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一週間  作者: α
4/10

木曜日

窓の外に規則的に何かをたたくような音がしている

気持ち悪さで目を覚ますが起き上ることができない

しばらく横になったまま音に耳を澄ませる――昨夜の予想通りに今日は雨のようだ

スマホで時刻を確認すると4:16と表示されている

起きるには早すぎるが気持ち悪さに耐えきれない

仕方ないとふらふらしながら起き上り冷蔵庫を開くが水はない

引っ越すから残せないと買わずにいたからだ

あきらめて蛇口をひねり水をコップに注ぎそれを飲む

気持ち悪さを和らげることなく冷たい感覚だけが体を駆け巡った

布団に戻ると眠ろうと試みるが眠りなおすことができない

うとうとするが気が付けばまた目が覚めてしまう状況が続いた

どこかで昼寝でもすれば帳尻は合わせられるだろうと昨日購入したDVDをもう一度見ることにした

そういえばこの作品も「いつだって雨の日」という状況で「誰かが死んでしまう」というようなシチュエーションをコミカルに描いた作品だ

コミカルすぎて命についてまでは考えが及ばなかったようだ

やりきれなくなってDVDを止める

スマホに収めた写真を眺めるが――そこにモモの画像はない

火曜日に捨てたはずの過去に僕は囚われている

ある意味では自然なのかもしれない――命が失われることが喪失ではなくたとえば記憶や過去に触れるようなきっかけになるならばその命がカンフル剤になりうるのだから


スマホでしか時間を確認できないこの部屋ではその時間の流れを正確にとらえることができない

暗く寒い部屋で時間を雨音だけが伝えてくれる

頭も重く何をする気にもなれない

ぼんやりと今日という日をどうするかを思い浮かべていたが気が付けばまた眠りに落ちていた

ぼんやりした夢を見た

内容も一切思い出せないほどにぼんやりした夢だった

再び目を覚ますと気持ち悪さがいくらかは和らいでいて僕は起きることにした


スマホで時刻を確認すれば8:32と表示されている

気晴らしもかねてコンビニへ買い出しに行くことにする

簡単に着替えビニール傘を持つと部屋を出た

傘を広げると頭の上に規則的な音が響き渡る

この透明さが好きだった

気が付けばずっとビニール傘を使っている

スーツ姿の男性とすれ違う

気が付けばこの一週間も折り返し地点に入ったことになる

後は部屋の引越し屋に荷物を預けることと退去の立会いくらいが残っている程度だ

あの部屋での立会が終わり僕は駅へ向かう

そして改札をくぐればこの町での生活が終わることを意味する――特に悲しみも未練もないのだが


コンビニに入ると人気がない

所々の棚が空っぽになっているところを見るとどうやら朝ラッシュが終わったようだ

パンを適当に選び缶コーヒーを3本と水をかごに入れとレジへ持って行った

必要最低限の会話もなく会計を済ませると店を出る

傘を再び広げれば頭の上に規則的な音が再び聞こえ出す

スーツ姿の男性とすれ違う

来週には僕もスーツを着る生活に戻っている

時間は求めれば足りなくなるもので求めなくても流れてしまうものなのだろう


部屋へ戻り簡単な朝食を済ませようと袋からパンを取り出したときにメールが届いた

確認すれば高校時代の友人からだった

いまどきEメールを使っているのかと思われそうだが最近のSNSでのやり取りをしないほどに自然と距離が生まれただけの話だ

本文を確認すると

「あいてる夜はある?」とだけ書かれていた

簡潔すぎるがその分干渉もしない奴だったことを思いだす

「今日か明日なら一日中あいているよ」と返す

お互いの最寄駅さえ知らない関係だった

「今日非番なんだけどそしたら昼くらいから会える?」と来る

久しぶりでいきなり会いたいと言われるとたとえ昔の友人とはいえ――そういう変につながりがあるからこそかもしれないが――疑う気持ちをぬぐいきれない

「構わないけど用件だけ聞いてもいい?」と探りを入れる

「ごめんごめん実は引っ越すから色々と教えてほしい」と返信が来る

引越し位ならば一人でできそうな気もするが細かいところはやはり経験者に聞く方がいいのは今も変わらない

僕自身も先輩に「電気も買うんだよ」と言われいきなり盲点を突かれたことを思いだす

(幸いにして借りた部屋には備え付けの電気があったので買うことはなかった)

