7通目3 ある紳士と淑女の話(前編)
招待客視点です。6000字クラス投下。ラブは大匙一杯くらい。
過日の夜会にて、隣国侯爵家子息が不思議な話をしていた。
彼の妹が話したというその物語はありがちな『身分違いのロマンス』だが、伝え聞いた詳細で、己は『肝試し』へ興味を、婚約者は『光る薔薇』に誘われて、今宵参加する運びとなった。
不思議なことに、招待状はある朝起きたら枕元にあった。
辺境伯家ということもあり常時屋敷には厳重な警備を敷き、騎士団に所属する自身も気配には鋭い。
いつ? どうやって?
…彼の侯爵家に縁を作っておくのも悪くない。目的が一つ加わった。
◇◇◇
賑やかな都を離れ最寄の街で一泊した午後、幾分か遅い時間に出発し馬車を進める。山頂にほど近く鬱蒼とした森に囲まれたその古城は、戦時は国境の砦役を担っていたのだろう。
街を出立する前はワクワクしていたが、立ち込める霧に「リオン様、なんだか怖いわ。」と呟く婚約者のレオーネ。普段は公爵家筋分家のため、他の貴族に舐められないよう気を張っているが、だんだん薄暗くなる中、不安になってきたらしい。
なかなか可愛いところもあるじゃないか。
跳ね橋を越え、堀の上に建てられた城塞正面で降り、受付に案内されると二手に分かれる。女性は主宰指定の身繕いで別室へ。男性は手荷物や武器を預け、今宵の催しを再確認する。
「特に後半の催しは肝試しで、令嬢の中には苦手とする方もいらっしゃるかと。紳士として、最後までエスコートしていただけるよう、よろしくお願い申し上げます。」
もし分が悪いという方は…と説明されたが、そこは聞き流す。
言われなくとも問題ないと思いながら、大広間で再会したレオーネは、リボンのついた猫耳カチューシャを着けていて、もじもじと恥ずかしそうにしていた。
「もう!リオン様ったら!そんなにジロジロ見ないでくださいまし!!」
「あぁ…その、なんだ。レオーネに似合ってて…つい、な。」
彼女の顔が真っ赤になる。つられて自分も赤くなって視線を逸らして周りを見ると、似たようなのが数組いた。
「まぁ、あれが薔薇の令嬢の肖像画ですのね?不思議、挿花が光ってる!」
大広間正面に掲げられた肖像画には、噂の光る薔薇を着けた令嬢が描かれている。どういう仕組みだ?
「あちらにいるのは今日の主宰となる令嬢の兄だ。隣は友人か?少し人が捌けたら挨拶に向かおう。」
侯爵子息は数人に囲まれ、その隣にはド迫力の美丈夫が立っていた。仮面をつけているが美貌が隠し切れてないようで、そろそろと近づく者が多い。花に群がる蝶か蛾か。
そこへトコトコ近づく白いケープを羽織った小さな令嬢。しっぽについた鈴がチリンと鳴る。
「シャルロット様。ごきげんよう。本日はお招きいただき、ありがとうございます。
可愛い猫しっぽですのね。ケープも猫耳なんですの? え?おばけに捕まらないように? ふふふ、なんてかわいらしいんでしょう。」
兄に連れられてきた主宰の少女は、侯爵家の末娘らしく、小さい身ながらも一人前のレディとして懸命に背伸びしているように見える。成程、微笑ましい。
そうこうするうちに、彼の少女の開催挨拶となり、照明の炎が揺れて薄暗くなった。
前半の催し『語り部』が始まる。
◇
語り部の話が終わると同時に広間の照明が落ちた。
何事かと婚約者をかばい警戒するが、すぐに照明はもどされる。しかし、明るくなった広間を見ると、正面にあった肖像画から、描かれていた令嬢の姿が消えているではないか。まるで抜け出したかのように!
…ははぁ、後半肝試しへの演出だな?
隣に座るレオーネなど「呪われてしまったの?リオン様、大丈夫ですの?」と顔色を悪くし、心が急いでるようなので、背中を撫でて落ち着かせる。
イイ。猫耳レオーネが見せる弱気な顔。すごくイイ。
内心ほくほくしてると、後半の説明が始まった。
順番に出発してルート通りに進み、各部屋にある花びらの魔石を一枚づつ取ってくる。最後の薔薇園で魔石を嵌め、猫耳カチューシャのリボンを薔薇に結んでゴール。
「進路方向へ壁や床に『矢印』が書かれており、部屋の入口には青い炎のランタンと注意書きがあります。花びらの魔石近くにも明りがあります。」
「城内ではちょっと不思議なことが起こります。びっくりするかもしれませんが、力を合わせて突破してください。」
「途中で気分が悪くなった方のために、私がいる休憩室を通ります。何かございましたらお申し出ください。」
「淑女の皆様のカチューシャはお守りです。城内の”ちょっと不思議ななにか”に囚われないよう、薔薇にお願いしました。ゴールまで無くさないようにしてください。」
「薔薇を得るにはお互いの勇気、信頼、愛情が必要です。最後は名を呼んでください。そうすれば薔薇は光るでしょう。」
ほぅ。なかなかの演出ではないか。薔薇の話を聞いて少し勇気が出たのか、レオーネの顔に紅が戻った。
二人一組で時間を開けて順番に出発する。我々は12組中3組目なので少し時間がある。
「レオーネ。小さなレディが『ちょっと不思議なこと』と言ってただろう?そんなに心配しなくても平気さ。」
「リオンさ…」
ぎゃああああああああああ
「「……。」」
…ちょっとか?
