アティ、騎士団に助けられる
地下室の扉が、勢いよく開けられる。そして騎士が3人程、警戒しながら階段を降りてきた。
彼らが持っている、とても明るいものにアティは目がくらんだ。
「そこを動くな!」
騎士が出した大声に、アティの体は飛び跳ねた。それに呼応するように、壺は大きく震える。彼女は怯えながら、動く壺を抱え、光の方を見た。
「おい、女の子じゃないか」
他の騎士がそう言うと、彼らの雰囲気は一瞬で柔らかいものになった。
「その壺を置いて、両手を上げて。言う通りにしてくれたら、悪いようにはしないから」
先程までのピリピリとした空気は消え、騎士は安心させるように柔らかな声を出す。
「は、はい」
敵意がなくなった騎士の声に安心したアティは、言われた通りに行動する。
アティが壺を置くと、それは抗議するようにカタカタと音を出し震えた。
「中に何か入っているのか?」
騎士の質問に、アティは首を振る。この2日間で何度も確かめたが、中には何も入っていなかった。
「おい、上から魔封じを持って来い。君はこっちへ」
まだ目がよく見えないアティは、声のする方へ向かった。
「ここに階段がある。ゆっくり上がって」
そして騎士に手を借りながら、アティはようやく地下室から出ることができた。彼女は大きく深呼吸し、新鮮な空気を取り入れた。
そして何度か瞬きをして、明かりに慣れようとする。
「団長、女の子が地下室に捕まっていました。すんごい可愛いから捕まったんですかね?」
「おいおい、レディの前で失礼だぞ」
団長と呼ばれた男性が、足音を一切立てず、アティに歩み寄る。彼女は彼の方に体を向け、挨拶とお礼の意味を込めてお辞儀をした。
「助けて下さり、ありがとうございます」
そして、アティは彼を見ようとした。少し見上げたが、そこはまだ彼の首元だ。そして首を痛めると錯覚するほど顔を上げると、ようやく顔が見えた。
彼は世間に疎いアティでも知っている男性だった。第2騎士団団長エドワード・ホーク、ルピニスの英雄と呼ばれている騎士だ。
「おわ、本当だな……いや、失礼」
エドワードは失言を取り消すように、大きな咳払いをした。そのとき、アティが聞いたことのある声が聞こえた。
「アティ・フラメル?」
「ウィルさん?」
アティは声がした方を向いた。そこには、あの日クールな表情を一切崩さなかった彼が、少し驚いた顔をして立っている。
「お、知り合いか?」
エドワードの問いに、2人は頷いた。
「なんで、あんたがここにいるんだ?」
険のある顔をしたウィルは、2人の傍に大股で歩み寄る。朝焼け色の瞳には炎が渦巻いていた。
そんな鋭い雰囲気の彼に見つめられたアティは、思わず萎縮してしまう。学校の先生に怒られる5秒前のような雰囲気だ。
「まあまあ、ウィル。そんな怖い顔で被害者を見つめるな。ほら、他に言うことがあるだろ」
団長のなだめるような声に、ウィルは一瞬で表情を隠す。
「……怪我はないか?」
少しの沈黙のあと、アティの耳に響いたのは心の底から彼女を気遣う優しい声だった。
「はい……ありがとうございます」
そんな柔らかな声に久方ぶりに触れた彼女は、嬉しくてたまらなかった。花開くような笑顔で、感謝を告げる。
一瞬、目を見開いたウィルは、すぐに表情を隠し、唇を固く結んで頷いた。
そのまま真顔でレディを見つめる部下に、エドワードは溜息をつきたくなった。
「2人は本当に知り合いのようだし、まだまだ話したいことがありそうだな」
このままだと、この部下は使えそうにない。レディを摘発現場や監禁場所にこのまま滞在させることは論外だ。団長は即座に判断して、命令を下す。
「彼女のことはお前に任せた。ここはまだ騒々しいだろうから、隊舎に案内していてくれ。あとで話を伺いたいからな」
「……わかりました、団長。ありがとうございます。行くぞ、アティ。ついてこい」
団長の言いたいことを即座に理解したウィルは、出口に向かって歩き出した。
「は、はい! あの、ありがとうございました!」
騎士たちに向かってお辞儀をしたあと、アティは先に歩き出したウィルを追いかける。
彼女たちが組合所を出ると、外で待機していた騎士がウィルに駆け寄ってきた。彼が、その騎士に事情を話すと、騎士はすぐに馬を連れてくる。
「おい、馬には乗れるか?」
ウィルはアティに尋ねた。
「いいえ。乗り方も分かりません……」
困ったように眉を下げたアティは、首を横に振って答える。
「そうか。なら少し失礼する」
ウィルはそう言うと、アティの背中と膝の裏に手を回した。
「きゃあ!」
そして、アティは横抱きに持ち上げられた。突然のことに、アティは悲鳴を上げる。
しかし、ウィルはそんなこと気にせず、アティを馬の背に、横向きに座らせた。そのあと、彼はアティの後ろにヒラリと乗った。
「しっかり掴まっていろ」
ウィルの手綱さばきにより、馬が歩き出す。馬上にいるための揺れと真後ろにいるウィルのことで、アティの頭は何も考えられないほど、いっぱいになった。