「OK!そしたら場所を教えてくれるかな」と促す

彼が指定したのは実家に近い繁華街だった


やり取りを終えるとスマホの時刻は9:15と表示していた

缶コーヒーを開け一口飲む

ざらりとした苦みが口に広がった

久々に人に会う気がするなと思いながらもどこか浮き足立ってしまう

結局朝食もどこかで食べていこうと服を着替え身支度を整えると部屋を出た

駅前のファーストフードに入る

適当な注文を済ませ料金を払いトレーを受け取る

あいている席を見つけそこに座る

メールを読み返す

そもそも何を知りたいのかがわからないことに気づく

案外に何がわからないのかもわからない状況かもしれない


僕の場合もそうだった

必要に迫られて引越しをした

時期も悪く3月の終わりに引越しを決めた

インターネットで妥協できそうな物件を見つけそのまま取り扱いの不動産屋へ電話を入れた

「そしたら抑えときますので一度ご来店いただけますか?」と言われ確か次の日くらいには行った気がする

結局見かけた物件は間取り図がごまかしている気がして別の物件を見つけてもらった

時間がなかったことを覚えている

「その日に内見して決めなければならない」と焦っていた

いくつかの候補を上げてもらう

無駄にこだわりの強かった東京という場所を変えることはなかった

他はいくらでも妥協を許せた

バストイレは幸いにして別々だった

キッチンが小さくて自炊はそこまでできなかった

部屋というものは不思議なもので済む前のイメージでは思い浮かばないような部分で影響を与えてくることもある

そんな経験を聞くことでいくらかの対策になるならばいくらでも教えてあげたいとは思う

彼の性格を思い出す

試験前にはそれなりに勉強していた気がする

普段はよく覚えていないがくだらない会話を繰り広げることがよくあったような気もする

正直言えば僕自身があまり覚えていないだけの話だ


ぬるくなったコーヒーを一口飲む

大学を卒業して以来一度もあっていない

(大学は別の場所へ進学したがそれでも数えるほどの交友はあった)

そう考えるとなんだか不思議だが卒業してから――たとえ流され続けた結果だとしても――ずいぶん遠くまで来たんだなとも思う

久々に会う友人はどんなだろうか?

