(6)
「ごちそうさましたー」の号令で(なぜかこちらの方は合掌する)、学生たちはいっせいに席を立つ。
出口に向かおうとすると、奥のほうで何人かが集まっているのが見えた。
「君と君は食堂へ先に行って、料理長の指示で皿洗いを……
残りのみんなは……わたしの指示に従って、後片付けを……」
食事当番らしき集団と向かい合うように、メイドらしき女性が手振り身振りを交えて指示を送っている。
典型的な三つ編みに、丸ぶちメガネ。どんだけステレオタイプやねん。
ふと彼女がこちらの方に目を向けた。
中指でメガネの中央を直していると、すぐに目をそらしてテーブルの上の皿を重ね出した。
「ほら、さっさと行くぞ」
キースにうながされ、おれは広い食堂をあとにした。
食後に学生たちが集まる談話室は複数に分かれていて、どれも広い。
中には少し大きめのテーブルやソファーが置いてあり、仲間同士で集まって談笑したり、棚に置いてある本を手に取って読みふけっていたりする。
そんな中、沙耶はかなり高めの本棚の前で腕を組んで顔をあげている。
「どうしたんだよ沙耶ちゃん、なんか本でも探してるの?」
「そうね。食後にちょっと本でも読もうと思って。でもあまりわたしの好みはないみたい」
「本なんか読んでないでさぁ。みんなとおしゃべりとかしたりしないの?
人間社会にまぎれるつもりならコミュニケーション能力も磨いておかないとダメだろ?」
「おおっ! よく言いました!」
突然現れたタタミちゃん。おれは少しだけびっくりする。
少しだけということはすなわちおどろかされることに慣れてしまったということで、少し悲しい。
タタミちゃんが肩に両手をかけてきたので、おれは少しだけのけぞった。
「おっしゃる通りだよぉ~。さあさ、2人ともこっち来て。あいつらが待ってるよ!」
「あいつら? キースたちのこと?」
「もう! あんなおバカ連中のことじゃないってば! とにかくこっち来て!」
ほぼ強引におれと沙耶の手を取って引っ張っていくと、奥にある暖炉の前のソファーに座る2人組がこちらを向いていた。
「わぁ~、そいつがウワサの転入生!? すっげ~!
あたし、ちゃんとした人間なんて初めて見るよ~!」
そのうちの片方がテンション高めの声をあげる。おれがタタミちゃんにうながされ横のソファーに座ると、その2人の風体をながめた。
栗色のショートカットのほうは、一見男子のようにも見える。
がよくよく見るとあどけない顔をしていることから、女子だとうかがえる。
ほんの少しだけ色気を感じるこれまた整った顔立ちの中央、鼻のあたりにバンソウコウがはられている。いるのか? 死霊族なのに?
「あ、自己紹介するね。あたしの名前は『海宮実呑』!
沙耶ちゃんとタタミちゃんのルームメイトね!」
ミノンちゃんはソファーにヒザまでのりかかるが、スカートの下にスパッツをはいているためあまり気にならない。
「でこっちが……」
「か、かかか、『垣冴弥子』って言います!
