7通目別紙1 にゃんポケー
番外編小話。おばけ屋敷準備期間中の一幕。
いつもどおり厨房で漬物と熱い緑茶を貰おうとしたときそれはあった。
「……。」
「あぁ、それは桃という果物です。お嬢様の今日のおやつですよ。」
「甘いにおいがする。」
「吸い付きたくなる程美味しいですから。」
入荷したてのシャルも大好きだという果物を眺めていたら、お化け屋敷準備中の魔族たちが、大広間で騒いでいると連絡が入った。
「今度は喧嘩か?最近大人しかったのに」
「いえ、相当悩む問題で知恵を出し合ってるそうです。」
様子を見るために厨房を離れ大広間へ向かう。
果物のことは頭からすっかり消え去っていた。
◆◆◆
「シャルが面白いので何かしようと思う。」
「オルクはいつもちょっかい出してるじゃない。」
「ちがう。人族文化にある、『おれい』ってやつだ。」
大広間でそのアイデアを持ってきたのは、いつもシャルと喧嘩?で一方的に言葉で負かされてるヴァンパイアだった。
普段、「いつまでたってもヴァンパイアって種族名で呼ばれて、自分の名前を憶えてもらえない!」と嘆く彼に、サキュッパスは「私はぁ~ハジメマシテでぇ~呼んでもらったしぃ~?」と自慢し喧嘩になる。
語り部役を取られたことに花形への果てなき憧れを抱いてるらしく、「ヴァンパイアは主人公にも選ばれる題材なのに!」と、眷属のシャドウと蝙蝠軍の活躍に一層劣等感を膨らませていた。
しかし、なんやかんやで彼もシャルのことが気に入ってる一人であり、ここに滞在している多くの魔族も同じである。
「どういったモノならシャルが喜ばれますか?自分は騎士の出なので、如何せん乙女趣味に疎く…」
スケルトンのスカルの言葉にデュラハンも頷く。スカルとベスはおばけ屋敷の開催を通して仲良くなっていることに、オルク(ヴァンパイア)はまた嫉妬していた。
「物語なのにぃ~?」「こんな美しい方とお話できるのは光栄ですよ。自分見た目骸骨ですから」「え~いい骨格じゃない。特に頭蓋骨の後頭部のカーブ。」「いやはや…」
そんな会話をデュラハンもスライムも微笑ましそうに体を揺らしていた。
「女性の趣味ならベスの方が詳しいのではないか?」
「いや、こいつハレンチでアバズレだか…ゴフゥ」
「私はオトナのオンナだから、お嬢ちゃんの好みとは違うんですぅー。例のセクシーランジェリーセレクトには協力できるけど。」
ベスが殴るかと思ったらスカルが殴っていた。ついでにデュラハンも脛を蹴っていた。仲いいな。
「従魔の素質があるのでペットに何か。スライムでしたら癒しになりますかな?」
「立候補が多すぎる。シャルにもれなく着いてくる『侯爵家の食事』だけでも熾烈な争いになるぞ。やめとけ。」
「えーいいじゃん。スライム。シャルもぽよぽよかわいいって、水クッション役の上でぴょんぴょんしてたわよ?」
「私は『くらげスライムごっこ』も好ましかった…」
ゴーレムの手首部隊が一列に並んでサムズアップをかましてくる。
スライムに白レースのリボンを持たせて、自分の風魔法練習にふわふわ飛ばそうとしていた。飛ばなくて落ちたスライムに「ごめん~!いたかった?」と謝るまでが通常。
それでも少しは上達したのか、次第にふよふよと空中を浮かぶ『くらげスライムごっご』に城内の人族が「癒し~」と言っていた。
ピアノの無人演奏を覚えたミミックの音に合わせて、あっちへふよふよこっちへふよふよ。「とんでっちゃう!」と慌ててつられて動くシャル。癒し。
だが、スライムは種類も数も多い。一匹となると共食いが始まる。却下。
◆
「ミミックのオルゴール箱や仕掛け時計も気に入ってたじゃない。あれは?」
