7通目別紙2 お月見泥棒!
番外編小話。おばけ屋敷後にアストさんが帰る帰る詐欺やってる頃の一幕。
満月の夜は気をつけなさい。
魅入られてしまうから。
◆◆◆
「お月見会をしましょう。」
最後のお化け屋敷を納めて晩夏が過ぎた頃。もうすぐ帰る帰る詐欺を魔族界に宛てて送ったが、滞在している魔族たちも帰る気配もなく、大広間で思いつきを提案してきた少女に注目する。
「シャル、オツキミカイとはなんだ?」
「本来は満月を楽しむ会ですが、個人的には月を愛でながらお酒やお団子を楽しむ会です。私はお酒の代わりにジュースです。」
「酒と団子は楽しみたいが、残念ながら満月を苦手とする奴もいるのだ…」
力が削られるという訳ではない。逆に満月で力が滾ったヤツがお忍び散策中に興奮から遠吠えして、釣られ遠吠えも起きて「狼が襲撃してきた!」と騒ぎになり、その巻き添えで月光で姿が見つかり更に騒がれたという他の連中の傷心理由が多い。どうしようもないな。
満月になる度「過去の傷が!心の傷が疼く!」と嘆くので、実にうっとおしい。
「そっかぁ…では、城内でお月見泥棒は?人族スタッフ巻き込んで、お饅頭作ったり揚げ芋作ったり。私も聞いただけでやったことはないけど…亜種でもいいかな?」
美味しい話に広間内の全魔族が振り向き、セバスとシエラは既にイリオスや人族スタッフを呼んでいた。仕事が早い。
シャルの話を聞いてみると、泥棒する側は月の使者役で、各家を廻って御供え物を頂戴し、される側の豊穣や縁起を担ぐらしい。今回の場合、魔族が月の使者役、人族が御供え物を提供する家役になる。お化け屋敷の脅かす側と脅かされる側が逆転したパターンだ。
シャルが話してる間に広間に人族スタッフも集まり、打ち合わせも始まり、Wシェフズは料理案まで立てている。仕事が早い。
隣にいるシャルが「食費と…時間と…足りるかな?」とぶつぶつ言いながら、広間の隅にいるイリオスへ不安気に目を向けている。イリオスは面白そうな目をしてにっこり笑い頷いた。プレゼン無しでゴーサインが出たようだ。
「えーと、それでは。シャル式でいきます。お月見泥棒やる人この指とーまれ!」
魔族が殺到した。
反射的にシャルを抱えてシャンデリアの上へ跳ぶ。
シャルよ、腕の中で「し、至近距離の威力…はぐぅ」とゆでだこになるのはいいが、もう少し考えて行動することも必要だと思う。
◇◆◇
「では~お月見泥棒を始めまーす。魔族の皆様、班ごとに集まってくださーい。」
人族スタッフの行動は非常に早く、二日も経たずに準備を整えた。
魔族は数が多いため、何頭かをグループにして移動する。城の玄関から入って、御供え物のある人族部屋をまわり、裏の薔薇園でゴールだ。途中の食べ歩きは禁止。さっさとゴールするか、リタイアして途中休憩室に行くか、イベント開催時間終了してから解禁になる。
人族部屋では各種ゲームをやるらしい。皆、御供え物をもらう籠を持ってわくわくしている。
「セバスは参加しないのか?」
「えぇ、ある部屋で待機です。ヤンチャ者を厨房に放り込みますので。」
コック長も参加せず、人族スタッフとともに御供え物係に名乗りを上げたそうだ。御供え物レシピ会議に参加させてもらって満足らしい。
「それではスタートします!第一班から移動を開始してください。」
城内パトロールついでに、ケルベロスと廻ることにした。
◆
一つ目の部屋は大広間で、ノリノリの人族スタッフ声と雄叫びが聞こえる。
「御供え物を食べたいかーーー?!!」
ウォオオーー!!!
「早押しです。問題。テレン♪ パンはパンでも食べられないパンは?」
人族なぞなぞクイズだった。
いくつかのテーブルが並び、解答者となるグループ代表者が一体づつ座っている。ここで圧倒的不利なのは、人語が苦手なスライムチームである。答えるにもしゃべれない。
と思いきや、ペコーと音付ボタンを押したのはスライム。
体をくねくね変形させ……あれは、フライパンの形?