期待はしないけど不安にはなってしまう


冷めたパンを黙々と平らげる

考えたところで何もわからないならば成り行きで対応すればいい

そう思い直し店を出た

雨が一段と強くなっていた


すいている列車に乗り込んだ

あいている席に座る

思い返せば節目になる日はいつも雨だった気がする

中学校は入学式も卒業式も雨だった

高校生の卒業式の日は雪だった

大学生の時には確かオリエンテーションが始まる日が雨で卒業式も雨だった

新卒で入社した会社は入社式を早めに行った気がしたがその日が雨だった気がする

それでも雨だからなのか記念日になるからなのかは知らないがいい思い出になってしまうのが不思議だ


列車は順調に走り続ける

そういえば今の町で生活を始めた時にも雨の日の方が印象が強い

雨の日に昔好きだった人に良く似た後ろ姿を見かけた

雨が何かを消していくような感覚が意外と好きだった

温度も匂いも思い出さえも流してしまう――そんな感覚がどこか好きだった

雨上がりの晴れた空に新しく感じた匂いや温度が僕の中を少しずつでも満たしていく気もした

それはただ僕がそう思いたかっただけの話かもしれないけど

新しい町で新しい道を覚えるたびに昔の通いなれた道を忘れていく

どこかでそれを望んでいたような時もあった

結局失ったものと新しく手に入れたものがめぐり続けるだけで僕の中は案外に一定だったのかもしれない

窓の外を雨が叩きつける

また少し雨が強くなった気がした……


乗り換えるための少し大きな駅で途中下車をする

まだ時間があるから本屋にでも寄って行こうと思う

こういった時間の使い方が好きだったのに気が付けば能率ばかりを求めるようになっていった

駅ビルの上の階に本屋がある

開店したばかりで人気はまばらだ

急ぐ理由はないけれどエレベーターを待つのが好きではないからエスカレーターで上がっていく

やはり各フロアで人気のなさを感じるが雨だからなのか時間が早いからなのかはわからない

本屋を一巡りするも特に気になる本があったわけではなく駅ビルを後にした


普段は使うことのなくなった路線に乗り換える

ここからは懐かしい場所へ向かうたびになるのだろう

どこかそわそわしている自分を感じた


少し待つと列車がホームに入ってきた

久しぶりに見る色の電車に懐かしさを感じる

車内は空いていてこちらも久しぶりのボックス席に座ることができた

少しの停車時間があって列車が走りだした

使い慣れた街を見下ろせる不思議な感覚だが雨がほんの少しだけそれを邪魔した

ゆったりと走り続ける

空も車内から見下ろす街も今日は暗い

それでもいくらか雨が和らいだようだ


彼とは何を話せばよいのだろうとふと思う

何より僕が一人暮らしを始めたのは最近のことだから彼が知っていることが不思議な気もするがそれも聞いてみよう

なにしろ久しぶり過ぎて話題が見当たらないのだ――まさか当時好きだったアイドルの話で盛り上がれるとは到底思えない

それに彼が当時好きだったアイドルを僕は知らないのだ


列車が止まる

どうやら駅に着いたようだ

大きい駅ではあるがそこまで人は乗ってこない

ここでも少し停車時間があって発車した

どこか通いなれた感覚と懐かしい感覚が入り混じる

離れたとはいえどこかで覚えているものがあるのだろう

列車が速度を上げて走り続ける

隣を新幹線が追い抜いて行った

あと40分くらいで待ち合わせの駅まではたどり着けそうだ


ふと雨が降っていないことに気づく

それでも空は暗いからまた降り出す可能性もありそうだ

景色が懐かしさを思い出させる

それでも来週にはまた新しい町で生活を始めているからこの景色がどこか遠いものになっていくのも時間の問題かもしれない

そんなことは今までにも経験してきたことだ

学校を卒業するごとに通学路が懐かしい場所に変わった

通学で使っていた路線が変わればその路線が懐かしい路線に変わった

それでもそこに未練はなかった

今回も仕事を離れても町を離れても未練はないはずだ

そして今までと同じようにいつかは思い出になるだけ――思い出すかもわからないけれど


そんなことを色々と思い出していくうちに目的の駅についていた

待ち合わせの時間までは1時間ほどある

改札を抜けると目の前には本屋があった

そこで一冊の本を買いカフェで時間をつぶすことにした


どういうわけだか別れを選んだ作品を手にしたようだ

単調な日々とか外に描く夢とかそんなありきたりなストーリーで物語も淡々と続いていく

それは僕が昔に描いていたものときれいに重なるような気がした

学校も就職先も働き方も――何も知らなかった

何も知らないからこそ――他をうらやましく思ってしまいくだらないことに一喜一憂していた

そして今――あの頃よりは少しだけ知っていることが増えたのに――それはもっと強くなっているような気がする


スマホで時刻を確認すれば待ち合わせの10分前になっていた

店を出て待ち合わせの改札へ向かう

おそらく顔とかは変わっていないだろうからお互いに会えばわかる――待ち合わせも不安に思うほどの月日が流れたのだろうか


ほどなくして待ち合わせ場所にたどり着いた

ほんの少しも待つことなく彼から声をかけてきた

久しぶりに見る彼の顔は昔に比べて鋭くなっていたが話し方やそこから感じる性格は少しだけ柔らかくなったようにも思えた


並んで歩き出す

「いきなり悪いな」

「ちょうど離職していて退屈だったからむしろうれしいよ」

「離職?」

「気にするなよ転職とかをうまくやると一週間くらいは空白にできるんだ」

「転職をしたことがなくて」

「機会があればしても悪くはないよ」

「そっか」

といきなり話がずれた気がしたが友人という類はそれくらいがちょうどいいような気もする


「ところで引越しとは?」

と僕が話題を変えてみる

「あぁ少し遅くなったけど一人暮らしを始めるんだ」

と答えた彼はどこか嬉しそうだった

「今までは実家?」

「そうだね泊まり勤務がある世界だから意外と実家の方が都合よかったりして気が付けばずるずるしてた」

「それならどうして?」

「どこかで区切りをつけたかった」

多くを語る必要がないのも友人の類に含まれるのだろうか

おそらく彼は家族とあまり上手くいかなくなってきたのだろう

そして前々から興味だけはあった一人暮らしに踏み切ったのだろう

そんな気がしていた


しばらくすると大型の家具量販店にたどり着いた

「どんな部屋にするの?」と彼に聞く

