8通目1 花の妖精…
汚い言葉も態度も出てきます。ご注意ください。
力強く優しい力で抱えられて、その中は安心できる。
ゆらゆら揺れる中、昔お姉様にだっこして、あやされた微睡を思い出す。
いいこ。いいこ。ねんねこよ~?♪
最後だけ音痴な子守唄も思い出して目が覚めた。
◇◇◇
拝啓 親愛なるお姉様。
日の入りが早くなり、夜の涼しさが心地よい季節になりました。
お姉様におかれては、「秋刀魚の炭火焼…はぁ、贅沢なりぃ…」と楽しまれてることと思います。
不肖の妹は、魔族さんたち帰郷されて一年。寂しさも感じつつ、隣国でイリオスお兄様の『課題』をフィーリア様とこなし、足りなかった『補習』に悪戦苦闘してます。
あ、グルメ研究もちゃんとやってますよ!アストさんと約束したので。アシュリー家シュフズと共に『味噌』研究してます。お兄様、どこで味噌レシピ手に入れたの…
時々、一つ頭のミニチュアダックスフンドに化けたケロちゃんと、あっちの街の食市場に出かけては愛想振り撒きおまけしてもらったり、こっちの街の路地裏探検してはおばか虫さんたちをやっつけたり。容赦はしません。
街で噂の金色の小悪魔こと私、シャルロット・アシュリー。7歳の秋。
一人前の悪役令嬢風魔女っ娘を目指し、今日も今日とて頑張ります。
◇◇◇
目が覚めたら薄緑の光の中でした。
夢の中でもまた寝てるのかと、目をごしごしこすって、頬も抓ってみます。痛い。おはよう。朝だ。そしてどこだ。
右を見て、左を見て、もう一度右を見て。手を上げて渡りましょう?横断歩道じゃない。
「どこ…?」
ププッ…ゲラゲラ…
笑い声が聞こえて、目の前に薄緑の光がふわっと飛んできました。光の中には何かの影。も、もしや?
「ようせいさん?」
「そうだ。下等生物。」
パパパンと風船の爆ぜる音とともに、周囲に一斉に妖精が姿を現します。
様々な綺麗な羽がはらりはらり。共通するのは体がおじさん。
小さいおじさんて都市伝説かと思ってましたが貴方で…いや、違うな。言葉が汚い。
「フン。相変わらず愚かな生き物だな。まぁいい。魔族のにおいが薄い今の内だ。」
実はこのおじさん妖精と会うのは三度目です。
◆◇◇
初回に会ったのは、昨夏、おばけ屋敷の練習中の頃。
森へ探検に出て見つけた小さな湖。透き通った水に目を輝かせた私が出逢ったのは、なんとユニコーン。一本の長い角、流れる鬣につぶらな瞳、そして白く鋼のような筋肉の脚…!あぁ!美尻!
図鑑でしか見たことがないその美しい筋肉の個体に、生前コミコミ処女で美少女(つり目だけど)な私は安全圏とふらふら近づきました。
そしてユニコーンに襲われ、連れてかれた…というのが美少女のセオリー、運命、求められる役。なんですが…
ユニコーンはこちらを向いて『げっ!』な顔をしやがりました。
…美少女でも好みのタイプが違うってやつですよ。決して隣国入ってすぐ出くわした誘拐犯とは違います。えぇ。そうですよ。そうだよね?ね?
そう思いながら私が一歩近づくと、ユニコーンは一歩下がる。
私がもう一歩近づくと、ユニコーンは三歩下がって、逃げ出しました。
「ちょ!まてーぃ!私の『美少女悪役令嬢』像に傷がつくではないかー!」
ここで美少女判定覆されちゃったら、金色の小悪魔の名が廃る!決して決して、私が『おうまさんの筋肉ぅ…おしりぃ…うふふ』と欲望垂れ流したからではありません!本音だけど。
追い掛けて森の霧に撒かれて出来上がったのは、迷子になった私がポツン。
「霧で方向が分からない…霧がなくても方向が分からない…」
『自業自得』という言葉は知ってますよ?一応。森の真ん中で「ふおぉ」と嘆きましたが、今日はシエラのツッコミがありません。
仕方無い。視界の開けた場所からケロちゃんを呼べば見つけてくれるはずと、ひとまず歩きだしました。
熊出るかなぁ…あ、歌うと熊避けになると聞いたし、某クマさんの歌を…ちょっとパンチが足りない、某北の大地の樵の歌を…むしろ祭で…
熊どころかもっと強い魔族と毎日ワッショイワショイ遊んでいるのも忘れて、音痴な歌を口ずさみ歩くこと十数分、ふわっと霧が消えました。
視界が開けた先には、樹齢何千年?の先っぽが見えない程の大樹。
「ほわぁ~!」
獣の姫様も隣のトロールも出てきそうな幹回りに、迷子の不安よりも感激の勝利。
「大樹だぁ…すごい…あ、洞がある。入れるかな?」
波打つような幹と立派なこぶしがある根の間に、大きめの穴があります。中を覗くと空間が広がっていて、絵本に出てきそうな天然の隠れ家。
こんなに大きな木なら目印に最適、ケロちゃんも見つけてくれるはず。さて呼ぼう!と後ろを振り返ると、ポツンポツンと水音が。続いてザァーっと雨が。
「…本降りですがな。」
人生すごろく。迷子で徘徊一回休み。土砂降りで休憩一回休み。…ゴールは遠い。
◇
「大樹様、ちょっとお休みさせてください。」
生前のご神木を拝むように、パンパンと柏を打ち、拝をしてから、「おじゃましまーす。」と洞の中へ入ります。
そこには大人が余裕で立ってよじ登れるくらいの大きな空間が広がってて、頭上の高い所には窓みたいに穴がいくつか。そこからチチチと鳴き声がしてて、鳥たちも雨宿りしている。
とりあえず、少し湿った服は風魔法(微弱)で乾かします。木の中だから火魔法は厳禁。
濡れていない地面に座って、ぽやーっと葉や木に流れる雨音を聴く。
シトシト
ピチャン
シト…
不思議なことに少し温かい洞の中で、だんだんと眠くなってきた時、それはやってきました。
「人族がこんなところで何をしている!」
へ?っと思い視線を向けると、綺麗な羽を生やした身長10cmくらいの小さいおじさんが、洞の入口に立ってます。妖精族?
