7通目0 夜会の蝶と噂話
今回は他者視点からイリオスお兄様のお話。
光る薔薇の話をご存知だろうか?
先日、ある古い城で初めて見たものなのだが、夜になると淡い光を放ちながら花開く薔薇なんだ。
花びらは水晶のように繊細で、透明で、しかし、月光やランタンの灯りを充てると、様々な色に変化する。華が開くように、淡く、静かに、甘い薔薇の香りを漂わす。
なんとも不思議な花で、もしかしたら未知なる力を宿してるかもしれないね。
いつでも咲いてる訳じゃないよ? 夜が明けたら、その花は蕾となり、ぎゅっと口を塞いでしまう。
やはり普通の薔薇と違うのだろう。その城の奥にある小さな薔薇園にしか植わってないし、咲く夜も限られてる。ひとりでこっそり取ろうとすると、すぐに枯れてしまうようだ。
勇気ある心が手に取ると光が宿り、優しき心の守りを以って、信頼と絆、愛の証明を刻むんだって。
その薔薇を持っていた、今古城に滞在している人…あぁ、末の妹なんだが、言っていたよ。まるで結ばれし二人を薔薇が待っているかようだねと。
え?誰を待っているかって?
その答えは難しいなぁ…
妹の話によると、まず、古城にある肖像画が関係してくるんだ。そこに光る薔薇が描かれていて、逸話の中に出てくるんだと。
肖像画に描かれたのは、その城の最後の主の娘。一輪の薔薇の挿花をした、赤毛の美しいご令嬢だよ。
彼女の瞳の先には、ひとりの騎士がいたらしい。単身の肖像画だから騎士は描かれてないけど、優しさと愛にあふれた目をしているから、傍にいたんだろう。
その話を聞きたい?
いいとも。
でもちょっと怖いし、悲しい話だよ?
◇
その城にひとりの令嬢が住んでたんだ。
城主の一粒種で跡取り娘。そう、先程の肖像画の令嬢だ。
真珠のような肌と夕日のような赤い髪。小さく愛らしいその唇から出る歌声は、小鳥のさえずりのよう。音楽室から聞こえる歌声に、城のものも、周りの森のいきものも、皆が手を休めて聴きほれた。
当然その令嬢に惚れる男性はとても多かった。たくさんの人が彼女の前に列を成した。その中には、善い人もいたけど、心を傷つけるような悪い人もいたんだ。
年老いた父である城主は、既に妻を亡くしており、残される一人娘が悪い男に捕まらないか、心配してね。
若く、まだ駆け出しの下級騎士で、しかしとても誠実で勇気に溢れた、ある貴族の三男を婚約者に選んだ。
その騎士はまだまだ青くとも、どんな危険で困難な状況でも、周りを奮い立たせ、勝利へと導く強き者。
同時に己の力を奢らず、日々鍛錬と知識習得の努力を重ね、また身分を問わず頭を下げ教えを乞う。
誰にでも、どんな小さなことにでも礼を尽くす、文武両道かつ人徳者。
当然、騎士団の中でも将来有望と目されてた。
そんな騎士と赤髪の令嬢が出会って、運命的な恋に落ちてたかというと? 実はそうでもない。
なにぶん、政略結婚のための婚約だから、最初はぎくしゃくとするのは仕方ないだろう。
令嬢は跡取り娘だからか、長い間、悪意ある者にだいぶ心を傷つけられてたらしい。
初めて会ったときも、若い騎士にひどく怯えてしまった。
そこで騎士は令嬢に会いに行くたびに、一輪の小さな薔薇を差し出した。
『私のことを信じろと言われても、不安に思われるでしょう。
でもどうか、この小さき花が咲いている間は、あなたに笑顔でいてほしい。』
ぎこちなかった令嬢も薔薇を受け取るとふわりと笑った。
会う度に贈られる騎士の小さき薔薇は、令嬢の傷を癒していったんだ。
次第に互いを知り、理解し、それが尊敬に変わり、やがて愛情になる。
そこまで時間もかかるし決して平たんな道のりではなかったけれど、騎士は令嬢を守り、令嬢は騎士を支え、二人は想いあう仲になった。
二人の手にはいつも薔薇があった。
ある日、令嬢は騎士に言ったんだ。
『本当は秘密だけど、この城の奥の奥に、光る薔薇が咲くことがあるのです。』
いつでも光っているわけではなく、昔はなかったが、ある季節の特定の夜にだけ、ぼんやりと光を灯し咲くようになったらしい。
一度見たとき、あまりの美しさに手に取ろうとしたが、瞬間薔薇は光を失ってしまった。
だから令嬢は薔薇を離れたところから眺めるだけ。でも、できれば騎士にもそれを見せたい。
そこで、騎士と一緒に見に行くことにした。
城は砦の役割も課せられていたため複雑な作りで、あちこちの部屋と回廊を進むと、その秘密の花園に辿り着ける。
騎士と令嬢がようやく薔薇園についたときは、月明かりは浴びていたものの、残念ながら薔薇は光っていなかった。
寂しがる令嬢に、騎士は一輪の小さな薔薇を手折って差し出した。
『私は口が上手い方ではない。だから思った言葉をそのまま言おう。
どんな薔薇であっても、君の笑顔には叶わない。
そして、私は君の笑顔が好きなんだ。 さぁ見せておくれ。”―――”嬢。』
それを見た令嬢は、ふわりと笑って自分の髪を留めていたリボンをほどいた。
『”―――”様。 あなたの下さる薔薇でなければ、私の笑顔は引き出せないわ。
私はあなたにもらうばかり。せめてこのリボンを私の心としてお傍に置いてほしい。』
そう、お守りとしてリボンを騎士に差し出した。
騎士がリボンを手に取り、薔薇に結んだ。
『あなたの心を預かります。だから私の心を預けよう。これはその約束。』
すると、薔薇が光輝いたんだ。二人の名を刻んで。
二人の約束を薔薇が記憶したんだろうね。
◇
その後二人は…おおっと、もう時間だ。残念。
え? 続きを知りたい?
…あぁ、それなら今度行われるその古城の催しに行くといいよ。
先に言ったけど、今そこに末の妹が滞在していて、彼女からこの逸話を聞いたんだ。
まだ小さいからか、城にいたら不思議なモノを見るようになったとも言ってて。
それは夢か幻だと笑ったら、本当に光る薔薇を見せられて、ほれ見ろと。びっくりしたよ。
あぁ、これ?そう。その薔薇の花びらの欠片。小さいだろう?花びらの一部が自然に落ちたやつを、光がなくなる前に妹に固定魔石へ入れてもらったんだ。
そんなに長くは保たないよ。今もわずかに光るくらいだしね。
もし招かれたら、そこで光る薔薇も見れるし、続きの話も聞くことができる。
うまく行けば、光る薔薇を手に入れられるかもしれないよ?
でも、先に言っておく。この話は悲恋なんだ。今はね?
そして、誰でも薔薇を手に入れられるわけでもない。
美しい薔薇を手に入れるためには、鋭いトゲを取らねばならない。
その古城には今も薔薇を守る”何か”がいるらしいから、絶対一人ではいけないよ。
薔薇を守る城は、特別な夜に、選ばれし「勇気ある者」と「優しき令嬢」の二人しか、門を開けない。
城が認めた者たちで、お互いの信頼と絆があれば、光る薔薇がその手に届くかもしれないね。
…あなたがたならもしかしたら……
あぁ、今度こそ、時間だ。
では、また。
良い夜を。
暑くて修正作業が進まず…溶ける…