僕自身はインテリアは計算とイメージが重要だと思う

間取りと家具のサイズを確認しイメージと実際のすり合わせをしないとちぐはぐになってしまう

出だしでほぼ勝負が決まってしまうものだ

それを痛感したこともあるからこそ彼には失敗してほしくないところだ

「ベッドだけでも大丈夫かな」と聞いてきた

「ベッドだけ?」と問い返す

「あぁ画像見せてなかったね悪い悪い」とスマホを僕に見せてくる

少し広い部屋ではあるがベッドだけとはどういうことだろう

「実は必要なものがわかってないんだ」

と打ち明けられて納得した

「とりあえず服は備え付けのクローゼットに収まるし他に必要なものって何かある?」

と彼は続ける

画像を見る限りではカーテンが必要だ

電気は僕と同じように備え付けがあるから必要ないだろう

「カーテンは」と聞き返す

「ない」と驚きながらもうなづく

「あと家電はどうするの」

「しばらくはスーパーの惣菜とかで賄うけど冷蔵庫と炊飯器とオーブントースターくらい?」

と彼なりの答えを告げてくる

「そうだねあと洗濯機は?」

と僕は返す

「あっ」という驚きが十分な答えになった

「ところでいつ引っ越すの?当日に購入してすぐに取り付けたりする方が楽だよ」と教えると

「1週間後だね」と返す

どうやら今日そろえるつもりでいたようだ

それにしても友人というのは言葉が少なくてもしっかり伝わることに少しばかり僕の方が驚く

たとえ暗い時間だったとしても一緒に過ごしたという事がそういったことにつながるのかもしれない

一通り店内を回り終えたところで「部屋の間取りとかわかる?」と彼に聞く

「わかるよ」とスマホで間取り図を見せてきた

どうやら内見した時にでももらった間取り図をカメラで撮っておいたようだ

「そしたらそれをもとに必要なもの割り出しなよ」と僕は言う

「どうやって?」と不安しかない顔で僕に聞いてくる

「どこに何を置くかとかイメージして書き込んでいくだけだよそしたら必要なものが全てわかるでしょ」と言う

「わかったそうする」と素直に彼はうなずいた


文房具屋でノートとペンと定規を買うと僕らはカフェに移動した

ノートに間取り図を描きだしていく作戦のようだ

彼はすごく楽しそうにそれをしている


僕もそうだった

初めての時は時間がなくとにかく引越しを間に合わせることに集中した

無理やりな引越しを済ませ何もない部屋で一人暮らしを始めた時には――どうしてだか実家を懐かしく思っていた


しばらくすると彼が「できた」と嬉しそうに言ってきた

どうやらイメージもあったらしく無理なことは書いていなかった

「ベッドが拠点になりそう」と特にそこだけは嬉しそうだった


ベッドを壁際におく

壁にもたれかかりながら胡坐をかいて誰かに電話をする

そんなことが少しだけ楽しかった時もあったがその時に誰にどのような電話をしたのかは今では一切思い出せない

高校生のころの僕は国語だけが得意科目ではあったがそれでも教科書に中原中也が出てくると「教科書ごときが載せるなよ」と頓珍漢なことを思っていた

(教科書で扱われるならばそれなりの評価をされているとは知らずに当時は教科書を見下していたのだ)

僕も彼も部活はやっていなかった

授業が終わると速やかに帰宅するような間柄だった

校則が厳しくアルバイトをすることはできなかったが変なところはゆるくて下校時にお店などへの寄り道は公認されていた

僕はよく乗換駅で途中下車して本屋へ寄り道していた

あの頃は決して満足いくような金額ではないお小遣いで本は専ら古本屋で購入するような生活だった

(今になってみれば新品にこだわる理由はないのだが読みたいときに古本屋に出回っていないことが多くそれがストレスでしかなかった)

彼には内緒にしていたが当時彼女がいた

僕とは違い成績も生活態度も優秀だったそうだ

(違う学校に通っていたから共通の友人から聞いた話になってしまうのだが)

くだらない喧嘩をよくしていた

「学校にはちゃんといっときなよ」とか「そんなんじゃ将来困るよ」とか僕の生活態度が彼女が怒る要因だった

「今が楽しくないのに将来が楽しいとは思えないんだ」と僕は答えた

今ならわかる――どちらも正しくて“楽しいか”ではなく“楽しめるか”が重要だったことを

そしてこれも今ならわかる――お互いが若すぎたから――僕らは将来という見えないものに対して描く術を持ち合わせていなかったことも


「どうしたの?何かダメなところある」と彼が聞いてきたところで僕は現実に戻った

「大丈夫だよ」と笑いながら答え

「僕も引っ越すときにはこのレイアウトを参考にしたいなと思っていたんだ」と返した

それは決して嘘ではない――ベッドの上で胡坐をかきながら大切な人に連絡する

壁にもたれながら宙に描く人の顔が誰になるんだろうと気が付けば想像していた

「そんなにいいの」と彼が嬉しそうにいう

「あぁ」と短く頷きそして少しだけ間をおいて――ほんの少し恥ずかしいと感じながらも――言葉を続ける

「壁にもたれながらベッドの上で大切な人に連絡すること考えたらすごくいいと思って」と言うと

「そうなんだよね」と今日一番の笑顔を見せる

そういえば僕らも10年以上が過ぎてからの再会になるわけでそして同じ時間を過ごしていた時から数えれば干支が一周は回ったことになる

それは時代という言葉を使わなくとも僕らの環境が変化してることを当然だと突きつけるような話になるだろう

詳しくは聞かないがもしかしたら彼にも恋人がいて結婚に向けた準備をするために家を出るのかもしれない

離れた時間に比例してもしかしたらそれ以上にお互いがわからなくなるところまで来たのかもしれない


「ご飯でも食べていくおごるよ」と彼は言ってくれたが

「気にすることの話でもないよ」と前置きし「明日は用事があって早いから」と断った

彼が嫌なわけではない――一緒にいる時間が長くなるとまたどこかでバランスを崩しそうな気がしていてそれだけが嫌だった

「そっかでもありがとね落ち着いたら遊びにでも来てよ」と彼が言う

もしかしたら彼も同じことを思っているのかもしれない

「そうだLINEとかやってる?」と彼に聞かれる

「スマホが古いからインストールできないんだ」と古くなったスマホを見せ苦笑いする

「そしたらまたメールするよ」と彼はやはり笑顔で見送ってくれた


ラッシュ時刻でも反対側に乗ればやはり空いている

がらがらの車内で今日の出来事を振り返る


彼は未来を向くことを決意したのだろうか?

