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 6時限目が無事終了。

 授業は割と高度で、相変わらず後ろが少々やかましかったが、なんとかついてこれた。

 これでようやく1日目が終了。


 しかし問題はここからだ。

 いまのおれは、まさに四面楚歌(しめんそか(授業の国語が四字熟語だっただけに)。

 左も右も前も後ろもヤバい奴ばかり。いまのおれは群れの中にいても絶対的に孤独だ。


「そ、そんな顔しないでよぉ~。あ、あんなんちょっとしたテクを使えばできるって~。

 近づいたらドン引きしてのけぞらないでよぉ~!」

「や、やめろ! 近寄るなっ!

 お前みたいな超デンジャラス女にかかわるとロクなことがないっ!」

「おやおやおや。もう仲間割れか? さてはようやく自分の置かれた立場に気づいたか」


 さっそく前の席のキースが振り返る。

 そのニヤつきは明らかに獲物を前にした猛獣のそれだ。奴はおれの肩に手を触れようとする。

 おれは思わずのけぞった。


「まあまあ、落ち着きたまえよ。

 どうせこの学園からは逃げられやしないんだから、あきらめて事実を受け入れたまえ」

「そうそう、この学園で生き残りたいなら方法はただ1つ。とにかく慣れろ、ただそれだけ」


 後ろのヒャッパにも言われ、がっくりと肩を落とすおれ。


「はぁ、まったくなんてところに来ちまったんだ。

 たしかにおれ、高校生になれるくらいなら多少ヘンなところでも我慢しますとは思ってたけど、いくらなんでもおかしすぎるだろうがよ~、ここぉ~」

「ククククク……、安心するのはまだ早いぜ。何故なら……」


 キースが伸ばしてきた手をおれはかわそうとするが、うしろからヒャッパに背中を押され、とうとう捕まえられる。

 キースのいやらしい笑みが目の前まで迫る。


「なんつったって、お前はこれから学生寮に行くんだからな……」


……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 真っ白になったであろうおれをしり目に、ヒャッパがおもむろに別の方向を向いた。


