8通目0 イリオスお兄様とセバスさん
8通目全体を通して『暴力』表現があります。全体的にもやっとします。ご注意ください。
秋風の中に寒さが乗りだした夜、特別な商談を行うべく、今回の魔石販売先を招いた。
「いやはや、実に素晴らしい。小粒ながら一級の魔石ですね。アシュリー侯爵家とは今後とも末永くお取引願いたいものです。」
「残念ながら、こちらの魔石はそうは出ないね。僅かしか入手できないんだ。わかるだろう?」
「勿論。出元はお聞きしませんとも。しかし、このような高品質の魔石を入手したとなると、かなりの腕前の者を抱えていると推測されますが?」
「まぁ、ケルベロスを手懐ける程度には、ね。」
「な、なんと?!…流石アシュリー侯爵家。真の一流を持つ者。羨ましい限りです。」
「一流ねェ…」
ふと、ケルベロスに子守りされてる小さい妹のにょほーとした阿呆面を思い出した。
◇◇◇
「今回の販売報告書と明細を添えて。あとアスト宛てに小ネタでも送るか。」
昨年の夏、古城に滞在した魔王である友人へ、手紙を綴る。
魔王ことアスト、山羊執事のセバス他、城にやってきた魔族御一行様は、開催費食費諸々の経費を捻出するため大量の魔石を作った。私がそれを買取り、等級ごと分類し、時期を見てアシュリー侯爵家の名で販売、実績報告と明細を送るという流れで今に至る。
ひきこもりストレスやごはんに釣られた魔族たちが、高品質な魔石をざっくざっくと作る姿を見た時、これを妹に任せたら、魔石価格の暴落どころか出元の調査で国をまたぐ混乱が起き、魔石狙いでシャル暗殺ホイホイになる未来しかなかった。目の付け所はいいけど、如何せんそこここで詰めが甘い。
人族に興味のあるアストたちを『楽しませることができる』と呼んだものの、予想以上に魔族とフレンドリーになっていた。
報告書と手紙をまとめて、セバス宛てのボックスに入れ蓋を閉め、コンと軽く叩く。彼のお手製で、入れると魔族界の彼の机に届く魔道具。何それおもしろいと構造を聞いたら、異空間次元魔法を使うようで、アイデア元がシャルだった。一周廻って戻ってきた気分だ。
手紙を送って一息入れようと席を立った時、トントンと執務室の扉がノックされた。おや?
「セバスです。」
山羊執事がやってきた。
◇
「こんなに早く来るのは珍しい。今回の魔石販売で何かそちらに問題でも?」
セバスを部屋に通し、応接用の席へと案内する。彼が座ったところで早速話を切り出した。トラブルであれば、スピードとの勝負だ。後になると面倒になる。さっさと片付けるに限る。
「いえ、魔石に関しては問題ありません。別件でして。こちらからの依頼と小耳に挟んだ話があります。シャルロットお嬢様のことで。」
「シャルが?ケルベロスから何か連絡が?森で昼寝してたのを回収してきたくらいしか来てないが…あぁ、関係あるのかぁ…」
セバスからシャルのことについて言及があるのは珍しい。あの子は阿呆で間抜けでセバスを困らせることはあったが、怒らせたりトラブル化することは一度もなかった。
「えぇ、順を追ってお話しましょう。まずこちらからの依頼ですがいつも通りです。ある人族地域の漬物でアスト様が食べたいと。こちらが漬物のレシピの写しで、そちらの母国語に訳してあります。
アシュリー侯爵家のシェフが漬物研究していると聞き及んでます。是非こちらもご協力いただければと。それを餌に仕事に励んでもらいます。」
レシピの写しを見て、本国からの資料と照らし合わせる。どれどれ…ふむ。いくつか不確かな材料もあるが、これがどういったものかわかれば再現は可能だ。先日セバスから来たレシピの『味噌』研究も進んでいるようで、次は『醤油』もやりたいと報告もきていた。
「これらがわかれば、時間はかかるが可能だろう。『味噌』研究も進めさせてるよ。」
「それはありがたいです。材料の資料と、あと『味噌』や『醤油』もこちらに追加資料を用意しましたので、お使いください。」
「対価は漬物の出来、といったところかな?精進させよう。」
「これらも含めグルメレシピ情報は、ただの礼と思ってください。二次活用は良きように。といっても、こちらは出来上がった食べ物を欲しがりますから、礼になってませんね。
昨夏の滞在も予定以上に多くの者が来て、日数も伸びました。イリオス殿達アシュリー家の皆様に大変お世話になりました。」
実は当初7名程度のはずが、終わり頃には50名近く膨らんだ。(合体したスライム含む)
大きいスライムの上で昼寝するシャルの姿を見たときは、いつの間に従魔法を使ったんだ?と思ったが、そもそも従魔法を覚えてなかった。謎だ。
「遊びに来るのは構わないよ。シャルも喜ぶし。」
「そうですか。そのシャルロットお嬢様について―――彼女の特異性はどこまで把握されますか?」
◇
シャルロットの特異性。
それはいくつも思い当たる件があった。