「後者はどう考えてもイタズラ小僧向きだろ。時計から小鳥がポッポーと出てくるのはいいが、そのまま頭突きされてたぞ。しかも鳥は飛んで行った。」
「魔族の鳥だと炎も出るからな…しかし、ミミック殿、何故生きたまま入れたのだ?」
『ギチギチッ・ガリガリ…』
「鳴き声を聴かせたかったんですかぁ…ハーピィの眷属ですからね。わかります、素敵な声ですからねぇ」
お化け屋敷のギミック系は全てミミックが担当した。時計の逆さ廻りにはじまり、オルゴールの仕掛けや扉の開閉タイミングまで。特にピアノは人族スタッフから楽譜帳を貰うと喜んで練習している。
「難しいですねェ…サイクロプスはなにか思い浮かぶものが?」
「いえ…ただ、人族の贈答にはいくつかルールがあると聞きました。セバスさんが仰ってたので確かでしょう。」
「あぁ、『女性にあげてはいけないもの』や『受け取った額の半分返す』か。色々あるみたいだ。人族とは複雑だな。」
最初はオルク(ヴァンパイア)、ベス、スカル、デュラハンで始まったが、次第に参加する数が増えていった魔族会議。円陣になって大の魔族が「むーん?」と腕を組んで悩んでいる。
小さな人族の少女にあげるモノひとつが、魔族をこんなに困らせるとは。
◆
「ケロちゃんは何か知ってる?」
と、ケルベロスに問いかけるベス。
「ケルベロスはペットポジ…いたたたたた!!」
と、ケルベロスに噛みつかれるオルク(ヴァンパイア)。
ケルベロスは本人、いや本犬?は、ペットではなく護衛と子守りを担当している。
だいたいシャルに付いてて、迷ったりどこかに行っても、私かケルベロスのどちらかが見つけられる。
先日もシャルが森に冒険だと入った時、夕食近くなっても戻ってこず、シエラが探しにいこうとしたためケルベロスを呼んだ。
すると、「よーせーさん…」ともにょもにょ寝言をつぶやくシャルを、風魔法でふよふよ浮かせて連れ帰ってきた。
どうやら奥まで行って靄で迷子になって、大きな木の洞で昼寝してしまったようだ。ふむ?
現実に戻ってきて、慌てて自分の身形をパタパタしてると、「ごめんなさい…光る薔薇を一本なくしました…」と半べそで自己申告してきた。もう一本作って渡した。喜んだ。
そんな護衛犬子守り犬のケルベロスが、「わんわんわん」と意見を出す。
「ほう?『ニャンコ型ロボッ』?と『〇ジゲンポケー』? それがほしいと?」
「『ニャンコ型』ってコトバは、何かの形?動物のことかしら?」
「人族勉強会であった人族が持つ『ぬいぐるみ』というものをイメージしては?」
「知ってる~ 特に女の子が持ってたり部屋に置いてるやつよね。」
「私も見たことある。ふわふわのやつだろう?よくぎゅーっと抱っこしてる。」
「ケルベロスにするような?」
「ケルベロスにするような。」
ケルベロスが嫉妬して威嚇し始めた。少し方向を変えねば。
「『〇ジゲンポケー』というのも欲しいようだ。知ってるか?」
「ううーん?聞いたことないですねぇ…デュラハンは?今までの鎧生活で見聞きしました?」
「否。コトバに『ジゲン』と着くから、空間系ではないかと推測します。」
「なんとかのドアの時に言ってたな。異空間魔法か?ぬいぐるみでどこかに飛ぶのか?」
「ちょっとわからないわねぇ…あ、セバスさんとシエラさんだ。」
人族の慣れない単語に、これはどういった意味だろうかと考えるが、類義語から推測するばかりでは全体の形が見えてこない。
そこでスーパーアドバイザーの侍女・シエラに教えを乞うことにした。
「私も『ニャンコ型ロボッ』の『〇ジゲンポケー』はわかりません…」
がっくりと肩を落とす魔族一同。このハイスペック侍女でも知らぬことがあるのか?セバスに目を向けるが、こちらも首を横に振る。この二人も知らぬだと?