「正解~スライムさん御供え物ゲットでーす」
1抜けだった。
◆
二つ目の部屋はコック長とWシェフズ一同が迎え撃つ厨房だった。
「以上がルールです。よろしいですか?それでは、代表者はナイフをお持ちください。サトイモ10個皮むきと玉ねぎ3個みじん切り。よーい、スタート!」
どうやら手を使うクエストらしい。体の大きな者はサトイモのつるつるさに転がされ、人化して頑張る者も玉ねぎの涙にやられていた。
「りんごを潰さず、できるだけ繋がるように皮を剥きましょう。」
「栗のしりを落として、鬼皮を手で剥いてから渋皮を取ります。はい、頑張りましょう。」
「かぼちゃのヘタを取って、二つに割って…裏ごして…」
人族の道具を実際用いて、正しい使い方や力加減を覚えさせる訓練に持ってこいのようだ。
「そこ、人にナイフを向けると減点です!喧嘩になります!サトイモ一個追加!」
常識も学んでいた。「サトイモかゆい~~」と悶える声もたくさん聞こえた。
◆
三つ目の部屋は衣装の多い広めの部屋だった。迎えたのは、イリオスの婚約者フィーリアとメイドスタッフ達、あとベスと付き添いらしき紳士。
「ベスは参加しないのか?」
「こっちの方がタメになるもので。スカルも手伝ってくれてます。」
どこにスカルが?と思ってよく見たら紳士がスカルだった。しかも肌がある。
「骨に肉がついてるが、これは… む?スライムか?」
「はい。スライムの粘液と土を混ぜまして、骨格に沿って着けました。弾力と温かみがあって、私もバレずにお忍びに出られましたよ。」
元ネタはシャルで「粘土彫刻だったかな?そんな話を聞いたことがある」といういつも通りぼんやりした内容から発展させたらしい。
髪はまだズラですがと笑うスカルは、表情がわかりやすい分、骨の時よりも明るい。整えたのはベスだからか、明るい理由はお忍び成功だけではないだろう。仲がいい。
「はい、それでは三問目。人族ファッションチェック編!」
パンパンとフィーリアが手を叩き、ゲームが始まる。メイドたちの手を借りながら、スカルをモデルに、テーマに沿って人族の服装を選ぶようだ。
「服装はTPOで使い分けます。言葉もそうです。その練習だと思ってください。」
「そこ!それでは追剥です!警邏隊が来てしまいます!」
「ざんねーん!旅人風と吟遊詩人風。どこが違うか考えてみましょう。」
「それでは抜け駆けでお忍びごはんに行ってもバレてしまいますよ!」
なかなか実利のある遊びだ。酒場の言葉遊び等小ネタも勉強になった。
◆
四つ目の部屋は、部屋ではなく外だった。砦の訓練場に案内されると、そこにいるのはシエラとセバスだった。
「二人がここの問題提案者か?何をやるんだ?」
「はい。しっぽ取りゲームです!スカートやズボンについているしっぽを取った方が勝ちというゲームですよぉ。白しっぽ三個または黒しっぽ一個で次に進みます。」
そう言ってシエラが後姿で見せてくれたのは、うさぎ風の小さく丸こいしっぽ。
セバスとイリオスも参加するらしく、二人は黒いしっぽだった。成程、これは盗るのはなかなか難しい。
「それでは第一回戦、白5黒3、始めます。時間は五分。スタート!」
ピーという笛の音とともに、訓練場は雄叫びや怒声や剣戟御や爆音が入り混じる総合格闘技場になった。
「どぁぁ!!」
「セイヤッ!!」
「どすこーい!もういっちょ!」
「素晴らしい太刀筋ですね!いや楽しい!」
「お嬢様風に言うと、ごめんあそばせですわぁ~」
「ほらほら、どうしたんだい?その魔法では届かないなぁ。」
「おや、ヤりに来ましたか。よろしい。どれ、少し厨房にでも行ってきなさい。」
人族数名が余裕でぶちのめしてるんだが…人族との組手など普段できないし、良い経験だろう。ただ、しっぽを取るゲームとは…まぁ、いいか。
途中から揺れるしっぽにつられたのか、皆が仲良く取っ組み合いをしてるのにつられたのか、ケルベロスも参戦したまま帰ってこない。まぁ、いいか。
◆
さて、最後の部屋は…と行きついた先は、秋薔薇が咲く薔薇園だった。刈込みの道を歩いて行くと、いつぞやのガゼポがあり、猫耳ケープを着たシャルが座っている。
「あれ?一番乗りはアストさんですか?」
「そのようだな。」
一つ目の部屋から順に貰った御供え物の入った籠をテーブルに置く。
「先附のピクルスと豆サラダ、最旬キノコ山の真ん丸ピザ・はちみつ付、サツマイモ・サトイモ・ジャガイモの芋比べ揚げ団子、ピリ辛ひき肉とかぼちゃのくるくるスティック、手羽元と栗の洋酒煮パイポットスープ、あ、おまけに秋刀魚と秋鮭のオーブン焼きまでゲットしてる。黒しっぽ取ったんですね。」
「あぁ。残念ながらイリオスとセバスは相手がいて手合せできなかったが。」
「…しっぽを取るゲームのはずなのに…」
「念の為、防護結界魔法を張っておいた。セバスもいるし、城や森が焼けることはない。」
「…私の知ってるゲームに比べて、だいぶばいおれんす…」