お、同じく、みなさんと同じ部屋に住まわせてもらってます、ですっ!」
こちらのほうはかなりあわてふためいている。
髪はボブショートと言うよりは完全におかっぱで、背丈も他の女子より若干低いようだ。
顔立ちも完全に幼いが、目じりがなぜか赤くふちどられている。
「よ、よろしく、お願いしますっっ!」
彼女はギュウッと目を閉じて、両手を差し出してきた。
おもむろにそれを取ろうとすると、沙耶がやんわりとそれを引っ込めた。
「気をつけて。彼女、手加減ができないから下手に触れるとケガをするわよ」
一瞬ゾッとした。こんなかわいい見た目でも、相手は立派な死霊族なのだ。
「わ、わわっ! すみませんっ! わたしあやうくとんでもないことを……!」
あわてて両手を振る弥子ちゃん。しかしそうしているうちに徐々に体が横に倒れていく。
「ああっ! あぶないっ!」
「え? わわっ! わあぁぁ~~~~~~っっ!」
ごっつ~ん! 彼女のこめかみがそばにあったテーブルにあたり、
その頭がおかしな方向にねじ曲がる。
一瞬おれは意識が遠のきそうになった。
「ああぁっ! またやっちゃった! ほら、弥子ちゃん体起こして! いま首直すから!」
ミノンちゃんが身体を起こした弥子ちゃんの頭を両手で挟み、グイッと動かすとゴキッという音とともに弥子ちゃんの首が元に戻った。
それと同時に正気に戻った弥子ちゃんが涙目になる。
「うわぁ~んっ! またメイワクかけちゃったよぉ~! ごめんなしゃ~~~いっ!」
「新介クン、顔青ざめてるけど大丈夫? まさか死霊族になっちゃったわけじゃないよね?」
「う、うん。たぶん、大丈夫だと思う。たぶん……」
それを見たミノンちゃんが苦笑いを浮かべ、頭の後ろをなでなでする。
「あははは~。ごめんね~、いきなりこんなの見せちゃって~。
人間から見たら衝撃的すぎるっしょ~」
「ごめんなさぁい。今度はビックリさせないように、気をつけますぅ~」
泣き顔の弥子ちゃんは少しうつむきがちになり、上目づかいでおれを見る。
「あはは、大丈夫、もう見慣れたから……」
実を言うと、全然慣れない。
普通なら死んでるところを見せられて、平気でいられるホモサピエンスは皆無だろう。
「あははは、どう? にぎやかっしょ。
このメンツが1つの部屋に寝泊まりしてんだから、沙耶ちゃんも退屈しないって」
少し申し訳なさそうに笑うタタミちゃん。
「いやいや、このメンツだと、おとなしい沙耶ちゃんはかえってやりづらそうな気も……」
「わたしは別にかまわないわ。雑音なんて聞き流せばいいだけのことだから」
「「「「ざ、雑音……」」」」
ドン引きする我々一同。この子がまわりとなじめるようになるには、相当な時間がかかりそうだ。
「おいおいおい、男が1人女子の中に混じって楽しそうに話してんな。うらやましいぜこの野郎」
前を向くと、キースが少ししらけた顔で立っている。その後ろには異様な姿が。
「茶太良先生がお前の様子を見に来たぞ。ってなんだそのおどろきようは。いいかげん見慣れろって」
「かまわんよ。まだ入学して初日だ。慣れないことばかりでとまどうことも仕方ないさ」
茶太良に言われ、おれは一気に一日の疲れがのしかかった気がした。
今日はあまりにもいろんなことがありすぎた。
「ちょっと新介と話がしたくてな。立ってもらっていいか?」
「あ、いいです。このあとすぐに部屋に戻るつもりでしたから」
ミノンちゃんが言うと、4人の女子がいっせいに立ち上がる。タタミちゃんがこちらに手を振る。
「それじゃまた明日ね。今日はじっくり休んで、来たる明日に備えといてね」
他の女子もつられて手を振る。沙耶だけが真顔だ。
おれは疲れた顔で手を振り返すと、彼女たちはおしゃべりしながらその場を去って行った。
入れ替わるように茶太良がおれの横に座る。
相変わらずの不気味な表情にギョッとしていると、相手は気を使って少し距離を離した。
「で、どうだ? この学校でやっていけるか。
とは言いつつあまりいい返事を期待しちゃいないんだが……」
「うまくいくも何も、おれの胸にはいま心臓がないんです。取り返すまではここに残るしかないでしょう」
極めて冷静を装ったつもりだが、思わずトゲトゲ強い口調になっていた。
それを聞いた茶太良は、申し訳なさそうにぴっちり整った頭髪をなでつける。
目と鼻がないので表情はわからない。
「まいったな。ずいぶん気を害したみたいだ。もっとも当然の反応だが……」
茶太良はこちらに顔を向けた。
それにしてもむき出しの歯でよく流暢にしゃべれるな。
あとどうやってこちらの位置をとらえているんだろう。
「上級生の連中から、君の心臓を守れなくてすまなかった。
こんなナリをしているが、俺には君の身を守るための能力がなくてね。
まったく何もできなかった。許してくれ」
少し頭を下げる茶太良。おれはあわてて両手を振った。
「そんな、先生のせいじゃないですって!
