表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/261

(3)

 エドガー先生の授業はけっこうキビしかった。

 事あるごとにダメ出しをし、あまりに手際の悪いグループには自ら割りこんで直接指導をしたりする。

 作業に見向きもしない生徒には鉄拳制裁(てっけんせいさい)まで見舞う。

 おかげで作業にけっこうな時間がかかってしまった。


「新入生。決して手を抜くなよ? なんせこの後部活終わりの連中までやってくるんだ。

 奴らにせっかく作った料理がまずいと言われちゃ俺も困るからな」


 理由ははっきりしていたので、おれらのグループも手は抜けない。

 それはそれで楽しく作業をしていたので、特に不満はなかったが。


 少し手間取りながらも麺打ちが終わり、スープの仕込みに入ったところで、食材を切り分けていたユキナ先輩が突然声をあげた。


「ところでお嬢様、あんたは部活に入らなくていいの?

 ここには『剣術部』っていう、あんたにうってつけの部があるんだけど?」

「お誘いの声はかかっています。

 とりあえず今度見学に行ってから、入部しようかと考えてまして」

「まあ狛田村家のお嬢様の腕前は評判になってるからね~。

 学校の部活動程度のレベルじゃ慎重になるのもムリないわ。

 もっともうちはけっこうレベルが高いから、お嬢様にもそれなりにご納得いただけると思いますけどぉ?」

「剣道部とは言わず、わざわざ剣術部って言うくらいだからな。

 さぞ猟奇(りょうき)的な部活内容になっているんでしょうねぇ」


 おれが思わず背筋をブルッとさせていると、先輩があははと笑った。


「まあうちも似たようなもんだからね。

 死霊族の武道部なんてどこもそんなもんよ?」


 おれはつい想像してしまう。

 たがいに真剣を抜きながら、お互いの相手を容赦(ようしゃ)なく斬りつけ合う姿を。

 しかもその片方は沙耶なのである。


「ああこえっ。変な想像してないで、料理に集中しよ!」


 そう言っておれはひしゃくを使ってスープをかき混ぜる作業を続行する。


「あはは。新介クン、なかなか手際がいいね~。

 さっきの麺打ちの時もそうだけど、あんた意外と料理のセンスあるんじゃないのぉ~?」

「よしてくださいよ先輩。

 おれ死霊族のメシがムリなんで、昼の弁当を料理好きのタタミちゃんに教えてもらって、毎日自炊してるだけなんです」

「ああそっか。タタミけっこう料理得意だからね。

 人間の料理をよく勉強してるから、けっこういい指導してるんじゃない?」

「そうですね。だいたいは彼女が手早く自分で作っちゃいますけど。

 おかげでおかずがかぶっちゃって、よくみんなに笑われます」

「ははは、がんばるね~。でも大変じゃない?

 自炊に勉強。新介クン、なかなかプライベートの時間もないんじゃない?」

「かまいませんよ?

 全寮制の学校なんでちょうどいいヒマつぶしになりますし、タタミちゃんたちといいコミュニケーションになっていい刺激になりますよ?」

「あらあら。アンタ女の子に囲まれちゃって、平気なの?

 ひょっとしてモテるタイプ?」

「そんなことないですよ。ただ単におれのルームメイトがやっかいな奴らばっかなので、付き合いづらいだけですよ。

 そのうち他のクラスメイトとも交流が持てればいいですけど」


 言いながら、おれはやっかいな2人を思い出していた。

 キースとヒャッパも茶太良に声をかけられていたが、どちらもいわく「料理なんかやってられるか」とのこと。

 茶太良が「それならお前らには食わせないぞ」とどなると、「おれらはブッチャーの生肉でいいっす」と返ってきた。本当にやる気あんのかお前ら。


 ふとよそのグループを見ると、蛸蔵はちゃっかり教室に混じっていた。

 無言だが料理作りにはそれなりに参加している。手際もいい。

 それを遠目にながめつつ、さてはお前食い意地が張っているんだな? と邪推(じゃすい)してみた。


 あれこれやっているうちに、スープの完成も近くなってきた。

 あとは用意された器にスープを盛り、しょうゆ、みそ、塩から好きなものを選んで注入し、麺とお好みの具材を入れるだけ。

 残念ながら俺が一番好きなトンコツスープはこの内容ではムリなようだった。





「「「ハラ減った~!」」」


 料理が完成すると、部活終わりの生徒たちがいっせいに廊下に集まってきた。

 汗のにおいは濃ゆいスープのにおいにかき消され、用意された器を受け取った部活員たちはおもいおもいにスープと麺、具材をほおり込んで、同じ階にある各教室へとそれを持っていく。