◇◇◇
「道中薄暗いので、家具にぶつかったり足を取られぬよう、十分お気を付けください。それでは、リオン様、レオーネ様。いってらっしゃいませ。」
いよいよ我々の番が来た。
係の者に丁重に送り出されて、広間からまずは右へ薄暗く長い廊下を進む。幾度か角を曲がって、階段を上り、また廊下を通って角を曲がり階段を上る。道順に『矢印』が書かれているので迷うことはない。
ビュービュー。ガタガタ。ゴッゴガッ。オォーーン…
「リ、リオンさまぁ…」
窓を叩く風の音、わざと開けられてできた隙間風、揺れてぶつかるガラス戸音、森の獣の鳴き声。レオーネがびくびくしながらしがみついてきている。
白い影が目の端にチラつくと、ビクっと涙目だ。できれば明るいところで見たかった。
暗所は人を大胆にするのかもしれない。いつもは気恥ずかしくて言えないこと、できない態度も、すんなりとできる気がする。
「レオーネ、心配するな。俺が守ってやる。ホラ、最初の部屋だ。」
『はじまりの部屋』
青い炎のランタンが掲げられた部屋の扉には、注意書きもなく大したことはないだろう。
ガチャリ。キィィ…
ただの居室のようだ。古い時計がいくつも飾られて不気味さを醸し出しているが、全体的に暗いものの特に変わったところはない。奥にテーブルがあり、ランプが灯され魔石が置いてあった。出口なのか『進路方向』と書かれたプレートがあるので、終わったらそちらへ進めばいいだろう。
「大丈夫だろう?さぁ、花びらの魔石を頂いて次へ行こう。」
そう言って、魔石を手に取りポケットに入れる。
「本当だわ。もぅ!私ホントはそんなに怖がりさんではありませんのよ?」
少し落ち着いたレオーネの手を取った。
ボーンボーンボーン…
一番目立つ大きな古時計が鳴った。
「あぁ、びっくりしたぁ。時計の音なん…?」
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン…
「…今、13回、鳴りませんでした…?」
「え?」
まさか、聞き間違え…そう思った瞬間部屋中の時計が一斉に鳴りだす。
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン…
「「13回?!」」
カチカチカチカチカチ…
勢いよく歯車が動く音がしたと思えば、時計の針は逆回りではないか。
「きゃああああ!!」
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
カタ…ガタガタ…ガタガタガタ…!!
部屋中を細かい振動が襲う。
カチカチカチカチカ…
…ボーンボーンボーンボー…
ガタガタガタ、ガタ、ガタタタタタ……!!!
次第に強くなる揺れに慌てて部屋を出ようとするが、入ってきた扉はガチャガチャと鳴るばかりで開かない。
「いやぁぁ!!」
「こっちだ!」
しゃがみ込むレオーネを抱え、『進路方向』と書かれた扉を開け、勢いよく踏み出した。
床の感触がない。
「うおああああああああああ?!!」
「きやあああああああああああああ」
口に広がる森の香り。
なんだ城外か。
◇
顔切る風に目をつむり、来たる地面との衝撃から守るべく腕の中のレオーネを抱きしめると、ふわっとした感覚。そっと目を開けると廊下の端にあるソファに座ってる。屋内?
『一枚目クリアおめでとうございます。進路方向→』と書かれたプレートが壁に掲げられていた。レオーネの手を取るがまだ足が震えているので、腰に手を廻し体を支える。
「ふぅ…ぅぅ…怖かったですわ……」
泣き顔もかわいい。触れた体もやわらかい。
矢印に沿って進むと青い炎のランタンと扉があった。次の部屋のようだ。
『ヲトメノシシツ。 ヒメテハナタジ。』
扉を開けると例の令嬢の私室という設定なのだろう、女性らしい部屋であった。全体的に薄明りで鏡台にあるライトスタンドが目につく。先程のこともあり周囲をよく見るが、特に何かが多く配置されている、仕掛けがあるようには見えない。普通の部屋だ。
「レオーネの部屋もこんな感じか?」
「そうですわねぇ…幾分か可愛らしいかしら? 甘い花の香りとレースのリボン…あら?」
「どうした?」
「ご覧くださいまし。鏡台のところ。薔薇ですわ!リボンも。でもこちらは光ってませんわねぇ…普通の薔薇でしょうか。あら、かわいいオルゴール。」
鏡の前に置いてある白い天使が象られた陶器製のオルゴールに触れると、台座の部分が横にスライドし、花びらの魔石が現れた。
「きゃ! びっくりした。引出が開く仕組みでしたのね。はい、リオン様。魔石ですわ。」
レオーネから魔石を預かり、ポケットへ仕舞う。これで二枚目だ。
「あらやだ、少し前髪が乱れてますわ。恥ずかしい。」
クスクス
「「……。」」
鏡台の鏡に向かっていたレオーネがぎこちなく振り向く。
「今、リオン様、笑われまして?」
「いや…… っ。レオーネ、おい。」
「??」
「鏡」
さしたのは鏡に映るレオーネと自分。その後ろに、赤い髪の女。
クスクス
二人してバッと後ろを振り返るが誰もいない。再び鏡を見ると、映っていない。
「…見間違いました?」
「…見間違えたと思いたい。」
瞬間、鏡に映った自分たちの後ろから、赤い髪の女が再び現れた。
「きゃぁぁぁーーー!!」
クスクス クスクス… キャァァーーー!!