でも…とシエラは言葉を続ける。
「『ニャンコ型』というのは『猫』、特に『仔猫』でいいと思います。小さい頃、お嬢様が猫を見る度に『にゃんこー!』って叫んで追いかけてましたから。あと仔猫がかわいいと。」
「『〇ジゲンポケー』はどうだ?異空間魔法の類と見当をつけているのだが?」
「でしたら、ポシェットかもしれません。所謂こういった袋のことを言います。」
シエラが取り出したのは、小さな紐付きポーチ。
「何かに猫の刺繍するだけなら、イリオス様が御自分で練習させますよ。」
「では、猫の形をした袋か猫の絵柄の袋ですかねぇ?」
「袋ということは、収納がメインではなかろうか?我輩の考えた所、持ち歩きのできる収納魔法。」
「シャルは異次元魔法使えるけど、要領が悪すぎて拳大しか開けなかったものね。」
「しかもすぐ異空間が押しつぶされてたぞ。見ていて肝が冷えた。」
「先程のぬいぐるみの件をあわせて…」
◆
まとめると。
①ニャンコ型とは、仔猫である。今回はぬいぐるみを材にする。
②ロボッとは魔道具である。何か魔法を付与したものだろう。
③〇ジゲンは異空間魔法のことである。ポケーがポシェットを指す言葉と仮定し、収納魔法ができる袋という意味。
だんだんイメージが固まってきたようで、ベスがスケッチブック帳を取り出して絵を描きはじめた。
「ベス、スケッチブックなんて持ち歩いているのか?」
「ランジェリー企画と令嬢衣装の詳細詰めるとき、イメージを絵で表した方が伝わるのよ。シャルが通訳魔道具使う前に、紙にいろいろ絵を描いてたでしょう?」
紙に独特のセンスと線で描かれた絵は、魔族どころかシエラも解読できず、画伯!とイリオスに爆笑された。シャルがぷくーっと頬を膨らまし、ふくれっ面をまた愛でられていた。
あの様子を見て、魔族も「この子はなにかを伝えようとしている」と理解した。
「シエラさん、ぬいぐるみってどんな形がいいかしら?」
「そうですねー。リアル型もあれば、特徴をとらえたデフォルメ型もありますね。」
「シエラさん、私一つ持ってますのでお持ちしました。参考になりますか?こちらはクマなのですが。」
「ベスさん、私もあります。こちらはデフォルメ型のうさぎでして、紐がついたストラップタイプです。」
「あぁ、昔、幼い姪が動物をかたどったリュックをせがんできたことがありましたよ。」
いつの間にか人族も輪に入ってきて、あーでもないこーでもないと、意見が飛び交う。
全員が集まった広間では、さしずめ大会議が行われた。
「それではまとめます。
形は仔猫。デフォルメのぬいぐるみタイプ。
色はお化け屋敷のシャルのケープに合わせて白。鈴とリボンも付ける。
ファスナーで開くようにして、中に物がたくさん入るよう収納魔法をかける。
また、個々でプレゼントしたいものは、ここに入れて渡す。ただしセバスさんとシエラさんのチェック通過したもののみ。
ポーチ・ポシェット・リュックになるようショルダーは変化タイプ。サイズもTPOに合わせて変化。
あと、汚れ防止と迷子防止等、付加魔法をかける。ここはアイデア募集中。 以上。」
わー ぱちぱちぱち
こうして、魔族プレゼンツ仔猫のポシェット、通称『にゃんポケ』を作る運びとなった。
◆◆◆
「みなさん集まって、どうしました?ヴァンパイアさんが喧嘩した?」
大広間の喧騒に気が付いたのか、出入り口の扉からひょっこりシャルが顔をのぞかせる。
魔族たちは話を聞かれたか?!と顔色を悪くするが、シャルの足元にいるケルベロスが「わんわん(だいじょーぶー)」と言ってるので胸をなでおろした。
多くの魔族の顔色を悪くする少女なんているものなんだな。新しい一面を見た。
「???」と不思議そうにする少女に近づいて抱き上げる。
「シャル。」
「わわわ、高い。アストさん、何かトラブルですか?」
「いや、問題ない。 シャルは高いところは平気か?」
「楽しいですよ~いい眺め。ただ、間近のアストさん美貌がはんぱない…」
左腕で抱えた少女は、きめ細やかな肌をしていて、次第に薄紅へと色づいてきた。
「ふむ。」
「アストさん?」
赤くなるシャルの頬を見て、先程の果物を思い出した。
桃色をした。甘い香りの。
「…ほっぺが美味しそうだな。」
「…ピチピチ6歳は旬の最後ですが、これは食べ物ではありませんよ!」
舐めてみたらどんな味がするのだろう?やはり甘いのか?
そんなことを考えながら、「かまないで~食べないで~」と言う少女を抱えて、大広間から離れる。シャルがここにいたら御礼企画が進まないだろう。大枠はできたから、後は詳細の話し合いだ。
抱えられた腕の中で、「近いードギマギするぅードナ〇ナー」と顔を赤くしながらつぶやく少女は、大広間から廊下を覗く魔族と人族をたいそう和ませた。
遠くで「喧嘩してねぇし!冤罪だし!名前覚えてくれないし!」と悔しがるオルク(ヴァンパイア)の声が聞こえた。
何度聞いても「猫の歩数計?」と思えるネーミングセンス。




