6通目裏2 ↑の兄と家の事情
アシュリー家とは、警戒すべき一族である。
奴らは一筋縄ではいかない。
あっという間に喰われてしまう。
それが誰であっても、だ。
◆◇◇
シャルロット嬢が訪れた日の夜、呆けてる彼女を寝室に送り届けた後、イリオスと侍女のシエラとともに、滞在中の打ち合わせをした。
琥珀色の酒が注がれるが、笊か枠か異次元か。酔えない自分には水と同じだ。
応接室にカランと氷の崩れる音が響き、気付けに煽ったシエラの顔に、少し赤みが戻った。
シエラは当初、私の魔力に中てられたのか、顔色が優れないようであったが、アルコールが入ってしばらくすると、それも改善されてきたようだ。それでも人族の中ではだいぶ回復が早い。
「要は慣れですね。アシュリー家は仕事上の都合で、敵が多いんですよ。なので本人も使用人も、力をつけなければ生きていけません。
イリオス様くらいになると平気ですが、シャルロットお嬢様は格好の餌食にされちゃいますから。」
苦笑いをするイリオスの食えない顔を見て考える。
そういえば、彼の本職はなんであっただろうか。ただの外交担当ではなかった気がする。
「アシュリー家の特色は、間諜だよ。
手取り足取り、何食わぬ顔で近づいて、たらしこんで、情報も弱味も握る。
人の心を、モノの流れを、コントロールし、近づく者に恐怖を与える。
ついでに暗殺もやる。」
その目立つ顔で間諜ができるのか甚だ疑問であるが、闇の気配を宿した彼の瞳には、決して楽ではない、これまでの苦い想い出が詰まっているのだろう。これまでも、これからも、呑みこまねばならぬ。
シエラも目を伏せて、何かの記憶を飲み込んでいるようだった。
「シャルロットはアシュリー家の本職には向いてない。素質や実技の問題もあるが、それ以前におまぬけさんなんだ。」
柔らかくざっくりと酷評してるが、なるほど向いてないと頷いてしまう。例えば――
「スライムを倒すのに涙目になって、倒した後も命をとってごめんねと泣いている。
向かってくる悪意を躱せず、かといって非情な心で返り討ちにもできない。威嚇だけで命のやりとりを回避したがる。己の身が危ういとわかっても躊躇する。いつまでたっても迷いがある。」
「全属性持ちとわかり王家に目を付けられたが、本人は何が原因か理解していない。
ついでに成長も遅すぎて、逆に納得したくらいだ。何せ数年訓練しても、通常ならレベル10は越えるのに、全てが3止まり。弱すぎる。
ささやかな風を起こす程度なら、扇で煽った方がまだ威力がある。空なんか飛べるか。」
「とっさの場面で、感情や言葉のコントロールも下手だ。
王家の前で言い負かすのは構わないが、その後のフォローや地均しまで及ばず、詰めが甘い。不安になると父を見て判断して。視線が読めてバレバレだ。
相手の心象操作もできないし、自分の魅せ方もわかってない。だから、政治利用にも使えない。」
評価は辛辣だが、少女を思い出すイリオスの口は笑みを噛んでいる。
人族の社交場で「馬鹿な子程かわいい」と軽口を叩いてたが、少女のことなのだろう。
「アシュリー家の知識・技術を与えられ、課題をこなすことができる程度の能力がある。
父や私の圧に耐え、薬や毒慣らしのおやつも平気で食べるから、基礎の胆力や体はできている。
しかし、全体的に阿呆すぎて、使い物にならない。
このままだとお荷物と評され、家に喰われる。」
”アシュリー家は王の耳。
アシュリー家は闇のネットワーク。
一歩でも踏み入れてしまったら、出るときは『棺』の中。
それは家族も同じ。
その血は毒でできていて、気づいたら死神の足音。
物言わぬ躯が、侯爵家の土台になっている。
要らぬモノは排除する。”
『劣等』はまだ許されていても、『失格』したら…?
