イザーク、過去を話す
気づけば陽が暮れて、冷たい風が吹き始めている。
真剣な顔のイザークが手続きや事情聴取など様々なことをしているとき、テラス席から店内に移動していたアティは厚待遇を受けていた。
足にかけるブランケットや暖かい飲み物、焼き菓子など、彼女の前にはイザークへの感謝の品が集まっている。
「お待たせして申し訳ないっす、アティさん」
そして、全ての手続きが終わったイザークがアティの元へ急ぎ足で戻ってきた。
「お疲れ様です、イザーク先輩」
「いや、本当に申し訳ないっす、こんな面倒に巻き込んでしまって……アティさんにもお店の人にも謝罪しても足りないっすよ」
そう言ったイザークだが、店員たちはみな彼に感謝していた。
2人は店員たちと騎士に見送られながら、そのカフェテリアを出ていった。
お互いが言葉を探しながらノーブル大通りに向かう道を歩く。
ガス灯の明かりを次々につけていく作業員にイザークは頭を下げ、作業員は帽子をとって挨拶する。
「……さっきの人たちは、どうして私たちに声をかけたんでしょうか? ルピス王国は人間や獣人に精霊、様々な種族が生きる国なのに……」
アティはずっと胸に渦巻いていたモヤモヤを声に出した。
「自分と明確に違う人間を受け入れられないやつもいる、悲しいけどそれだけっすよ」
イザークはただ前だけを向いている。
「おれ、ずっと昔、まだ子供の頃にあいつらみたいに反獣人派の人間に襲われたことがあるんす。
ああ、死ぬんだなって子供ながらに思ったとき、ちょうど視察に来てた団長……あの頃はまだ団長じゃなかったっすけど、団長に助けてもらったんすよ。
大丈夫だ、もう安心していいからな、って」
遠くを見つめているイザークの横顔を、アティは見つめていた。
「だから、あの人みたいな騎士になろうって決めたんす。誰かを助ける力を持ってる騎士に。
で、団長を追いかけて8年前に王都の騎士学校に入って……やっぱりそこでも、差別はあったっすよ。
何度も死ぬかと思ったけど、夢のためにも厳しい鍛練や差別に負けるかって死ぬ気で頑張って……それで卒業式の前、団長がおれをスカウトしてくれたんす」
ガス灯に照らされたイザークは嬉しそうに笑った。
「それで、おれが人間流の剣術や体術を使ってたら、お前のリードを生かさないでどうする? 周りに言われて縮こまってたら、お前の良いところが消えてくぞって、団長に言われたんすよ。
それは本当に怖かったす。でも、なんで怖がってるんだ、人間みたいに動くことを騎士学校で勉強したんじゃないのかって……その瞬間、ずっとかかってた霧が晴れたっす。
おれは獣人だから人間と違ってて当然だし、おれは獣人だけど人間の社会で生きるんだから、おれがおれの良さを全部、認めてやるんだー、って決めた、んすけど……」
だが、段々と彼の声は小さくなり、尻尾は下がっていった。ペタンと垂れた耳は悲しげだ。
「……でも、今日のおれはアティさんや周りに迷惑をかけたんだって……本当に申し訳ないっす」
そんなイザークを元気づけようと、アティは励ましの声をかける。
「いいえ、イザーク先輩は私を助けてくれましたよ! すごく格好よかったですし、強かったです!」
「アティさん……」
イザークはようやくアティと視線を合わせた。
彼の完熟林檎の瞳に、段々と輝きが戻り始める。
「おれ、ちゃんとできてたっすか?」
「はい、私を守ってくれました! ありがとうございます!」
尻尾と耳が上がり始める。
「イザーク先輩はもう立派な騎士さまです。店員さんたちだって、イザーク先輩に感謝していました」
「……それじゃあ、おれ、もうちょっと胸張っていいっすか?」
「もちろんですよ! だって、イザーク先輩は最高の先輩ですから!」
アティの言葉に、イザークは熱くなる目を乱暴に擦った。
「アティさんは最高の後輩っすね! こちらこそ、ありがとうっす!」
感動を露にしたイザークは両手を広げ、アティに抱きつこうとした。
そんな突然の行為にアティは驚いたが、抱きつかれることはなかった。
「ふぎゃ!」
なぜなら、彼の顔に何かが勢いよくぶつかったからだった。
アティが何かが飛んできた方を見ると、そこには彼女たちの元へ向かってくるウィルがいた。
「ウィルさん?」
そして、彼女の胸に何かが当たった。
「姫様ぁ! お帰りが遅いので、このセドリックがお迎えに来ましたよ!」
彼女がキョトンとしながら胸元を見ると、そこには白いぬいぐるみのセドリックがいた。
彼は小さな手で顔を隠し、泣き真似をしている。
「しかし、ウィル殿は酷いお人です。わたくしをイザーク殿の顔めがけて放り投げたのですよ」
「緊急処置だ」
3人の元に着いたウィルが、何でもないだろうと言いたそうに真顔で言った。
「額の宝石が当たって、地味に痛かったっすよ……ウィル先輩、酷いっす……」
「お前が悪い」
「わたくしは何もしてなかったですよね!?」
「近くにあったからな」
「酷いです!」
そして、ウィルがアティのすぐそばに歩み寄る。その距離は拳1つほどだった。
「あんたが騒動に巻き込まれたと聞いた。大丈夫だったか?」
この薄暗闇の中では朝焼け色の瞳に映る心意を読み取ることは難しかったが、今回はすぐに悟ることができたアティは彼に向かって感謝の気持ちで微笑んだ。
「はい、ウィルさん。大丈夫でした。イザーク先輩が守ってくださったんです」
「そうか、あんたが無事で良かった」
安心した、と口には出さないが、ウィルは小さく微笑んだ。
アティは彼のそんな些細な表情を読み取ることができて、喜びの気持ちを感じる。
「姫様が騒動に巻き込まれたと聞いて、とても心配しました。ウィル殿と共に急いで来たのです」
アティは知らないが、本来なら彼はまだ仕事中のはずだった。しかし、2人が事件に巻き込まれたと聞いて急いで来たのだ。
「もう、おれを信じてくださいっす。アティさんの先輩らしく、ちゃんと始末つけたっすよ」
「じゃあ、なぜ抱きつこうとしたんだ? 大方、失敗して慰められたの間違いじゃないのか?」
ウィルの鋭い指摘に、イザークは言い返そうと言葉を探す。
「いや、あの……うう! 何も言い返せない……」
そんなイザークに、ウィルはニヤリと口角を上げた。
「明日からは手が少し空くから訓練に付き合ってやる。最近はモンスターの発生がないから、腕が鈍ってんだろ」
「本当っすか、やったー! ウィル先輩と訓練だなんて、久しぶりっすね! ありがとうっす!」
「うるさい、静かにしろ」
そんな騒がしい2人に、アティはクスクスと笑う。楽しそうな彼女に、セドリックも喜んでいた。




