対面
円がKテレビの「5時からブンブン」を見ていると最上仏具店の開運グッズの話が始まった。
啓二の兄が率いる取材班の仕事だろう。女性のレポーターが映っている。
「今日は最近ラッキーグッズが評判の仏具店にやってきました。
仏具店と言っても、今回取り上げるのは仏壇ではなく女性向けの開運グッズです。」
レポーターが店内に入る。
「この手書きの宣伝、光ってます。
数珠、ブレスレット、御朱印帳、みんな光ってます。
店長さん、これなんですか?」
「それは企業秘密です。」
「そこをなんとか。」
「無理です。」
「残念ながら開運グッズの詳細は企業秘密だと言う事で教えてもらえませんでした。」
あれほどの力の持ち主に対して啓二もその兄も少し気を抜きすぎていると円は番組を見て思った。
実際に罰を当てられた人間がいるのだ。
何が相手を怒らせるか分からない以上慎重にしすぎると言う事は無い。
啓二は御利益しか得ていないから危機感がない。
相手を怒らせない自信があるのだろうが、啓二も吉 祥子さんとやらに会った事は無いはず。
楽観できるような状況ではない。
実質的に何も出来ない状況を円は歯痒く感じていた。
円が忸怩たる思いのまま3週間が過ぎ、サラスバティ・モトワニさんのコンサート当日となった。
円はコンサートの始まる午後6時半の30分以上前からステージと二階から上がってくる階段の間に立って客席の方を観察していた。
対象はステージじゃなく客席に来るはずだ。
円は1階からエスカレーターで巨大な気がこちらに向ってくる事に気がついてぎょっとした。
例えば象や恐竜がエスカレーターに乗ってくるのに気がついたようなもの。
怪獣映画の中に入り込んだような感じだ。
勿論、円の視覚が捕らえているのは沢山の人の頭の中の一つでしかない。
感覚のずれにくらくらするのはいつ以来だろう。
だがこの気配は存外温かい。
祟りをなすような感じは微塵も無い。
彼女は円の直ぐ横を通り過ぎて、大階段の観客席の最前列に座った。
定刻になりコンサートが始まったが、円はステージの横からずっと彼女を観察していた。
ステージの方にも巨大な気が存在したが位置的に直接見ることは出来ない。
こちらの方は少し冷たく鋭い感じがした。
6時半にスタートしたコンサートの進行と共に、大階段の上に見える空は段々と色を深めていった。
コンサートも終盤に差し掛かると、司会者が「この次はインドの神々に捧げる歌です。」と案内して、歌が始まった。
するとステージの上の巨大な気が上方に吹き上げ、無数の小さな光となって落ちてくる。
あまりの事に円は唖然としてしまった。
曲が終わるとしばらくその場を静寂が支配した。
すこしあって、コンサートの終了を告げるアナウンスがあり、円はこの瞬間を逃すまいと彼女の元に駆け寄った。
「少しお話できませんか? 吉 祥子さん。」
と円は声を掛けたが、声が震えなかったか自信が無かった。
彼女は警戒したように
「どんな御用ですか? それに何故私の名前を知ってるのですか?」
と答えた。
「お時間をいただければそれも含めてお話しします。
その辺のカフェでお話出来ませんか?」
「多分カフェとかいっぱいだと思うけど予約してあるんですか?」
円は自分のうかつさを恥じた。
「いいえ、ではその辺の隅の方ででも。」
なんとか大階段のエスカレーターと反対側の隅の方に誘導して話始めたよ。
「で、話って何ですか?」
と彼女に問われて、円は勇気を振り絞って切り出した。
「大変失礼とは思いますが、SNSのシュリー(吉祥)@SriってIDはあなたですね。」
「何故そう思うのですか?」
「『K市不思議館』と言うサイトをご存知ですか?
私はあそこの関係者です。」
「え、そうなの?」
「シュリー(吉祥)@Sriさんは何人かをブロックしてますね。
『K市不思議館』の管理人がブロックされた人が、ブロックされて以来極端に運が悪くなったと言ってます。
たとえ、私にいかなる報いがあってもかまいません。
彼らのブロックを外してもらえないでしょうか?
お願いします。」
彼女の身体は強い光を放ち始め、全く違う口調で、
「あなたの行為は賞賛こそすれ、報いを受けるようなものではありませんよ。」
と答えた。
円は上位人格、いや上位神格に直訴を許されたと感じた。
「ありがとうございます。」
彼女は元の人格に戻り、直ぐに去ったが、円は暫く頭を下げたままだった。
円はこの件に関する自分の役割が終った事を感じた。
上位神格はきっと問題を解決してくれるに違いない。
自分に出来る事はここまでだと円は思った。
その後、罰を当てられたお客さんからブロックが解除されて、それ以上の不幸は起きていないと言う連絡を受けた。
その後は円は彼女と特に関係することは無く、秋になって啓二からシュリー(吉祥)@Sriのオフ会の話を聞いたぐらいだった。
K市不思議館 完