6通目裏1 魔王様とちんまい少女
前後編。アストさん視点。
目の前にいる友人の小さな妹は、私の会ったこれまでの人族とだいぶ違った。
「アストさん、今日のおやつはキャロットケーキですよー!」
ぶんぶんと手を振る少女はどう見ても貴族令嬢に見えない。
◆◆◆
魔族に生を得て、早150年。
人族より長い時を過ごす魔族が暇を持て余して起こす人族へのちょっかいという諍いは、魔族を総べる私には、大変目障りで細かくイラっとする出来事であった。
「またどこぞのガキが人族の国でやらかしました。観光旅行中の魔族から文句が入ってます。」
「…内容は?」
「焼き立てクイニーアマンが食べられなかったそうです。」
「こっちは海鮮ましましのパエリアを食べたかったと書いてあります。」
「白湯ラーメンの屋台が、流行風邪対策で市政により営業自粛要請されたと。」
「……。」
眉間にしわを寄せ、はぁーーと長い溜息を吐き、やらかしたガキどもに折檻(度合は担当者の気分に任せる)と反省文、エリア担当への始末書と改善書の提出を求める。
なんで魔王やってるのに、こんな事務処理が多いんだ。しかも煩雑で面倒くさいものばかり。
「魔王様、お疲れですね」
執事のセバスが休憩の渋くて熱い緑茶を淹れてくれる。それを一口のむが、眉間の皺は治らない。頭痛はしてないのにあるような気がする。キュウリの浅漬けが食べたい気分だ。
「まったく、阿呆どもがいると本当に困る。流行り病を発生させて地域まるごと混乱させるなど。
魔族が吹いた風邪菌を吸ったらくしゃみを催し、辺り一帯に拡散するなど、地味にまだるっこしい。こっそり観光中の魔族が『人族のチェックが厳しくて出歩けない』とクレームだらけだ。
いっそ馬と鹿の魔獣に繋いで、散歩に放ってこい。ファイアードラゴンの火炎地獄まで。」
人族の文化は魔族にとっては物珍しく、時間にゆとりがある分、あちこち巡ってみたいという者も多い。
しかし、一度人族が魔族に対して警戒を敷いてしまうと、人化が苦手な魔族は泣く泣くバカンスをやめざるを得ないのだ。
『あそこの民族衣装が着たかった』程度なら取り寄せで我慢してくれと言えるが、『期間限定ショップは完全予約制なんですよ』から、『数年に一度の奇祭研究がしたかった。開催中止になった』で、『出来立てのスフレは時間との勝負』が続き、現場でしか得られないモノ系は、恨みがすさまじい。特に食関係。
私も漬物を取り上げられたら怒る。
「魔王様、どうです?以前某国で会った貴族を伝手に、少しまとめて休息に出られては?執務でしたら融通は利かせますし、阿呆で馬鹿な者ども候補者はしばらく大人しくさせます。」
セバスの提案を受け、某国に潜り込んだときの人族の青年を思い出す。
金髪タレ目で優しい雰囲気だが、その瞳の奥に油断ならぬ存在感を見せた青年。
魔族であることをすぐに見抜き、しかし騒ぎもせず、「おもしろそうだから」と友になった。
「君の周りは不思議がいっぱいあるね。楽しかったよ。
人族のエリアにくることがあれば、いつでも連絡をおくれ。もてなそう。」
クスクスと笑った楽しげな瞳は、珍しく本音でつきあおうと言ってのけた。
魔族に駆け引きはいらない。
だいたいが力で解決する。
直情であり、気分のまま、欲のままに動く。
本音と建前の器用な使い方等知らない。
「…今は別の国にいると言っていたな。気分転換に行くのもいいか。先に手紙を出そう。
ついでに人族と交流が持てたらいいな。また魔族内で話の種になる。」
それを耳にした何人かの配下が付いて来て、人族の『視察』に行くことになった。
◆◇◇
「アスト、久しぶりだね。連絡をくれて嬉しいよ。今回は配下も連れてきたんだね。是非楽しんでくれ。」
再会した友、イリオス・アシュリー侯爵子息は、相変わらずニコニコと食えない笑顔で出迎えてくれた。前回会ったときは、だいぶ年下の容姿だったが、今では自分より少し下くらいだろうか。人族の成長は早いものだ。
魔族の寿命は種族にもよるがだいたい200歳から250歳程度。幼少期から、青年期が一番長く、緩やかに壮年期と迎える。力至上主義なので高齢期まで生き延びる者は少なく、反対に、できるだけ力を長続きさせようとした祖先が、青年期の長い今の体を作り出した。
長寿だが大雑把で力押し、細かいことが苦手な種族でもある。特に、完全な人化と人の物まね。
「人化ができる者もいなくはないが…人族の街を見て回るのは難しいか?できれば食事や会話等も含めた交流を体験したいらしい。希望があった。」
今回の視察に連れてきた者は、人族の風習とか食文化とかごはんとかスイーツとか酒が好きな、嗜好品への欲に正直な魔族数名。ほぼ食欲の塊で、真っ先に魔王城のコック長が研究熱心に付いて来た。
イリオスはそんな魔族の我々が快適に過ごせるようにと、静かな辺境の古城にしたようだ。この薄暗さや静寂は馴染みやすく、サンサンと浴びせてくる強い日の光よりはだいぶ心地良い。