「おいタコゾウ、早くこいよ!」


 百八郎が腕を振りあげると、後ろのあたりの席から妙な姿の人影がやってくる。

 一瞬人かと疑うほど(人じゃないけど)、背が低い割には肉好きのいい体が、ヒョコヒョコッとした動きでこちらにやってくる。

 タコゾウと呼ばれた男が百八郎の前まで止まったところで、こちらに振り返る。


「紹介するよ。こいつは『間野辺蛸蔵(まのべ たこぞう) 』。

 こいつとオレ、キースとお前で1つの部屋になる」


 蛸蔵は何も言わず、ふところからスナックを取り出してそれをポリポリとかじり始める。

 頭に付けたヘッドホンからはシャカシャカと言う音が聞こえてくる。おれと握手する気はまったくないらしいが、かえってホッとする。


「ったく、相変わらずつれねえな。まあいいや」


 キースはそう言って、ニヤニヤ顔でおれの肩に腕をかけてきた。


「そいじゃ、行くとしますか。死霊族の巣窟(そうくつ)へ」


 言われておれがため息をついていると、よこでタタミちゃんが「なんなの巣窟って」と不満タラタラにほおをふくらませていた。





 カギをかけてあったロッカー室から2つのトランクを引きずり、沙耶、タタミちゃん、キース、ヒャッパ、そして蛸蔵とともに校舎を出る。

 校舎裏の庭にはおどろくほど巨大な樹が植えられていた。ほとんど緑がかっているが、ところどころピンク色の花が残っている。


「おっしいね~。もう少し早くこっちに着たら、満開の桜の花が見えたのに、これじゃ来年にお預けだね」


 タタミちゃんは残念そうに言うものの、おれは拳を握って語気を荒げた。


「いいや! 桜が咲く前になんとしてでも心臓を取り返して、さっさとここから抜け出す!」

「どうかね。もし心臓を取り返したとしても、敷地内を取り囲んでいる高い柵を乗り越えられるかどうか微妙だね。ましてや人間であるお前にゃムリだ」


 キースに言われ、がっくりと肩を落とす。桜の木を抜けると、例の学生寮……


「……学生寮ってレベルじゃねえだろっ! なんなんだこのだいぶ年季の入った本格的古城はっ!?」


 かなり本格的なつくりである。とても20世紀につくったハリボテとは思えない。

 レンガ造りの重厚そうな壁は威圧的にそびえ立ち、屋根から付き出る尖塔の数々は天をつきあげんばかりにするどい先を伸ばしている。沙耶は淡々と告げる。


「学生寮、『ガーメンゴースト城』。

 もともとは西洋魔界にあったものを寮長が移築して、学生が泊まれるよう改装をほどこしたところよ」

「ほ、本物の古城って。寮長はいったいどんな奴なんだよ……」

「お前らっ! そこにつっ立ってないでさっさと中に入れ!」


 何人かの学生が不気味な城に引き寄せられるように向かうなか、そのそばでホウキを動かしていた男性がこちらをどなりつけてきた。

 なぜかガスマスクをしている。


「ほら、さっさと中に入る! 寮長が首を長くして待ってるよ!」


 抵抗する間もなくタタミちゃんに腕を引っ張られ、おれはしぶしぶ城の中に向かった。





「ようこそ、わが居城ガーメンゴーストへ。

 わたくしが、ここで寮長を務めている城主、『リサ・クロウリー』です」

 

