データ消失
「どうなってるんだ?
取材分はともかく番組マスターまで無いってどういう事だ。」
プロデューサーの雷が啓太を直撃した。
東京のキー局に提供するはずだったビデオが消えていたからだ。
「そんな事言われても、取材した内容は全部編集に渡して元々手元には持ってませんよ。」
「バックアップも無しか?」
「取材班でバックアップ持っても仕方ないでしょう?
大体途中でアクシデントがあったから、インタビューとしては成り立ってないじゃないですか。」
「だからと言って番組マスターまで無くなって良いわけがあるか。」
「それは取材班の管轄じゃないでしょ。」
「仕方ない。もう一度インタビューを取れ。
それとアクシデントについても取材しろ。
あれはあれで面白いネタかもしれん。」
啓太は思った。
気楽に言ってくれるよ、プロデューサーは。
サラスバティーさんについては、インタビュー取れって言っても、連絡先も何も分からない。
日本の芸能プロダクションに所属してるわけでもない。
相手も警戒してるし、もう一度突撃取材するのも難しいだろう。
もう1人の子の方が簡単そうだな。
サラスバティーさんも親友だって言ってたし。
時間がある時T高校に行って、あの子に話だけでも聞いてみるか。
その日の放送が終わり、いつも通り9時に退社して自宅に戻ると意外な話が待っていた。
「兄さん、昨日の放送の録画消した?」
「いや、どうかしたのか?」
「サイトに乗せるのに確認しようと思って見たら消えてるんだ。」
「なんだって。」
啓太はHDレコーダーの録画済み番組を確認すると、確かに昨日の『5時からブンブン』は無かった。
「お前、何かやったか?」
「何もしてない。見ようと思ったら無かったんだ。」
「実は局でも取材画像も、番組マスターすら消えてたんだ。
消したと言う人間はいない。
もっとも消してたとしても名乗り出るとは思えないが。」
「これは怪奇現象だね。
サイトで番組録画持ってる人間募集してみるよ。」
「お前、能天気だな。」
「何で?新しいネタが向こうから転がり込んできたんだ。
それで、Kテレビとしては何かするの?」
「プロデューサーにサラスバティさんの再取材を命じられたよ。
それとあの発光現象の調査も。
とりあえずあの女子生徒に当たってみるつもりだ。」
その週は通常の業務で忙しく、結局次の週の月曜日にT高校に行く事になった。
啓太が校門前で待っていると、この前の女子生徒が友人らしい2人と一緒に出てきた。
その女子生徒は啓太を見ると、いやそうな顔つきになった。
啓太は
「ちょっとお話出来ないかな。」
と声をかける。
「不審者だよ。誰か先生呼んで来て。」
「違う、違う。俺こういうもの。」
と言うと啓太はポケットから名刺入れを出して、名刺を差し出す。
ところがその女子生徒は更にエキサイトして
「警察呼びますよ。」
と大きな声を出す。
「だからKテレビの者だって。」
と啓太が言っても
「名刺なんか簡単に作れるから。何の証明にもなってない。」
と言い張る。
「ほら写真入り社員証。」
と啓太が社員証を示すと、
「へー。」
と隣に居る女子生徒がつられた。
肝心の女子生徒は
「取材拒否します。」
と言うので
「そんな事言わずに。」
と啓太は追いすがった。
「取材される理由なんてないです。」
と拒否されても、
「君、この前サラスヴァティーさんに親友だって言われてた子でしょ。」
と啓太は言い募った。
気がつくと3人の向こうにサラスヴァティーさんがやって来た。
その女子生徒は啓太がサラスヴァティーさんの方に向いたのに気づかず
「サラスヴァティーさんとはあの日初めて会ったんです。親友なんて。」
と言ってしまった。
サラスヴァティーさんはその女子生徒に
「悲しいこと言わないで。シュリー。」
と言うと、啓太の方を見て
「TV取材にも礼儀と言うものがあるでしょ。
シュリーに無礼をはたらくと罰が当たりますよ。」
と言う。
罰があたるってどう言う意味なんだろうと啓太は思った。
啓太は今度はサラスヴァティーさんに矛先を向けた。
「そうだ、サラスヴァティーさんにも取材出来ませんか?」
サラスヴァティーさんは怒ったように
「だから取材するには、ちゃんと事前に申し込みなさい。
お宅の取材は金輪際うけません。
撮影したら肖像権侵害で訴えますよ。」
と答えた。
女子生徒はサラスヴァティーさんのまねをして、
「この前の取材は無許可だから、私の肖像権も侵害してます。
一般人だからと言って無許可で流しても良いって事はないでしょう。
画像の破棄を要求します。」
と言う。
「やっぱり、君じゃないか。
でも、画像はもう無いんだよ」
「え、どう言う事なんですか?」
「放送の翌日確認したら、取材したデータも、番組のマスターですら消去されてた。」
「私の肖像権の問題でもあるので、詳しく聞かせて貰えます?」
「取材に応じてくれるなら。」
「分かりましたよ。」
啓太は女子生徒3人をつれて近くのファミリーレストランに入った。
「えーっと、君達全員T高校の生徒さんだよね。何年生?」
「全員1年生。同級生です。」とえっちゃん。
「名前教えてくれるかな。」
「恵 悦子です。」
「最上 霧子です。」
「吉 祥子。」
「サラスヴァティーさんとも同級生?」
「そうです。」と恵さん。
「そんな事より、まず聞きたいんですけど、画像消去されてたってどう言う事なんです?」
と吉さん。
「まだ質問が済んでない。」
「先に答えないとこちらも答えませんよ。」
と吉さん。
「どう言う事も何も、原因不明だよ。
取材の翌日キー局が午後のワイドショーで使いたいって言うから確認したら全部消えてた。」
「放送局内の誰かが消したって事ですか?