一人暮らしを始めることやそこに向けて色々と考えている事からそういう気がしただけだが

僕らのような凡人と評されるような人間にはそれくらいでいいのかもしれない

地位や名誉を得ることよりも一人暮らしから結婚して家族を作る

そんなことを重ねていくことでも前身にはなるのだろう


不意に昔の恋人の記憶がよみがえる

1人目は高校生という若さとお互いの考えの違いから夏の終わりに別れた

最後に彼女と彼女のお姉さんとその彼氏と4人でやった花火を思い出す

最初は皆で盛り上がっていたのだが最後はやはり線香花火で終わりという流れになり

線香花火の時には自然と2人組で別れていた

向こうの方は楽しさがにじみ出ていた

「来年もまたやりたいね」と言えば「その時は最後打上とかにして」と彼氏が笑いながら言う

確かに男は線香花火のよさをわからないのかもしれない

こちらは口数少なく線香花火を眺めていた

バチバチと勢いよく火花を散らし始めその火花がだんだん小さくなっていく

どちらとも口を開かない

最後に火種が地面に落ちた

「もう別れよう」と静かに彼女が言ってきた

僕はそれを受け容れた――誰に対する思いやりでもないのだが悟られないようにすごし自然な流れで解散した

別れた時にはどこか安心していた

悲しいかな彼女も僕を理解してくれないと感じていたからで僕はどこか似たような境遇の人を探していたのかもしれない

その後は特に付き合うでもなく高校を卒業した

2人目の彼女は望まぬ形で大学へ進学した時にできた

どこか病んでいるような印象でそこに強く惹かれ僕は何かを尋ねるふりをして彼女に話しかけた

そこからはあまり覚えていないが彼女の方も僕に話しかけるようになり気が付けば付き合っていた

当時も何かに熱くなるようなことはなかった

彼女とは弱いお酒とたばこを楽しんでいた

僕らは――大人の仲間入りをしたとはいえ――まだ20歳だった

抗えぬ日々に“大人”という自覚を求められ僕らは戸惑っていただけかもしれない

携帯電話こそ持っていたが彼女はめったに電話に出ることはなくメールが返ってくることもなかった

それでも僕らは続いていた

大学3年生の日の長さが徐々に短くなりシャツの袖が長くなり始めたころ彼女から電話があった

「今までありがとう私ね大学を辞めることにした」と切り出し

「最後のわがまま聞いてほしい……私の連絡先を消して……それでお互い幸せを見つけよう」と言われた

僕にとっては何が何だかわからないままだった

後日談だが彼女は田舎に帰ったということだった

卒業しなくてもコネで仕事には就けることや見知った人間しかいないことが決定打になったことも聞いた

東京は彼女には冷たすぎたのか広すぎたのかは未だにわからない

少なくとも僕らがデートを重ねた時に見た東京は――同じ景色のはずなのに――2人に正反対の景色だったようだ

それからは就職を機に僕は1人でいることを望んだ


列車が駅に到着し人が乗り込んでくる


僕自身は前進できているのだろうか?

