アティ、ハロルドと一緒に家を見る
アティはハロルドと共に、2階建ての小さな家の前に立っていた。
セドリックは彼女のそばから離れることを渋ってたが、辺りにいる精霊の情報収集に旅立っている。
「これから、ここが私の家になるんですね」
アティの可愛らしい声には、感慨深いものが宿っていた。
「本当はもっと素敵な家が用意できたらよかったんだけど、こんな家で申し訳ないね」
申し訳なさそうなハロルドが、ギギギと鈍い音を立てる扉を開ける。
アティは部屋に入ると、キョロキョロと部屋を見回した。
「いいえ、とっても素敵です! これが私の家、そう思うと、とっても嬉しいんです」
その家は質素な作りだった。しかし、アティにとってはこれから宝物を詰める宝箱のように感じていた。
1階は錬金工房で、2階が住居になっているこの家は、バートの先代の錬金術士が住んでいたとエドワードが言っていた。
錬金工房らしく、1階は実験器具や釜、大きな机と物が多かったが、それとは正反対に2階には物が全くと言っていいほどなかった。
2階に上がった2人は、部屋の大きさを確かめ、どのような家具を置くか話し合う。
「今日はベッドやチェストとかの家具、服や生活用品を選んでおいで。君の家になるんだから、君好みのものでないとね」
アティがバルコニーに出て下を覗く。1階のテラスの近くには澄んだ泉があった。
それは太陽の光を反射してキラキラと輝きを放っている。そして、夏の始まりにふさわしい緑は美しく育っていた。透き通る水色と濃い緑は、神秘的な風景を作り出してた。
恐らく、これがバートの言っていた精霊が集う泉だ。
爽やかな風と素敵な風景に、アティは嬉しさに微笑んだ。
「ありがとうございます、ハロルドさん。こんな素敵な家を用意してくださって、本当に感謝しています」
薄緑の瞳を輝かせたアティは、隣に並んで景色を眺めていたハロルドを見た。そんな彼女の視線に気づくと彼は苦い顔になる。
「感謝だなんて、もったいない。もし私の妹をこんな家に住まわすと考えるだけで胸が痛いよ。だから君にはとても申し訳ないんだ」
「妹さんがいるんですか?」
「ああ、妹が1人に弟が2人いるんだ。まだ小さいし、実家が田舎にあるから滅多に会えないんだけどね」
アティはああ、と頷いた。
「だから、ハロルドさんはお兄さんみたいなんですね」
ハロルドは照れたような笑みを浮かべた。
「そうかい? それは嬉しいな」
そんなハロルドに、アティは心から思っていることをポツリとこぼした。
「ハロルドさんみたいなお兄さんがいると、きっと幸せでしょうね。私もそんなお兄さんがほしかったです」
ハロルドはニッコリと笑って、アティの頭を撫でた。
「じゃあ、私が君のお兄ちゃんになろうかな」
「え?」
アティは頬を染め、黄金色の優しい瞳を見返した。
「どうだろう、アティさん? 私を兄と思ってくれるかい?」
「……は、はい」
柔らかだが有無を言わせない圧力のハロルドに、アティは頷いた。まさかポツリとこぼした願いが叶うなんて思ってもいなかった彼女の心臓は、今にも飛び出そうなほど大きな鼓動を繰り返していた。
「良い子だね。こんな素敵な妹ができて、嬉しいよ」
ハロルドはそんなアティに気づいていないのか、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべている。
「それに私だけでなくみんなも、アティさんを家族だと思っているはずだよ。君が第2騎士団に入ることを選んだときからね」
「え……」
「第2騎士団は君の家族だ。覚えておいて」
ハロルドはまたアティの頭を優しく撫でた。その温かさに、アティの胸はキュッと締め付けられる。
アティは昨夜の打ち上げで居心地の良さを思い出した。あれが家族の団らんという思い描いていた通りのものだったのだと、彼女は思うと嬉しさで笑いがこぼれる。
「はい、みなさんが私の家族で、私はみなさんの家族です……うん、とっても幸せです」
そんなアティにハロルドは柔らかな微笑みを描くのだった。
「これからよろしくね、アティさん」
「はい、よろしくお願いします!」
2人は見つめあい、ニッコリと微笑む。アティは幸福感に満たされていた。
「それじゃあ、買い物に行こうか。どんな部屋にしたい?」
「えっと……」
そして、2人は外に出ようと階段を降り始めた。先に歩いていたハロルドが踏み込んだ瞬間、階段に穴が開き、ハロルドの片足が落ちた。
「うわっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
アティは助けようと手を差しのべる。そんな彼女をハロルドは横抱きにした。
「えっ、ハロルドさん?」
アティの心臓は大きく高鳴る。ハロルドの顔を近くで見ると、戦いに行く英雄のように引き締まった顔をしていた。その凛々しさに、アティは思わず見惚れる。
「こんな危ない場所を、君には歩かせられないよ。今は大人しく私に抱かれていてほしい」
そして、ハロルドは穴から足を出し、階段をゆっくりと慎重に降り始めた。
また踏み抜きそうになるが、今回は足をとられることなく進む。そうやって歩き、まっすぐ家の外に出ると、ハロルドはアティを下ろし頭を深く下げた。
「本当に申し訳ない! 騎士としても兄としても君をこんな家に住まわす訳にはいかない。すぐに別の場所を……」
「いえ、私、自分の家がずっとほしかったんです。だから、エドワードさんが家をくれるとおっしゃったときから、ずっとワクワクしてて、もう手放したくないなって思ったんです。だから、お願いします! ここに住まわせてください!」
アティも頭を下げる。
ハロルドは、アティの言葉に困ったような顔をした。
「……君がそこまで言うなら……いや、リフォームするまで2階は立ち入り禁止だ。それだけは守ってほしい」
「ハロルドさん……ありがとうございます!」
アティはハロルドのせめてもの譲歩に感謝した。本当は住まわせたくないと表情や言葉から伝わってくるが、アティの望みを叶えてくれたのだ。彼女にとって、それが何よりも嬉しかった。




