8通目3 想いと壁と総べる者
アストさん視点です。
セバスが漬物資料を届けてくるとイリオスの所へ向かったら、すぐにケルベロスを連れて戻ってきた。
落ち着かないケルベロスの様子に、セバスが裁量を仰ぐ事案が起きたと察する。
「イリオスのところか?」
「左様で。」
暫く席を外すとオックスに伝え、人族界へ出た。
◆◆◆
「アスト、呼び出してすまない。」
「構わぬ。何があった?」
「シャルが消えた。恐らく精霊界に連れて行かれた。」
耳に入った言葉に眉を顰める。疲れた顔のイリオスがことの経緯と現状を話しはじめた。
就寝後、定時の城内パトロールを終えてシャルの部屋へ戻ったケルベロスが、多重の魔力痕に気づき、すぐにシエラを呼んだ。室内は施錠されており、服も靴も『にゃんポケ』もそのままで、シャルだけが消えたらしい。
「妖精界へのコンタクトは?」
「例の大樹様の入口が塞がっているのか、供物を持って行っても辿りつけない。
人族の正攻法だと、こちらから異界へ直接干渉するには王家の許可がいる。今回の場合、隣国滞在中の身では、外交以上の問題になるから迂闊に動けない。」
異界干渉と言っても、手紙程度や相手から来る分は、大抵どうとでもできる。
しかし、正式な異界の門を只人が開き、入るには、どの国でも素因調査がある。そこでシャルの全属性と、今回新たに発覚した魅了魔法がバレれば、今度は拘束されてしまう。
「何しろアシュリー家だからな。簡単には返さないだろう。レベルは低くても他国の魅了持ちは脅威だ。ただでは済まない。」
「私とケルベロスもおりました。厄介な多重妖精魔法と妖精界の入口が閉じられています。
単に面倒なだけなら、魔法で吹っ飛ばして脅してもいいのですが…『にゃんポケ』がここにあるとなると、防御はアスト様の魔石頼りになります。問題は妖精界から落とされる可能性ですね。」
セバスがイリオスの言葉を引き継ぐ。テーブルの上には魔族の皆で作った猫のぬいぐるみポシェットがあった。
魔族連中が面白半分で、防御だ反撃だ隠匿だ結界魔法だ諸々詰め込んだソレは、持っていれば最強の砦だろう。シャル固定で作られているため、他者が持っていても発動することはない。
持っていれば、だ。
「シャルが消えた時の姿だと寝間着のままだ。妖精の気まぐれで放り出されて、人族界のどこかに落とされたら、あいつの社会的地位が飛ぶ。寝間着令嬢の徘徊なんて醜聞にしかならない。異界だともっと面倒だ。
それだけならいいが、うっかり全属性保持がバレてみろ、民間でも放さないぞ。人として扱わなければ、利用価値も研究価値もあるからな。早々に捕まえたい。」
妖精界や魔族界では大したことない出来事も、人族界のルールや常識で致命傷になることがある。特に貴族階級は余計な柵が多いうえ、裏を担うアシュリー家は敵もわんさかいる。
それなのに、シャルは魔法も魔道具なしの戦闘スキルも壊滅的な弱さだ。今まで無事なのは、シエラやケルベロスが付いていたり、侯爵家エリア内から一人で出さないからだ。
どこかの国で、『アシュリー侯爵家』の『全属性保持』の『小さい令嬢』で、おまけに『魔道具なし』で『戦闘力激弱』とわかれば、恰好の餌だ。戻ってこれないどころか命もない。
イリオスが裏で早期収束を狙うが、肝心の妖精界へ接触できず、魔法で力押しするにもフィールドがあちら。守備力0のシャルがどうなるかわからずリスクが高い。
次点の案は、ケルベロスに魔族界から妖精界への入口を通って追わせることだ。可能であるが魔族が入れば騒ぎになる。そのため先に魔王である私に相談した訳だ。
◆
「ふむ。大樹となると妖精女王のテリトリーか。まずは奴に連絡を取ろう。先触れは…デュラハンとブラックドッグならすぐ行けるか。」
不吉と忌避されがちな妖精族。彼らなら自分の力だけで妖精界への入口を開ける。
右足の踝でコツコツと地を鳴らすと、足元の影から黒く狼のような大きい肢体の犬が飛び出す。出てきたブラックドッグに、ケルベロスが近づいて挨拶する。