あの頃のような若さもなければうまく立ち回るだけの能力もない

何より前進するとはどこに向かうことを言えばいいのかが今の僕には定まらない

久々の彼も思い出した昔の人々も今の僕をどう思うのだろうか――そして僕はどう思われたいのだろうか……


規則的なチャイム音が鳴りドアが閉まる

少ししてから静かに走り出した

少しだけ疲れたのか列車の揺れが心地良い


せっかくの時間なんだからやりきるしかないのかもしれないと僕は月曜日の決意を思い出す

とにかく家に帰りプロットを作ろうとそわそわしていた

最寄駅からはスーパーへだけ寄り道し夕飯とノートを1冊購入する

月曜日から今日までの出来事をまとめていく

その作業はあまりに単調でつまらなくそれは久々のはずなのにわくわくすることもなく進む

これこそが僕が全身するために必要になることだけを確信できずともそれができることの全てだと感じてはいた


夜中の2時になりすべてが落ち着くと僕は眠りについた窓の外に規則的に何かをたたくような音がしている

気持ち悪さで目を覚ますが起き上ることができない

しばらく横になったまま音に耳を澄ませる――昨夜の予想通りに今日は雨のようだ

スマホで時刻を確認すると4:16と表示されている

起きるには早すぎるが気持ち悪さに耐えきれない

仕方ないとふらふらしながら起き上り冷蔵庫を開くが水はない

引っ越すから残せないと買わずにいたからだ

あきらめて蛇口をひねり水をコップに注ぎそれを飲む

気持ち悪さを和らげることなく冷たい感覚だけが体を駆け巡った

布団に戻ると眠ろうと試みるが眠りなおすことができない

うとうとするが気が付けばまた目が覚めてしまう状況が続いた

どこかで昼寝でもすれば帳尻は合わせられるだろうと昨日購入したDVDをもう一度見ることにした

そういえばこの作品も「いつだって雨の日」という状況で「誰かが死んでしまう」というようなシチュエーションをコミカルに描いた作品だ

コミカルすぎて命についてまでは考えが及ばなかったようだ

やりきれなくなってDVDを止める

スマホに収めた写真を眺めるが――そこにモモの画像はない

火曜日に捨てたはずの過去に僕は囚われている

ある意味では自然なのかもしれない――命が失われることが喪失ではなくたとえば記憶や過去に触れるようなきっかけになるならばその命がカンフル剤になりうるのだから


スマホでしか時間を確認できないこの部屋ではその時間の流れを正確にとらえることができない

暗く寒い部屋で時間を雨音が伝えてくれる

頭も重く何をする気にもなれない

ぼんやりと今日という日をどうするかを思い浮かべていたが気が付けばまた眠りに落ちていた

ぼんやりした夢を見た

内容も一切思い出せないほどにぼんやりした夢だった

再び目を覚ますと気持ち悪さがいくらかは和らいでいて僕は起きることにした


スマホで時刻を確認すれば8:32と表示されている

気晴らしもかねてコンビニへ買い出しに行くことにする

簡単に着替えビニール傘を持つと部屋を出た

傘を広げると頭の上に規則的な音が響き渡る

この透明さが好きだった

気が付けばずっとビニール傘を使っている

スーツ姿の男性とすれ違う

気が付けばこの一週間も折り返し地点に入ったことになる

後は部屋の引越し屋に荷物を預けることと退去の立会いくらいが残っている程度だ

あの部屋での立会が終わり僕は駅へ向かう

そして改札をくぐればこの町での生活が終わることを意味する――特に悲しみも未練もないのだが


コンビニに入ると人気がない

所々の棚が空っぽになっているところを見るとどうやら朝ラッシュが終わったようだ

パンを適当に選び缶コーヒーを3本と水をかごに入れとレジへ持って行った

必要最低限の会話もなく会計を済ませると店を出る

傘を再び広げれば頭の上に規則的な音が再び聞こえ出す

スーツ姿の男性とすれ違う

来週には僕もスーツを着る生活に戻っている

時間は求めれば足りなくなるもので求めなくても流れてしまうものなのだろう


部屋へ戻り簡単な朝食を済ませようと袋からパンを取り出したときにメールが届いた

確認すれば高校時代の友人からだった

いまどきEメールを使っているのかと思われそうだが最近のSNSでのやり取りをしないほどに自然と距離が生まれただけの話だ

本文を確認すると

「あいてる夜はある?」とだけ書かれていた

簡潔すぎるがその分干渉もしない奴だったことを思いだす

「今日か明日なら一日中あいているよ」と返す

お互いの最寄駅さえ知らない関係だった

「今日非番なんだけどそしたら昼くらいから会える?」と来る

久しぶりでいきなり会いたいと言われるとたとえ昔の友人とはいえ――そういう変につながりがあるからこそかもしれないが――疑う気持ちをぬぐいきれない

「構わないけど用件だけ聞いてもいい?」と探りを入れる

「ごめんごめん実は引っ越すから色々と教えてほしい」と返信が来る

引越し位ならば一人でできそうな気もするが細かいところはやはり経験者に聞く方がいいのは今も変わらない

僕自身も先輩に「電気も買うんだよ」と言われいきなり盲点を突かれたことを思いだす

(幸いにして借りた部屋には備え付けの電気があったので買うことはなかった)

「OK!そしたら場所を教えてくれるかな」と促す

彼が指定したのは実家に近い繁華街だった


やり取りを終えるとスマホの時刻は9:15と表示していた

缶コーヒーを開け一口飲む

ざらりとした苦みが口に広がった

久々に人に会う気がするなと思いながらもどこか浮き足立ってしまう

結局朝食もどこかで食べていこうと服を着替え身支度を整えると部屋を出た

駅前のファーストフードに入る

適当な注文を済ませ料金を払いトレーを受け取る

あいている席を見つけそこに座る

メールを読み返す

そもそも何を知りたいのかがわからないことに気づく

案外に何がわからないのかもわからない状況かもしれない


僕の場合もそうだった

必要に迫られて引越しをした

時期も悪く3月の終わりに引越しを決めた

インターネットで妥協できそうな物件を見つけそのまま取り扱いの不動産屋へ電話を入れた

「そしたら抑えときますので一度ご来店いただけますか?」と言われ確か次の日くらいには行った気がする

結局見かけた物件は間取り図がごまかしている気がして別の物件を見つけてもらった

時間がなかったことを覚えている

「その日に内見して決めなければならない」と焦っていた

いくつかの候補を上げてもらい無駄にこだわりの強かった東京という場所

他はいくらでも妥協を許せた

バストイレは幸いにして別々だった

キッチンが小さくて自炊はそこまでできなかった

部屋というものは不思議なもので済む前のイメージでは思い浮かばないような部分で影響を与えてくることもある

彼もそんな経験を聞くことでいくらかは対策をとりたいのだろう

彼の性格を思い出す

試験前にはそれなりに勉強していた気がする

普段はよく覚えていないがくだらない会話を繰り広げることがよくあったような気もする

正直言えば僕自身があまり覚えていないだけの話だ


ぬるくなったコーヒーを一口飲む

高校を卒業して以来一度もあっていない

そう考えるとなんだか不思議だが卒業してから――たとえ流され続けた結果だとしても――ずいぶん遠くまで来たんだなとも思う

久々に会う友人はどんなだろうか?