「おお、よくできたね~! これも新介クンの料理指導あってのことかな!?」


 タンクトップに短パン姿のミノンちゃん(さわやかにエロい……)が、しょうゆラーメンのにおいを()ぎながら満面の笑みで問いかけてくる。


「残念ながら、エドガー先生の腕前は完璧だよ。

 もっともおれはラーメンの作り方なんてよく知らなかったけどね」

「新介クンは? もう食べたの?」

「ああ、おれはもう腹いっぱい。なんせ全グループの試食させられたからな」


 完成直前、唯一の人間であるおれはひたすら各グループの試食をさせられた。

 味はまちまちだったが、想像していたレベルを下回ることはなかった。中でもやはりエドガー先生が自ら作った塩ラーメンの味は格別だった。


「久しぶりのラーメン、なかなかよかったよ。

 この調子でカレーライスとかピザとか、あと牛丼とかも食べれたらいいな~。なんちゃって」

「……おうおうなんだっ!

 お前ら、ラーメンなんぞと言うデリカシーのない食いもんうまそうに食いやがって!」


 その声を聞いてうんざりした。見覚えのあるシルエットが、調理実習室の中に入り込む。


「エドガーッ! こりずに今年も新入生にジャンクフードなんか教えてんのか!」


 やや肥満気味の体型のガストンが怒り心頭と言った表情で、料理に向いているとは思えないほどのふとい人差し指をエドガーに突きつける。

 一方中肉中背のエドガーは涼しい顔で後片付けを始める。


「別に。これは学園側がわたしに要請(ようせい)し、素直に従っただけです。

 文句のほうは運営側にお願いします」


 そんなエドガーにガストンはズカズカと近寄り、相手の白い調理服に太い指をめり込ませた。


「そんなこと言ったところでお前の魂胆(こんたん)は見え見えなんだ。

 お前、本当におれの料理を継ぐ気があんのかよ?」


 エドガーの返事はない。ガストンの態度はかなり威圧的だが、まったく動じない弟子もなかなかの大物だ。不意に後ろにいるミノンちゃんがラーメンをすする音が聞こえてきた。


「ガストンさん、ちょっといいですか?」


 後ろから呼び止められ、料理長は不機嫌ぎみに振り返った。


「茶太良、お前も料理がうまいんだろ?

 だったらなんで自分で教えないで、こいつを巻き込むんだ?」

「私1人ではまかないきれないだけですよ。

 たまたま腕に覚えのある料理人がいて、巻き込んだだけのことです」


 しかしそう言われてもガストンに機嫌を直す様子はない。


「まったく、この学校には他にきちんと料理ができる教師がいないのかよ?」


 そう言ったきり、ガストンは肩をいからせ実習室から出ていった。


「料理長、相当エドガーさんに期待をかけてるんだな」


 冷静に片づけを進めていたエドガーが、突然腕を止めて不機嫌な顔を前に向ける。


「それもあるが、ぶっちゃけ昼食を別の人間が担当するのが嫌なんだ。

 あの人本当は昼の3色を全部自分が担当したいんだよ。

 まったく、自分だけで500人近くいる生徒の胃袋を満たせるはずもないのに」


 おれは不意に学生寮の食堂に集まる人数を思い出した。


「そう言えば、ここには『ブッチャー』ていうもう1人の料理担当がいるんですよね?

