8通目2 オジサンズの蛮行
胸糞表現が出てきます。ご注意ください。
その大きな樹は、私の大好きな隠れ家スポットになりました。
「森のマナーその① 自然は大切に!」
思いの他、大きな声だったので慌てて口を抑えます。動物を不必要に脅さないのもマナー。
◇◇◇
大樹様はいつでも行ける訳でもなく、お酒とお供え物を持って森に入ると、霧の向こう側の大樹様に辿りつけるようです。幹回りが何十メートル級に、生前巨木ご神木大好きだった私は大興奮!
この木何の木わかんないけど。
聖なる力が宿る樹のようで、ケロちゃんたち魔族にとってはちょっと痒いみたい。長時間近くにはいられないので、遊びに行くときは「大樹様のとこで探検してくる」と伝えてから出かけます。ホウレンソウ大事。
洞の中に作った台へお酒とお供え物を捧げて、毎回「いつもありがとうございます。今日もお邪魔します。」と挨拶してから遊びます。
周囲には杉?ヒノキ?銀杏?欅?そうじゃない木?色んな巨木が乱立してて、そっと抱き着いて中の音を聴いたり、幹や岩にあるふわふわの苔を撫でたり。森林浴万歳。
たまに木の下にいると上からコツンと何かが落ちてきます。
胡桃だったりアボカドだったりサクランボだったりみかんだったり、ほんと何の木?
高さがうん十Mで先っぽの見えない大樹様。あんな高い枝から落ちてきたら、実なんて引力で潰れるはずなのに、私の前でふわっと浮きます。手を差し出すとコロンと掌に乗るので、くださるということでしょう。
「大樹様、ごちそう様です。ありがとう!」
御礼を言っておやつに一ついただきます。艶々のもぎたて洋梨も美味しい。ゴミは勿論持ち帰り。
月2回程通って、お参りして、遊んで、おやつもらって、季節がぐるりと廻って。
◇
隣国二度目の秋のはじめ。巨木探検から帰りの挨拶をしに洞に戻ると、おじさん妖精が待ち構えてました。
「フン!人族め、また大樹様の近くをまとわりついてるのか。」
「え?あの、久しぶりです? もう帰りますので。では。」
出会い頭に乱暴な言葉。昨夏のバーコーダーで水虫な花のおじさん妖精さんでした。
当初ズボラーな汚姿の花おじさん妖精さんは、穴が開いた古い黒ジャケットにシミがついた赤いストールなちょい悪オヤジ妖精に。腐臭は少し減った…?
そして花おじさん妖精の隣に、以前のような羽はキレイなのに汚姿のおじさんがひーふーみー…
「帰る前にコイツらも面倒見ろ。ありがたく思うんだな。供物も寄越せ。」
汚姿おじさんたちに取り囲まれて、困った腐臭の相談客が増えた。
羽は綺麗なのに汚姿おじさん妖精に、見た目は仕草はとカッコイイオヤジ像を講義する私。
腐臭に加えて卑下する言葉が混じるし、そろそろ帰る時間だしと、早く終わらせて撤収すべく詰めます。
「ですから。ヒゲは伸ばせばいいって訳じゃないんです。手入れして一級品になってこそダンディ。形も色々あって、こんな感じの…え?絵が下手過ぎてわかんない?」
ゲラゲラ笑う羽は綺麗なのに汚姿おじさん妖精たちへ、ダンディズムは一日にして成らずと説明していると、花おじさんのところに小さな葉っぱがふわりと飛んできました。
「他にも話を聞きたい奴等から連絡来た。最初から話してやれ。」
「は?今から?無理です。もう帰らないと。」
森で遊んだ後なので、もう戻らないとお兄様のお叱り再びです。とても再レクチャーには時間が足りません。口で説明するより、絵姿や小物を見せて説明した方が早い気も…っていうか、なんで私が?
「うるさい。つべこべ言わず帰ったら準備しろ。使ってやるんだから感謝しろ。」
「えぇー」
そう言って出してきたのは掌サイズの枯れた葉っぱ。表に『花おじさん』と書いてあります。これは…葉書?