期待はしないけど不安にはなってしまう


冷めたパンを黙々と平らげる

考えたところで何もわからないならば成り行きで対応すればいい

そう思い直し店を出た

雨が一段と強くなっていた


空いている列車に乗り込んだ

あいている席に座る

思い返せば節目になる日はいつも雨だった気がする

中学校は入学式も卒業式も雨だった

高校生の卒業式の日は雪だった

大学生の時には確かオリエンテーションが始まる日が雨で卒業式も雨だった

新卒で入社した会社は入社式を早めに行った気がしたがその日が雨だった気がする

それでも雨だからなのか記念日になるからなのかは知らないがいい思い出になってしまうのが不思議だ


列車は順調に走り続ける

そういえば今の町で生活を始めた時にも雨の日の方が印象が強い

雨の日に昔好きだった人に良く似た後ろ姿を見かけた

雨が何かを消していくような感覚が意外と好きだった

温度も匂いも思い出さえも流してしまう――そんな感覚がどこか好きだった

雨上がりの晴れた空に新しく感じた匂いや温度が僕の中を少しずつでも満たしていく気もした

それはただ僕がそう思いたかっただけの話かもしれないけど

新しい町で新しい道を覚えるたびに昔の通いなれた道を忘れていく

どこかでそれを望んでいたような時もあった

結局失ったものと新しく手に入れたものがめぐり続けるだけで僕の中は案外に一定だったのかもしれない

窓の外を雨が叩きつける

また少し雨が強くなった気がした……


乗り換えるための少し大きな駅で途中下車をする

まだ時間があるから本屋にでも寄って行こうと思う

こういった時間の使い方が好きだったのに気が付けば能率ばかりを求めるようになっていった

開店したばかりの駅ビルの上の階に本屋がある

急ぐ理由はないけれどエレベーターを待つのが好きではないからエスカレーターで上がっていく

各フロアに人気はやっぱりなくて雨だからなのか時間が早いからなのかはわからない

本屋を一巡りするも特に気になる本があったわけではなく駅ビルを後にした


普段は使うことのなくなった路線に乗り換える

ここからは懐かしい場所へ向かうたびになるのだろう

どこかそわそわしている自分を感じた


少し待つと列車がホームに入ってきた

久しぶりに見る色の電車に懐かしさを感じる

車内は空いていてこちらも久しぶりのボックス席に座ることができた

少しの停車時間があって列車が走りだした

使い慣れた街を見下ろせる不思議な感覚だが雨がほんの少しだけそれを邪魔した

ゆったりと走り続ける

空も見下ろす街も今日は暗い

それでもいくらか雨が和らいだようだ


彼とは何を話せばよいのだろうとふと思う

何より僕が一人暮らしを始めたのは最近のことだから彼が知っていることが不思議な気もするがそれも聞いてみよう

なにしろ久しぶり過ぎて話題が見当たらないのだ――まさか当時好きだったアイドルの話で盛り上がれるとは到底思えない

それに彼が当時好きだったアイドルを僕は知らないのだ


列車が止まる

どうやら駅に着いたようだ

大きい駅ではあるがそこまで人は乗ってこない

ここでも少し停車時間があって発車した

どこか通いなれた感覚と懐かしい感覚が入り混じる

離れたとはいえどこかで覚えているものがあるのだろう

列車が速度を上げて走り続ける

隣を新幹線が追い抜いて行った

あと40分くらいで待ち合わせの駅まではたどり着けそうだ


ふと雨が降っていないことに気づく

それでも空は暗いからまた降り出す可能性もありそうだ

景色が懐かしさを思い出させる

それでも来週にはまた新しい町で生活を始めているからこの景色がどこか遠いものになっていくのも時間の問題かもしれない

そんなことは今までにも経験してきたことだ

学校を卒業するごとに通学路が懐かしい場所に変わった

通学で使っていた路線が変わればその路線が懐かしい路線に変わった

それでもそこに未練はなかった

今回も仕事を離れても町を離れても未練はないはずだ

そして今までと同じようにいつかは思い出になるだけ――思い出すかもわからないけれど


そんなことを色々と思い出していくうちに目的の駅についていた

待ち合わせの時間までは1時間ほどある

改札を抜けると目の前には本屋があった

そこで一冊の本を買いカフェで時間をつぶすことにした


どういうわけだか別れを選んだ作品を手にしたようだ

単調な日々とか外に描く夢とかそんなありきたりなストーリーで物語も淡々と続いていく

それは僕が昔に描いていたものときれいに重なるような気がした

学校も就職先も働き方も――何も知らなかった

何も知らないからこそ――他をうらやましく思ってしまいくだらないことに一喜一憂していた

そして今――あの頃よりは少しだけ知っていることが増えたのに――もっと強くなっているような気がする


スマホで時刻を確認すれば待ち合わせの10分前になっていた

店を出て待ち合わせの改札へ向かう

おそらく顔とかは変わっていないだろうからお互いに会えばわかる――待ち合わせも不安に思うほどの月日が流れたのだろうか


ほどなくして待ち合わせ場所にたどり着いた

ほんの少しも待つことなく彼から声をかけてきた

久しぶりに見る彼の顔は昔に比べて鋭くなっていたが話し方やそこから感じる性格は少しだけ柔らかくなったようにも思えた


並んで歩き出す

「いきなり悪いな」

「ちょうど離職していて退屈だったからむしろうれしいよ」

「離職?」

「気にするなよ転職とかをうまくやると一週間くらいは空白にできるんだ」

「転職をしたことがなくて」