地下室は取り合いになってるかもしれない。崩れかけの塔もなかなか良さそうだな。
「うーん。私が案内してもいいが、完全な人化ができないとやはり制限がかかるね。街での小競り合いとか、『無駄な混乱』という面倒は、君も嫌いだろう?」
魔王の視察で諍い起こしたとしたら、どれだけ赤っ恥であろうか。しかも、一地方の街の片隅で。
もう、下の者に示しがつかない。
「そうだ。末の妹ならきっと君を楽しませるような『おもてなし』ができると思う。呼んでくるから数日待っててね。」
そう言ってから8日後、目の前にちんまい少女が現れた。
◇◆◇
「アストさん、この薔薇はどうやって作るんですか?見ててもいいですか?」
「アストさん、ケロちゃ…んん。ケルベロスさんが見当たりません。迷子になってたらどうしよう。スケルトンさんの骨を借りて持ってたら出てきますか?」
「アストさん、サイクロプスさんのコンタクトレンズが割れたみたいです。スライムさんにしばらく仮レンズ役を頼んでもいいですか?」
なんか生活の知恵みたいなものも混ざっている気がする。
ちんまい少女こと、イリオスの妹シャルロット嬢は、兄に似た金髪を二つ結びにし、オリーブグリーンの瞳を好奇心に輝かせて、今日も魔族と戯れてる。
あっちへちょろちょろ、こっちへちょろちょろと、渦をまいた髪がしっぽのようにはねる。
本人は「将来は立派な悪役令嬢になるんです!今に見てやがれです!」と胸を張って言うが、「ケロちゃんが見つからない~」とべそをかきながら、机や椅子の下を四つん這いで探す様子は、どう考えても泣き虫令嬢だ。時々自分の髪を踏んで「いたい」と言ってる貴族令嬢は初めて見た気がする。
それにしても、ケルベロスに愛称もつけてたのか。仲良くなったものだな。
ケルベロスと最初に会ったときは、衝撃的であった。
「冥界の番犬…まさかのミニチュアダックスフンド仕様…これは威力ある!」
目を輝かせ悶え喜ぶ少女の姿に、警戒と威嚇をしていたケルベロスの三つの頭は、一気に威勢を失くし、「コレどうしたらいい?」と困惑顔で私を見た。
期待する目に負けて、困惑するケルベロスを渡したら「もふもふとうとい」と喜んで撫でたので、存分に撫でくりまわさせた。
ケルベロス自身も「仕方ないなぁ」で、しばらくして「この子危ないよ」となり、「わかった。預かる。」と悟り顔で結論づけた。
そして、ケルベロスは護衛犬で子守り犬となった。
少女はケルベロスの面倒を見てるつもりのようだが、どう考えても逆である。
◇
「シャルロット嬢は…」
「はい?」
「シャルロット嬢は、私が怖くないか?」
ベソかき少女は、無事ケルベロスを見つけるとひとしきり毛並を愛で、そして私の言葉にキョトンと目を丸くし、むーっと考える。
「アストさんのどのあたりを怖がったらいいのでしょうか…」
本気で悩んでいる姿に、今度はこちらがキョトンだ。
「いえ、魔族さんたちがいることはファンタジーだなって思いますけど、じゃぁ、例えば、このケロちゃんも魔族?魔獣?だし、怖いかというとそうでもないし…かわいいし…くふふ
魔王であるアストさんを怖いかというと、その前にド迫力美人インパクトが強すぎて、それ以外どうでもいいというか?
いやよくないのか?王様だから尊ばないといけない??頭が高い控えろって?高いのは腰の位置」
たぶん、そうじゃない。そこじゃない。
「これまでの経験から、只人が魔族に遭遇した場合、恐怖に慄くことが殆どだったのだ。怯えられるか、叫ばれるか、はたまた武器を構えて突っ込んでくるか…
ましてや、私の場合、魔力やら威圧感が出ていることがままある。抑えているつもりでも完璧ではない。少しでも漏れると、幼い体には毒でないかと心配になったのだ。」
細かい魔力コントロールは幼き時より訓練しているが、溢れんばかりの膨大な魔力は完全に抑え込めない。魔族の住む場所であれば漏れ出ても構わないが、ここは人族のエリア。しかも少女。
まともに喰らえば、魔力酔いだの中てられただので体調を崩す。寝込む。発狂する。果ては逝く。
「外で遭遇したことがある魔獣さんで、こっちに攻撃をしかけてくるのは、いちおう迎撃しますが…いちおう…あまり得意じゃない…
この城に滞在の皆様は友好的なので、特に怖いと思ったことはないですね。従魔師も見たことあるし、仲良くなれたらいいな~くらい?
アストさんの威圧?は、よくわからないですけど、我が家の父による『おしおき』に慣れてるからでしょうか。」
四六時中、隙あらば課題を出されて、答えられないと地獄のおしおきフルコースがあるんです。あれはこわい。父の後ろに鬼が見えるんです。
そう、ニコニコと話すその瞳は、それが当たり前であると言う。なんだか不思議な少女である。
魔族でも私からこぼれた威圧感に逃げ出す者がいるというのに、それをものともせず、しかも「あの父の笑顔はこわい。夢にまで見る。ほんとこわい。」と評するアシュリー家は一体どんな家庭事情だ。
ふと、過日の一件を思い出された。




