昔の歌とか囃し言葉とかの段
何かと問題となりそうなものもありましたが、単に昔はこんなこともあったのか、へえ、変な時代もあったのだね、程度に流していただければ。
私の母は昭和ひとけたの人で、きょうだいはほとんどがそれよか上だったので、親戚づきあいの多い頃には私も何かと、古い話をたくさん聞いて育ちました。
その中で強烈に覚えているのがまずこちら。
♪すずめ、めじろ、ろしや、やばんこく、くろばときん、きん○ま、まかろーふ、ふんどーし、しーめた、たかじゃっぽ、ぽんやーり、りくぐんの、のぎさんが、がいせんす、(先頭に戻る)
日露戦争の頃に、田舎などで流行ったらしいです。しりとりでここまでDisるとは。
そしてこちらも
♪にっぽん勝ったにっぽん勝った、○ナまーけたー
これは日清戦争の頃の囃し歌らしいです。今では蔑称と言われるのでこの後の歌詞も公開できません、すみません。
単なる歌としてよく聞かされたのは
♪じょしゅー、じょしゅーとじんばーはすすむ
これは『麦と兵隊』という有名な歌らしく、じょしゅう、とは徐州のこと。
亡き父も(思想的なものは全くなかったのに)よく歌っていました。
他にも叔母が好きだったのが
♪はばろすくー、はばろすく、ラララはーばろーすーくー
ロシアのハバロフスクの歌があったらしく。これはメロディとしては『みなの衆』でした。
昔、アエロフロートモスクワ行きで極東経由した時、ハバロフスクの上空でつい、口ずさんでしまい、同乗の友人が大笑いしていました。しかしこれはどこかもの悲しく歌うのがミソ。
♪わりゃーばーかーだ、わーしゃ天○○下だー
(あなたは莫迦ですね、私は○○○○です)
というのもよく聞きました。これは軍隊の信号ラッパの曲から派生したようでした。
まっくろけのけ、というのもいろんなバリエーションを聞かされました。
少し昔に三菱ボールペンのCMでも使われたようです(覚えてるなんて言ってないぞ)。
茶畑で、おねえさんがしゃがみ込んで小用をたしていたところをあいにく(?)下から覗いてしまった。等。昔は着物の場合には下着がなかったようですし(どこかの百貨店の火事で、飛び降りるには恥ずかしくて……と焼け死んだ方もいたらしく、哀しいことです)。そこでこの歌のサビが出て来るらしく。
すみませんオゲレツなのが流行るのが市井のならいでして。
オゲレツというほどではないのですが、昭和中ごろにはこんなのがよく歌われました。
♪印度の山奥 デンデンムシかたつむ りんごはまっかっ かーちゃんおこりん ぼーくはないちゃっ たぬきのき○○ま ぶーらぶら (終)
これはいろいろなバージョンがあるらしく、他にも我が家のあたりで流行ったのは
♪印度の山奥 デンデンムシかたつむ りかちゃんないちゃった~(途中記憶なし) レーインボーマンじゅう喰いたいな (終)
もっと罪のないあたりでは、靴隠し、という遊びが、わが田舎では「じょーりけんじょ」と呼ばれておりまして、片方ずつ靴を出して、代表がオニを決めるために、その靴を一つずつ指しながら歌う歌も不思議でした。
♪じょーりけんじょ、じょりけんじょ、じょーりとかずらと、かずらのこ、どんどこもえて、あかさかホイ(ここで指さした靴の持ち主が鬼となる)
どこか懐かしく、あやしく、哀しく、いかがわしく、言語道断でもあるような、不思議なメロディーが今でも脳内をぐるぐる回っております。
この辺を乗り越えて、前に進みたいとは何かと思うのですが、時おり蘇ってしまうのもまた、どーしよーもないですね。
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いったん公開してから思い出した、わが地方に伝わる呪いの歌。
これは冬場、せっかくひなたぼっこしていたのに、誰かに日射しを遮られた時に相手を呪い殺す歌です(誇張)。
♪ うーらんかーげになーると、あかぎれきーりょ、ひびきーりょ
ばーんにぽっくり、しーんじまぇ
(訳:汝、我が日射し浴びし時、影となるなかれ、さもなくば、汝の皮膚ぞ皸れん、皹入らん
宵に入りし時、汝俄かに死の国に入らん)
ハバロフスク小唄というものが、あったらしいです。