「えと、ごめんなさい?迷子で雨宿りさせてもらってます。」
「濃い魔族のにおいがするな…チッ。」
「はい?」
「大樹様が入れて下さったのなら仕方ない。雨が上がったらさっさと帰れ!」
なんだか機嫌悪そうな雰囲気。こんなに立派な木だから、神聖な場所だったのかもしれません。雨が止むまで洞の隅っこで静かにします。
「…。」
「…。」
「オイ。」
「…はい?」
ムッスリと怒ったままの小さいおじさん妖精(推定)は、何故かずいっと手を出しています。
「供物を出せ。」
「…はい?」
なんか要求されました。
◇
「全く気の利かない人族だ。これだから下等生物は…まるでウチの上司みたいだな。フン!たかがドクダミ妖精がつけあがりおって。後から入社してきたくせに…云々」
「部下だからと甘い顔しておったら、『時代が違いますよ』だの『規則は守りましょう』だの偉そうに。ワシの若い頃はもっと…云々」
「嫁も娘も、最近『ジジ臭い』『一緒に外出したくない』などと生意気な…誰のおかげで…云々」
「はぁ…」
ポケットに入っていた飴を差し出すと、口に入れてバリンボリンと噛み砕き始めるおじさん。どうやら花の妖精らしいです。
会社やら上司やら部下やら家庭やら反抗期?娘の愚痴パレードに、生前の『終わらない上司の絡み酒』なるものを思い出しました。管を巻くと長いですよね。
「だいたいワシのどこが汚いだ。ダサいだ。カッコイイではないか。」
「それはないです。」
あ。しまった。
案の定、ギン!と睨みつけてくる花のおじさん妖精。でもでも…
「その、いつ洗濯されました?その服…」
ダメージ加工でない解れて穴だらけのズボンと、色んなシミだらけのヨレヨレな服。そして漂う酸っぱ臭いすえたにおい。
妖精の羽は綺麗なのに、手入れされてないボサボサバーコードヘアに、樽のようなビール腹、段になった首まわり、乱雑な無精ひげ、顔には吹き出物もある、花の妖精族…
あぁ、でも妖精族の美的価値観は人族と違うかもしれません。
「あの、具体的にどういうところを指摘されます?」
「バーコードヘアが嫌、パンイチで歩くな、ビール腹を凹ませろ」
「それは何とかなりますよね?バーコードは剃ってしまいなさい。坊主頭上等。」
「加齢臭がきつい、口臭も始まった、足も臭う、そりゃ水虫だ。」
「入浴時に耳の裏を念入りに洗って、歯磨きもちゃんとして、ミントの葉を噛むといいですよ。水虫は…きちんと洗ってよく乾かして清潔にしてください。」
「毎日身嗜みを整えろ。服装の乱れは心の乱れ。一カ月同じ服で何が悪い。」
「…それは臭うからですよ…あの、話を聞いて変える努力はしました?」
「なんでそんなことをしにゃならん。周りが黙ればいい。」
どうやら身嗜みの心得は人族と共通しているようです。
金銭的苦境や働き者すぎる多忙事情ならわかるのですが、自分本位のズボラ性質では他から苦言が出るのも仕方ないと。
「清潔さは基本の『き』ですよ?親子でなくても仕事と関係なくても、コミュニケーションマナーの基本の『き』」
「そんなのは人族の…」
「種族関係ないです。人族も魔族だって、外見変われば世界が変わります。ウチの父なんて…」
手前味噌ですが、お父様は(性格はSでも)スタイリッシュカッコよく、(趣味がドSでも)その洗練さは一流です。
どこから挑戦者が現れても、背後から横から上から下から、見切り、躱し、振り向き様に一撃。鼻血の一滴すら身に纏わせず瞬殺。得物についたなんやかんやを片した後も身嗜みは乱さない。
真のダンディズムとは、暴れてもエレガンスは失わない。その高潔さ。萌え!
ついでに生前のワイルドオヤジやシルバーグレー等カッコイイオヤジスタイル像と、お兄様の颯爽とした所作の美しさを語り、アストさんが光る薔薇を作る仕草の鮮やかさの反撃マシンガントークが続き…
いつの間にか眠ってました。
◇
気が付いたらケロちゃんが御迎えに来てくれて、眠気眼で足取り覚束無い私を風魔法で浮かせて、その間にまた寝落ちして。
古城に戻ってにっこり笑顔のイリオスお兄様にこってり叱られ、光る薔薇の紛失に気づいてアストさんに平謝りし、探してくれたシエラに「晒し涎顔の刑なお嬢様もかわいい!」と笑われ、ケロちゃんも「わん」と同意されました。
城内歩き回った後でのシエラの追撃ツッコミに、萎えた心が陥没する。
落ち込む私にアストさんは新しい光る薔薇をくれました。ありがとう。
→つづく。
描いてみて 己の様を 振り返る。