◇
「イリオス。そんなことまで私に言って大丈夫なのか?」
友は軽く頭を振って、笑って答える。
「アスト。君に嘘など無駄だろう?
君の耳は遠い音も拾える。どんな武力も大概はやりこめる。家の事情など隠したところで意味がない。どうせすぐバレる。
それにシャルを何人集めても、幼獣にコロリと遊ばれておしまいだ。害にはならない。
ただ、おもしろいだろうとは思ってるから、打算はあるよ?」
叶うならば、あの子と仲良くしてほしい。
小さな妹をコキ下ろす言葉の中には、家族への情が乗せられている。
「自分の足場を作る。力となる環境を作る。価値を作る。あの子にはそれが必要なんだ。幼くてもね。」
珍しく弱気な顔だ。自分の力ではどうしようもない問題とを知っていて、どうにかしたいともがくのに、どうにもできない。今までは何でも卒なくこなせていた器用な彼が、不器用の塊の妹に心を砕いている。
魔王の眼が動く。隠そうとする心をも見通す眼には、その溢れんばかりの葛藤が、彼の魔力となって私の視界に映る。あぁ、いい色の魔力ではないか。
絶望と残酷と一瞬の閃き。春雷のごとく。儚く、力強く、煌めく、人の魔力。
彼の、組まれた両の手に、力が入る。
”私たちは、あの子を消したくない。”
立場故、音にすることを叶わない言葉は、人間よりも良すぎる耳には十分届いた。
共に飲んでいた酒の味は、とても苦く。美味であった。
◇◆◇
シャルロット嬢は、ケルベロスをひとしきりなでまわすと地面へ置き、「菓子パンのつまみ食いはだめだよ?」と、人差し指をたてて、めっ!と叱る。
人族に叱られた程度では、幼獣でもケルベロスにとって何の脅威にもならないが、「くぅーん」と三つの頭とも鳴いてるあたり、かなりなついている。
従魔師の資質があるのかとも思うが、従えているというよりは、魔族側から「仕方ないからかまってあげる!」な空気が多い。
実際、お化け屋敷計画で増えた魔族たちにも怯えず、「わぁ!ファンタジー!」と謎の呪文?と感動した表情で突っ込み、魔族側もいつの間にかどういうわけか友好的な雰囲気になっていた。
ふむ。
「アストさんアストさん。」
私の袖をちょいちょいとひっぱり、オリーブグリーンの目を少し細めて、怒ったような顔で私を見る。ほっぺをぷぅっと膨らまし、両手を腰にあてて、胸を張って構えている。
「『シャルロット嬢』だと長いっていいましたよね。シャルです。
アストさんが『シャルロット嬢』って呼ぶと、他の魔族さんがシャル呼びしにくい感、出るんですよ。『シャルロット嬢』だと噛むから『シャルモゴモゴ』になるし。
呼ばれない名前は意味がないじゃないですか。
だから、アストさんも『シャル』って呼んでください。はい、リピートアフターミー!」
少女に似たオリーブグリーン目の青年の声が聞こえる。
”きっと君を楽しませるような『おもてなし』ができる”
とんで、はねて、ころげて、ベソかいて、怒って、笑って。
そんな『人族』の『少女』の姿は、『魔王』の私にとって、今まで向けられたことのない面ばかり。
なんとなくだがわかった気がした。
「あぁ、シャル。よろしくな。」
くすりと笑った私を見て、久々に茹でダコになったシャルの顔。
「び、美貌の無駄遣い…!ライバルが強い…!」
なるほど、おもしろい。
金の差す赤眼は、オリーブグリーンを捕えた。
次から7通目お化け屋敷本体です。
編成が長く、所々ボリュームが大きいですが、書いてて削れませんでした。(先に謝る)
あ、でも恋愛要素はブチ込みましたヨ。がんばった。(先に謝る)