 ガストンさんはその人のことをどう思ってるんです?」

「ああ、あいつは奴のことも気に入らない。

 あんなのはあくまで肉の解体業者であって、コックだなんて言えるもんじゃないってな」

「肉の解体業者……一体ここの学食はどうなっているんだ……」


 するとエドガーさんは神妙な面持ちで首を振った。


「行かないほうがいい。奴は非常に気が短い。

 ちょっとでも機嫌を損ねるとすぐにナイフ……

 もといナタを投げつけてくるような奴だからな」

「ナタッ!? ナタで調理してるんですかっ!? ひ、ひえぇぇっ!」

「だがおれとしちゃぁ、人間界に興味のない生徒たちを一手に引き受けてくれるから大助かりなんだが」


 そこでなぜが沙耶のほうが深いため息をついた。


「そもそもわけがわからない。

 わが校はそこそこの進学校を目指しているのに、なんで授業中に突然悲鳴をあげたり、ずっと後ろを向いたまま身動きもしないような人を採用したりするのかしら?」


 それを聞いたミノンちゃんがスープを飲む作業を中断して苦笑する。


「あははは、たしかにウザいよね~。

 あたしも気になって聞いてみたんだけど、なんでもああいったのの親御(おやご)さんって、死霊族の世界でも結構な金持ち連中が多いんだって。

 でそいつらがせめて高校ぐらいはいいところに行かせてやりたいってことで、実質試験を受けさせないでコネ入学させてる子が多いんだってさ」

「城の地下にある、裏学生寮の話聞いたぞ?

 そいつらの親は子供の扱いの実態を聞いてフンガイしたりとかしないのか?」

「大丈夫じゃない? うちの学校と死霊族のテリトリーの間は魔界のゲートでくぎられてるからね~。

 親御さんたちはうちの学校通わせてるわりには無関心みたいだし、ほっとけばいいんじゃね?」


 そこへ小柄な巫女装束の少女がかけ込んできた。

 彼女は目をキラキラさせてトタトタやってくると、目を閉じて鼻で息を大きく吸い込んだ。


「う~ん、おいしそうなにお~い。まだ残ってるぅ~?」

「お、ちょうど弥子ちゃんが来た。どうしたの、あんた遅かったじゃない」

「う~ん。お兄ちゃんのテニス部の練習手伝ってたら、あとから家帰りたいとかいい出す子がやってきちゃって。

 みんなが練習してるし、それに魔界のゲートはそうホイホイ開けられるもんじゃないんだって、お兄ちゃんとモメちゃって……」

「後者は理解できるけど前者は明らかにテニスコートの配置が原因だと思うなっ!」

「ひっど~いっ! 新介くんお兄ちゃんをバカにするつもり~!?」


 おれのツッコみになぜか弥子ちゃんはふくれっ面になり、軽く両手のこぶしを握った。


「いいからいいから、あんたは早く器を受け取ってきなさい。

 早くしないと売り切れちゃうよ?」


 まるで子供をあやすような口調で無理やり背中を押すと、弥子ちゃんは怒られたことも忘れたかのようにトタトタ走っていく。なぜか両手の指先を横にそらしている。どんだけお子様キャラなんだお前は。


