妖精族も髪に重きを置く。手先が器用な妖精が悪用や転用する可能性を危惧し、妖精に抜かれたシャルの髪は回収した。

 シャルの髪を持つ妖精を見た時は、ティターニアには悪いが、魂ごと全員消滅させてやろうと思った。その前にケルベロスが木端微塵にしてたが。魂の残りカスでも冥界には行けるか。


 くるくる渦巻く金の髪、纏う朗らかな魔力。小さい星のような儚い煌めき。

 膨大な己の魔力の上で転がすと、消えてしまいそうだ。

 しかし、そこに在る、心地よさ。不思議なものだ。



「王都は賑やか過ぎます。ひとまずは大義名分の『味噌・醤油』研究に励んでもらうために、あの子は領地に送りましょう。」

「ティターニアの要求があるからな。『にくじゃがころっけ』と『ねぎ味噌チーズいももち』とやらか。美味いのか?」

「娘に乞われて『クリームコロッケ』を試作しましたが、なかなかの美味でしたよ?イリオス達の挙式披露宴で出します。」

「む。ではそれを食べてから帰るか。セバス、可能か?」

お土産(わいろ)を頂けるならご協力しましょう。コック長は陣営に入ってますのでオックスも黙らせます。」

「確かに。」


 カラカラと笑い声が響き、アシュリー家に張っていた緊張の糸が解けた。

 早速イリオスに漬物を貰うと、部屋にいたエルフどもが興味を示し、資料を渡せば読み込み始める。本当に何にでも研究欲がある二人だな。


 後に白菜を唐辛子で漬けたものが現れ、その派生で『肉キムチコロッケ』なるものも登場するのだが、その時は真っ先に頂いた。

8通目のヒーローはリリィさんだと思ってる。←

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