それともサラスヴァティーさんから肖像権侵害だって言われたから局として消したとか。」
と吉さん。
「肖像権侵害だって言われたからって、勝手に消したりしない。
放映しちゃったんだから、画像消したって肖像権侵害がなくなるわけじゃない。
先に消したら証拠隠滅って見られてかえって不味い。
少なくとも相手方の弁護士同席の下でなきゃ。
関係者全員に事情聴取があったけど、消したって言う人間はいない。
番組マスター消したとなると大事だし。
分かってる事はそれだけだよ。
じゃあ、そちらの事を聞かせてくれ。」
「話しても良いんですけど、サラスヴァティーさんの絵が使えないのに私たちに取材しても意味無いのでは?」
としつこく吉さん。
「肖像権の使用許諾はまだ交渉の余地はあるし、君の話を聞くのが今日の俺の仕事。
自分の判断で仕事放り出すとか雇われてる身じゃ出来ないの。
じゃあ、まずサラスヴァティーさんて学校じゃどんな感じ?」
「結構人気ありますよ。
音楽の時間にギター弾いて歌ったんですよ。
それで音楽取ってって、ファンになっちゃった子が一杯居るみたいですね。
私と祥子ちゃんは美術だけど、霧子ちゃんは音楽取ってるから……。
サラスさんの歌聞いたんだよね、霧子ちゃん。」
「うん、私、サラスさんのファンだよ。」と最上さん。
「君らサラスヴァティーさんの事、サラスさんって呼んでるの?」
「サラスさんが最初の自己紹介の時、自分で『サラスって呼んで下さい。』って言ったんだよ。」
と恵さん
「サラスヴァティーってインドの神さんの名前だって知ってた?日本で言うと弁天さん。」
「知ってますよ。私仏具屋の娘だし。」と最上さん。
「インドじゃ向こうの神さんの名前を付けるのはわりとあるらしい。
けど、彼女、本国じゃあ『女神の化身』とさえ言われてるらしい。
モトワニって姓も上位カーストのものだし、ひょっとすると女神が先祖って言う家伝があるのかも。」
「で、そのサラスヴァティーさんが君の事、『彼女に会うために日本に来ました。』『私たち親友です。』って言ってるんだけど、どう言う事?」
「そんな事言われても、私があの日初めてサラスさんと会ったのは事実ですよ。」
「彼女君の事シュリーって呼ぶけど、あれはどう言う意味?」
「知りません。彼女に聞いてください。」
「シュリーは吉祥天の吉祥の事なのね。
だから祥子ちゃんはよししょうこ、姓と名前続けて音読みしたらキッショウコでしょ。
だからシュリー、吉祥って呼んでるんじゃないかと仏具屋の娘としては思います。」
と最上さん。
「そうなのか。」
「で、この前の取材の時、君光ったよね。あれどう言う事?」
「何かが光ったのは分かったんですが、私が光ったんですか?
初めて知りました。」
「君が光ったところはビデオにちゃんと撮られて……消されちゃったか。」
「私、祥子ちゃんが光ったの見たよ。」と恵さん。
「えっちゃんは見たって言うけど、自分が光ってるかどうかなんか分からないよ。
でしょ。」と吉さん。
「そりゃ鏡でもなきゃ分からないよね。」
と最上さん。
「今の今まで光ったのが自分だって知らなかったんだから答えようが無いです。」
と吉さん。
「まあ、仕方ないな。ビデオ残ってりゃ本人に見せて検証できたのに、ないものは仕方ない。
今日はご協力どうもありがとうございました。
上の方がなんか言った時連絡できるように連絡先教えてくれないか?」
女子高生3人とメールアドレスを交換して、取材は終了となった。
その日啓太は帰宅すると、啓二に言った。
「今日あの光った女子高生と会ってきたが、何の証言も得られなかった。
あのガードの固さは何かあるな。
名前は吉 祥子、サラスバティーさんにはシュリーって呼ばれてるらしい。」
「シュリーってヒンドゥー教の3大神の一人ヴィシュヌの奥さんのラクシュミーの別名でしょ。
サラスバティーとラクシュミーとパールヴァティーでヒンドゥー教の3大女神じゃん。」
「シュリーは吉祥天で、その子はよししょうこ、
姓と名前続けて音読みしたらキッショウコだからそういってるんじゃないかと言ってた。」
「それおかしくない?
サラスバティーさんがいくら日本語が出来ると言っても、音だけ聞いたら全然違うし。
そもそもヒンドゥー教徒が女神の名前をそんな語呂合わせみたいなので使うかな?」
「それは分からん。
だがあの子については不可解な点が多いな。」