 ウェーブを描く左右の階段が特徴的な、すべてが赤いカーペットじきの広々とした玄関口で待っていたのは……

 おどろいたことに、まだ年端(としは)も行ってないんじゃないかと思うほど幼く見える美少女だった。

 名前の通り明らかに西洋人である顔つきで、明るい金髪をツインテールにしてまるでドリルのように巻いている。

 ふんだんにフリルがほどこされたお姫様的な赤いドレスをまとい、片腕にはくたびれたウサギのぬいぐるみを小脇にかかえている。


「お嬢ちゃんがこの城の城主? 失礼だけど、先代のお父さまにご不幸があったとか……」

「ホゴンッ!」


 となりにいた執事が(せき)払いをする。

 ()せぎすでなでつけた髪とカーブを描くヒゲは真っ白だ。


「す、すみません! ちょっとした興味本位で……」

「このような見れくれで申し訳ありませんが、わたくしはもう24でございます。

 別居する父上も健在です。ご心配なく」


 あどけない瞳は赤く染まり、不服そうに目を細めている。


「はぁ、すみませんでした。だったらなんでウサギのぬいぐるみ……ういでっっ!」


 横から沙耶が軽くわき腹をこづいてきた。それだけなのに激痛が走る。


「失礼しました、寮長さま。彼にはよく言って聞かせますので」


 そう言って沙耶は横目でにらみを聞かせてきた。


「寮長はきびしいお方なのよ。くれぐれも粗相(そそう)のないようにね」

「は、はい……わかりました……」


 ますますここでうまくやれなさそうな予感。


「まず挨拶(あいさつ)!」


 ここで寮長が声を荒げる。おれはあわてた。


「は、はいっ! 結城新介です! よろしくお願いします!」

「よろしい、ではここでの寮生活の簡単なあらましを申し上げます。

 詳しいことはルームメイトたちにたずねるように」

「は、はい!」


 そして寮長はおもむろに周囲を見回した。


「お気づきかと思いますが、この寮内は常に清潔(せいけつ)に保たれています。

 あなたは人間ですので言うまでもないでしょうが、くれぐれも寮内を汚すことはないよう」

「は、はい……」


 ていうかいつも肉片が散乱してる校舎の方がおかしいんだが。


「さらに構内では規則正しい生活を送ってもらうため、基本的に決められた時間は厳守です。

 門限、食事、入浴、そして就寝と起床は必ず決められた時間を守ってもらいます。

 少しでも遅れたら即罰則(ばっそく)の対象となりますのでご覚悟を」

「規則を守るのは当然だけどソッコーで罰則になるのはいささか気になるな!?」


 おれのツッコミも意に介さず寮長は人差し指を立てる。


「それともう1つ。

 我が城には何人かの使用人を雇っておりますが、ここは学生寮ですので最小限にとどめ、残りはあなた方寮生にお手伝いをしてもらうことにしています。

 各自部屋ごとに当番を決めておりますので、担当日には使用人に従い指示通りに動くこと。

 使用人の気に入らない態度をとったりなまけた場合も罰則の対象となりますのでお見知りおきを」

「なにげにきびしいな! もし使用人に嫌われたらどうするんだ!?」

「その辺はわたくしと学校の教諭にご相談を。質問はありませんか?」


 質問の時間を設けた割には文句あるかと言わんばかりの冷たい目線を投げかけてくる。


「いや、いまのところはなんとも……」

「よろしい。ではキースくん、さっそく案内を」


 そう言って、寮長は執事をともなってさっさと奥に立ち去って行ってしまった。


「さ、先が思いやられる……」


 思わずため息まじりに行ったおれの肩に、タタミちゃんがヒジをかけてきた。

 振り返ると満面の笑みでウィンクしてきた。


「だ~いじょうぶだって。寮長、たしかにキビしいけど面倒見のいいところもあるから。

 怒らせなきゃいいヒトだって。人じゃないけど」

「セルフツッコミはいらないって」


 そう言うと、タタミちゃんは沙耶の腕をたたいて、奥に行くよううながした。


「それじゃ、アタシたちは左翼の女子寮に行くから、もしキースたちが意地悪してきたらすぐに言うんだゾ?

 じゃあね~♡」

「あ、うん。それじゃ……」


 大手を振って奥に消えていくタタミちゃんを、おれは軽く手を振って返す。

 沙耶も無表情で手を振って、2人は奥の廊下に消えていった。


 そこへ突然、後ろから肩を強くつかまれた。

 おどろいて振り返ると、あり得ないほど不気味な笑みを浮かべるキースとヒャッパの姿があった。


「さあ、さっそく部屋に行こうか……」


 ノーリアクションのタコゾウの姿にはほとんど目に入らず、おれはがっくりうなだれた。





 さすがは古城らしく、廊下は薄暗い。

 またたいている照明がまるでロウソクのように見え、さらに不気味な雰囲気(ふんいき)を放っている。

 おれはオドオドしつつ、キースたちに続いて廊下の中を進んでいった。


 部屋に入ると、そこは意外にも広々としていた。

 しかしさすがに男子寮だけあって、必要最低限ある家具の上は散乱している。清潔(せいけつ)なのは空いているおれのスペースぐらいだ。


 どのベッドも薄汚くて(まだ入学4日目なのに!?)、机の上はここぞとばかりの散らかりよう。

 それぞれどれが3人のものなのだろう。


 すぐに1つめの机が目に付いた。

 なぜか机全体に血がこびり付き、その上に様々な凶器が置かれていた。


「な、なんじゃこりゃぁっ! こ、これ、明らかにシリアルキラーの趣味じゃねえかっ!

 だ、誰のだこの机っ!」

「ああ、それなら俺だ」


 案の定、キースが片手をあげた。おれは振り返るなり素早くバックスウェーをする。


「心配するな。机の上の血はすべて俺のだ。武器をメンテナンスするために多少身体に傷がつく」

「って言うかあの凶器の量あきらかに以上だろ! 寮長には何も言われないのかっ!?

 って言うか、ええぇっ!? お前いつもあんなふうに血を飛び散らせてんのっ!?」


 机に向かって指をさし続けるおれに、キースはうるさそうに片耳に指を突っ込む。


「さわぎすぎだ。いいだろ別に、お前に人の趣味をとやかく言われたくない」

「いったいどんな趣味をしてんだよあんた……」


 反対側にある机の上も気になった。

 パソコンや機材が置かれているのはわかるが、モニターは軽く3,4台はあるし、そのまわりもあやしい機械で埋め尽くされている。

 残されたわずかなスペースにも基盤とハンダゴテが置いてあるという、完全に機械ヲタの机だ。


「あれ、絶対ヒャッパの机だよな。どう考えても……」

「クククク、ここまで本格的とは(おどろ)いたか?

