【ああ、無情!】短編小説を次々蹂躙する男の話
登場人物に似た人がいたとしてもサラっと流してください。
気のせいですから……
「今日も新作がいっぱい出てるな。よーし、読むとするか!」
朝八時、通勤電車の中。
娯楽に飢えた男が行動を開始する。
男の目は獲物を狙う狼の目だった。
「ハラが減って仕方ない、早く食わせろ……」
なーんて感じはカケラもなく、男はスマホの画面を覗きこむ。
目に映るのは「小説家になろう」のトップページ、「新着の短編小説」。
「ふむ、このアルファベット一文字の女性は毎日のように短編を書いてる人だな。よーし、かかってこいや!」
千文字少々の愉快な短編を読む。
軽妙かつシュールな世界観に、男は文庫本を一冊読んだかの如き錯覚を覚える。
「悪くない、悪くないぞぉ! こいつは文章100点、ストーリーも100点だ!!」
スマホ画面を下の方にスクロールし、評価システムの項目を見る。
だが「文法・文章評価」「物語評価」ともに、1ptから5ptまでしか付けられない。
「ははは。残念だったな! 文法・文章評価、物語評価のどちらも5点ずつしか付けられないじゃないか。190点も損したな! 己の不運を嘆くがいい!!」
電車が一駅進むうちに、男は新作の短編を蹂躙した。
気分が良くなったので、感想を二行残した。
昼休み、職場の自席。
ランチを終えて満腹になった男が、ふたたび動き始める。
「ラーメンと餃子でハラがいっぱいだ。三時間くらいうたた寝しようかな……」
なーんて不埒なことを考えるはずもなく、男はスマホの画面を覗きこむ。
目に映るのは「小説家になろう」のトップページ、「新着の短編小説」。
「ふむ、この『世界一幸せな国』ブータンみたいな名前の男性は、前にも素敵な詩を書いていた人だな。よーし、かかってこいや!」
千文字少々の詩を読む。
感動的なストーリーに、男は年甲斐もなくホロリとする。
うん、年々涙もろくなってるね。
「良い、すごく良いぞぉ! こいつも文章100点、ストーリーも100点だ!!」
男は評価システムの項目を見る。
だが「文法・文章評価」「物語評価」ともに、1ptから5ptまでしか付けられない。
「ははは。残念だったな! 文法・文章評価、物語評価のどちらもたった5点しか付けられないじゃないか。お前も190点損したな! 『世界一幸せ』どころか、お前は『世界一不幸な男』だ!」
午後の就業開始前に、男は新作の詩を蹂躙した。
時間がなかったので、感想文は一行しか残せなかった。
夜八時、帰宅する電車の中。
一日の仕事を終えてくたびれた男が、三度動き始める。
「ビールとおつまみでも買って帰るか。けど、酔っぱらうと長編の続きがおかしなことになりそうだしな……」
なーんて、らしくない考えをしながら、自らも小説を執筆をする男がスマホの画面を覗きこむ。
目に映るのは「小説家になろう」のトップページ、「新着の短編小説」。
「ふむ、この『パープルなポイズンマッシュルーム』さんは、前にもこしゃくなエッセイを書いていた人だな。よーし、かかってこいや!」
千文字少々のエッセイを読む。
なに? ほう! むむっと言葉を無くす。
「すごい! なんかよー分からんが、スゴいぞぉ! こいつは文章1億点、ストーリーも1億点だな!!」
男は評価システムの項目を見る。
だが「文法・文章評価」「物語評価」ともに、1ptから5ptまでしか付けられない。
「ははは。残念だったな! 文法・文章評価、物語評価のどちらもたった5点しか付けられないじゃないか。1億9999万9990点も損したな! 人生詰んだ……な、な、なにぃ!? 蹂躙回数2000だとぉ! この女、バケモノか……」
電車が自宅近くの駅に到着する前に、男はエッセイを蹂躙した。
だが本当に蹂躙されたのは男の魂だった。
打ちのめされた男は、感想文を三行書いた。
ついでに「お気に入りユーザ登録」も申請もした。
夜十一時、ビールの空き缶の前。
ほろ酔い加減の男が、この日最後の行動を起こす。
目に映るのは「小説家になろう」のトップページ、「新着の短編小説」。
「なに!? 初投稿だと! よーし、おじさんが世間の厳しさを教えてやろうじゃないか!」
千文字少々の文章を読む。
言葉遣いは若干心もとないが、登場人物は実に愛らしく、文章には息遣いが感じられた。
「甘い! 努力は認めてやるが、まだまだ甘いぞ! 文章10点、ストーリーも10点だね」
男は評価システムの項目を見る。
だが「文法・文章評価」「物語評価」ともに、1ptから5ptまでしか付けられない。
「ははは。残念だったな! 文法・文章評価、物語評価のどちらもたった5点しか付けられないじゃないか。10点も損したな! 世間の厳しさをちょっとは思い知るがいい!」
寝惚け眼をこすりながら、男はその日の蹂躙を終えた。
あまりにも眠かったせいか、男の感想は誤字だらけだった。
初投稿なのに。
初投稿なのに。
ごめんなさい……
力尽きた男は寝落ちした。
男が目覚めれば、また新着小説の原野を進撃するかもしれない。
そう。次に蹂躙されるのは、あなたの短編かもしれない。
おしまい。