突撃取材
ローカル局Kテレビの地元情報番組のディレクター、 鈴 啓太はプロデューサーに呼ばれていた。
「日本ではあまり知られていないが、サラスヴァティー・モトワニと言えばインドでは若手No.1の歌手だそうだ。
その美声は女神の化身とさえ言われるらしい。
その彼女が音楽活動を休止して、交換留学生として市内のT高校に一年間いると言うんだ。
突撃取材に行ってこい。
うちみたいなローカル局にこんなチャンスまずないぞ。」
「でも、いきなり今日取材ですか?」
「登校初日なんだと。
他社が気づく前に取材するんだ。
ぐべこべ言わずに、さっさと行ってこい。」
啓太は思った。
現場に行かないプロデューサーは簡単に取材しろと言う。
何処から入手した情報か知らないが、大体『サラスヴァティー・モトワニ』なんて歌手知らない。
日本語喋れるのか?
今日突然出た話にしては資料は妙に整ってるな。
啓太はプロデューサーから貰った資料に一通り目を通した。
サラスバティー・モトワニ、16歳。
昨年公開された神話に題材を取ったインド映画の主題歌で大ブレイク。
エキゾチックで幻想的なプロモーションビデオは欧米でも評判となる。
日本で知られてないのはその映画が日本で未公開な為らしい。
街角取材担当の秋 恵子アナウンサー、カメラ、音声と打ち合わせをした。
「取材の対象はこの写真のサラスヴァティー・モトワニさん。
インドの若手No.1歌手なのに、一年間交換留学でK市にいるんだとさ。
インドだけじゃなくて欧米でもブレイク中らしい。」
「留学してきたのはT高校だ。
T高校の校門から大通りまでの間で捕まえてインタビューする。
質問内容は日本に交換留学する理由、日本の感想、音楽活動についてなどで頼む。
授業終了が3時過ぎ位だから、2時には現地に着きたい。
それじゃ直ぐ準備に掛かってくれ。」
4人でT高校のそばまでバンで移動し、付近の駐車場に止めてT高校の校門から表通りに出た所に移動した。
T高校の校門から公道までは15m位小道があり、両側に木が植わっている。
一目でTVクルーと分かる三人は木で死角になる位置に待機して、啓太が校門から中をうかがった。
まだ少し時間があるようだ。
啓太が取材対象が校門から出るのを確認したら、3人に合図して校門の外の小道で突撃取材をする。
啓太はちゃんと言葉が通じるか心配になった。
秋 恵子アナウンサーはK市内にあるN女子大の英語英文学科卒。
あそこはたしか留学必須だったはず。
もし取材対象が日本語が覚束なかったとしても、英語でのインタビューは可能だろう。
だが、夕方の放送までに翻訳してキャプション付けるだけの作業時間があるかは微妙だ。
日本語で出来るほうが好ましい。
そもそも、視聴者も取材対象について知ってるとは思えないが。
そうか、ひょっとして、近々主題歌を歌ったという映画が日本で公開されるのかも。
だとすれば、この取材自体その映画のプロモーションの一環。
だから、配給会社から資料と交換留学に関する情報が提供されたのか。
どこの配給か知らないが、プロジューサーとコネがある所はあるだろう。
現場の知らない所でそういう話があっても全然不思議じゃない。
これが日本の芸能人なら芸能プロダクションがやらせてるって事だろうが。
啓太が勝手な想像を巡らせている間に鐘がなって、校門から生徒たちが下校を始めた。
今日初めて登校なら、まだ部活動は無いだろうが、直ぐ下校するとは限らない。
出来れば早く出てきて欲しいと啓太は思った。
少しして取材対象らしい生徒が校門に向かってくるのが見える。
女子生徒としては身長が高く、目立つ。
ブレザーの制服はあまり似合ってなくて、周りの生徒たちと比べると違和感があった。
と、通りに迎えらしい、スーツを来た男が運転するベンツのSクラスが校門前に止まった。
迅速に行動しないと、揉めると厄介だなと啓太は思った。
取材対象が校門から出たのを確認して、死角にいるスタッフに合図を送って一気に駆け寄った。
恵子アナウンサーがマイクを付き付け話しかけた。
「地元Kテレビの『5時からブンブン』と言う番組です。
サラスヴァティー・モトワニさんですね。
取材お願いします。」
「何の御用でしょうか?」
日本語で応対が出来て啓太は少し安心した。
「今回1年間音楽活動を停止して日本に交換留学で来られたと言うことですが。」
「その通りですが。」
「音楽活動を休止して、全世界のファンは落胆していると思いますが、何故そのような事を?」
「私にはどうしても会わないといけない人がいたんです。」
取材対象は横を通る女子生徒の肘を掴むと
「彼女に会うために日本に来ました。」
と言いながら、その女子生徒を自分の前に立たせた。
恵子アナウンサーは女子生徒の方にマイクを向けると、
「サラスヴァティーさんとのご関係は?」
と詰め寄った。
女子生徒は当惑した表情で、
「エーっと。」
とだけ答えた。
取材対象は少しおどけた
「私たち親友です。ねー。シュリー。」
と言う。
シュリーって何だ?と啓太は思った。
取材対象とその女子生徒は何か日本語でも英語でもない言語で言葉を放つと、女子生徒が一瞬フラッシュのような閃光を放った。
周りの野次馬を含めて閃光に気をとられ、気がつくと女子生徒は野次馬にまぎれてしまい、取材対象は車に乗って行ってしまった。
これ以上T高校の校門前にいても意味は無いので、取材班はバンまで戻って車内で映像を確認した。
明らかに女子生徒の全身が閃光を放っていた。
啓太はプロデューサーに電話で連絡して、取材班は局に戻る事になった。
局に戻るとプロデューサーと映像を確認した。
空は快晴で、落雷の可能性は全く無かったが、取材中発生したアクシデントを「落雷か?」と言うコメント付きで報道すると言う形になった。
プロデューサーの話では、今回の取材はやっぱり映画がらみだったようだ。
Kテレビは独立系にもかかわらず、取材ビデオを系列でもない東京のキー局に後日提供すると言う話まで既に出来ていたようだ。
5時からの1時間番組が終わり、啓太は9時まで仕事して退社、コンビ二で夕食を買ってそれほど遠くない賃貸マンションに帰った。
啓太はそのマンションに弟である啓二と二人で住んでいる。
元々一人暮らしだったが、弟がK市の大学に入学したので、卒業までの間だけと言う事で弟と同居する事になった。
去年から弟はろくに大学に行かずに、ネットでいくつかのサイトを運営して収入を得ていた。
家賃や光熱費を折半し、食費は自分で出すようになって啓太としては何も言えなかった。
そもそもどう生きるかは本人の問題だと言うのが啓太の持論だ。
弟のやってるサイトの一つが「K市不思議館」と言う。
これは元々啓太が深夜番組の企画のためにK市の心霊スポットとか怪談などの情報を集めたものが元だ。
情報集めは局の仕事で忙しい啓太に代わって弟が主導的に集めたものだから啓太としても文句は無い。
ただ、それが元でネットサイトの運営で稼ぐようになり、大学に行かなくなったのには多少責任を感じている。
啓二は今日の放送、特に閃光を放った女子生徒に興味深々のようだった。
まあ直接取材した本人が目の前に居れば、聞きたい事も多いだろうが。
「K市不思議館」のアクセスアップのためにも独自情報が欲しいのは当然の事だ。
啓太だって、視聴率を稼げるネタを見逃したりしない。
啓太と啓二は、二人で何度も録画を見ながら詳細に確認することとなった。