アティ、捕まり働かされる
アティは暗く汚い地下室で、延々とポーションを作り続けていた。あの書斎に置いてあった壺は、今も隣にある。
死んだ目をしたアティが作業していると、彼女がここに閉じ込められるようになった日に受付をしていた女が、地下室に1つだけある階段から下りてくる。そして、彼女はアティに話しかけた。
「今日の分は出来たかい?」
アティは唇を噛み締めながら、隣に置いてある箱の蓋を開ける。箱の中には、ポーションを入れた瓶が所狭しと入れられていた。
「よくやったね、嬢ちゃん。あんたが作るポーションは、昨日もバカ売れしたんだよ」
「……ありがとうございます……」
口が悪い女の褒め言葉を、アティは何とも言えない顔で受け止めた。
夏休みが始まってから4日が経った。アティは日々をなんとか、必死に、思いつめながら過ごしている。どれだけ言葉を尽くしても、彼女の気分はドン底だった。
時間は夏休み2日目に戻る。
1日目にアティは小精霊たちの力を借りて、ポーションを作った。そのときの気分は、雲1つない青空のように晴れ渡っていた。
しかし、2日目のアティは悩んでいた。ポーションを作ったはいいが、どこで販売すればいいか分からなかったのだ。
ポーションは薬剤に分類されるため、自分で使うことには関係ないが、販売するには資格が必要なのだ。
学内での販売許可はとっていたが、学外でもそれが通用するか、アティは悩んだ。とりあえず冒険者の組合所に行き、尋ねてみることにしよう。無謀ではあるが、彼女にはそれぐらいしか思いつかなかった。
アティは、いつもと同じようにマントを羽織った。そして、家の近くにあるゴミ捨て場に壺を置くことにした。
ゴミとして処分されれば、運が向いてくるのではないかと考えたのだ。世間知らずな彼女は、上手くいくだろうと疑わなかった。
そしてアティは、昨日の内にポーションを詰めていた瓶を、バスケットに並べる。その瓶は、学内で販売するときに使っていたものだ。
瓶を入れたことで重たくなったバスケットを持ち、アティは組合所を目指す。
薄いマントのフードを深く被り、大通りを歩いた。
なぜ夏が来るというのに、マントを羽織っているのか。それは彼女の見た目があまりに目立つものだったからだ。フラメル家の人々はアティが注目を集めることを嫌がったため、彼女にこうするよう教えたのだ。
アティは彼らがいなくなったというのに、言いつけをキチンと守っていた。
「うう……重たいわ……」
重たそうにバスケットを持つフードを被った小柄な人間は、大通りでは異質だった。人々は距離を置き、その姿を横目で見る。
そんな目線やバスケットの重さに耐え切れず、アティは大通りから一本外れた、冒険者の組合所を見つけると、即座に入ることを決めた。外観は荒れ、アウトローな雰囲気を漂わせていたが、疲れてしまった彼女には関係なかった。
「誰だい、あんた」
入ってすぐ、口が悪い受付嬢に呼び止められたアティは、お金がなくて困っていること、ポーションを売りたいこと、許可証が有効かどうかなどを話した。
「ふうん……まずはそのポーションを鑑定させな」
受付嬢にそう言われたアティは、バスケットをカウンターに置き、瓶を取り出した。
「お願いします」
「どんな理由があっても甘くはしないからね。『鑑定』」
受付嬢はスキル『鑑定』を発動する。すると、瓶の隣にポーションのステータスを表すポップが現れた。
『ポーション
等級:S
属性:水、土
効果:HP,MP回復(小)、状態異常回復、士気向上(小)
追加効果:美味しい』
受付嬢は目を見開き、大声を出した。
「こんなすごいポーションが、ここに持ち込まれたのは初めてだよ! あんた、いったい何者だい!?」
そんな反応に、アティの固くなっていた雰囲気がほころんだ。自分の実力が学外でも通用したことが嬉しかった。
「買い取って頂けますか?」
この反応なら絶対に買い取ってもらえるわ。もしかしたら、高値で売れるかも。アティは心の中で色々考えた。お金が入ったら、まず必要なものを買いましょう。
ポーションを作る際に必要な薬草を、アティは昨日で全て使い切ってしまっていた。薬草を作ることが趣味の友人と、夏休みの間に連絡を取ることは難しい。だから、アティは自分で薬草を買わなければならない。
そして今日の夕食や薪、ロウソクが必要だ。他にもほしいものはたくさんあったが、薬草の次にそれらを手に入れようと決める。