例えば、全属性魔法。通常は四大属性の主系統一つだけ。別系統ができれば拍手。3つ以上なら国からお抱え魔術師の打診がくる。習得レベルは低いものの、逆に弱小魔法なら全て発現できる。それこそがシャルが一族に消されない理由でもあり、それ故王家に目をつけられた。
「なるほど。ベスが魅了魔法を無意識に使ってる人を初めて見たと言ってまして。しかもあれだけ使ってて、レベルが上がらないやつも初めて見たと。褒めてるのか貶しているのか…」
「っ…魅了魔法は魔族側から見ても、威力のあるもので?」
「そうですねぇ…挨拶した時大抵の人なら嫌がらずに返してくれる程度でしょうか。レベルで表すなら1です。ずーっと。」
魅了魔法という単語に一瞬冷や汗が出た。魅了魔法は傾国や騒乱の原因となる。そのため、発覚した場合、拘束のうえ軟禁か魔封じが通常だ。今回はレベル1と低く、しかも全く上がっていないので、発現と経過報告のみで済むだろう。でも、そうすると…
「例の第二王子殿の件は照れ隠しでしょうね。場合によっては追いかけて来るかも?」
「…愚か者にはあげませんよ。」
脳内に浮かんだ生意気なクソガキの顔をぐしゃっと潰しておいた。
「魅了の件も関わりまして、精霊界と接触があったようです。ケルベロスから大樹と違うにおいがすると話がありました。今回で二度目、こちらの時間軸ですと…一昨日森で昼寝した時です。」
精霊界が?…寝言で妖精云々呟いてたからそれか。夢じゃなかったと。
『気に入ると連れて行く』という好みに実直な一方、警戒心の強い精霊族が人間に接触をすることは、珍しいことだがなくはない。しかし二度目となると…
「前回は昨夏の頃。間隔はだいぶ開いてるが…念の為、妖精界へ連れ去りを危惧した方がいいか…厄介だな。」
「アスト様のペンダントがあるので、最終手段はケルベロスが冥界・魔族界から辿れます。しかし、魅了魔法1で妖精まで接触するとは。不思議なものです。
あぁ、不思議なことと言えば、お嬢様がオックスの名刺を読んで理解してたことですね。」
「…魔族の言葉を聞き取れず話せない子が、習ってない文字を理解するとは、最早意味不明だよ。どういうことかお聞きしても?」
「えぇ、実は『味噌』も絡んできまして…こちらの情報がお嬢様からだということはご存知で?」
そう。『味噌』も『醤油』もシャルが「きゅうりはもろみ味噌もいいよね」や「半熟卵の出汁醤油漬け…涎出るぅ」と呟いたのをアストが拾い、セバスを通して『とある人族の調味料』と判明、魔族側でレシピを集めてきて、こちらに「作って!」と投げてきたのが最初であった。
「あのレシピ、実は『異界』の人族のものなのです。オックスの『黒家』もそこの文字です。」
「はい?」
あの妹は、いったいどこからそんな情報を貰ってきたんだ?
◇
「こちらの人族界が魔族界、精霊界等と隣接しているのはご存知ですよね?」
「えぇ。土地として続いてる訳ではなく、別空間として出入り口があちこちにあり、繋がってると聞いてる。アストの場合、影があればどこでも行けると。」
「左様です。魔族界を中心に位置すると、実はこちらの人族界と、別次元の人族界に挟まれてると思ってください。『味噌』や『漢字』は、この別次元の人族界のものです。」
なんてこった。魔族から異界のグルメ情報や実物をシャルが手に入れたのか?だが、魔族のコック長も漬物作りは初めてのようで、シャルが指示を出すのをアシュリー家シェフが見ている。どういうことだ?
ついでにそこで疑問が浮かぶ。
漬物研究をしなくても現物があるのなら、アストはそちらに行って食べ放題でもよかったはずだ。
「話の途中で申し訳ない。シャルの情報元は本人に聞くとして、一つ疑問だが、別次元の人族界…仮に異世界の人の国としよう。そこに実物があるのなら、そちらで漬物等を用意させればよいのでは?」
「残念ながら、異世界の人の国では魔法・魔素が存在せず、人化の前に実体化が必要になります。更にコントロールもこちらに比べて圧倒的に難しい。体内魔力だけでは人化維持で精一杯です。
また国の仕組みが細かく身分証明や監視映像等、行動の制限が多くて長期滞在ができません。レシピ本や情報を持ち帰る程度ならできますが。」
話を聞くところ、基本、魔族は存在しても見えず、触れない。逆も然り。
そのため実体化と人化したものの、その世界は生まれてから死ぬまで情報が密に管理されていて、異となるモノに敏感のようだ。滞在中も所々で魔族界に帰らないと魔力枯渇に陥る燃費の悪い世界らしい。途中で人化が解けた魔族が、異となるモノと判じられ、『怪奇現象』と騒がれて慌てて魔族界に帰ってきたとか。
そんな世界の情報をどこで…
と考えていたところで、執務室に扉をノックする音が響いた。
「だれだ?」
「シエラです。シャルロットお嬢様が消えました。」
セバスと顔を見合わせる。
お騒がせな小さい妹は今日も大人しくできないようだ。




