8通目4 妖精女王
胸糞表現が出てきます。ご注意ください。
アメシストの眼が虹色の光彩を帯びる。
気高い目力に気圧された者は総じて伏す。
「さぁて。事の次第によっては、妾も許さんぞ?」
笑った妖精女王様は、結論から言うと許しませんでした。
◇◆◇
頬をペロリと舐める感触がして、薄く目を開けるとケロちゃんの顔が見えます。
「ふにゃ…ケロちゃん、おはよぉ…いまなんじぃ…?」
「何時だろうな。」
すんごい近くでアストさんの声が聞こえて、一気に眠気が飛んだ。どえぇ?!
「おはよう。シャル。」
「…おはようございます?アストさん??」
「目が覚めたか、小さいの。」
周囲を見渡すと優美で女性的な部屋で、小さな妖精さん(体は成人女性)が飛んでて、大きなソファにしな垂れかかる、光沢のある蒼い揚羽蝶みたいな羽でプラチナブロンド髪の綺麗なお姉さん(こっちは人族と等身大)と、その後ろにデュラハンさんが控えてます。
私の隣にケロちゃんと狼みたいな大きいわんこ様?そして私を抱えてるアストさん。
あと部屋の隅で、大きな虫籠に怒声と罵声の汚姿妖精がたんまり…
「ガウッ!」
狼みたいなわんこ様が虫籠めがけて衝撃波を放ち、ボコンと当たって、焦げたにおいとともに虫籠の中は静かになりました。
待って?どこ?だれ?なんでアストさんいる?
「初めて会うの。妾はティターニア。妖精を総べる王じゃ。今回は我が配下の者が礼に欠くことをした。すまんのぉ。」
「へ?えと、シャルです?」
「どこぞの妖精に妖精界へ連れこまれた。イリオスから連絡が来たから迎えにきた。」
「魔王ぞ、それは端折りすぎじゃろ…ほんに口の下手な男じゃ。」
妖精に…連れてこら…ねま…うわああ!!思い出したあああ!!!
慌てて自分の姿を確認すると、寝間着ではなく光彩のあるワンピースを着てました。薄手で軽くてキラキラした玉虫色。天女の羽衣ってこんな感じ?
「突然拉致されて閉じ込められてたのじゃ。そのままにはできぬ。身綺麗にさせてもらったぞ。」
「あ、ありがとうございます…え?閉じ込められてた…?」
「まぁ、そなたも混乱するじゃろ。順を追って説明しようぞ。」
◆
要約すると、ダンディ欲のオジサンズが勝手に拉致、妖精界でもバレるのは都合が悪いと隠匿、監禁のうえレクチャー要求、言う事聞かないから暴力というトンデモ事案でした。
動機が俗!軽!と思いますが、やり方が悪質。やられた方はたまったもんじゃない。出来心では済まされないと、妖精界でも罪のようです。
体を覆った緑色の光は大樹様のプロテクト魔法で、実を食べたことで体内に取り込まれたそうです。どうりで水魔法かけられても濡れないし、蹴っ飛ばされてもそんなに痛くないわけだ。蹴られたり転んでぶつかった所も癒されてました。
火花の鞭は、アストさんの魔石が反応したようで、初回の牽制でした。もう一発加えられたら威嚇攻撃になり、だんだん過激になって、最後は制圧するまで焼野原にするらしいです。なんてこったい。
そこへ飛んできたのは、若いきゃるるんとした女性妖精さんでした。あの花おじさん妖精の娘さんらしい。
「折角カースト上位の薔薇に転属できたのにぃ!あのジジィ、ダサイし臭いしトラブるし…ウザ。あー、サーセンしたー」
「ふぁ?」
「シャル、適当に答えてはいけない。曖昧さは妖精族だと好きに判断してくるぞ。」
あっぶなー!慌てて口を抑えて、しまった、不躾だったと妖精さんを見ると「チッ」と舌打ちされました。えぇー。見た目は綺麗でも中身がマウント系…
「妖精界では異界と接触する場合、取り換え子等の連れ去り、私物の持ち去りを防止するために、合意届や詳細文書を申請するルールがあります。
つまり正当な理由が必要。
それらを無視し好き勝手したので、ティターニア様が怒りました。」
説明してくれたデュラハンさんは、狼みたいなわんこ様改めブラックドッグさんと、普段は魔族界で暴走妖精の取締りを担当してるそうです。人族界は各国王家や中央政権が管理してるから、今回の件、王家に話行くのかな…お兄様に手間かけさせちゃう…って、お兄様?!