そんな風にアティが考えていると、瓶を上から下まで眺めていた受付嬢が口を開いた。
「500ゴールドだね」
「……えっ!」
アティはとても驚いた。学内で販売するときでも、先生が決めた価格設定である1000ゴールドだった。それの半分以下とは……このままでは、先程の考えが露と消え失せてしまう。
アティはカウンターに置いていたバスケットを持ち上げる。別のところなら、もっと高値で買い取ってくれるかも知れないと考えたのだ。
「あの、私、他のところに行ってみます」
帰ろうとして振り向くと、見るからに屈強な男がアティの後ろに立っていた。
「ひっ!」
アティは短い悲鳴をこぼした。そして、彼女の雪のように白い肌から血の気が失せ、青白いものに変化する。
「おい、人の顔見て驚くたぁ、なんてやつだ」
「その子、S級ポーションを持ってんだ。でも、うちじゃ売りたくないんだってさ」
アティは首だけで振り向いて、受付嬢を見た。彼女はイヤらしい笑みを浮かべ、アティと男を見ている。
「ふうん、そうなのかい、お嬢ちゃん」
男はバキバキと指を鳴らしながら、アティに近づく。
威圧し怖がらせようとする男に、アティは勇気を出して首を縦に振った。脅しに屈するなど屈辱的なことを、レディとして受け入れることはできないと思ったからだ。
「ええ、ここでは私の作ったポーションは売りません。別のところへ行かせて頂けます……きゃあ!」
言い終わったとき、アティの体が浮いた。男に俵のように肩に抱えられたのだ。
「こいつは地下室に入れたらいいか?」
アティは足をバタつかせて抵抗する。しかし、ガタイの良い男の前では無力だった。
「ああ、兄さん。そこでポーションを作らせよう。きっと一儲けできるよ」
アティは乱暴な男に無理矢理、地下室に入れられた。
「出してください! 出して!」
アティが叫んでも、返ってくるものは笑い声だけだった。
数分後、扉を叩いたり叫んだりした彼女は疲れてしまった。部屋の奥に置いてある椅子に座る。そして状況を判断するためにも、部屋を見渡してみた。
すると、ゴミ捨て場に置いたはずの壺が部屋の隅に置いてあった。
アティは恐怖と驚きに、ひくり、と喉を鳴らしたのだった。
そういう理由があって、アティはこの地下室に閉じ込められ、ポーションを作らされ続けている。
そして、壺は段々と彼女の傍に近づいていた。今、壺はアティのすぐ隣にいる。
アティは始め、抵抗の証としてポーションを作らなかった。しかし、女から作らなければ知り合いが経営する娼館に売ってやると脅されたため、アティはポーションを作らざるをえなくなったのだ。
そのとき、壺は抗議するように細かく動き、カタカタと音を鳴らしていた。アティはそのときから、壺に親近感を持ち始めた。
アティは他にも逃げるため、精霊に助けを求めた。しかし、珍しいことに返事はなく、精霊が現れることはなかった。彼らは何かに怯えているようだ、とアティは感じた。
女がポーションを上に運んでいる最中、急に階上がうるさくなった。女は舌打ちしたあと、地下室の扉を固く閉めて様子を見に行く。
置いていかれたアティが耳を澄ますと、男性の凛々しい声が聞こえた。
「第2騎士団団長エドワード・ホークだ! 全員、抵抗をやめろ! そうすれば優しく逮捕してやる」
喧騒は止まらない。団長の提案は受け入れられず、誰も大人しく捕まらなかったようだ。床が抜けるのではないかと思うほどの騒動に、アティは震えながら頭を抱えて体を小さくする。
そのとき、アティの震える足に、冷たいものが当たる。
「ひっ!」
悲鳴を上げたアティが足元を見ると、壺が足にくっついていた。
「ああ、あなたね……もう、びっくりしたじゃない」
アティは壺を小突いた。地下室に入れられてから2日間、この壺だけが心を許せる話し相手だったため、彼女の壺への好感度は高いものになっていた。
「おい、ここに秘密の入口があるぞ!」
男性の声が、近くで聞こえた。アティは天の助けとばかりに声を上げる。
「助けてください! 私をここから出して!」
「中から声が聞こえる! 誰か閉じ込められているんだ!」
「ああ、鍵がかかっているが、これぐらいなら……!」
ガヤガヤと男性たちの声が聞こえ、扉から光が漏れる。アティは自分の声がちゃんと届いたことに安堵の溜息をついた。