不良生徒に手出しできないのはどこの学校にもありますって! 気にしないでくださいよ!」
「しかし、できることなら君はすぐにここから立ち去らせるべきだった。
俺には、君がうまくここでやっていけるとは思えないからね」
「教頭は、まったく別のことを言ってました」
「ああ、そうだな。シュドラ教頭は、君のことをずいぶん高く買っているようだ」
そう言うと、茶太良はゆっくりソファーの正面に座りなおし、両腕を組んだ。
「人間のことはよく知らない我々だが、教頭は他者の性格を見抜く力がある方だ。
その能力を使って、君こそがこの学園に入るにふさわしい人物だと判断したのだろう」
「先生は、教頭の考えは正しいと思いますか?」
気がつくと、おれは不気味な顔に少しすり寄っていた。
悲しいことに、早くも慣れはじめてしまったらしい。それでも相手がこちらを向くとすぐにのけぞったが。
「わからん。ただ、彼は君に言ったそうだね。
その前に失礼ながら、君のプロフィールを拝見させてもらった。君の『かつての活躍』は聞いている」
そう言われ、おれもソファーに座りなおした。両ヒザに腕をつき、少し前かがみになる。
「昔のことです。いまはただのいち高校生にすぎませんよ」
ぼう然と暖炉の火をながめる。
多少温かくなってきた季節を考慮してか、火の勢いは小さい。
「でも、君は再び立ち上がれる時を待ってる。教頭はそう言ったそうだね?」
「待ってる、ですか。あるいはそうかもしれません。まったくないかと言えばウソだと思います。
ですけどここじゃなくても、おれが昔の気持ちになれるとは思えない。そう思うと気力がなくなります。
あきらめて、どこにでもいる普通の高校生として生きていくのも悪くないんじゃないか。そう思ってしまいます」
「そうだな、たしかにそれも悪くない……」
茶太良はおれと同じような格好になった。
「1つだけ言っておきたいことがある。
もしもだ。もしも本当は未練を持っているのだとしたら、君はそうやって待っているだけでいいのかな?」
おれは「え?」と言って顔を向けた。相手が異形であるということを忘れていた。
「そうやって君は、ダラダラと毎日を過ごして、変化が起こる機会を待っているだけなのかな?
それでいいのかな、と俺は思う。本当はそうではなくて、自分の足で、自分の意思で、前に進むべきなんじゃないか?」
「先生……」
茶太良はこちらを向いたが、おれの心は別のことでいっぱいだった。
「与えられたチャンスは見逃すべきじゃない。
もっとも今はチャンスと言うには危険が大きすぎるが。
それでも、君は自分から一歩踏み出す勇気を持つべきなんじゃないか? ここもその一歩を踏み出すべき場所ではないとも思うが」
そう言って茶太良は立ち上がった。そしておれの肩にそっと手をかける。
「それでもここで立ち上がろうと思うんなら、我々も全力で支えよう。
もっとも、努力するのは君自身だ。我々にできるのは、ほんの少しだけ背中を押してやること、それだけだからな」
茶太良は肩から手を離し、「キース、キース?」と名を呼んだ。
「ここに1人にしておくとまずい。ちゃんと部屋まで送っていくんだぞ」
茶太良の気配が去って、かわりにキースのシルエットが目に入る。
「まったく、人を小間使いみたいに。ほら、行くぞ。新介、聞こえてっか?」
キースの声は、あまり耳には入ってこなかった。