「そんなことも知らないのか。裏に書いて植物の根元に置け。手間を掛けさすな。」
「ちょっと、待っ…」
葉書を押し付けられた途端に眠気が。え?「さっさとしろ。」と何かの粉を撒いてるおじさん。これ前回も…と思う前に意識が落ちました。
そして眠りの海を漂い、気が付くとケロちゃん再び出動、お兄様お叱りコース。
「また森の中で昼寝してたんだ?帰国前でもレディの進歩がないのかな?」
「すみませんすみませんすみません…え?帰国?」
「五日後には発つよ?それで久々に父上のテコ入れだ。」
夜の空に「ぴゃぁぁ…」という悲鳴が響き、落ち込む私をスンスン嗅ぐケロちゃん。いつも御迎えありがとう。
それから帰国準備とお世話になった貴族や豪商へ挨拶と打ち合わせで、昨年の社交界で名が売れた分、分刻みのハードスケジュール突入です。
合間にダンディ向けのカタログや小物見本誌を用意し、時間が無いため『これ見て勉強して!』メモをつけ、突貫でまとめたものを大樹様の洞へ持っていき、おじさんへの葉書と一緒に置きます。これでいいよね?
「大樹様、お世話になりました。三日後に発つので今日でお別れです。いつかまた遊びにきますね。」
残念ながらタイムオーバーです。大樹様に厨房から貰ってきたとっておきのお酒と御供え物をして、挨拶を終えました。
―――まさかその夜に妖精界連れてかれるとは。
◇◇◇
「おじさん、私、自分の部屋で寝てたよね?」
「だから何だ。」
「おじさん、私、帰国の準備で忙しいって葉書に書いたよね?」
「だから何だ。」
「おじさん、私、時間ないから資料まとめて置いといたよね?」
「だから何だ。」
「おじさん、私、お兄様に出かけてくるって言ってないのよ?」
「だから何だ。」
「きけぇぇぇ!!」
冒頭に戻ります。現状、妖精界に連れ込まれ、大量の妖精のおじさんズに囲まれてます。
酔っぱらって頭にネクタイ結び絡んでたり、フケだらけで耳や鼻ほじって飛ばしてたり、食後に爪楊枝をシーシー咥えたまま味にクレームつけてたり、傘でゴルフスイングの素振りして怪我させてたり、ジャンクフードを食べまくって肥満に文句つけてたり。
そんな困ったさんがわんさかいて、『ひとりひとりに最高の教育をしろ』と変な要求をされました。供物も要求されました。無いって言ったら怒鳴られました。周りも「髪を寄越せ」とかギャーギャー文句言ってきます。横暴!
延々と繰り返される聞く耳を持たない一方的な回答に、どのくらい経った?一時間以上?もっと?決して短くない時間が通り過ぎてます。
黙って消えたら騒ぎになります。皆が心配するから急いで帰らないと、でも周りを見ても薄緑の光しかなくて帰り道なんてわからないし、話を聞かない横暴妖精しかいないし。
「かえして。」
「は?」
「かえして。」
「生意気言うな!」
小さい妖精とはいえ、右も左も前も後ろも上も斜めも囲まれて、じろじろじろじろ。視線がいっぱい。
次第にブーイングに、卑下する嗤いに、遂には服や髪を引っ張ったり小突いてきたり、だんだんエスカレートしてきました。
訳がわからない。
私がしたことは、初対面からこんな仕打ちをされるようなこと?
ケロちゃんを呼んでも返事はなく、お兄様もシエラもいない。知らないおじさんに囲まれてこのままずっと?
一人ぼっちで、不安で、寝間着の上からペンダントをぎゅっと握る。
―――アストさんの魔石が温かくなった気がする。
そうだ。負けるな。
目の奥が熱くなる。小さく握った拳が、丸くなった体が、震える。
負けるな負けるな。
「かえして!」
「うるさい!」
頭を蹴られました。小さいから痛くはない。けど。もう怒った!