「兄貴分として、ケルベロスと協力してくれるか?」
「ウォン!」
「わん!」
妖精界も人族界も魔族界も、世界が異なれば時間軸が違う。特に妖精界は、場所によってはあちらの一日がこちらの一年になることもままある。のんびりしていたら、シャルの行方不明が年単位になってしまう。
一気に動き出す。
「ブラックドッグは先にティターニアの居場所へ。繋ぎが取れたら連絡を。私やケルベロスが妖精界に入ると伝え、私の魔石を回収しに来たと言っておけ。正面から行く。デュラハンに道を開いてもらおう。」
魔王の魔石は、魔族が妖精界に入る大義名分には丁度いい。ブラックドッグは「ウォン!」と鳴くと、影に入って移動した。すぐに居場所を突き止めるだろう。
妖精族が妖精の道を開き、魔族が妖精界に入って、たまたま人族を持ち帰る。これなら人族王家はアシュリー家に干渉できない。
「アスト。妖精族が供物を求めてくる可能性がある。取引用に用意したから使ってくれ。」
「わかった。シエラ、どこに?」
「にゃんポケと一緒に、こちらにあります。」
「アスト様、ベスからデュラハンがもうすぐ着くと連絡入りました。ベスの鏡移動を使ってくるそうです。」
「そうか。ケルベロスは『にゃんポケ』を持て。いざとなったらシャルの傍まで走らせる。」
「わん!」
「セバス、帰りはお前の影を目印にする。全員まとめて放り込むかもしれぬ。イリオス達と準備をしておいてくれ。人族界の時間軸だと一月以上はかかる。」
「かしこまりました。シャルロットお嬢様の不在は、必要に応じて私めが誤魔化しましょう。」
間もなくセバスが取り出した携帯用鏡からベスとともにデュラハンが現れる。簡単に経緯を話すと、デュラハンは庭に出て石のサークルを作り、両手でパン・パパンとリズムを刻むと、くるりとサークルが光る。即席妖精の輪のようだ。
「踊り音楽無しで作ったので、長くは開きません。準備が整い次第送ります。」
「シエラ。準備は?」
「大丈夫です。供物もにゃんポケもケロちゃんに渡しました。」
「わん。」
「では参るか。ブラックドッグから返事が来た。ケルベロス、ブラックドッグのにおいを追え、ティターニアに会う。デュラハン、案内を。」
「わかりました。では、サークルの中へ。」
笑みの無い友を見る。人族界でこいつができないことは少ないと思っていたが、異界関係だとルールは通じず勝手も違う。気を揉むのも無理はない。
「アスト。恩に着る。」
「イリオス。漬物大盛りで頼むぞ?」
「あぁ。セバスに内緒でこっそりな。」
「聞こえてますが、目を瞑りましょう。オックスには一報入れました。」
ようやく、ふっと笑みをこぼした友。いつもの彼らしさが戻ってきた。こちらは大丈夫だろう。
「本国で待ってろ。シャルを連れていく。」
光の輪が輝き、妖精界へ道を開いた。
◆◆◆
勝手の違う妖精界はティターニアに会うまではすんなり行った。
魔族が力押しの魔法が得意とする一方、妖精族は小手先魔法が得意で、実際、シャルの居場所を見つけるまでは面倒な隠匿魔法で手古摺った。
「魔王ぞ、久方ぶりじゃの。事情は聞いた。今、調べさせてる。」
「ティターニアが協力的とは珍しいな。割と気分屋だと思っていたが。」
「魔族とそうは変わらんぞ?彼の少女な、大樹が気にしよっててのぉ。自分の実を与えたそうじゃ。どこかに隠されてるようじゃが安心せい。」
「大樹の精霊魔法が動いてるのか?随分気に入られたな。」
「酒と供物もそうじゃが、『来た時よりも美しく』とゴミ拾いして帰るとか、珍しい植物を見つけても『お持ち帰りは記憶だけ』と眺めてるそうじゃ。金の髪がぴょんぴょんしてて愛らしいとな。気に入ったものには実直なのが妖精族じゃ。」
話の中のシャルらしい行動に、大樹の周りをはしゃぎまわる姿が想像できる。すると、ティターニアが珍しそうな顔でこちらを見ていた。何だ?