 そんなことなどどうでもいいと言わんばかりに、沙耶は口元に手を当てて考え込む。


「お兄さんの言うこともわかるけれど、2つの世界がゲートで区切られているというのも厄介なものね。

 もしもちょっとした厄介事で里に帰りたくても、戻ることができない」

「そっか。そういう考えもありなわけか。きっとその子も個人的な事情があったんだろうな」


 そう言いながら遠い目をしていると、神妙な空気などお構いなしにミノンちゃんが再びラーメンをすすり始めた。なんだかしぐさが男らしい。





 おれは外の空気を吸うために、教室を離れて校舎の外に出た。

 深く息を吸い込んで握った両手を思いきり高く上げる。


「う~ん、いい空気だな! やっぱり山の中だけあって空気は格別だなっ!」


 しかしふと目を落とすと、いまだに元がなんなのかわからない肉片を発見し、自分がさわやかだと言いがたい状況下におかれているということを再確認する。


「1人で出歩くのは感心しないわね。お腹を満たして現実を忘れてた?」


 おれが振り返ると、少し不機嫌ぎみに腕を組む沙耶の姿があった。


「あ、ごめん。追いかけてもらっちゃった?」


 あやまるが、彼女は少しふてくされたかのように腕を組む。


 おれは休日と言うこともあってパーカーにゆったりめのパンツだが、彼女のほうは黒いセーラー服のままだ。

 まあここの生徒は洋服選びがめんどくさいからか休日でも制服を着てる奴が多いが、彼女の場合は、たんに着るものにこだわりがないだけだろう。

 それにしても、とおれは彼女の立ち姿に目をこらす。

 彼女はこの格好がよく似合う。黒字の生地からはみ出す、整った顔立ち、柔らかそうな手、そしてしなやかな両足。

 着ている服が黒いからこそ、彼女の白い肌がよく()える。そしてそれらのすべてが恐ろしいほど美しい。


「なに? 先ほどからじっとわたしのことばかり見て。なにか妙なものでもついてる?」


 責めるような表情が少しだけあからんでいるのを見て、おれは苦笑した。


「人からじろじろ見られるのは慣れてるだろ? なにをいまさら照れてんだよ?」


 それを聞いてあきれ果てたかのように髪をかきあげた。

 長すぎる黒髪も、それがつややかな質感をしているのを見れば違和感がない。


「正直な人。たしかに、わたしが人より容姿が優れているのは認めるわよ?

 だけどわたしは人と接するのが苦手。ちやほやされるのはあまり好きじゃないわ」

「でも、本当はきちんと人付き合いできるようになりたいんでしょ?」

「なぜそういうことを言うのかしら?」


 少しバカにする視線を向けてくるが、おれは構わなかった。


「なんだかんだ、おれやみんなの面倒を見てくれるし。

 沙耶ちゃん、本当はもっとみんなと仲良くしたいんでしょ?」

「知ったような口を利かないで。わたしは人間関係でこじれるのが嫌いなだけよ?」


 それはさすがにウソだろう。つい先日見せた、タタミちゃんとのやり取りがウソだと思えなかった。


 そんな彼女を暖かい目で見ると、逆にとがめるような視線を返された。


「あなたこそ、もっと対人関係を真剣に考えたらどう?

 せっかくのルームメイトなんだから、もっとうまいつきあい方があるんじゃないの?」


 おれは思わず「うぅっ」とうめいた。またこの手の言い方でやり込められた。


「あいつらは特殊だよ。

 おれはそれを真剣に考えてたとしても、向こうはおれをいじり倒すことしか考えてない」

「それもやりようだと思うけど?

 ようはあなたが慣れるか、彼らの関心を別の方向に向ければいいんじゃない?」


 そう言って沙耶はそっぽを向く。おれは思わずたじろいだ。


「お、お前自分が対人苦手とかいってたくせに、人のことは平然と口出しするんだな」

「わたしに言う資格があるかは別として、言ってることは正論なんじゃない?」


 言い合いをしているうちに、むなしさがこみ上げてきた。

 なにをおれは短時間で彼女の考えを無理やり変えさせようとしてるんだ。

 ちょっとやそっとの説得で人の気持ちが変わるわけでもないだろうに。


「……おーいっ! お前そんなところにいたのかよ!」


 振り向くと、校舎の中からキースとヒャッパの姿が現れた。

 ヒャッパに続いて、キースが沙耶の後ろまで近寄って皮肉まじりに言う。


「まったくどこに行ったと思ったら、こっそり沙耶とデートかよ。

 相変わらずのモテ男っぷりだな」

「勝手に1人で出歩いた彼をとがめようと思っただけよ?

 正直、こんな人どうでもいいわ」

「えっ!? ちょ、そんなこと言わないでくれよ……」


 どうやら思いのほか機嫌を損ねてしまったらしい。このままではまずい。


「ちょっと待てよ! このままどっかに行っちゃうのか!?」


 おれが手を差し伸べても、校舎の中に戻っていく沙耶に届くわけがない。


「わたしは片づけを手伝いに行くわ。あなたはそこにいる2人の相手でもしてて」


 おれが「そんな~」と言うと、ヒャッパがニヤニヤして肩に手を置いた。その間に沙耶は校舎の中に入りかけ、こんなことを言ってしまう。


「さっき言ったはずよ? きちんと自分の問題に向き合って」

「おやおや、アプローチしすぎたかい?

 そんでもってフラれちまったか、哀れなもんだねぇ」


 なぜか得意げなキースの顔を見て、おれは深くため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