『暴力』とは『力』だけではない。『行動』と『心』の在り方全て。
「イジメ、ダメ、ぜったい!!」
普段携帯している武器も、エルンストお兄様の魔道具も、にゃんポケもありません。無手で叩くにも数が多すぎて、まともに正面から仕掛けるのは愚策。レベルが低すぎて広域魔法も使えない。考えろ考えろ。
「ごめんあそばせ!」
両手に火魔法を展開しいくつも投げつけ威嚇。ろうそく玉が当たった妖精族から「ギャッ」っと悲鳴を上げます。次を展開しようとしたら、他の妖精から水魔法をかけられました。あれ?濡れてない?と思う間もなく、別方向から突かれて地面に転がされました。
風魔法で追っ払いますが、また別の方向から押されます。多方向からくる数の暴力に反撃するも、飛び交う妖精はすばしっこくてなかなか当たらない。
魔法はイメージが大事。
やったことはなくても、右掌にミスト玉を作り、冷たい氷の渦がこすれあうように風魔法で回転させます。入道雲の中。冷たい氷晶と霰。摩擦。蓄えて蓄えて…水…通り道…
パチィ…バチバチ…
「おしおきです!」
カッ!!
雷魔法を放ち、空気中を光の矢と共に衝撃音が走る。当たった者は痺れ落ち、周囲が慄く。
駆除目的でも威嚇目的でもなく、初めて、本気で他者を傷つけるための魔法を放った。
攻撃することに馴染めない私は、ぜぇはぁと荒い息を立てて、続けて牽制するために魔力を練ります。が、初めての魔法に持ってかれたのか、体内の魔力が乱れ暴れて、激しい眩暈に襲われる。
「クソガキが!黙って従え!」
別方向から服を引っ張られ、今度は大きく布の裂ける音が響く。慌てて破れたところを抑えようとしたら、ギリギリとあちこちから髪を強く引っぱられ、今度は地味に痛い。
アハハ
ギャハハ
醜怪極まりない笑い声。
プッ…
髪が抜ける感覚があった瞬間、体の周りを緑色の光りが包み、私の髪を引っ張っていたおじさん達を弾き飛ばしました。
魔石が熱くなり、私を囲うように現れた鋭い火花が鞭のように飛び放たれ、薄緑の光の中を縦横無尽に駆け廻ります。
「これは?!」「魔族のにおい?!」「なんで!」「聞いてないぞ!」「消せ!」「コイツ!」「魔力を奪え!」「髪を奪え!」「髪を切れ!!」
「かえしてかえして!! おうちにかえしてよぉー!!」
◇
バリンという金属音と、竜巻のような爆風が巻き起こります。
「わんわんわん!」と近づいてくるケロちゃんの声がして、切り裂く悲鳴とぶつかる音が入り乱れます。
目の前がぐらぐらする。
「シャル」
懐かしい温かさが身を包みました。
「迎えに来た。」
おどおどと頭上を見ると、こちらを覗くのは金色がさした赤眼。
声が出ず、息が通りぬける。
「シャル?」
「っ…ぁ、ぁすとさぁぁぁん!」
思わず抱き着いて、ぴぃぴぃと泣いて泣いて泣いて、優しく包んでくれる腕に、頭や背中を撫でる大きい手に安堵します。
よかった。
ここは大丈夫。ここは安心できる。
一頻り泣き終えて、隣にケロちゃんが「くぅーん」と心配そうな顔。うぅ、ケロちゃんいつも御迎えありがとう。
そうやって手を伸ばして視界に入る私の腕。袖。というか服。
で、思い出す。
私 今 寝間着オンリー。
小さい淑女が 美貌紳士の前で 汚れて破れた寝間着オンリー。
「ぴゃぁぁぁーーー!!」
寝間着一丁(ボサボサの髪と泣きっ面)で美の巨人アストさんに抱きついてる羞恥ショックに、涙と共に再び眠り?の海へ旅立ちました。
→つづく。
無名の傍観者の立ち位置を考える。




