8通目5 天秤と審判
先に謝ります。ごめんなさい。
たぶん、もやっとする。
小さい光る薔薇はアストさんが厚意で作ってくれたものでした。
闇魔法で光を囲ってできたそれを見て、物語みたいな素敵な魔法だとはしゃいだ私。
「魔王の魔法が人族に喜ばれることもあるのだな。」
少し寂しそうなアストさんの顔を見て、今度は私が喜ばせたい。そう思いました。
◇◇◇
デュラハンさんはいつもこんなことを言われているのか。
それを承知で、ここまで来てくれたのか。
同じ妖精族に罵られる姿に、私の不注意で起きた結果に、優しい魂が傷つけられる姿に、心が啼く。
「アストさんとデュラハンさんに謝ってください。」
「クソ人族ごときが命令するな!!」
「ワゥッ!!」「ワゥッ!!」
グルルル…ウーーッ…
珍しいことに温厚なケロちゃんが怒りました。三つの頭の内、両の頭が牙をむき、敵意を剥き出して唸ります。真ん中の頭が目を閉じたまま沈黙しているのが逆にこわい。
「残念じゃ、薔薇の精よ。」
「…ティ、ティターニアさま?」
静かなティターニア様の声に、ゆっくり目を開けた三つめの頭。ポンと地面を叩くと、突然ケロちゃんの前に闇色の扉が現れます。鉄のような鉛のような深くて重そうな金属の扉の内側に、同じように扉が、特大・大・中・小…といった順に組み合わさって一体になってます。扉マトリョーシカ?
「根の国の番ぞ、こやつらを送り出す。全ては天秤に任せよう。清めたまへ。」
「わん」
真ん中のケロちゃんの声に扉に着いていた錠前がガチャリと外れ、ギィィと二番目に小さい門が開き、中から陽炎のような灰色の靄が現れ、シュルルっと伸びると、薔薇の精と大きな虫籠をぐるぐるに取り囲みます。
「きゃぁぁぁ!!」
「うわあああ!!」
「はなせえええ!」
「ぎゃあぁ・あ・ぁ」
悲鳴と怒声を搦めて包み込んだ靄は、ぐしゃりと丸めて潰し、再びシュルルと門の中へと戻って行きます。パタンと静かに閉じるとガチャリと鍵がかかり、すぅっと空気に溶けて消えました。
「…へ?」
あっという間のことで状況が飲み込めません。でも、ケロちゃんは冥界の番犬。ってことは…?
も、もしかして、しんじゃった?え、謝ってほしいだけで、命を賭してほしい訳じゃないのだけど、言葉を間違えた?私、軽はずみなこと言っちゃった?
あわあわと顔色を悪くして、ケロちゃんとアストさんとティターニア様を順に見ると、皆様穏やかな顔。あれ?
「浄化の儀じゃ。冥界は不浄に非ず。しかし罪と罰の天秤は傾く。全ては己次第。奴等の御魂は巡る。気にするでない。」
「ケルベロスが冥界の門を開いた。行き先は三途の川だ。そこに魂の洗濯名人のアライグマ獣人と、相棒で干しのスペシャリストのヘラジカ獣人がいる。大型洗濯機で洗って干されて綺麗に畳まれて仕置きされるだけだ。」
「し、しんじゃってない?」
「シャル、あの二人はプロの生き物クリーニング屋だから大丈夫だよ?汚れ落としも漂白も解れ直しも一流だ。どのくらいかかるかはときどきだけど、洗浄済の魂はまた何かになるよ。」
「わんわん」
あぁ…びっくりした…
でも呆けてる場合じゃない。その前に私もやらなくてはならないことがあります。
アストさんの腕の中から降ろしてもらい、まずはアストさんに頭を下げます。
「アストさん、改めてごめんなさい。私の不注意で光る薔薇を紛失しました。」
「…詫びは前に貰った。妖精族の仕業ではシャルにはどうにもできない。気に病むな。」
「でも…」
「どうしてもというなら、『もろきゅー』とやらを作ってくれ。美味いらしいな。」
「ありがとうございます。でもあれは漬物じゃないですよ?美味しいですけど。」
頭を撫でて「楽しみにしてる」と言うアストさん。口角が少し上がってる。頑張って、もろみ味噌まで到達せねば。
次に、とててとデュラハンさんの前に行き、頭を下げます。
「デュラハンさん、ごめんなさい。」
「シャルが謝ることではないよ?元は妖精族の暴走だ。」
「でも、デュラハンさんが罵られる必要はなかったよね?私のことで巻き込まれて傷つかせて…」
「シャル。」
頭を撫でられて顔を上げると、私の高さまで屈んでくれたデュラハンさんが腕を広げてます。
「ありがとうがいいな。ほら。仲良しのぎゅー、だよ?」
実はケルベロスにしてるのを羨ましいと思ってたんだ。そう言うデュラハンさんにぎゅむーっと抱き着きます。固くて冷たい鎧が温かい気持ちを育ててくれます。
「そうだなぁ、シャルがもし友達になってくれたら嬉しいなぁ」
「もう友達だよ?」
「じゃぁ、名前を呼んでくれるかい?似合わないって笑わないでくれるといいな。」
「笑わないよ!私に名前を教えてくれる?」
「名はね、――― 」
感動的な仲直りの結果、プレードアーマーのデュラハンさんは、うら若き乙女、名をリリィさんと知りました。
◆
「さて、菌のと研究職エルフじゃがの。ひとまず顔合わせだけしておくか。」
「あの、本人らの了承取らずに人族界行き、決めて大丈夫ですか?」
散々好き勝手されて、拉致られ迷惑かけられ、挙句にリリィさんも傷つけられた手前、こちらが同じことをするなんて恥知らずはできません。上司といえど、本人らに事前に転勤の打診をした方が、巻き込まれでいきなり内示より平和的。
「心配ない。大樹の近くで苔と遊んでおったであろう?菌担当はそやつの友じゃ。味噌の件も含めてお主のことは聞き及んでおった。」
「エルフさんは?」
「あやつらは研究できればどこでも構わんというオタク気質じゃ。自分のラボに異界との近道を作る癖があるから、転勤というよりは短距離出張程度じゃの。妖精界から引き離されるという感覚はもっておらん。」
ティターニア様が指をくるくると回すと、部屋の壁にポンっと20cm位の小さな扉が現れ、入り口に掛かる鈴蘭がリンリーンと鳴ります。
中から「はーい」という元気な声とともに出てきたのは、15cm位の紅色きのこ帽子を被った女の子と、後ろからおずおずと顔を覗かせる黄緑色の大きいベレー帽の女の子。ノーム?四大属性の地の精?