「…アストさんは、イリオスお兄様から話があって、迎えに来てくれたんですよね…?」
「そうだが?」
「…魔族へ正式にお願いするには、対価が必要ですよね…?」
「そうだな。」
血の気が引いた。
お兄様が魔王様を呼んで、妖精界まで迎えに来させたということは、願いに対して供物を出したことになります。
おばけ屋敷の時は対価が人族のごはんで済みましたが、あれは魔族側が機嫌良くて、私の提案に乗ってくれたからで、通常の対価はもっと厳しくエグイものと聞きます。
「…漬物大盛りで手を打った。シャルがいないと新しい漬物が食えないからな。」
よかったああ!
今回アストさんを始め、ここにはいないセバスさんやベスさん、初めましてなブラックドッグさんも協力してくれたようです。
「帰宅したら御馳走します。味噌研究がんばります。」
隣のケロちゃんとブラックドッグさんに「特上骨付きカルビとランプでどう?」と聞いたら元気な返事がきた。リブロース塊もつけよう。
◆
ふと。先程ティターニア様が詫びを入れました。もしかして、もしかすると…?
いやいや、結論を急ぐのは得策ではない。ここは妖精界。人族と違いすぎる。まずはジャブだ。
「ティターニア様は今回の件、どう裁量を下すつもりですか?」
お父様やお兄様のような腹芸はできないし、伺う顔はバレバレだし、妖精族との折衝なんてリスクが高すぎます。でも、勝手に連れてこられて、迷惑かけられて、大きなリスクを負わせて、はい帰りました~なんて嫌です。
責任の所在と過失の大きさを図って、統括の言質を貰わないと、またやらかす可能性があります。
「ふむ。まずは該当者は処罰する。他も明確な合意無きことはさせぬ。とは言っても種族内では甘さも出ると見えるじゃろ。ならば、お主には別の形で示そう。」
「例えば?」
「そうじゃのぉ… まず、麹菌かの?」
麹菌?
イタズラっぽい顔で話すティターニア様。アメシストの瞳に虹色が入ったかと思うと、ニヤァと笑う。
「大樹が言っておったわ。味噌が上手くできないとぼやいておったと。菌担当の妖精族と研究職のエルフを貸そう。妾は『にくじゃがころっけ』を所望するぞ。」
詫びと一緒にリクエストが付いてきました。
「証として妾の『祝福』を預けよう。さすれば『ねぎ味噌チーズいももち』もすぐ届けられるじゃろ。楽しみじゃ~」
「ティターニア、供物の要求が増えてるぞ。」
「いいではないか。魔王ぞ。妾の標があれば、妖精の関わる範囲では、誰もこやつに勝手はできぬ。低くとも魅了持ちじゃぞ?馬鹿者が来ても自衛できる。」
菌担当とエルフの貸し出しに、妖精女王の祝福大サービスがぽんと追加され、ついでに聞きなれない言葉も出てきました。魅了持ち?
「なんじゃ、気づいておらんかったか。」
「シャル、魅了魔法を無意識で使ってる。ずっとだ。」
…ってことは、ベスさんみたいな妖艶なオンナになれるってことですよね?『魔性の悪役令嬢』や『ミステリアスな悪役令嬢』へランクアップできちゃうってことですよね?