笑い声が続いたと思えば悲鳴が入り、鏡の中の女が鏡からこちらへ向かって鏡面をバンバンと叩く。
” だして…だしてぇ… ”
バン バン バン
にゅっ
手首が鏡から出てきた。
「やあぁぁぁ!!!」
ぞろりと這いずるように、鏡から出ようとする赤い髪の女。
” まってぇ…まってぇ…… ”
髪を乱しもがきながらこちらへ手を伸ばしてくる。引きずり込まれるのか?!パニックになるレオーネを捕まえて、周囲を見ると『進路方向』の看板があり急いで部屋から出る。
今度は普通の廊下だ。よかった。
「はぁはぁ…び、び、びっくり、です…」
「は…はっ…そうだな……」
「そ、それでも、さっきよりは、早く出られましたし、安心、しましたわ。」
「あ、あぁ、そう…だ……」
ピチョン。
ピチャン…ペチャン……
水滴が落ちる音が廊下に響く。いや、奥の方から近づいてきてる。
ベヂャン。
床に水の玉が落ちた。と思ったら、いくつもの倒れた人の形に赤黒く広がった。そのシルエットには手首がない。これは…… 血跡?
「「へ?」」
むくり。 影が起き上がろうとした。
「いやああああ!!!」
泣き叫ぶレオーネを今度は抱き上げて、廊下を走った。『矢印』の方向に。
◇
暫く行くとまた青いランタンが掲げられた部屋の前に着いた。
「もぅ!もぅ…!」
「怖かっただろう……平気か?」
「初・お姫様だっこが泣き顔だなんて!もぅもぅ!死んでも死にきれませんわ!」
……恐怖が天元突破して、開き直った?
「またしてやる。今度は笑ってくれ。」
泣いた目元に唇をあてた。真っ赤になった。破壊力抜群。
『シャルの部屋 休憩室』
説明にあった途中休憩室のようだ。コンコンとノックをし、「はい、どうぞー」と聞き覚えのある少女の声。思っていたよりも緊張してたようで、ほっと胸を撫で下ろした。
「失礼する。」
「リオン様、レオーネ様。お疲れ様です。二枚目クリア、おめでとうございます。」
室内には、主宰の少女シャルロット嬢とその兄侯爵子息のイリオス、そして彼の友人であろう長身の美丈夫がいた。大きなグランドピアノがあって演奏が流れている。奏者は……いない。ここもか?
構えていると、小さな令嬢がトコトコとやってきて、出迎えてくれた。
「どうぞこちらへ。 シエラ、お茶をお願いね。」
椅子を勧められ、抱えていたレオーネを下す。
「いかがでしたか? 私はレオーネ様のお姫様だっこが見れて嬉しいです。」
「!!」
ぷるぷる涙目のレオーネに、あぁ、明るい所で見るとまたかわいいな、抱き上げたときの羽のような軽さと、体の柔らかさ…と思い至る自分。どうかしてる。衝撃すぎて自分もやられたか。今夜一晩でどれだけ婚約者にときめいてるんだ。
「この部屋では10分間休憩できます。」
お茶を飲んで一息入れるレオーネと自分に、シャルロット嬢が説明を始める。
「引き続きローズクエストに参加される方は、赤い扉へ。残り3枚でゴールです。
もし怖かったら『お守り』があります。猫耳と同じ、薔薇のおまじないがかかった『お守り』です。ほら、私のしっぽについてる鈴。これです。
もう少し休憩される方は、緑の扉へ。こちらは入室に対価が必要です。時間に限りがありますし、一回30分まで。休憩から戻られる際は室内ベルを鳴らしてください。御迎えにあがります。
ボクタチモウムリダナーという方は、黒の扉へ。こちらは『棄権』とみなし、光る薔薇は入手できません。また安全に通るための『通行料』をお願いでします。後程靄の外まで連れて行きます。」
レオーネと顔を見合わせる。
さて、どうしようか?
▼ コマンド ▼
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逃げる
レオーネさまのラブ糖度
大匙一杯で満腹な方 →残り2話とばしてください。
まだ足りないよ!な方 →おかわりいります?