 もし機械関係で悩んでいることがあったら迷わずオレに相談しろ。まあ、お前に話がわかるんだったらな」


 あやしい笑みを浮かべるヒャッパにおれはドン引きした。もっともキースのものとはまったく別の意味でだが。


 しかし、残った最後の机を見たとき、おれは意外な感じがした。

 こちらの方はいたって普通の学生の机だ。ただやたら音楽CDが並んでいるのは気になったが。


 そんな机に向かって、おもむろにタコゾウが座り込んだ。最初見た時はどんな奴なのかと不安に思ったが、こうして見ると彼はけっこうまともな神経をしているようだ(あくまで、死霊族の中では)。


 タコゾウはヘッドホンでつなげている小型ウォークマンをいじりつつ、おもむろに棚の中のCDケースを取り出した。そしてこちらに振り返らずにそれをこちらに向けてくる。


「あ、貸してくれるの? ありがと……」


 ありがたく受け取ると、ジャケットを確かめた。


「まったく知らないアーティストだ……」


 しかし、メタル系のエグいジャケットではなかった。

 どうやらまともなアーティストが好きなようだ。横からヒャッパが指をさしてきておれはギョッとする。


「タコゾウはコアな洋楽マニアだ。オレも何枚か借りてるが、なかなかいいセンスだ。

 ま、オレの好みはゴリゴリのハードコアメタルだがな」


 おれはうなずきながらもう一度タコゾウを見た。

 彼は小さなノートパソコンを開き、さっそく音楽サイトにアクセスを開始しているようだ。


 おれは少し気になってヒャッパに問いかける。


「そういや、ここネット環境整備されてんだな。

 てっきり僻地(へきち)だからまったくダメだと思ってたけど」

「お前も電波塔見たろ?

 あれで受信するだけじゃなくケーブルもつないでんだ。ケータイも通じるはずだから確かめてみろ」

「へぇ、ケータイもつながるんだ。さっそく試してみようかな」


 ポケットから使用を絶望視していたスマホを取り出す。ヒャッパはそれを見て鼻で笑う。


「もちろんよけいな情報がもれないよう強固なブロックをかけてあるがな。

 というより、電波関係がつながらなかったらオレはわざわざこんなところに入学したりしない」


 おれはうなずきつつ、自宅に電話がつながるか試してみた。





「ああ、大丈夫だって。

 こっちはカイチョー、先に入学した人たちにいろいろお世話になってるから、たぶんそっちも大丈夫」


 おれは廊下に出て親と話し込み、適当に話を切り上げようとする。

 こちらの身が心配らしく、かなりしつこい。


「だから大丈夫だって! まだ荷物の準備があるから! それじゃ!」


 電話をようやく切る。

 切ったとたんに、まったく大丈夫じゃないことを思い出しガックリとする。

 打ちひしがれるのは今日だけで何度目だろうか。


「おい」「ひゃあぁぁぁいっっ!」


 後ろから突然話かけられ、おれはすっとんきょうな声をあげる。

 振り返ると、後ろにヒャッパが立っていた。


「もう日が暮れてきたんだ。早くトランクの中身を片づけろ。じきに晩メシが始まる」


 そう言って立ち去っていく。その後ろ姿を見て、オレはまたしてもため息をついた。


 トランクの中身をようやく片付け終える。

 2つ分の荷物を机の上や横のクローゼットに思い通りに収め終わると、すぐに夕食の時間になった。


 キースたちと一緒に廊下に出ると、同じく腹をすかせた学生たちがぞろぞろと薄暗い廊下へと現れる。

 その姿はピンキリだ。普通の学生のように明るくベチャクチャしゃべっているウザそうな奴らがいれば、まるで獲物に群がるゾンビのようにのろのろと動く奴もいる。

 そんなゾンビたちの視線がこちらに向いていないのが幸いだ。


「わあ~、こいつら、全部死霊族なんだよな~。人間はおれだけって、なんだか複雑な気分~」

「まあ、そのうち慣れるって。いずれ自分が人間だってことも忘れるんじゃないか?