若干遠い目をしていたシャルだが、コホンと咳払いをする。次の問題らしい。
「はい、最終問題です。満月を捕まえて、ここまで持ってきてください。」
霧の晴れたガゼポ上空にある月を指さし、「月を壊して持ってくるとかナシですよ」と言う。
ふむ。
「テーブルの上でいいか?」
「大丈夫です。籠を一度除けますね。」
シャルが片づけている間に、左手で上空に次元結界魔法を展開する。中で黒泥を元に土魔法で口の広いのボウルを作り、乾燥と焼きを入れる。ガラス質の方がわかりいいなと思い、収納魔法から以前手に入れた鉄や灰等が混ざった薬を取り出してかけ、焼き上げた。くるくる回しながら冷却させ艶を確認し、結界を解いてテーブルの中央に置いた。
黒いボウルに水魔法で多めの水を張り、右手で水面を鎮める。
「シャル、これでどうだ?」
右手を退かせば、水の上には満月。月光を浴びて器内がキラキラ淡く光る。
左手の上でくるくる廻りながら器ができるのを、籠を持ったままあんぐりと口を開け、呆けて見てたシャルが、小さな体を乗り出してテーブルの器の中を覗く。
「ほわぁ…銀藍色の小さな星が点々…オープンザプライス的な…」
ちょっと遠くて見えにくいか?水面に次元空間魔法をかけ、乗りあがりかけてたシャルを椅子に座らせ、その前に器を差し出す。
「空間を切ってみた。移動させても月は映る。座って見てろ。」
「なんと…満月どころか夜空まるごととは…ライバルが強すぎる…」
へにょんと「この世界の悪役ポジションはドラマチック力も求められてるのか…」とぶつぶつ呟くと、がばりと起き上がり「負けません!」と意気込んでいる。何の勝負だろうか。
◆
「えぇと、正解です。最後の一品はデザートです。」
気を取り直してシャルが出してきたのは銀のドームカバーが載った皿。
「じゃーん!Wシェフズ力作・りんごの薔薇タルトです! どうです?綺麗で…しょ…?」
「…シャル?」
「……。」
そう言って蓋を開け出てきたのは、カラメル色の薔薇?の形?のりんご?が入ったタルト??だった。
意気揚々と蓋を取ったシャルが中を見て固まる。
「まちがえた!」
あわあわと椅子から立って走って厨房へ行こうとガゼポの段差でこけたので、生垣に突っ込む前にケーキ皿ごと回収する。
「どうした?これは違うのか?」
「うぅぅ~ …これぇ、私のしっぱいさくぅ…」
シャルの手作りだったらしい。恥ずかしさなのか、真っ赤になって顔を両手で覆い、脱力している。
自分の手にある皿に載ってるのは、カラメルの隅が焦げてて、花の形はひしゃげてる歪なタルト。
おや?これは…
「つい、出来心で…私でもできるかなって…できたというか…花の魔物を生んだというか…取り替えますので、少しお待ちください…」
「では、いただこうか。」
じたばたするシャルを抱えてテーブルに戻り、そのまま椅子に腰を下ろす。
ぱくりと口に含んだ甘味は、焦げたカラメルの苦さと、焼きすぎたタルト生地のパサつきと、りんごを整える時に付いた少女の優しい魔力が含まれていた。
気合いを入れてやったのだろう。間違えて魔力を入れてる気もするが。どうも悪戦苦闘したようで、口に残った魔力の残滓が、懸命に動かす小さな手を覚えていた。
” 美味しくなぁれ 美味しくなぁれ ”
―――良い魔力だ。
「美味かった。」
ぺろりと親指についたカラメルを舐めると、抱えて座っていたシャルは、いつも通りゆでだこになって、「美貌の無駄づかいぃぃ」と顔を両手で覆って呻いた。
◆◆◆
結局、イリオス回を突破できた者が殆どおらず、シャルの元まで来たのはわずか5体だけだった。
内1体はスライムで、満月問題は自分が真ん丸になって月を映してクリア。シャルは月見饅頭化したスライムを愛でながら、りんごタルトを食べさせていた。
「ケロちゃんとデュラハンさんはわかるけど、ヴァンパイアさん突破できたんですねぇ…」
「白しっぽ3だ。セバスさんには勝てない…ってゆーか名前覚えて!」
残念ながら約1名だけは最終問題を突破できず、りんごタルトを食べるケルベロスを羨ましそうに眺めていた。
満月の下、和気藹々とした声が薔薇園に流れる。
一部御供え物を得られず空腹気味の魔族も、人族スタッフのお裾分けに喜び、お礼を言いながら笑いあってる。満月を見ても騒がない、満足そうな顔だ。過去の傷も消えただろう。…イリオスとセバスに伸されたやつもいるが。
「ケロちゃんも楽しかった?」
「わん!」
「またみんなでやりたいね!」
「わんわん!」
涼やかな秋風に乗り、隣で聞こえる声が心地よい。
ボウルの月も笑った気がする。
お月見〇棒風習(注:風習の経験なし)←おい
油滴〇目風茶碗(注:陶芸の経験なし)←おい
和製ハロウィーンから魔族が子供ポジの場合と考えたらこうなったというフィクションです。
実際のお月見泥棒は地域によって風習が異なるそうです。
シャル式は…生温かく笑って許してください。