「ティターニア様、お呼びです?そちらは…まお…って、あぁ!その子は!」
「落ち着け、菌の。苔のが遊んでおった童女じゃ。」
「あの、初めまして?シャルです。」
「わーわー!初めましてー!私は茸の精のアマナです。こちらは苔の精でシノブです。」
「あ、あの、大樹様の近くで、岩にいました。遊んでくれてありがとう。」
「えと、ふわふわ苔の?」
「はい。ふわふわ苔の。」
大人しい黄緑色の帽子ノームこと、苔の精シノブちゃんは、知らない間に顔合わせしてたようです。そういえば、大樹様の森には木や岩や腐敗木についた苔がいっぱいあって、ふわふわしてて思わず撫でてました。
両手で顔を覆いながら、『あんなにいっぱい…はずかしぃ…』というシノブちゃん。まるで私がイタズラし…ましたね!水と風魔法で霧吹きしたり、そっと葉先をつんつんしました。おまわりさん、犯人は私です。
「菌の。お主、童女の本邸庭に扉を作っておったろ。向こうの様子を見に行ってたのかえ?」
「う!…はい。でも人族に手は出してないですよ!こっそり覗くだけです。味見は…木の根をちょこっとだけ…謹慎ですか?」
「いや、そのままでよい。正式に遣わすから、味噌と醤油作りを手伝ってやれ。申請書も忘れずにな。」
「はーい。あ、私、毒茸なので心配かもしれませんが、毒抜きはできますので。」
ハイっと挙手をした元気のいいきのこ帽子が似合うアマナちゃんは、ベニテングタケの精でした。『私は塩漬けや湯がきまくりで毒は弱まります。親戚だとガチ勢もいますよ。』『特技は幻覚ブレスです。眠くなる人も多いです。』『ハイテンションにはなりますが、パワーアップはできません。』って、シェフ達よりもお母様やエルンストお兄様が喜びそうな気が…
◆
「あの、あの、ティターニア様。私も付いて行ってもいいですか?邪魔しません…!」
「苔のか。よかろう。あのオタクエルフをラボから引っ張す。気をつけよ。」
「オタクエルフ…って。まさか…」
「まずは呼ぶとするか。さて、その前に。シャルぞ。ちこう寄れ。」
「はい?」
ティターニア様に呼ばれてトコトコ近づく。
妖精女王だけあって綺麗な顔立ちだなぁ…一見童顔ぽく見えるけど、不思議な光彩が入ったアメシストの瞳に見つめられると、ふわふわとした気持ちになります。ミステリアスで、幻覚魔法にかかったような、魅入られる魔力が…あ、これが魅了の魔法かしら?
そんなことを考えていたら、ティターニア様は私のおでこにちゅっと唇を落としました。触れたところがぽわわんと温かく、体の中に何かが流れ込んでくる感じがします。
「妾の祝福じゃ。いろいろあるが、まずは妖精族の暴走が効かぬことをこれから見せようぞ。」
大樹様のプロテクト魔法は妖精族の攻撃魔法を防いだり、傷を癒す効果がある一方、ティターニア様の祝福は、妖精族の武力攻撃を打ち返す効果があるそうです。リフレクションみたいな。
説明後、ティターニア様が再びくるくると指を回すと、別の壁に今度は2M位の大きな扉がポポンと現れ、扉についた猫の形のベルがぶにゃーと鳴ります。いや、鳴きます?
バッターン!!と勢いよく扉が開いて現れたのは。
「ちっぱい!ちっぱいのにおいがするぞ!!」
「おい、やめろ!ここはティターニア様の部屋だぞ!あと大事なのは二の腕だ!」
変態(確信)エルフが二人出てきました。
→つづく。
今回のやらかし内容を分析。
バトルフィールド:妖精界 対戦相手:チンピラ妖精(HP激減中)
Q『シャルに勧善懲悪はできるか?』 A『むり。だって悪役令嬢だもん。』
Q『シャルにざまぁ!はできるか?』 A『無謀。だってポンコツだもん。』
決め技:ケロちゃん(友達)に見せ場を持ってかれる。←この辺でもやっとした人、正解。
活動報告にまとめ隊。