「機会があればしても悪くはないよ」

「そっか」

といきなり話がずれた気がしたが友人という類はそれくらいがちょうどいいような気もする


「ところで引越しとは?」

と僕が話題を変えてみる

「あぁ少し遅くなったけど一人暮らしを始めるんだ」

と答えた彼はどこか嬉しそうだった

「今までは実家?」

「そうだね泊まり勤務がある世界だから意外と実家の方が都合よかったりして気が付けばずるずるしてた」

「それならどうして?」

「どこかで区切りをつけたかった」

多くを語る必要がないのも友人の類に含まれるのだろうか

おそらく彼は家族とあまり上手くいかなくなってきたのだろう

そして前々から興味だけはあった一人暮らしに踏み切ったのだろう

そんな気がしていた


しばらくすると大型の家具量販店にたどり着いた

「どんな部屋にするの?」と彼に聞く

僕自身はインテリアは計算とイメージが重要だと思う

間取りと家具のサイズを確認しイメージと実際のすり合わせをしないとちぐはぐになってしまう

出だしでほぼ勝負が決まってしまうものだ

それを痛感したこともあるからこそ彼には失敗してほしくないところだ

「ベッドだけでも大丈夫かな」と聞いてきた

「ベッドだけ?」と問い返す

「あぁ画像見せてなかったね悪い悪い」とスマホを僕に見せてくる

少し広い部屋ではあるがベッドだけとはどういうことだろう

「実は必要なものがわかってないんだ」

と打ち明けられて納得した

「とりあえず服は備え付けのクローゼットに収まるし他に必要なものって何かある?」

と彼は続ける

画像を見る限りではカーテンが必要だ

電気は僕と同じように備え付けがあるから必要ないだろう

「カーテンは」と聞き返す

「ない」と驚きながらもうなづく

「あと家電はどうするの」

「しばらくはスーパーの惣菜とかで賄うけど冷蔵庫と炊飯器とオーブントースターくらい?」

と彼なりの答えを告げてくる

「そうだねあと洗濯機は?」

と僕は返す

「あっ」という驚きが十分な答えになった

「ところでいつ引っ越すの?当日に購入してすぐに取り付けたりする方が楽だよ」と教えると

「1週間後だね」と返す

どうやら今日そろえるつもりでいたようだ

それにしても友人というのは言葉が少なくてもしっかり伝わることに少しばかり僕の方が驚く

たとえ暗い時間だったとしても一緒に過ごしたという事がそういったことにつながるのかもしれない

一通りまわり終えたところで「部屋の間取りとかわかる?」と彼に聞く

「わかるよ」とスマホで間取り図を見せてきた

どうやら内見した時にでももらった間取り図をカメラで撮っておいたようだ

「そしたらそれをもとに必要なもの割り出しなよ」と僕は言う

「どうやって?」と不安しかない顔で僕に聞いてくる

「どこに何を置くかとかイメージして書き込んでいくだけだよそしたら必要なものが全てわかるでしょ」と言う

「わかったそうする」と素直に彼はうなずいた


文房具屋でノートとペンと定規を買うと僕らはカフェに移動した

ノートに間取り図を描きだしていく作戦のようだ

彼はすごく楽しそうにそれをしている


僕もそうだった

初めての時は時間がなくとにかく引越しを間に合わせることに集中した

無理やりな引越しを済ませ何もない部屋で一人暮らしを始めた時には――どうしてだか実家を懐かしく思っていた


しばらくすると彼が「できた」と嬉しそうに言ってきた

どうやらイメージもあったらしく無理なことは書いていなかった

「ベッドが拠点になりそう」と特にそこだけは嬉しそうだった


ベッドを壁際におく

壁にもたれかかりながら胡坐をかいて誰かに電話をする

そんなことが少しだけ楽しかった時もあったがその時に誰にどのような電話をしたのかは今では一切思い出せない


「ご飯でも食べていくおごるよ」と彼は言ってくれたが

「気にすることの話でもないよ」と前置きし「明日は用事があって早いから」と断った

彼が嫌なわけではない――一緒にいる時間が長くなるとまたどこかでバランスを崩しそうな気がしていてそれだけが嫌だった


「そっかでもありがとね落ち着いたら遊びにでも来てよ」と彼が言って僕らは別れた


ラッシュ時刻でも反対側に乗ればやはり空いている

がらがらの車内で今日の出来事を振り返る


彼は未来を向くことを決意したのだろうか?

一人暮らしを始めることやそこに向けて色々と考えたいたところを見るとそういう気がした

僕らのような凡人と評されるような人間にはそれくらいでいいのかもしれない

地位や名誉を得ることよりも一人暮らしから結婚して家族を作るそんなことを重ねていくことでも前身にはなるのだろう


僕自身も前進できているのだろうか?

この1週間で色々と考えたようで堂々巡りになっていたことの方が多い気もする

何より前進するとはどこに向かうことを言えばいいのかが今の僕には定まらない

少しだけ疲れたのか列車の揺れが心地良い

気が付けばウトウトしていた


乗り過ごすこともなく乗換駅で列車を降りる

急ぐ理由はないのだが列車を乗り換えると最寄駅までまっすぐに向かう

最寄駅からもスーパーへだけ夕飯を購入するために寄りすぐに部屋へ戻った


月曜日から今日までの出来事をまとめていく

その作業はあまりに単調でつまらなくそれは久々のはずなのにわくわくすることもなく進む

これこそが僕が全身するために必要になることだけを確信したから


夜中の2時になりすべてが落ち着くと僕は眠りについた

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