高潔にして魅惑の悪役令嬢…なんて強敵らしいステータス!未来への期待が膨らむ!
「残念だがレベル1のままだ。せいぜい上がっても5止まりだ。」
最強のライバルに明るい未来を粉砕されました。
◆
「うぅ…アストさん、希望を持たせてくれたっていいじゃないですか…」
「む?すまん?」
「ほんに、面白いの。」
「あのぉ…ティターニア様ぁ…」
己のポンコツさにへこむ私とよくわかってないアストさんをニヨニヨ眺めるティターニア様。そこへエヘエヘと手を揉んできたのは、先程のきゃるるんマウント妖精さん。
ティターニア様の笑顔がすっと消えて、無表情のピリっと冷たいものが部屋中に流れます。
「薔薇の。お主の詫びは別じゃ。不始末に誠意を示せ。妾は前々からコンプライアンスと口酸っぱく言っておいた。」
「そうなんですがぁ…そのぉ…」
「お主自身もやらかしておるじゃろ。光る薔薇の件、知らぬとは言わせぬ。」
「うっ」
光る薔薇?この妖精さんとは初対面だから、光る薔薇のことは知らな…いや待て。初回汚姿花おじさん妖精に会った時、昼寝中に光る薔薇を一輪紛失してます。もしかして…
「了解なく持ち去ったじゃろ。どう返すつもりか?あれは魔王の花ぞ?」
なんと。光る薔薇のかっぱらい犯は花おじさんではなく、その娘でした。
しかも理由が、『いいじゃん。私が欲しいんだから!』という欲に一直線で開き直った出来心。だからそれやっちゃいけないやつ…
妖精族の一部には、異界のモノであっても、誰のものでも何をしても構わない極端な考えの者もいて、女王として『異界は妖精界とルールは違う。最低限は守れ。』と法を敷いてるそうです。
今回のような『生粋妖精至上主義』の行き過ぎた保守派・過激派が問題を起こすと、デュラハンさんやブラックドッグさんらが鎮圧するらしい。ケロちゃんもお手伝いするとか。
それにしても、あの小さい光る薔薇は、アストさんが最初に作ってくれた見本用で、紛失した時は正直凹みました。
ちゃんとにゃんポケに仕舞っておかなかった私も悪いのですが…
「あの、光る薔薇は返してください。」
「えぇっとぉ~?」
「無理じゃろ。バラバラにしよった。」
は?
「嘘でしょ?!」
「う、うるさいな!いいじゃないの!アンタが持ってるより私が有効活用してあげたの!」
「薔薇風呂と自慢してたらしいの。妾が知った時には、風呂に溶けておったわ。」
…あの薔薇を初めて見た時の感激も喜びも、泥で塗りつぶされた気がします。
「薔薇の妖精よ、きちんと詫びよ。これは罪の領域だぞ。」
「口出しすんな!首なし鎧が!不吉の分際が近づいてんじゃないわよ、気持ち悪い!」
「しかし…」
「黙れっつってんだよ!偉そうに!死の国へ帰れ!」
見かねたデュラハンさんへ放たれた口汚い言葉を耳にした時、キラキラした妖精の羽が酷く濁った存在に映りました。
私は今まで何を見ていた?
キラキラの妖精の羽も、若く磨かれた体も、外見は綺麗かもしれない。
おじさんたちに、清潔さや身嗜みは大事だし、メンテナンスは必要だと私は言った。それは間違ってないと思う。
でもソレは求められる『美しさ』ではない。
美しき妖精族とは。
それは目の前で暴言を吐いてるこの虹色の羽ではない。
硬くぎこちない冷たい金属に包まれて、私の頭を撫でてくれる優しい魂のこと。
「あやまって。」
冷たい声が出た。
→つづく
犯罪ダメぜったい。です。
次回予告 やらかした。