「魔王が笑うとは、彼の少女はほんに面白いのぉ。」
どうやら気が付かないうちに笑っていたらしい。
暫くして、一羽の妖精がこちらに近づいてきた。
「ティターニアさまぁ~」
「薔薇のか。やはりお主のとこか?」
「はぁ…場所はだいたい予想がつきますがぁ~」
「混乱の反動で人族界に落とされる可能性はあるか?」
「ま、ま、まおぅ…?! え、ぇ。だ、ぁ、…げふ!」
「大樹の魔法があるから変に放り出されることはない。魔王ぞ、圧を抑えろ。ほれ、行くぞ。」
「む。すまん?」
漏れ出てた魔王の圧に息絶え絶えな薔薇の精の案内で目的の場所へ移動する。
シャルやイリオスらアシュリー家一同に慣れてたため、普通は魔王の零れ圧でも卒倒されることをすっかり忘れてた。
◆
ティターニアの移動魔法を使って向かった先には、繭のようなドームがあり、触ってみると固く魔法の残滓が周囲を取り巻いている。
何重にも結界魔法と隠匿魔法が掛かったドームの奥から己の魔石が反応し、シャルの乱れる魔力が伝わってきた。
「様子がおかしい。開けるぞ。」
「アスト様、攻撃魔法は中を傷つけます。私がやりましょう。」
素早くデュラハンが前に出て剣を構え、気を溜め鋭く一点を突く。ミシっとヒビが入り、蜘蛛の巣のように亀裂が広がる。強化魔法をかけた柄で叩けば、バリンと音が鳴って穴が開いた。
瞬間。
「おうちにかえしてよぉー!!」
悲鳴に近いシャルの泣き声にケルベロスが突撃した。
ケルベロスは騒ぎ立てる周囲の妖精に爆風を放ち、ドームを破壊する程の強い衝撃と鎌鼬で一匹残らず撃ち落とす。残骸の真ん中、薄汚れた姿で泣きじゃくる少女を抱え込んだ。
「シャル。」
腕の中で前より少し大きくなった少女は、びくっとした後、おどおどと私を見上げた。
「迎えに来た。」
私とわかると、今度は目玉が落ちるのではないかというくらいぼろぼろと涙をこぼし、しがみついて泣きだした。
乱れた頭や背中を撫で、しゃっくりをしつつ少し落ち着いた頃、近くに寄ってきたケルベロスを撫でようとして硬直。
「ぴゃぁぁぁーーー!!」
くたりと意識を落とした。
緊張の糸が切れたのか?ケルベロスも心配している。
「さて。」
息も絶え絶えに悪態をついていた妖精たちもいつの間にか静かになっており、全員顔色を悪くしている。
「ちょっとお話しようかのぉ…?皆の衆?」
ティターニアの威圧だった。
→つづく。
ブラックドッグさんは、フラットコーテッド・レトリーバーとベルジアン・シェパード・ドッグ・グローネンダールの画像見ながら書いてました。面倒見のいいお兄ちゃんな護衛犬希望。