 みんなにあわせて危険なマネをしないよう気いつけろよ?」


 キースに言われ、おれはあわてて手を振る。


「イヤイヤ、ないっ! 絶対ない! ありえないって!」


 間違っても自分が人間であることを忘れることなんか、ない。たぶん、いや絶対に。





 夕食はこれまただだっ広い食堂で行われる。

 天井の巨大シャンデリアと、ずらっと並ぶめちゃめちゃ長い机におどろかされる。

 白いテーブルクロスの上には、かなり手の込んだいたって普通の料理が並べられていた。


 イスに腰掛けつつ、おれはそれでも中身をうたがって様々な角度から観察する。


「安心しろって。ここの寮長は普通の死霊族が好みそうな血がしたたる料理が嫌いなんだ。

 ついでにこれは人間が食べる料理に慣れる意味もかねてる。お前でも問題な食えるはずだ」


 あきれ顔のキースに言われても安心しきれず、おれは机以外の周囲にも目を向ける。


「……あれ? あきらかに人数が少ないんだけど。数は多くても全校生徒じゃないよね、これ」


 キースが同じように周囲に目を向ける。


「ああ、実を言うと全学生がここに寝泊まり出来るわけじゃないんだ。

 ここに入れるのは寮長に選ばれた連中だけ。残りはこの城の地下にある『裏学生寮』と呼ばれる場所にかき集められてる」

「裏学生寮……あきらかに普通じゃなさそう」

「俺たちのクラスの後ろの連中見たろ。

 ああいう連中がどういう扱いを受けるか、なんとなく想像つくだろ?

 ちなみにそこの夕食を担当してるのは学食と同じ『ブッチャー』だ」

「ブッチャー!? 学食の料理長ってブッチャーって呼ばれてんの!?」

「こらっ! 静粛(せいしゅく)にっ!」


 遠くに見える寮長にしかられ、おれは押し黙った。そのあいだに周囲のみんなが両手を組んだ。


「それでは、夕食の時間としたいと思います。皆さま、お祈りを」


 寮長のかけ声で、全員が目を閉じて祈りをささげる。

 見よう見まねしつつ、これは明らかに寮長のルールだなと思い知る。


「それでは、いただきます」「「「いただきまぁ~す」」」


 全員がフォークとナイフ(あるいはスプーン)を手に取り、目の前の食事に口をつける。

 周囲の男子たちがおいしそうにそれらをほおばるなか、おれは1人目の前の食事に尻ごみしていた。


「なんだお前、オレのメシが食えないってか!?」


 おどろいて振り返ると(一体今日だけで何回目だよ!)、血色は悪いが恰幅(かっぷく)はいい口ヒゲをはやした中年男性が立っていた。

 腕を組んでむっつりしている彼は明らかにコックの格好をしている。


「確かにその料理の仕込みは学生どもに手伝ってもらっちゃいるが、素材選びや味付けはオレが責任を持ってこなしてるんだ。

 うちの城主は料理の味にきびしい。だから手は一切抜いてねえ。食わず嫌いしてないでさっさと口にしやがれ」

「は、はいぃぃっ!」


 あわてて返事をしつつ、オレはとりあえずスプーンを手に取り、スープをすくう。

 おそるおそるすすり、味をしっかり確かめる。


「……ん? あれ? う、うまい。うまいぞこれっっ!」


 周囲からおお、という声が聞こえる。同時におれはスープを2,3回すすったあと、ナイフとフォークに持ち替え、肉料理を口に運んだ。やっぱりうまい。


「うほほぉぉっ! 食えるぞっ! うまいぞっ! これならいくらでも腹に入るぞぉっ!」

「はっはっはっはっっ! そりゃそうだ! なんつったってオレ様が作った料理だからな!」


 そう言ってコックはおれの背中をたたいた。

「のわっぷっっっ!」勢いが強すぎて危うくテーブルに顔面がヒットしそうになる。ついでにフォークが舌に突き刺さるところだった。


「……とは言いつつ実は人間の好みに合うか心配だったんだ。正直ホッとしたぜ」


 背中をたたく加減を間違えたのはよしとして、オレは次から次へと料理を口に運ぶ。

 が、途中で疑問を感じ手が止まる。おれはいぶかしげに満足そうなコックを見た。


「……コックさん。素材はちゃんとしたのを選んでるんだろうな。

 まさか魔界から取り寄せた怪しい素材とか使ってないよな?」

「はっはっはっ! それも安心しなって! 肉はちゃんと牛・豚・鶏の中から選んでるからよ!

 野菜だってちゃんとこっちの世界のやつを使ってるからよ」

「魚も、か?」

「ああ、それは気をつけな。うちの寮長は大の魚好きでな。中でも魔界産の変わった魚がお好みだ。

 もし気に入らないって言うんなら、あんまし手をつけないほうがいいぜ?」

「そうなんですか……」


 気をつけよう。そう思いながら横目で見ると、奥にいる寮長はおれたちと同じ料理をもくもくと口に運んでいる。

 こうして見ると、少し変わった格好の同級生にしか見えない。


 ここからでは沙耶やタタミちゃんの姿が見えないが、彼女たちも同じように行儀よく食事しているのだろうか。

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