恋なんて
恋は嫌いだった。
恋の始まりを、全力で避けてきた。
人を傷付けるのが怖かった。
でも何より、自分が傷付くのが怖かった。
人との関わりを、最小限に留めたかった。
自分のことなんて、知って欲しくなかった。
それなのに、
得意げに話す彼の声を、ずっと聞いていたいと思った。
彼のことを、もっと知りたいと思った。
彼の名前を、憶えていたいと思った。
会話なんて、定型をやり取りする作業でしかない。
でも今は、なぜかそれが心地良かった。
叶わないと分かっていても、もっと笑って欲しかった。
彼の目は時折私を捉え、人懐っこい笑顔を見せた。
ずるいと思った。
分かっていた。
私が彼にこんな気持ちを抱くのは、飢えているからだと。
人の温もりに、好意に、——愛に。
分かっていた。
だけど、もうどうにもならなかった。
あわよくば、向こうから何か行動を起こしてくれないか……なんて、都合が良すぎて笑ってしまうけれど。
好きだと思った。
近くで、ずっと見ていたいと思った。
見ていて欲しかった。
笑って欲しかった。
もっと色んな表情を見たかった。
叶わないと分かっていながら、何か出来ないかと回らない頭を必死で捻った。
終わりが来るその時まで、彼の楽しそうな声を聞きながら、語彙の貧しい相槌を必死に打った。
「ありがとうございました」
感謝の言葉は、別れの挨拶。
もう会えないと分かっていながら、何も出来ない自分が嫌になった。
だけど、何も出来ないことは当然だとも分かっていた。
ただ、出会う場所が悪かっただけ。
そんな理由で諦めなきゃいけないなんて。
恋は嫌いだった。
恋の始まりを、全力で避けてきた。
だけど、あの時間は消えてなくならないから。
寂しいけど、つらいけど、
少しだけ、悪くないなと思えた。




